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異世界転生

とことん現実主義な青年、赤坂慎也は不幸な事故により死んでしまった。

死んだ先で出会ったものは、自分を神と名乗る1人の女だった。

そんな神に慎也は二択を迫られる。


「異世界か天国、どちらに行きたいですか?」

「もちろん天国だ。さあ、早く連れていってくれ」

「貴方の心は荒んでいます! 異世界に行って女の子とよろしくやって下さい!」

「俺は! チーレムが大っ嫌いなんだよ!」


と、そんな感じで異世界に送られてしまった慎也の物語

「ぁぁぁぁぁああ!! 気持ち悪い!!」


俺はとあるページを開いたパソコンの前で大声を上げていた。頭を掻きむしり、髪の毛が抜け落ちるんじゃないかと少し心配になる。

何故俺がこんな奇行に走っているのかと言うと・・・・・・


「なんでコイツら全員主人公に惚れて! 主人公がこんなに無双して!! 挙句に異世界の人間発想力が無いんだ!?」


俺がたった今読んでいたライトノベル『異世界転生したらレベルMAXで二度目の人生楽々生活余裕だったわww』(未参照)というタイトルの本が、あまりにも自分の肌に合わず、次々に起こるご都合展開に腹を立てていたからだ。

そもそも、何故こんな本を買ってしまったのかと言うと・・・・・・なんとこの本は、俺の高校のクラスメイトが書いている本なのだ。

しかも、今回の席替えでそいつと席が隣になってしまったのだ。

それが俺の運の尽き。

この話を散々に勧められた俺は、そのクラスメイトが投稿していたという無料サイトで、現在12話まで読んだところなのである。


簡単に説明とすると、主人公が現実世界で事故に遭い、死んだ後神様の好待遇により別世界に転生されるというものだ。その世界で主人公は無双は無双。圧倒的な力と共に、女の子たちとイチャイチャしていく物語だ。


さて、言わせてもらおう。これは酷い。まず、文法がめちゃくちゃだ。異世界というジャンルには一切文句を言わん。無双だろうと勝手にしてくれ。

ただ、まずは見直しをしてくれないだろうか。

奴は主語と述語の関係というものを知らないのだろうか。そう勘ぐってしまうほど、文法がハチャメチャだった。

主人公が喋っている筈なのにいつの間にか違うキャラが喋っていることになっている。


次に、情景の稚拙さ。この作者はまるで情景のイメージができていない。

例を挙げよう。

ここに、とある女盗賊がいる。無難に少女Aとでも置くとしよう。この少女Aは、主人公に対して好意を抱いており、決め台詞は『いつか貴方のハートを奪ってみせるわ!』だ。

さて、この少女Aはとあるシーンで主人公である男に背後から抱きつき、押し倒す描写が描かれている。だが、男は抱きつかれた次の瞬間、背中から後ろに倒れ込んでいるのだ。

訳が分からない。

更に――――いや、これ以上続けては話が終わらない。これはあくまで作者の実力不足。俺が言いたいことはこんな事ではない。


俺が今、最も言いたいことは、作品に登場女キャラ達の心情が理解できないことだ。

何故この女達はこんな些細な事で主人公に惚れるんだ? あまりにも単純過ぎはしないだろうか? 俺が恋というものをした事がない為に知識や経験が欠けているだけなのか?

いや、それにしたって、たかが落としたハンカチを拾っただけで顔を赤らめるものだろうか? それに、何故他の女性キャラも皆一様に主人公に惚れるのだろうか?

なにかの魔法を使ってヒロインを惚れさせていると言われた方がまだ納得できるというものだ。


もちろんこれは創作だ、多少強引でも仕方がない。しかし、理解できないものを楽しむことは難しい。と言うより、正直読んでいてイライラするのだ。

俺が現実主義者なのだろうか。どうしてもご都合主義の塊のようなものを読むと怖気が走るのだ。


「あぁ、気持ち悪い!」


俺は再び吐き捨てるように言うと、飲み物を取りにリビングへ向かった。叫びすぎて喉が乾いてしまった。

しかし、


「何も、無いな・・・・・・」


冷蔵庫には幾分かの調味料などがあるだけで、めぼしいものは何も無かった。

そんな冷蔵庫に、飲み物の一つある訳もなく。


「はぁ、買いに行くか・・・・・・」


俺はジャケットを羽織ると、携帯を手に家を後にした。


俺の家から出て、適度に歩くと横断歩道があり、その向かい側にコンビニが建っていた。

コンビニに着いた俺は、目的の飲み物を買うため飲み物売り場に行く途中、雑誌売り場が目に入った。


(そう言えば今連載している漫画の週刊誌、今週号を読んでいなかったな)


俺はそう思い至り、飲み物を手に取る前に読んでいこうと雑誌を手に取った。

目的の漫画のページを探し出し、夢中になって読んでいく。


(あぁ! やはり面白い! 物語はやはりこうでなくては!!)


