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Destiny Colors  作者: kimaila
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第四話 -妖怪とか追手とか-

『おいこら何時だと思ってんだ!ざっけんなよテメェ!!』


 スマホの向こうから若い男の声が響く。零士(りょうじ)は電話相手には見えていないにもかかわらず、ひたすら空いた手を立てて謝罪のポーズを取りながら口を開いた。


「ごめん!ごめんって!ホンットごめん!でもマジで今ちょっとヤバいんだって!」

『知った事か!俺は寝る!!』

「頼む寝るな!っつーかすぐ来い!頼むから!!俺妖怪拾っちゃったかもしれないんだよ!!」

『は?』


 零士(りょうじ)の一言に、電話相手の声音が変わる。


『おま……妖怪拾ったってマジ?』

「いや、うん……まぁ何ていうかその……本物の妖怪なのかどうかはわかんねーんだけど。なんか変な奴っていうか……」


 上手く説明出来ない零士(りょうじ)とは打って変って、電話相手は盛大な溜息を吐くとこう言った。


『ったく、しょうがねーなぁ……すぐそっち行ってやるから5分待て。』


 直後、通話が切れる。

 くしゃくしゃと頭を掻いた時、台所から少年が顔を覗かせている事に気が付いた。少年は目が合った瞬間微かにビクつくような動作をしたが、その掠れた小さな声で言った。


「お湯……沸いてるみたい……なんだけど……」

「あ。おう。今行く。」


 台所に戻ってみれば、やかんの中でしゅんしゅんと湯が沸く音がしていた。

 少年の分のカップ麺と自分の分のカップスープに湯を注ぎ、溢すなよと言いながら蓋を閉め直したカップ麺を少年に手渡す。箸とスプーン、スープの入ったカップを手に二人で部屋に戻る。


「3分経ったら食えるからな。」


 チラッと腕時計で時間を見ながら少年に告げる。少年はやっぱりこくりと頷いただけだったが、待ちきれない様子でカップ麺をジッと穴が開きそうな程見つめている。


―よっぽど腹減ってんだな……最後に飯食ったのいつなんだろう……―


 ぼんやりとそんな事を考えながら少年を観察する。左手はテーブルに頬杖をつき、右手はのろのろとカップスープをかき混ぜているが、溶け残りがカップの底でスプーンの先に重く引っかかる感触などまるで意に介していなかった。

 少年の髪は前髪も含め伸び放題で、顔はよくわからない。だが、前髪の間から時折見える目がとても印象的であった。部屋の明かりを点けた事でそれがはっきりわかる。瞳が鮮やかな紫色なのだ。


「なぁ、お前のその目って生まれつき?」


 ボソッと訊ねた零士(りょうじ)の言葉に、少年は少しビクッと肩を震わせ、慌てて顔が見えないように前髪を手で整えながら言った。


「変でしょ……父さんも母さんも日本人なのにこんな色の目……」


 泣きそうな声だった。

 零士(りょうじ)は鼻で溜息を吐き、カップスープへ視線を落とす。


「別に変じゃねーだろ。珍しいってだけで。」

「ホント?……」


 少年が顔を上げたのを気配で感じながら、零士(りょうじ)はカップへ視線を向けたまま話す。


「1000万分の1。」

「え?……」

「紫色の瞳で生まれる人間の確率。アニメとかゲームとかではよく居るけど、実在すんのかな~って……昔さ、なんとなく気になって気まぐれで調べた事あるんだよ。そしたら極稀に、さっき言った1000万分の1の確率で居るんだとさ。殆ど外国人みたいだけど。」


 そこまで言って、チラッと少年へ視線を移す。少年はぽかんとしているように見えた。


「……ま、確かに日本人で紫色の目ってのはまず居ないっつーか、なんだったかな。青い目の色素に……んー……絵具なら青と赤だけど赤い目は色素じゃなくて血の色が透けて見えるだけだったような……」


 スマホに手を伸ばし画面を点ける。画面に表示された時間を見て、3分経っている事に気付き、もう食えるぞと声を掛けながら紫の瞳で検索する。


「レッドとブルーの混合と反射で……か。じゃぁ血の色が青い目の奥に透けて見えてると紫になるって事かな……」


 頭をひねりながらかき混ぜたスープを口に運ぶ。少々冷めていたが猫舌の零士(りょうじ)には丁度良い温度だった。


「赤とか紫の目って、光に弱いらしいな。明るい所とか目ぇ痛くねーか?」

「大丈夫……」


 先程までの大人しさからは想像もつかない勢いで一心不乱にカップ麺を食べている少年に訊ねたものの、少年は一言そう答えただけだ。

 その時だった、押入れの中でガタンッと音がしたのは。

 少年が口から麺を垂らしたままカップ麺の容器を抱えて部屋の隅へ逃げる。一方の零士(りょうじ)はまるでそれが日常だとでもいうかのように立ち上がり、押入れを開けた。


「よう。悪いな朝早くから。」


 押入れの中へ声を投げかけると、押入れの中から青年が一人這い出て来た。


「ホントそれな。せっかく仕事休みだから惰眠貪ろうと思ってたっつーのによ。」


 刺々しく言い放ちながら、押入れから出て来た青年は畳の上にどっかりと胡坐をかき、恨みがましそうな目を零士(りょうじ)へ向ける。茶金髪に染めた長めの髪は寝癖が付いており、顔立ちは何処か零士(りょうじ)に似ていた。


