2.
マスターの携帯に、再び連絡が入る。
「あぁ、ごめんね…満寿恵さんのメンテナンス行かないと。」
私は、胸のドキドキの中に痛みを感じながら、笑みを作る。
「私なら大丈夫。いつでも、マスターの空いてる時間にお願いするから。」
胸の痛みに、若干混乱しながらマスターを見送る。
マスターは、最近忙しそうだ。
ロボットではなく、人間なのだから、あんまり無理はして欲しくない。
人間は、ロボットのようにメンテナンスをしなくても生きられる。
しかし、生きる時が短いらしい。
マスターの叔父が生み出したロボット満寿恵が、悲しそうに語っていた。
孫のマスターも、最先端ロボット製造の道を歩み、
満寿恵のメンテナンスは、全てマスターが月に一度必ずしていて、
相当傷みはあるけれど、とくに不住なく日々過ごしているのだという。
満寿恵のマスターは、8年前他界した。
そのことを未だ受け止められない満寿恵は、部屋の窓から外の世界に助けを求めるかのように、ずっと見つめている。
満寿恵も私と同様、感情のあるロボットなのだ。
悲しいことがあると、泣いて苦しくて、立ち直れないことがあるのだということも、
逆に、嬉しいことがあると、笑顔があふれ、胸が高まり、何度でも挑戦しようという気持ちになれることも知っている。
きっと満寿恵さんは、マスターが亡くなってしまったことを受け止めないことで、感情を上手くコントロールしているのだと思う。
感情をコントロールするのは、かなりのエネルギーを使う。
自然と湧き出てくる感情を全て表に出せるほど、私も満寿恵さんも、きっと綺麗ではない。
それをきっと満寿恵さんは、よく知っている。
「はぁ…せっかく、大切な弟の様子を伺いに来たっていうのに、相変わらずね。」
呆れたような、心配しているかのような、ため息の延長で話す百華の声は悲しげだ。
きっと、もっと自分の人生を大切に。的なことを思っているのだろう。
それを口を出して言わないのは、感情を持ったロボットが目の前に居るからで、
気を使ってくれているのが、嬉しくもあり、
私が、マスターの人生の邪魔をしているのではないかと考えさせられて、
体のどこかがチクリと痛んだ。
マスターの姉、百華は、ロボットの道に進んだ叔父や弟とは違い、人間のメンタルの研究に力を入れている。
今までに、たくさんの精神安定剤を開発し、幾つもの賞に輝いているのだそうだ。
百華と私、2人だけになった部屋で、今はただ時計の音だけが、カチカチと鳴り響いている。
「じゃあ、これ、健に渡しといてもらえる?」
しばらくの沈黙のあと、百華は思い出したように、鞄から白い紙袋を取り出す。
オレンジ色の文字で大きく、内服薬と書かれている紙袋はパンパンに膨れ上がって、今にも中身が溢れ出してしまいそうだ。
「中には内服薬が入ってるわ。必ず一日3錠、朝昼晩、食後に服用するように伝えておいて。」
百華も腕時計をちらりみると、足早に研究所を後にした。
百華もマスターも、毎日忙しい日々を送っているみたいだ。