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自由ヶ丘利人は動物園でも平常運転なようです。

作者: 安藤ナツ

「動物園って言うのは如何にも人間的な施設だよな」

 自由ヶ丘利人は檻の向こうのインド象を眺めながら愉快そうにそんな事を言った。その台詞には皮肉気な物が隠さずに込められていて、純粋に動物を見て癒されようと言う私の目論見はまるでまるでこの男には通じていないようだった。

「元々は他所から珍しい動物を引っ張って来て、自分の権力を誇示する為の私的な施設だったらしいぜ? ヨーロッパでも中国でも大陸が違うアステカにもあったらしい。現在の日本の法令上は博物館として扱われているみたいだな」

「ふーん」凄く興味がないや。「それよりも利人、象を見なよ。見て、あの鼻」

「因みに、象の長いアレは鼻と上唇が発達したものだから、骨がないんだってよ」

「それは雑学として割と面白いね」

 他の友達と遊んでいる時、利人のこう言う面白雑学を披露してやろうと思うのだけれども、私の脳味噌は直ぐに忘れてしまうので友達に自慢できた事はあまりない。明日にでも動物園に友達とくれば話は別なんだろうけど、二日連続で動物園に遊びに行く事はまずないから虚しい仮定だ。

 利人の引き出しは無駄に数が多いから、ありとあらゆる分野で雑学を披露できるのが強みだろう。時々以上に鬱陶しいのが珠に傷だけど。

「象は見た目からインパクトあるから研究の進んでいる動物で、この手の雑学は多いぞ。ジャンプできない唯一の哺乳類って言うのも有名な雑学だな」

「動物の研究って、見た目のインパクトで進捗が決まるの!?」

「研究者も人間だ。興味ない動物の研究は後回しにされるぞ。昆虫とかより顕著で、蟻とかあの社会性が人気の秘密らしい」

 そう言われるとあんまり興味ない私でも、蟻の巣にアルミか何かを溶かし入れて模型を取る動画を見た事がある。使い終わった蟻の巣の型を取るらしいけど『本当かよ』と思わなくもない。

 いつも通り利人の蘊蓄を聴いていると、インド象のターバン君(安直だなぁ)がもしゃもしゃと干し草やらスイカを器用に鼻でつまんで口の中に放り込み始めた。連休を利用して遠足でもしているのか、周囲には幼稚園児らしいカラフルな帽子をかぶった集団がいて、滅茶苦茶テンションが高くなっている。子供は隣の奴と違って無邪気で可愛いなぁ。

 そんな事を言うと、『無知が“可愛い”の間違いだろ?』とか言い始めるに決まっているので、私は子供達とは関係ない事を訊ねる。

「インドってスイカあるのかな?」

「普通に作物としてはあると思うけど、野生はどうだろうな? アフリカ原産だから多分どこでも育つんだろうけど」

 黒人がスイカ好きと言う差別的なテンプレがあるんだぜ? と利人は一々雑学を付け足す。こいつ、絶対に女子にモテないんだろうなと思う瞬間である。理屈っぽいと言うか、理屈が服を着て歩いているんじゃあないかと思う時がある。いや、世の中全て理屈が付けられて動いていると言われたらそれまでだけど。

「でも、スイカ丸々一玉って結構な出費だよね。一日何キロくらい食べるんだろ」

「あそこの看板が正しければ五〇キロだな」

 目敏く説明文を読んでいた利人が間髪を入れずに答える。私はその数字を聞いて「多いな!」と応え、利人は「やっぱり少ないな」と呟く。え? 五〇キロって私より……私と同じくらいの重さなんだけど。

「インド象の体重って五〇〇〇キロ位だろ? 一〇〇分の一じゃねーか。体重一〇〇キロの人間が一日に一キロしか食べないなんてことないだろ? 俺達だって、最低限一キロ程度は喰うはずだ」

 むむ。一々考える事が理屈っぽい。けど、確かに割合で言えば少ないのか。利人のお兄ちゃんが飼っていたハムスターとか、自分の顔を倍くらいに膨らませる位にご飯を食べていたし、一〇〇分の一って言うのはかなり少ない数字なのかもしれない。

 あんなに大きいのに食事量が相対的に考えて少ないっておかしくない? 大きい方が沢山エネルギーが必要だろうに。

「おかしくない」

 しかし私の疑問に利人がやっぱり即答する。

「大きい方が省エネには有利だからな。だから陸上生物の進化は、身体を大きくして相対的な効率を取るか、小さくして絶対量を少なくするかのバランスのせめぎ合いだ」

「いや、何が『だから』なの? 省エネに有利な理由は何処?」

「何処って、湯飲みのお湯と風呂のお湯、どっちが先に冷める?」

 それは、まあ、湯飲みかな? でも、何で? それがどうしたの?

