第二話 -拾ったは良いが-
自宅に帰ってからは大忙しだった。
気を失ってしまったのか、眠ってしまったのかはわからないが、帰宅した頃には少年はすっかり起きる気配が無かった。試しに起きろと揺らしたが全く目を覚まさないので、勝手に服を着替えさせ、髪を乾かし、布団へ寝かせる。少年のずぶ濡れの服はとりあえず洗濯機へ放り込んだ。
その後、彼自身もシャワーを浴びて着替え、びしょ濡れになった玄関から部屋までの床と畳をせっせと拭き、ついでに雨水でずっしりと重くなった自分の服を追加で洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。
タオルで頭を拭きながら、いまいち火の点きが悪いガスコンロに悪態を吐きつつ湯を沸かす……遅すぎる夕食となったカップ麺を手に少年の傍へ戻って来た頃には深夜一時を過ぎていた。
「起きねーなぁ。」
ずるずるとカップ麺を啜りながら少年を眺め、彼はぼやく。時々少年の顔へ手をかざし、息をしている事を確認するが、起きる気配は無い。
―それにしても、妙なガキだな……―
髪は肩甲骨辺りまで伸び放題。見た目からして13~14歳に見えるが、着替えさせる際にあばらが浮く程痩せていたのを思い出す。背負った時も異常なまでに体重が軽かった……体力の低さに絶対の自信を持つ彼がバテずに連れて帰れたような体重だ。今までちゃんとした物を食べていたのかも怪しい。
―ただの家出少年か、虐待されて逃げ出したのか……いや、誘拐された先から自力で逃げ出して来たなんて可能性もあるっちゃあるよな……まぁどのパターンでも面倒臭ぇ事に変わりねーけど……―
とはいえ、雨の中倒れている少年を無視出来なかったのは事実だ。こんなに痩せ細った少年が一晩中雨に打たれ続けていたら、最悪の場合衰弱死していたかもしれない。
「ま、寝かせといてやるか。」
少年の頭を優しく撫で、ついでに手の甲を頬の辺りにそっと添えてみる。まだ若干冷たいが、拾った時に比べれば随分温かさを取り戻していた。
「あとは熱が出ねーかだけが心配だなぁ……」
明日は木曜日。大学もバイトもある……この少年が目を覚ました時、独りで大丈夫だろうか?
―目が覚めたら知らない家の中で独りぼっちなんて……恐怖以外の何物でもないよな。俺なら絶対誘拐されたんじゃねーかと思うわ。―
彼は考え込んだ。大学はまぁ一日くらい休んでもどうと言うことは無いが、バイト先のコンビニは従業員数が少なくて常にアルバイト募集中のポスターが貼りっぱなしになっているような店舗だ。わざわざ都合を付けて交代してくれるような親しい従業員も特に思い当たらない。
ーとりあえず、明日は大学サボるとして……バイトどーすっかなぁ……バイトの時間までに目ぇ覚ましてくれりゃ良いんだけどな……ー
空になったカップ麺の容器を無造作にゴミ箱へねじ込み、箸を台所で洗う。洗いカゴの中へ箸を放り込んだ時、ふと気になって食料の在庫を確認した。
カップ麺が2つ。カップスープが3食分。夏の間に食べ切れなかった素麺が1束。冷蔵庫の中には残り少ない牛乳と、卵かけご飯にしか使っていないせいでなかなか減らない醤油。卵が2つ。海苔の佃煮もまだ半分程度あるし、冷蔵庫の隣には残り少ないが米が数合分残っている。
「買いに行かなくても一応今日明日分くらいの食い物はあるな。拾って来た奴の分含めて。」
特に買い出しの必要が無い事が分かると、彼は拾った少年が目を覚ますまで家に居る事を決めた。拾った経緯を説明しなければ誘拐犯だと勘違いされそうであるし、少年の素性も気になる。
「よし。明日の予定も超大雑把だけど決めた事だし。寝るか。」
部屋に戻った途端、彼は深い溜息を吐いた。布団には今少年が寝ているではないか……
寝る気満々だった彼は再びガックリと肩を落とす。一人暮らしの大学生の家に来客用の予備の布団などあろう筈もない。
彼は押入れから普段あまり使っていない薄手の掛布団を引っ張り出すと、座椅子の背もたれを倒して平らにし、その上にいそいそと丸まった。かなり狭い上にロクな寝返りを打つスペースも無いが、夜の冷え込みが少しずつ増している10月の夜に畳の上でゴロ寝はしたくない。
「あ。電気消してねーや。」
面倒臭そうに立ち上がり、部屋の明かりを消す。
真っ暗になった部屋の中で最後に響いたのは、テーブルに膝をぶつけた鈍い音と、彼の情けない呻き声だけだった。