「だ、誰?……」


 部屋の隅から怯えた様子で訪ねて来た少年に、零士(りょうじ)はなんでもなさそうにケロッと答えた。


「あぁ。俺の弟。」

「どうもっ。弟の甲斐崎龍士(かいざきりゅうじ)でぇーす。」


 フレンドリーな笑顔と共に軽いノリで挨拶した龍士(りゅうじ)だったが、次の瞬間には兄である零士(りょうじ)へ座ったままメンチを切りながら口を開いた。


「こんのアンポンタンがぁ……女の子を妖怪と間違えるとか阿保か!失礼にも程があんだろ!いっぺん死んでこいや……」


 怒気の籠った低い声で豪快に中指を立てるその姿は、つい先程チャラい挨拶をした人物と同一人物だとは到底思えない……あまりの迫力に少年はビクついて台所へいそいそと逃げ、零士(りょうじ)は頭を抱えた。


「いや、この子男だから。」

「うっそ?!男?!……声枯れた女の子かと思ったわ。」


 そう言って振り返った龍士(りゅうじ)の視線の先には、台所から顔を半分覗かせ二人の様子をそっと見つめている少年の姿があった。その姿はさながら、物陰からこちらの様子を窺う小動物だ。


「ほれ見ろ。お前がデカい声出すから怯えてんじゃねーか馬鹿。」


 零士(りょうじ)が呆れた様子で頭をスパンッとしばくと、龍士(りゅうじ)はバツが悪そうに少年を見つめ、大丈夫だよ~怒ってないよ~と少年を手招いた。


「ごめんな。コイツ声デカイからびっくりしたろ。」


 零士(りょうじ)はテーブルの前に座り直した少年へ声を掛けると、龍士(りゅうじ)へ今までの経緯を説明し始めた。駐車場に倒れていた事、名前が無いという事、化け物と呼ばれていたという事……

 龍士(りゅうじ)は説明が終わってからもしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。


天翔(あまかけ)さん。どう思う?」


 直後、巨大な白蛇の頭が龍士(りゅうじ)の左肩からにょきりと伸びて来た。その頭の大きさは彼の頭の大きさとほぼ変わらない。鱗は積もったばかりの雪のように白く、その眼は新緑のような鮮やかな緑色をしている……


―出た……―


 零士(りょうじ)は微かに身震いした。弟の肩から蛇の頭が生えてくるというとんでもない光景……とっくの昔に慣れた筈だが、彼は蛇が大の苦手なのだ。

 一方、天翔(あまかけ)と呼ばれたその蛇は、少年を真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「化け物と呼ばれておったというのは確かであろうな。今の世にはそうそうおらぬ存在じゃろうて。」


 落ち着いた様子でゆっくり、そしてハッキリと語るその声は、朗々とした初老の男性といった声だ。


「まぁ、(よこしま)な存在ではなかろう。ワシらに牙を剥かん限りはな……」


 どこか脅しているような、含みを持たせているような様子で天翔(あまかけ)の目が怪しくぎらりと光る。この眼光は、どんなにやましい事が無くともドキリとさせられるような迫力があるのだが、この少年は違った。その紫色の瞳を大きく見開いたまま『常人には見えない筈』の天翔(あまかけ)をジッと見つめ返している。


「ねぇ、この蛇お化け?」


 全く怯える様子もなく天翔(あまかけ)を指さして訊ねて来た少年に対し、零士(りょうじ)も、龍士(りゅうじ)も、そして天翔(あまかけ)までも言葉を失った。

 龍士(りゅうじ)のメンチにはあれだけ怯えた様子であったというのに、目の前に現れたこの巨大な白蛇に対しては純粋に興味だけが向けられているのがよくわかる。少年の目が好奇心に輝いていた。