自然とページを捲る手が早くなる。手につくインクの汚れが謎の高揚感を湧きたてる。そして再びページを捲ろうとした時、俺の持つ雑誌の一部に反射し、真っ白な光が差し込んできた。

なんだ? と思い、俺は顔を上げた。その直後――――

聞いたこともない、強いて言うならガラスが粉々に粉砕され、プラスチックがネジ曲がり、骨がミシミシと軋る音がグチャグチャに混ざりあったような音だ。

しかし、不快であるはずの音は、小さく、そして遠のいていくように俺の耳を通り抜けていった。

視界が反転し、逆さまになった視界に映るのは真っ白なプリウス。

これが良くコンビニに突っ込むと噂のプリウスか・・・・・・視界が暗いし、なんだか寒さを感じ始めた。

恐らく、いや、間違いなく、俺は死ぬ。


俺は一瞬で悟った。元々、雑誌とは窓側に設置されているものらしい。

理由は、漫画を立ち読みしている姿を外に見えるようにして、外にいる客に興味をそそらせる、と言った作戦があるらしい。どこかのテレビ番組で聞いたことがある。

まあ、つまり、何が言いたいかと言うと、そんな窓際に立っていた俺は確実に車の直撃を喰らっているという事だ。


なんだ、死ぬ前というのは案外思考がクリアになるものだな。確か、走馬灯というのも、死ぬ寸前に脳の性能が上がるというものだった気が・・・・・・する。


思い出すのは、俺を産み落とした父と母の顔。まるで、写真立てに飾られている写真のように、俯瞰した視点で見下ろすそれは、酷く懐かしく思えた。


おいおい、性能が上がっているなら・・・・・・せめて、もう少しまともな、思い出を・・・・・・見せてくれ。


しかし、それも束の間。俺の意識は次第に暗闇へと落ちていき、何もかもどうでも良くなってしまった。


まぁ、特に心残りもない。別に、いいか・・・・・・。


そうして俺は死んだ。


――――死んだはずだった。



次に目を覚ましたのは、柔らかい感触の上でだった。


「おーおー、目を覚ました! おはよ、元気?」


俺の視界に映るのは、豊満な胸。そして、その上から覗き込むようにして俺の目を見る桃色の髪色をした女性だった。そして、更にその頭上には光る輪っかのようなものが浮いていた。

・・・・・・oh。理解できない。

しかし、質問されて返さないのは人間性を疑う所業だ。俺は会話のキャッチボールが出来ない人間が大嫌いなのだ。自分まで嫌いになりたくないので不躾にも返答させて頂こう。


「元気・・・・・・ではない筈だ。おそらく四肢は折れているか捻れているかしているだろうし、頭から血が垂れ流れている事だろう。いや、しかしこうして喋れているということは元気なのかもしれない」


改めて考えてみると、元気という条件の幅はよく分からないものだ。体が一切動かなかろうが、意識さえあればそれなりに元気と言えるだろうし、逆に体がいくら動いた所で、心が病んでいれば元気とは言えない。とても難しい。


「ふふ、変わったお方ですね。貴方のような人、初めて見ました」


「そうか、お褒めに預かり光栄の至りだ。すまないが少し体を逸らしてほしい。起き上がりにくいので」


「・・・・・・? 何故です?」


「・・・・・・色々あるんだ」


不思議そうに首を傾げながらも、大人しく従ってくれた。有難い、その大層に育った局部が起き上がるには邪魔だったのだ。

起き上がり次第、俺は自分の体を見回した。


(・・・・・・おかしい。俺の体に一切の異常が見られない)


俺は正直ゾッとした。あれだけのものが全て夢だったと言うつもりなのだろうか。流石にそれは都合が良すぎるというものだし、だったらここはどこだと言う話になる。

確かに、突然の事で痛みは感じなかった。だが、あれは現実だった。現状の全てがそれを示している。


理由は簡単、あのクラスメイトの小説だ。アレを覚えているということは、その直後に向かったコンビニでの出来事は夢であるはずが無いのだ。

もし、夢であったのなら、俺があのおぞましい小説の内容を考え、挙句に夢の中その本を読み、疲れてコンビニに向かった所を車に轢かれるという夢を見たということになってしまう。

有り得ない。そんなこと有り得てたまるものか。


「質問していいか?」


俺は訊ねた。


「良いですよ」


許可が出た。なら遠慮なく


「ここは何処だ? お前・・・・・・いや失敬。貴女は誰だ?」


「そうですね、まず、貴方は死にました。それは貴方も理解している筈です。そして、私は神です。ええ、あの神様です。お偉く皆に崇拝される、基本的には信じないくせに都合のいい時だけとことん信じられる神様です。それさえ分かれば、ここがどこかは言わなくても分かるでしょう」