「生きるって言うのは、体温を維持するって事でもあるだろ? 冷めるって言うのは死だ」

「それで?」

「例えば各辺一センチ立方体があるとするだろ? 表面積は六平方センチで、体積は一立方センチだ。これが倍の二センチになると表面積は四倍の二十四平方で、体積は八倍の八立法センチになる」

「ちょっと、急に数学の話しをしないで!」

「算数だ」呆れたように利人は言う。「そして、エネルギーは体積で蓄えられて、表面積で出て行くと想像して見ろ。さっきの場合はお湯だな。お湯の量は八倍だが、熱が逃げていく場所は六倍だ。つまり、熱一に対して、逃げていく場所は減っているんだ」

「つまり?」

「大きくなる程、三/四の割合で熱を保持しやすくなる。つまり、体温維持に使うエネルギーは奇妙だけど体重の三/四乗に比例して少なくなっていくわけだ。寒い地域の動物がデカいのもこの原理だな。大きい身体は保温が利くんだ。勿論、それ以外にも生物毎に工夫があるんだけど」

 わかるような、わからないような理屈だ。どうしても計算が絡むと真面目に聞く気が失せるんだよね。小学校の分数で躓いた人間の末路だゾ、幼稚園児達。小学生になったら細かい事を気にせずに先生の話を素直に聞いて覚えるんだ。

「地球もそうだろう? あまりにも巨大過ぎるから、四六億年も前に小惑星同士が衝突し合った際の熱エネルギーが未だに内部で冷めていないわけだ」

 まだ前の話しがわかってないのに話を進めないで利人先生! こうやって授業について行けなくなるんだぞ、園児達。

「えーっと、とにかく大きい生物は意外と省エネできているってこと?」

「まあ、そう言う理解で問題はないな」

 なるほど。あれ? でもさっき見て来たライオンはそんなにご飯を食べるのかな? 毎日毎日狩りが成功するはずもないし、その理屈だとあっという間に餓死してしまう気がするんだけど。

 大体、現実に一週間も食べていないチーターとかが決死の狩りを行うドキュメンタリーとかありふれている。

「ああ。あくまでカロリー換算の話しだ。食べ物によって喰う量その物は変わって来る。栄養価が高いと、必要量自体は少なくなるだろう。で、葉っぱをエネルギーに分解する酵素を殆どの動物は持ってないからな、量を喰わないとカロリー的にやってられないんだ」

「ふーん。野菜って栄養豊富そうなのに。って言うか、エネルギーにするのが難しいなら食べなきゃ良いのに」

「だが、そこら中に生えているし、動いて逃げる事もないだろ? 餓死するリスクはそれでも案外低いんだよ。それに果実とか根っ子は栄養価が高いから、大抵の草食動物はそっちがあるならそっちをメインに食べる。因みに、草食動物の胃が長かったり、四つあったり、反芻したりするのは、植物のセルロースを糖に分解する為だな」

 セルロース。なんか聞いたことがあるけど意味は分からない単語だ。牛の胃が四つあるのは流石に知ってる。焼肉屋さんで覚えた。

「中学の頃、動物の細胞と植物の細胞の違いを勉強しただろ?」

「ああ、うん」

 多分。利人が言うのだから教科書に載っていたのだろう。身に付いてないだけで。

「植物細胞の特徴は細胞壁と液胞。この細胞壁をエネルギーにするのが手間になる。体内の細菌に分解してもらって、それをエネルギーとして吸収するわけだ」

「もう、草食べるの辞めたら!? 肉食べようよ!」

「ただ、肉食獣の狩りはそれと比べるまでもなく大変だからな。千恵が言うみたいに何日も食べられない可能性は高い。その分栄養豊富だからニ三日食べない程度でも平気なわけだ」

