いつ誕生日が恥ずかしい日になったのか
自分の写真を時系列で集めれば、一番古い写真は乳飲み子である自分の姿であろう。これは僕にかぎった話ではきっとない。次にくるのが、誕生日の写真。僕の場合であれば、7歳の誕生日の写真が残っている。小学校の友達と近所の友達を集めて、誕生日が開かれている。なんとなく楽しい1日だった記憶がある。
あれから時間が経ち、数年前から自分の誕生日を祝うことがなくなった。誰かに祝って欲しいとも思わない。これは、強がりではない。
考えてみてほしい。自分が誕生したその日、僕は何をしていただろうか。たしかに僕は母親のお腹の中から出てきた。その日が誕生日だ。しかし、僕は何もがんばってはいない。少なくとも人に祝ってもらえるような頑張りを見せていない。大きな声をあげて泣き始めたのがその日だ。それはがんばったのだろうか。いや、それはあくまでも動物としての本能に近いものだ。
本能的な行為は祝う対象にならない。毎日トイレに行くことを祝福することはない。ちゃんと寝ることも、人に褒められるような事柄ではない。むしろ、行うことができて当たり前の行為ともいえる。
そう考えてみると、自分が生まれたその年その日、僕は何もしていなかった。少なくとも努力はしていないし、秀でたことを何一つしてはいない。がんばったのは僕ではない。がんばったのは、母親だ。これは間違いない。実際に詳しい話を聞いたわけではないが、痛みに耐えて、誕生日に苦労をしたのは自分の親に違いない。これは、普遍的な事柄といえる。なぜなら、誰もが母親から生まれてくるからだ。仮に代理出産で生まれた子供であっても、その子供を産んだその人は苦労しただろう。
そう考えてみると、誕生日は「母親に感謝する日」ではないだろうか。そう考えるに至って、自分の誕生日を自分で祝うことがなくなった。本音を言うと、友人にも祝ってほしくない。だから、友人には自分の誕生日を言わないようにしている。聞かれる機会があれば言うが、そういう場面がなければ決して口に出さない。
それでも、自分の誕生日を祝ってくれる人がいる。それは親である。何とも不思議な話だ。こういう状態を何と言い表せばよいだろうか。矛盾?それともあべこべ?祝われるべき人間が、自分を祝おうとするのである。
誕生日というその日、僕ができることは母親に「ありがとう」の意を伝えることだろう。しばしばその言葉を伝えるのは難しい。肉親に普段言わないことを伝えるのは、あまりにも小っ恥ずかしく耐えられないものだからだ。もしかしたら、この感情に向かい合う日が誕生日なのかもしれない。自分という「存在」を当たり前で流さないで、その「存在」という基底を与えた母に「ありがとう」を伝える。誕生日とは、何とも居心地の悪い1日だともいえる。




