第20話 ゴブー先生
「閣下、ジェイクの素性が明らかになったのでお伝えします。彼が閣下に話したことは全て本当の事のようでございます。特に犯罪歴もありませんし、怪しい所はなさそうです」
「分かった。調査ご苦労だった」
配下からの報告をマコトは聞いていた。あんな見た目から怪しいとは思ったがどうやら問題はなさそうだ。
ジェイクが魔物を手配してくれて働き手はだいぶ増えた。
およそ40世帯のゴブリンは農民として働いている。コボルトも20世帯ほどが引っ越して王国の国民として職人や農民として働いている。
それぞれ10世帯になるオークとオーガは身体能力を買って兵士として雇っており、6世帯ほどのトロルは鍛冶師として採用し武器や防具、民生品を打ってもらっている。
マコトが城下町というよりは急ごしらえのテントと建設中の住居が目立つテント村に近い場所を視察していたところ、偶然ゴブーと出会った。彼は用がありマコトを探していたのだ。
「おお! ちょうどよかった! 大将、ちと相談してえ事がありやして。
最近入ったゴブリン達はどうも人間の言葉を使えるかどうか怪しい連中ばっかりみたいですぜ。よろしければオイラが言葉や文字を教えようと思うんですが、どうですかい?
大将が文字を覚えるために買ったっていう国語の教科書がありゃあ何とかできると思いやす。あとは……その分給料上げてくれればと」
「フム、わかった。お前は教育現場メインになるようシフトを回すから彼らに言葉を教えてやってくれ。それと給料も上げよう。本は後で渡すから今から行ってくれ」
マコトは即断即決した。いくら労働力と言えど最低限言葉が通じないと使い物にならないだろう。その教育をゴブーが代わりにやってくれるのなら有り難い話だ。
数日後……
『じゃあ今日はお金に関する授業をしよう。人間たちはこの銅貨や銀貨を使ってほしい物を買っている。野生の動物を捕まえなくても肉が手に入るし、欲しい服だって金さえあれば買えるんだ』
ゴブーがゴブリンの言葉で生徒たち相手にお金に関する授業をしていた。そこへジェイクがやってくる。
「よぉ。確かゴブーとか言ったっけ? 何やってんだ?」
「あー、最近大将の配下になったっていうジェイクとか言いましたっけ? 彼らに人間社会で生きていくための教育をしてたんですわ」
「へー。それもアイツの指示か?」
「オイラが提案して大将が承認したって形だよ。今は授業中なんで詳しい話は終わってからでいいですかい?」
「ああ。そうだな。邪魔して悪かった」
「ゴブリンとコボルトの民兵が70名と30名、オークとオーガの正規兵が15名ずつか。これで少しはまともになったか?」
民兵を合わせると何とか対抗できる程度には戦力の確保が出来てようやく一安心と言ったところか。
そこへ例のターバン頭の男がやってくる。
「よぉ閣下。国家運営は順調かい?」
「ああ、ジェイクか。お前のおかげで何とか戦力は確保できた。ありがとうな」
「ヒヒヒ、そりゃ結構で。ところでマコトさんよぉ、アンタ噂通り魔物と言えど奴隷にはしないんだな」
「必要ないし、奴隷制度は長い目で見ればマイナスになるからな。それに俺のいた国には奴隷はいないが生活は成り立ってるから奴隷無しでも大丈夫だ」
この世界には奴隷が存在し、いることがあたりまえと言える位広く普及している。全くもって嘆かわしい事に地球から召喚された王もそれを改めるそぶりすら見せず、むしろ積極的に奴隷を使用している。
表向きには奴隷制を採択していない数少ない国でも捕獲した魔物を実質上の奴隷とし、労働力として使っている所は多い。
人、魔物含めて奴隷がいないのはマコトの国ぐらいしかないというありさまだ。
「へぇ~おもしれえな、お前。前の王に話したけど奴隷制を素直に受け入れてたぜ。そんなこと言うのアンタぐらいさ。
それと、ゴブーとか言ったっけ? アイツを使ってゴブリン達に言葉や文字を教えているんだって? ゴブリンなんかにそこまで世話を焼くやつ初めて見たぜ」
「必要だからやってるだけさ。言葉すら通じないとなるとさすがに問題が出るからな」
言葉が通じないというのは大きなハンデになるばかりか、周りの者に恐怖を与えかねない。
日本においても日本語ではなく外国の言葉を使ってる外国人というのは無条件で「怖い」ものである。
この世界においては人間と魔物との共通言語である西大陸語が通じるというのなら少しはその恐怖心というのも和らぐだろう。
言葉を教えるのは単純に労働力として役に立つようにするだけでなく、ほかの種族の住民、特に人間との摩擦を和らげるためでもある。
今はまだ国の規模が小さいからいいが、これから種族の壁というのは大きくなるはずだ。それを少しでも崩すのにゴブーの教育は役に立つはず。
そういう目的もあってマコトはゴブーに教師をさせているのだ。
「キヒヒヒ。おもしれえ、おもしれえよアンタは。鞍替えしてガチで大正解だったぜ。んじゃ、仕事に戻るぜ。
あ、そうそう。お前の即断即決、嫌いじゃないぜ。むしろ好きかもな。あ、男色の気は無いから安心しろよ」
口も目つきも悪い部下はそう言って去っていった。
「閣下、彼の口調を改めさせるつもりはないのですか?」
「今のところは、な。部下のえり好みをしていられるほど贅沢じゃないからな。それに口調の悪い部下ってのは慣れてるしな」
「心の広いお方ですな、閣下は。では兵たちの視察に行ってまいります」
「あいよ」
そう言って王はディオールを見送った。