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諌めるための一苦労

 倫理観について。高校生のとき、教育指導の先生が信号無視をしてはいけない理由について、全校生徒の前で説明していた。なぜ覚えているのかというと、あまりにその内容に説得力を感じなかったからだ。この人は、正気なのかとさえ思った記憶がある。


 先生いわく、赤信号をみて歩道を横断してはいけないのは「周囲の目がある」からだそうだ。その方によると、高校生は一人の大人であり、ルールを守ることが求められる。また、高校生はその高校の制服をきている。つまり、高校生はどこの高校生なのかすぐに判別されるため、その高校の代表者ともいえる。その高校生が、「信号無視」という悪いことをすれば、高校の評判も悪くなる。それは、関係のない同じ高校生にも迷惑をかける。


 要するに、教育指導の先生が言いたいことは、「周囲の目があるし、他人にも迷惑をかけるから信号無視はやめろ」ということらしい。その方は、「子供があなたの信号無視をみて、真似るかもしれない」ともおっしゃっていた。


 高校生だった当時の僕は、「人間はそれほどまでに集団意識をもっているものか。この説明に説得力があると思ってこの方は話をしているのだろう。だとすれば、先生はそれほどまでに自分自身が高校という集団に帰属していると感じているのか」と驚いた。というのも、この話の理屈だと僕の高校にいる生徒が赤信号を無視するのは、「自分が集団に帰属して、同じ集団に属するメンバーに与える影響を考えていないから」ということになる。しかし、それを知ったところで信号無視はなくだろうか。


 その理由が間違っているとは言わないまでも、その説明は信号無視をしている人に対しては説得力をもたないだろう。というのも、信号無視をする高校生は、「信号無視をしても、自分の評判だけが下がるだけだ」と思って信号無視をしているのではない。そこに集団意識は関係ない。たんに「信号を待つのが面倒」というのが正直なところだろう。つまりは、信号無視は損得感情に由来する。


 「信号を無視すれば、待つという面倒さもなくなり、早く次に進むことができる」というのが、信号無視をする理由。この理由に対して、否という反論を先生はしなければならないのに、集団意識だとか、迷惑を与えるだとかという、すごく真面目な人にしか響かないような的ハズレの説得をした。そういう説明ではなく、「信号無視を繰り返すことに慣れ、安全確認を怠ることに違和感がなくなったときに交通事故は起こる」というような、集団よりも個人の生命を中心に置いた理屈を展開すべきではなかったか。なぜなら、損得感情は個人を中心にして考えられる感情であって、集団意識を中心にするよりも説得力が増すと考えられるからだ。


 倫理というのは、「なぜ〜してもよいか」「なぜ〜すべきか」に関わる営みだ。個人の生き方に関するものになれば、「私は〜すべきか、あるいはすべきでないか」という問いになる。たしかに、世の中には「周囲から法律に守れない人と思われたくない。だから、〜すべきではない」といった世間体にもとづく倫理観もある。しかし、「ラクだから、私は〜をしてもよい」という理由が多くの場面で占めていることも忘れてはいけない(例「ラクだから、私は信号を無視してもよい」)。


 人の行為を諌めたいとき、人が特定の場面で、どのような倫理観でもってその行為をとったのかを考える必要がある。「なぜ、あの人はその行為をとったのか」と相手の側に立って考え、相手の理屈にそった話を展開することで、相手の行動は変わるかもしれない。

 個人的な理想の人間関係としては、理屈が相手にそったものであるか関係なく、それをしてはいけない理屈を直接相手に伝えること許されていてほしい。しかし、たいていの人間は感情で動いている。自分にそった理屈でないと、自分に対する意見をすべて批判と解釈し、その意見の正当性を抜きにして、拒絶するものだ。

 だから、相手の立場に寄り添い、相手の倫理観にそわせた理屈を与えるという一苦労が必要となる。


  

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