第三話 -零士と少年-
やっと主人公の名前が出せました。
主人公の名前に関する詳細は後書きに記載しておりますのでそちらもご一読下さい。
翌朝……先に目を覚ましたのは拾われて来た少年の方だった。
少年はぐったりと疲れの溜まった体を起こし目をこすると、ハッとしたように辺りを見渡した。
目覚めた場所は見慣れぬ家の一室……怪訝そうな顔で見下ろして見れば、着ていた筈の黒い長袖Tシャツと黒いチノパンは、白文字で「あきかぜ芸術祭2013」と書かれた蛍光オレンジの半袖Tシャツと、紺色のトレパンに替わっている。勿論自分で着替えた覚えは無い……
しばし自分が着ているTシャツの文字を眺めた後、少年は布団から出て立ち上がり室内をもう一度見渡した。夜明けの薄暗い蒼に染まった部屋の中、テーブルを挟んだ向こう側で誰かが寝ている……
音を立てぬようにそっと寝ている人物の傍へと近付いて顔を覗き込んだ。落ち着いた茶色の短髪に細い顔。いかにも平々凡々な今時の若者といった雰囲気の青年だ。その青年をしばらくジッと見つめ考え込んだ後、少年はおもむろに青年の鼻を無造作につまんだ。
「んぅ……んん゛……」
青年は息苦しそうにしばらく唸っていたが、やがてぽやっと目を開いた。
「うお?!」
次の瞬間、青年が大声を上げて飛び起きる。目覚めた青年の視界に入ったのは、伸び放題の髪の間からコチラを見ている双眸……まるでホラー映画のような光景だ。無理も無い。
「お、お前目ぇ覚めてたんだな……」
バクバクと早鐘を打つ胸を片手で抑えながら青年が話し掛けたが、一方の少年は黙ったまま、起き抜けの青年をジッと観察するような目で見つめている。
「……どうした??」
無言のままの少年に訊ねるも、一向に返事をしない。髪の毛の間から覗く双眸だけが青年をただただ見つめている……その異質さはさながら亡霊のようで、室内の薄暗さが少年の不気味さを助長していた。
「えーっとな……お前、夜中に駐車場で倒れてたんだぜ?……具合どうだ?熱っぽいとか寒気がするとか……」
少年の不気味さを吹き飛ばそうとするかのように努めて明るく訊ねた青年であったが、少年はゆっくりと首を左右に軽く振るだけだった。
「そ、そっか……それなら良いんだ……」
青年は視線を泳がせながら落ち着かない様子でそわそわと頭を掻く。そんな青年の顔をしばらく眺めていた少年が、不意に口火を切った。
「なぁ……」
胸が締め付けられるような掠れた声だった。
何故昨夜、声を聞いた時に気付かなかったのか不思議なくらいだ。
「腹、減った……」
たった一言の言葉である筈なのに、その声は何処か泣き出しそうな響きを含んでいた。
「お、おう。何食いたい??」
戸惑いながらも、青年は立ち上がって台所へ付いてくるよう少年を手招く。少年はふらふらと彼の後を付いて行った。
「すぐ作れるのはカップ麺かカップスープだけど……」
台所の明かりを点けながら青年は少年に訊ねる。また黙りこくってしまった少年の目の前に、カップ麺とカップスープの素を青年が差し出すと、少年は無言のまま遠慮がちにカップ麺を指さした。
青年はまだ腹が減っていないのか、それとも引っ張り出したカップスープの素を再び仕舞うのが面倒臭かったのか、少し考えた後でカップスープの素をマグカップにザーッと入れ、湯の準備を始めた。少年がジッと傍で突っ立っている為、火の点きが悪いガスコンロへの悪態は胸中のみに留め、ヤカンを火に掛ける。
窓の外の薄暗さに青年が腕時計へ視線を落とすと、針は早朝の5時過ぎを指していた。今から布団へ引き返し二度寝したい。と一瞬思ったものの、二度寝の3文字を頭の外へ押しやり、青年は少年へ訪ねた。
「なぁ、お前名前は?」
返事は無い。青年が振り返った先で、少年は足元に視線を落としていた。
―やっぱ教えてくれねーか……―
青年が軽い溜息を吐く。が、正直そんな気はしていた。
「教えたくなきゃ、無理に言わなくて良いぞ。」
別段気にしていないような口調で青年が声を掛けたが、しばしの沈黙の後、少年は不意に呟いた。
「……無い。」
思わず青年が振り返る。驚きに見開かれた彼の両目が少年を凝視した。
「無い……って?」
「名前。」
少年のその一言に、青年はただただ唖然とするばかりだ。そんな彼の視線の先では、少年が居心地悪そうに眼を伏せてTシャツの端っこを捻じっている。
―俺……とんでもねぇガキ拾ったかも……―
戸惑いが青年の背筋を冷たく伝う。これは早々に警察へ連絡した方が良いかもしれない……
「……名前は?」
「……え?」
「お兄さんの名前は?」
伸び放題の髪の間から覗く目が、上目遣いに青年へ向けられた。
「……カイザキだ。カイザキリョウジ。」
「カイザキ……リョウジ……?」
ボソッと復唱する少年にリョウジはちょっと待ってろと言い、彼は通学に使っているリュックサックからノートを一冊出して来て少年の前に差し出した。
「こう書くんだ。」
ノートにはぶっきらぼうな文字で「甲斐崎零士」と書いてある。
「親父が松本零士っていう漫画家の大ファンでさ。それでその字を当てたらしいんだけど、誰も一発でリョウジって読んでくれねーの。」
困ったように笑いながら説明する零士の目の前で、少年はノートの文字を見つめて言った。
「俺……漢字読めない……」
思考が止まる……
漢字が読めない?だが、目の前の少年はどう見ても中学生くらいだ。漢字が読めないとは一体……
「……なぁ、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけどさ……お前、人間……だよな?」
零士が訊ねた。
人ならざる者なのではないか?……思わずそんな事を考えてしまったのだ。しかも彼にとって、そういった類の存在はとても身近な物で、実在するというのを嫌という程理解しているから尚更である……
「わかんない……俺、ずっと化け物って呼ばれてたから……」
少年が泣きそうな声でそう答えた瞬間、零士はスマホを取りに台所から慌ただしく出て行った。
主人公の名前の由来として、松本零士先生のお名前を拝借させて頂きました。
名前の由来としての使用の是非をオフィシャルサイトから問い合わせたところ、
「許諾」承認ということは明確にだすことはできません。
基本的に個人の小説の中で・・・ということですので、ある意味「出版の自由」の中での裁量となりますのでkimailaさまの判断にお任せいたします。
但し、松本零士という人間像を明確にされた表現で且つ、尊厳を失うような表現だけはしないでください。
との回答を頂きましたので、出版の自由として「零士」の二文字をお借りさせて頂きました。
この場を借りてもう一度、改めてお礼を申し上げます。