アイスクリーム
あのアイスクリーム屋が目の前を通った。
降水確率60%。今にも降りそうな灰色の駅前風景のなか、派手なピンク色の車体は明らかに浮いていて、集客のために流れる甘ったるいメロディーラインが、道行く人の神経を逆なでしている。
バスを待ちながら私はふいに昔のことを思い出していた。
私が小学生の頃、登下校が一緒になる同級生の子たちがいた。当時は集団登校なので、行きが重なるのはしょうがないのだが、帰りはバラバラに下校するのに、どうしても顔を合わせてしまうメンバーがいた。とにかく家が近所なので、最後の最後まで通学路がかぶるのだ。
その日も例によってなんとなく一緒に下校をするはめになった私たちの前に、ピンクの車は現れた。通学路の近くに停車しているあたり、子ども狙いだったのだろうか。
「あれアイス屋さん?」
一緒に帰っていた1人の女の子が車を見て声をあげた。
田舎の小学生には何もかもが珍しい。私もじっと車を見ていた。見ることしかできないのだ。お金ないし。
ところが奴は違った。
「ねえ、タイちゃん行っちゃったよ」
タイちゃんというのは同下校のメンバーの1人で、背が低くてちょっとぽっちゃりした、スポーツできて口が悪くて意地の悪い、よくいるタイプの嫌な男子だった。どうやらアイスを買ったようだ。
「あぁー!買ってるじゃん!」
「うわー」
私たち二人が責め立てるなか、本人はいたって平気そうにアイスをにぎりしめている。こちらを見てにやっとわらうと、さっさと先を歩き出した。
「だめなのにねー」
「先生に言うよー」
その後も私たちはタイちゃんを責め続けながら下校した。別にアイスが食べたかったわけではない。ただ今しか、明らかに責める理由のある今しか、好き勝手言ってやれないのだ。普段たいして口喧嘩できるような相手でもないし、かといって言われっぱなしなのも気に入らない。私は思いつくかぎりの悪口を奴に言ってやった。
「うるせーな」
もう少しで家に着くというところで、ついにタイちゃんがしゃべった。そして、近くにあった空き家になっている家屋のすみにかけよると、もっていた食べかけのアイスをそこの排水溝に逆さまにすりつけた。
「あー!もったいない!」
「あーあ」
私たちがまだヤイヤイ言うのをしりめに、タイちゃんは走って帰っていった。逆さまにしたアイスはコーンだけが顔をのぞかせていた。
アイスクリーム屋はまだねばっている。車を止めているが、「我こそは」という者はいなかった。バスはまだ来ない。今日は一日こんな天気なんだろうか。
私たちが高校生になってしばらくして、タイちゃんは亡くなった。
私は通夜に行くことになった。
式場には、少しずつ大人びた顔をした目慣れた連中が続々と集まってきていた。小中高を一緒に過ごしてきた皆。早すぎる同窓会だった。
受付のすぐ横にタイちゃんの写真が飾られている。写真のなかで、彼は笑っていた。ピアノかオルゴールかわからないが、悲しげな音楽が小さな音量でBGMとしてかかっていた。
この「泣け」と言わんばかりの雰囲気に、高校生の私はイライラしていた。それまでこういう場はあまり経験したことがなかったが、なんというか、悲しみを作り出す仕掛けがありすぎるように思えたのだ。
「お顔をみてあげてね」
ということで、私たちは列になって順番にタイちゃんの顔をみていった。寝ているみたい。だけど確かに生きてはいなかった。
タイちゃんのご両親があいさつをしているくらいのタイミングで、とうとう私は泣いた。周りの皆も泣いていた。してやられた感じだった。
あのアイスクリーム屋が目の前を通り過ぎてゆく。
ついに誰一人、アイスを買う者はいなかった。バスはまだ来ない。薄暗い曇り空の下、私は誰とも目を合わせずにいた。
私があのアイスの味を知る日は絶対に来ないだろう。
次の瞬間にはもう、私は午後の講義の資料に目をおとしていた。
この文章のなかの、私の気持ちはノンフィクションです。
書くかどうか悩みましたが、やってみることにしました。
「生きなかった時代を自分は生きているんだ」と思うこともあります。
そう思いました、ということです。