神様も案外闇が深いようだ。

しかし、これは至って分かりやすい、実に簡潔だ。要は、先程まで読んでいた小説の展開と似た現象がこの俺に起きたというわけだ。

ここまで来て信じない程、俺は馬鹿ではない。


「・・・・・・なるほど、随分笑えるな。それで? 俺はこれからどうなるんだ?」


「そうですね・・・・・・貴方には二つの道があります。一つはこのまま天国に行くこと、さすれば安寧が約束されることでしょう。そしてもう一つは別の世界に転生すること、さすれば楽で幸せで最強な――――」


「天国で頼む」


俺は神とやらが言い終える前に頼んだ。


「・・・・・・え? 嘘でしょ?」


「いや、本当だが・・・・・・」


なんでそんな意外そうな顔をしているんだ? 俺の方がよっぽど意外なのだが・・・・・・。

いや、だって先程読んだライトノベルのようなご都合展開は俺が最も嫌いとする所なのだ。なんだ、一度死んだ癖に生き返れるだと? ならば、もっと不条理な理由で死んでしまった人々を生き返らせてもらいたい。

いや、俺も不条理な理由で死んだことには死んだのだが、こう、もっと防ぎようが無かった子供とか・・・・・・。


「俺は一度死んだんだ。このまま天国に行くのは摂理だろう?」


「ええ、まぁそうなのですが・・・・・・」


「だろ? だから俺は天国でいい」


「・・・・・・す・・・・・・」


「・・・・・・ん? なんだ?」


す? 一体なにを言っているんだ?


「・・・・・・す、荒んでいます!!」


「うおっ!?」


神とやらは突然身を乗り出すと、不貞腐れたような顔で俺に詰め寄ってきた。

何だ何だ、いきなりはい寄ってきやがって。


「貴方、前世では相当酷い人生を送っていたのですね!! 可哀想に,是非とも異世界で幸せな生活を送っていただきたいです!」


「お、おい待て! 違うぞ、俺は本当に天国に行きたいんだ! おい、這い寄るな泣くな近づくな!」


俺は逃げ出そうと立ち上がったが、その脚をがっしり神とやらに抱きしめられてしまった。おい、濡れる濡れる。ヌルヌルするから泣くな。


「分かった、分かったから取り敢えず離れてくれ! 話し合おう!」


俺は一旦時間を稼ぐため、適当なことを言い繕った。

しかし、神様が俺から離れることは無かった。それどころか、目を細め、今までのおおらかだった表情が嘘だったかのような冷たさを感じた。まるで無機質で無感情な、光を映していないような冷たい瞳だった。


「貴方、神を舐めすぎでは? 私は神ですよ、慎也さん。人間如きの心を読むことくらい簡単に出来るんです」


それは、底冷えをするような声音だった。冷や汗が止まらない。

今俺は、彼女の地雷を踏み抜いたことを自覚した。


「・・・・・・すまない。何かアンタの気に触ることを言ったのなら謝る」


俺は咄嗟に謝った。死んだ俺が今更怖がることもないが、地獄に落とされでもしようものなら普通に嫌だ。


「心配しなくても地獄に落とすことはありません。ただ、ふふ。少々脅かしすぎたかも知れませんね。あはははっ!」


しかし、そんな冷たい瞳はすぐに消え去り、出会ったばかりの優しげな瞳に戻っていた。


「・・・・・・勘弁してくれ」


俺は目を細め、肩を竦めてみせた。それを合図に女神も腕を離してくれた。


「ではっ! 異世界に行ってくださいね!!」


「いや、だからそれとこれとは話が・・・・・・」


しかし、俺の言葉が言い終わる前に、俺の視界は変わり果てた。

俺の目に映るのは、広大な草原の中に聳える一本の大樹。訳の分からないと辺りを見渡す俺に、最後にと付け加えられた神の声が天から響き渡った。


「そこで女の子と仲良く、自由に無双して、是非とも楽しんでくださいね!!」


そう、嬉しげな声が聞こえた。

あぁ、なんと面倒なことだ。俺は、俺にとって最も嫌がることを、最も嫌がる形で起こされてしまったのだ。


「ふざけるな! くそ女神!」


俺はそう悪態を付くと同時に、とある誓を楔として心に打ち込んだ。


(誓ってやる。俺は絶対にハーレムなどに屈しない。フラグなんてへし折ってやる。俺のことを惚れさせやしない。ありとあらゆる可能性を極限まで絞り込んで、一人きりの人生を歩んでやる・・・・・・!!)


「約束だ・・・・・・母さん」


俺のその小さな声は、流れるようなそよ風によって、無残にもかき消された。


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