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ホリックシリーズ  作者: はせがわ
高校時代編
1/5

Workaholic(会長サイド)

 凍っている空気の中、グレーの上着からはみ出ているむき出しの指先を擦り合わせて、はあっと息を吐きかけた。白い空気が若干の温かみを与えてくれるが、手は赤く染まったままだ。本来きれいな桃色でなければならない爪も、マニキュアを塗ったみたいに紫色である。

 俺はズレてきた眼鏡の位置を正しながら、ぼんやりと遠くを見た。黒いアルミのフレームは外気に晒されているせいで、やたらと冷たい。


(早く帰りたい……)


 内心ではそう思っていても、役割を果たさずに帰るわけには行かない。俺は、早足で校舎裏にある部活棟へと向かった。

 下校時刻はとっくに過ぎていて、それでも明かりが付いている部屋がひとつだけある。

 やっぱりと思いながら、その部室へと足を進める。なぜだかその部屋は3階建ての建物の最上階、しかも一番奥にあって、俺がわざわざ行くたびに面倒な思いをしなければならない。何かの策略だろうか。

 寒さで苛立っていたせいで、いつもより若干激しく扉を開け、こちらに気付いて振り向いた少女に脅すように低い声で言った。


「おい、手芸部」

「あ、会長さんだ」


 こんな状況下でものほほんと「こんにちはー」なんていうコイツが、いつものことながら俺には理解できない。

他に部員さえいれば話が通じるだろうにといつも思うが、他は全部名前だけの部員だ。当然ここにはいない。


「お前、今何時だと思ってんだ」


 慌てて時計を見た手芸部は、ごめんなさいと頭を下げる。言い訳もせず、素直に謝れるってところはすごいと思うけど。俺は絶対あんな風に素直にはなれないから。


「お前、なんでいつも遅れるんだ。下校時刻の放送、入ってるはずだけど?」

「ここ、放送入らないんです。……暖房もですけど」


 言われてみて気が付いた。この部屋は、そういえばまったく暖かくない。室内のはずなのに、外と同じような温度だ。


「ストーブとか、無いのか?」

「私一人のために持ってくるのもなんだかなーって」


 えへへ、と笑うけれど、こんなんじゃ風邪でも引きかねない。って、なんで俺はこんなわけのわからないやつを心配してるんだ。


「あ、別に心配しないでくださいよ。私より、会長さんは大丈夫なんですか。いっつも、忙しそう……」


 この期に及んで、俺の心配か。心配なら下校時刻に、とっとと帰ってくれと思ったけれど、そうか放送が入っていなかったんだっけ。

 こんな寒さの中、誰も好きこのんで学校に残りたいなんて思うまい。


「お前さ。こんな寒い中で出来るのか、作業」

「へへっ。大丈夫なんです。ホラ」


 珍しくも心配した俺に、手芸部はそう言ってポケットから使い捨てのカイロを取り出す。

 その無邪気な様は置いておいて……この寒い部屋を暖房もなしに手芸だと。冬の寒さを舐めんじゃねえよ!


「まあ、いい。とっとと帰るぞ。手芸部」


 少し考えるところがあったが、誤魔化すようにして促した。俺の脳内なんてまったく知らずに、手芸部は頷いて帰り支度を終える。

 先に出た俺に続いて部屋を出たあれは、部室に鍵を掛けて、ふわふわとした髪の毛を揺らすようにして、てくてくと俺の後を付いてくる。


「なんでお前、わざわざ学校で作業するわけ? 家でやった方がはかどるんじゃねえの? この寒さじゃ」


 言ってから少し嫌な気分になったことに、自分で驚いた。別にこいつと会えなくなったって、俺に何の損害もないというのに。

 どうしてだろう。面倒くさいと思いつつ、こういった無駄な時間は嫌いじゃない。

 気が付いてしまったら、その真っ白な笑顔をなんとなく直視できなくなって、視線をそらす。真っ暗になった空には、少し欠けた月が綺麗に輝きながら浮いている。


「だって、部活だし。そうだなあ……あ、会長さんが迎えにきてくれるから、じゃダメかな?」

「バッ……!」


 まったく他意も何も無さそうに、ゆっくりと言うあれに俺は動揺する。


(わざとか!)


 そう思って慌てて振り向くも、やっぱりいつも通りの顔だ。なんかむかつく。

 何か、意表をつけるような話題はないか。考えて、ひとつ妙案を思いついた。

 にやけないように注意しながらクールぶって、いかにもどうでもよさそうに口を開いた。


「じゃあさ、お前。明日から生徒会室に来ればいいよ。知ってるか、何故だかこの学校は会長様専用の個室があるんだぜ?」

「あ、本当? 私、会長専用の部屋って一度入ってみたかったんだ! 近所のお兄ちゃんがね、会長だったんですよ」


 その反応。期待したのとは、何かが違う。

 けれど、『わあ、楽しみー』なんて、くしゃりと破顔したあれに、そんなこと言えるはずがない。

 それに、この手芸部の口から違う男の話が出たことに驚いて、妙にムシャクシャした。どう考えても、女友達しかいない雰囲気の少女だったからだろう。

そ ういえば、俺はこいつのことを何も知らない。

 何も知らないのに、こうして隣に立っている。

 それがすごく気持ち悪くて、俺はらしくないとはわかっていたが、自分からあれのことを尋ようと思った。


「なあ」

「なあに、会長さん」


 さすがに、無神経な俺といえど少しだけ躊躇って、それでもやっぱり聞こうと決心。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だったっけ?



「お前、そういえばなんて名前だっけ」

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