「動物園で毎日肉を食べている所を見ると、絶食が平気とは思えないんだけど。あのげっそりして浮き出た肋骨とか見ていると抱きしめたくなるよね。容赦なく食われるだろうけど、それも致し方なしかな」

「ライオンとかチーターみたいな連中に食われるのは嫌だな。あいつら、千切って食うだろ? 絶対に痛いぞ。喰われるなら、蛇みたいに丸呑みが良い。肉食獣の捕食のパターンは、千切るか丸呑みかの二択だな。極端に巨大な肉食獣がいないのも、わざわざバイソンを丸呑みにするほど巨大になるにはリスクが高過ぎる。象ですらギャロップができないんだから、狩りをするのに必要なスピードと体重を維持するには、現状の肉食動物程度の大きさが限界なんだろうな」

 へー。と、幼稚園児の付き添いらしいお姉さんが感心した風に頷いた。遂に利人は見ず知らずの他人にまで解説役になってしまったようだ。恥ずかし過ぎるので私は利人の腕を引いて象のコーナーから逃げ出すように早足で離れて行く。

「そう言えば、動物の分布について考えた事はあるか?」

 冷え性を疑う冷たい手で私の手を握り返しながら、利人は思いついたようにそんな事を言った。

「分布? ポケモン以外でその単語を初めて聴いたよ。それがどうしたの?」

「肉食動物が草食動物を喰って、草食動物が植物を喰う。当然だけど、被捕食者――食われる存在の方が数は多い」

 それはそうだ。肉食動物の方が多かったら、餌が無くなって餓死してしまう。動物がそんな事を考えて行動しているとは思えないから、自然とそう言うバランスになるように世の中はなっているのだろう。

「だから、同じ面積内にいる動物の密度を計算している人もいる。草食動物は肉食動物よりも六〇倍以上いるだとか、やっぱり体重と数の多さは関係があるとか、温帯と熱帯では意外にも熱帯の方が密度的には低いとか、代わりに種類が多いとか、調べれば調べる程、自然って言うのは無責任ながらに秩序的だ」

「うん。それで?」

「その方法で東京を観測してみると――」

「みると?」

「同じサイズの生物から予想される密度の実に二三〇倍以上だ。体重で言えば、一四〇グラム程度の生き物と同等の密度らしい。人類全体の密度の二十六倍だから、人間から見ても東京は地獄みたいな密度をしているな。東京の人はハムスターのケージにでも住んでるのかよ」

 二三〇倍って事は、適正人数は今の二三〇分の一人って事だよね。日本の人口が減っているとか騒いでいるけど、一億人切ってもまだまだまだまだ人は多過ぎるわけだ。って言うか東京のインパクトに負けているけど、二六倍も相当な数字だよね。地球みたいな広大な大地があっても、日本人程度の人口が丁度良いって計算かな?

「ちなみに、人間が消費するエネルギーは、体重当たりの消費エネルギーで比べると象を凌駕しているらしいぜ」

 つまり、人間は平均的な動物の二十六倍も無駄に数を揃えながら、一〇〇倍近い体重の象と同じくらいの資源を浪費しているわけか。

 …………うん。ラスボスが人類を滅ぼそうとする理由がわかった気がする。

 ちょっと喉が渇いたくらいで冷たく冷やした缶ジュースを強請る子供。過剰に糖分が添加されたソフトクリームに、効率の悪い大型動物を飼育して提供する園内のレストラン。巨大な環境を汚染して調整された室内の快適さ。生産性のない情報交換の為に使われる高性能な電子機器。贅沢や浪費をする為に更なる人口増加を続け、加速度的に消費だけが増えていく。

 それが意味する所なんて、簡単に想像がつく。

「ねえ、利人」

「ん?」

「動物園って、動物も退屈しないだろうね」

 無自覚に人類全員が参加を強制されている、チキンレース染みた“繁栄”と呼ばれる活動はまだまだ続くのだから。

 利人はいつものように魔法染みた勘の良さで私の考えを読み取り、皮肉気に笑う。

「ニーチェ曰く、『男が本当に好きな物は二つ。危険と遊びである』だ。それが他人の物なら尚更の事に愉快だろうな」


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