「お前、コイツ怖くねーの?……つーか、見えんの??」


 ぽかんとした表情で天翔(あまかけ)を指さし、龍士(りゅうじ)が訊ねると、少年はなんでそんな事を訊ねるのだろう?とでも言いたげな表情を浮かべてこくりと頷いた。


「はっはっはっは!!ワシが見えるか!はっはっはっはっは!!!」


 数秒の沈黙の後、なんの前触れもなく天翔(あまかけ)が笑い出した。


「いやいや何とも、何とも面白い!お主のような(わっぱ)はこやつ等以外見つからぬだろうと思っておったのだがなぁ!」


 さも愉快そうに笑う天翔(あまかけ)の頭をむぎゅっと掴んで黙らせ、龍士(りゅうじ)が少年へと声を掛けた。


「じゃぁ、お前が化け物って呼ばれてたのって『見える奴』だから??」

「え?見える奴???」

「えぇい!話を()くでないわ!」


 戸惑った様子の少年の前で、天翔(あまかけ)龍士(りゅうじ)の手を振りほどき口を開く。


「とりあえずさ。一人で納得してないで俺達にも説明してくれよ。天翔(あまかけ)さん。」


 零士(りょうじ)の言葉に、天翔(あまかけ)はやれやれといった様子で溜息を吐き頷いた。


「よかろう。どうせならこの(わっぱ)にも分かり易いように説明するかの。遥か昔、そうお主ら人間が平安と呼ぶ時代にはワシら物の怪の類は同じ次元に住んでおり、今のように次元と次元の間が隔たれてはおらなんだ。それ故に様々な次元が一つの次元に重なり合い、その時代には他次元の力を扱える人間も数多く存在しておったのじゃ。神通力、異能の力、透視、予知、予言、治癒、浄化、呪術……まぁ挙げ始めたらキリがない程その力というのは多岐に亘り、それらは全て他次元の力であるからして、その力を介して他次元の存在を認識する者というのも少なくなかったのじゃ。ワシの若い頃には――」

「話が長ぇ!まとめろ!!」


 心底面倒臭そうな顔で龍士(りゅうじ)が怒鳴る。確かにこのまま大人しく聞いていたらちょっとどころではなく長い話になりそうだ。

 天翔(あまかけ)は心底面白くなさそうに不貞腐れた顔をして見せた後、盛大な溜息を一つ吐いてから再び口を開いた。


「……つまりじゃな。大昔には特別な力を持つ者達がワシら物の怪を見る事が出来るのは至極当たり前の事じゃったが、今ではワシら物の怪の住む次元とお主等の住む次元が隔たれてしまっておるせいで「力は有るが見えない者」「力は無いが見える者」のどちらかが稀に生まれる程度という何とも寂しい時代になってしまっておるのじゃよ。じゃからこそ、力を持ちワシら物の怪を認識する存在がこの場に3人も揃っておるのが何とも面白くてな。」


 そう言ってクツクツと咽を鳴らすような笑い声を漏らす天翔(あまかけ)の前で、二人の青年と一人の少年は互いを見つめて目を見開いていた。


「じゃぁ……もしかして……この子も?」

「ああ。かなり強力な神通力の使い手じゃ。今時の言葉で言えば『サイコキネシス』とかいう類のものに当たるかのぉ。」


 零士(りょうじ)の問いに天翔(あまかけ)はさぞ愉快そうにそう答えた。

 サイコキネシスの使い手……しかも大妖怪である天翔(あまかけ)が「かなりの使い手」と言う程だ。相当強力なサイコキネシスが使えると見て間違いない。


―じゃぁ……化け物って呼ばれてたのはその力のせいって事か……―


 やっと頭の中で話が繋がり始めた。強力なサイコキネシス使い。妖怪も認識出来る。化け物と呼ばれていた……名前が無い、漢字が読めないといった理由はまだよくわからないが、この少年が自分達と同じ存在であるというのなら……


「む?!」


 天翔(あまかけ)がハッと顔を上げた。鋭く見開かれた新緑色の双眸は玄関の方角を見つめている。一拍遅れて少年が顔を引き攣らせたのを零士(りょうじ)は見逃さなかった。


「龍よ!戻るぞ!!」

「は?!戻る?!」


 いきなりの天翔(あまかけ)の叫び声に完全に不意を突かれた龍士(りゅうじ)が取り乱す。零士(りょうじ)はすかさず問いかけた。


「一体どうした?!」

「話は後じゃ!」


 ピシャリと()ねつけるかのような天翔(あまかけ)の言葉に、どうやらただ事ではないらしいという事だけはわかったが、この様子は尋常ではない。


「あ、あいつ等だ……」


 怯えた様子で呟いた少年の顔は恐怖に凍り付いていた。


―心当たりでもあるのか……となるとなんだ?狙われてるとかいうんじゃねーだろうな……二次元じゃあるまいに……―


 そんな風に考えながらも、零士(りょうじ)は少年をそっと自分の背後に下がらせる……その後ろで龍士(りゅうじ)が慌てた様子で押入れの戸を開いた。


御帷(みとばり)!!戻るぞ!!」


 龍士(りゅうじ)がそう呼びかけると、押入れの下の段。何も入っていないがらんどうの空間が渦を巻き始めた。人一人がパッと飛び込める程の大きさへあっという間に広がるのを横目で確認し、零士(りょうじ)は少年の手を掴んだ。


「しっかり掴まってろよ!」

「え?!」


 戸惑った様子の少年を連れ、零士(りょうじ)は押入れの渦へと飛び込んだ。

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