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ホリックシリーズ  作者: はせがわ
卒業後編
4/5

とあるマフラーの話2

 小物を探してお店を回っていたら、シンプルでスマートな感じの輸入雑貨をメインに置いている店があった。私が横にいては会長さんも選びにくいだろうと、少し距離を置いてふらりと店の中を一周する。なかなか大人っぽくて素敵な感じだとは思ったけれど、どちらかというとふわっとした雰囲気を選んでしまう私の好みとは少しズレていた。素敵だとは思うけど、私が身につけるには少し違う。ある程度店を見回ったら飽きてしまって、あくびが出そうになる。用事のある会長さんの手前それはまずいだろうと、口元に手を当てて誤摩化した。ちらり、と彼の方を見ても、商品とにらめっこするのに夢中で、こちらのことなんて眼中にない。それがなんとなく悔しかった。

 拗ね気味に店の外に視線をやって、目に入ったものに心臓が高鳴った。すごく好みの雰囲気のナチュラル系の雑貨屋である。

 もう一度だけ会長さんの方を見ても、彼はやっぱり私のことなんて気にしていない。


(邪魔しちゃ悪いし……。ちょっとだけ。ちょっとだけなら、いいよね?)


 心の中で言い訳をして、引き寄せられるように向かいの店へと移動する。

 思った通り。好みドストライクゾーンの雰囲気のお店。しかも、毛糸や生地まで置いてある。それぞれ、少し大きめのカゴの中に敷き詰めてある。

 覗き込んで思った。通っている学校と趣味の影響で、かなり細かく毛糸についてはチェックをしていたはずなのに、このお店の毛糸のメーカーは見たことがない。

 不思議に思っていると、説明のポップ広告に目がいった。


『当店自慢の手作り毛糸です』


 いろいろと細かい説明は入っていたが、一番大きくトップに書いてあるその一言で、納得した。道理で見たことがない訳だ。


「いいなあ。欲しいな…」


 触り心地もなかなか良い。チラリと値札を見る限り、さすがになかなか良いお値段であるが、欲求は高まるばかりだ。

 ふと、埋もれていたモスグリーンの毛糸達を見つける。色ムラがまた、いい味を出している。


(この色……)


 一目惚れと言っても過言ではないだろう、手に取ったが最後、カゴの中に返したくなくなった。

 無意識に、チラリと元いた店、会長さんが今いる店の様子をうかがう。どうやら、会長さんは私の行動にはまだ気付いていないみたいだ。咎められるのを恐れるかのように、私は小さめの毛糸を複数個つかむと、レジへと持って行った。





 その後、何事もなかったかのように向かいの店に戻り、すっと会長さんの隣に並ぶ。それに気付いた会長さんが、私を見た。私は、素知らぬ顔で尋ねる。


「どうですか、会長さん。何かいいものありました?」

「まあ、何となくは決めた。……ん? お前、何か買ったのか?」


 私の質問に曖昧に答えた会長さんは、めざといことに増えた手荷物に気が付いたらしい。毛糸を買ったことはなんとなく秘密にしたくて、ギクリとしながらも、会長さんに対抗するように、誤摩化すようなへらっとした笑みを浮かべた。





 会長さんがレジに向かっている間、私はフラリと店の外に出た。じっと待っていると、会計を終えた会長さんが店から出てくる。そこに通り掛かる女性。スラリと高い身長。肩にかからないくらいの短い髪のその人の顔立ちは、なんとなく何処かで見たことがあるような感じだった。少しだけキツそうな目元。形の良い唇。

 その人は、幸か不幸か私達に、彼に気付かず通り過ぎた。


「————」


 会長さんの口が動いて何かを囁いたが、私には聞き取れない。ただ、すっと隠した、買ったばかりの紙袋を隠すように背中に持って行ったそのことから、私は確信した。


(会長さんのプレゼントのお相手は、あの女性(ひと)だ)


 横目で窺った会長さんの表情を読み取ることは出来なくて、だけど触れて欲しく無さそうなことだけは想像出来て、私は何も言わず、会長さんが高校時代、私に望んでいた、鈍い女の子を装うことにした。


「用件も終わったようですし、私もやりたいこと思いだしたので、この辺で解散にしますか?」


 私がそうやって声をかけると、会長さんはハッと我に返ったように「あ、ああ……」と頷いた。少し安心したような表情が一瞬だけよぎって、間違ってなかったということへの安堵と、妙な悔しさとが心の底で入り交じった。






     +   +   +






 家に帰った私は、もやもやとしたものを抱えつつも、買ったばかりのモスグリーンの毛糸を包み紙から取り出した。これで機嫌が向上するのだから、我ながら単純だ。

 リビングで、にやにやと眺めていると、部屋から出てきたらしい中学生の弟がひょいっと私の手元を見た。


「おかえりーって、またそんなの買ってきたの、お(ねえ)


 呆れたような声色に、うぅっと言葉を詰まらせる。何も反論出来ない。なんせ、部屋には毛糸やら生地やらがたくさん(あふ)れ返っているのだ。機織り機まである。


「アイツだったら彼氏でも出来たのかってニヤニヤするとこだけどさ、お(ねえ)のソレっていつもなんだもんよー」


 この親愛なる生意気な弟君が言うアイツとは、この子の双子の妹のことである。あの子は私とは違って、手芸やらそういった方面にはとんと弱く、触れようともしない。代わりに、私が苦手なスポーツが大の得意だったりして。


「んー、でもさ。お(ねえ)が買って来るにしては、渋い色だね…マフラーでも作るんでしょ? 誰かにやんの? 彼氏?」


 しかし、この我が弟。少しばかり鋭過ぎではないだろうか。この色の毛糸を見た瞬間に思い浮かんだ、同行者の顔。そんなこと、考えないようにしていたのに、パッと思い浮かんでは、思考が停止した。ニヤニヤと覗き込んでくる奴の顔が少しばかり鬱陶しい。


「違います! 部屋でやるから、放っといてよね」

「おー、こわいこわい」


 わざと腕を擦るようにして、自室へ帰って行った弟を見やり、私はため息をついた。

 そして、私も後を追うように自室へ向かった。

 部屋の座椅子に陣取り、慣れたように目を作って編んでいく。一ヶ月以内には完成させたい。一日に何段編めばいいのか、軽く計算して脳内にインプットさせる。

 毎回、この作業をすると気が遠くなる。楽しいからやっているのだが、遠い未来を見ているようで時折、絶望に駆られるのだ。

 それでも止められないのは、性分だからか、物を作るのが好きだからか。そう、結局『好き』ということに集約させてしまえるのだ。


(このモスグリーンも、きっと会長さんの灰色の上着とマッチすると思って…)


 そこで、また彼のことを考えている自分に気が付いて、編んでいる途中の毛糸を投げたくなった。

 なんとなくは、自覚していたのだ。心のどこかで、ずっと彼のことを考えてることなんて。

 私は弟に対しての物よりも格段に深いため息をついて、自分への呆れを吐き出した。

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