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第8話 大隊合流――状況整理 その二

「―――それにしてもすごいですね、この馬車は」




不意に聞こえたティアの声に、零司は思案の海から浮上した。


見れば、彼女は高機動車の車内に目線を泳がせていて、何かを見つけるたびに一人で嬉しそうに顔をほころばせている。




「馬が一頭もいないというのにひとりでに進んでいますし、何より驚くべきはこの乗り心地です! 私の乗っていた物もかなり揺れが少ない方でしたのに……アルフレッドは今までこのような馬車に乗ったことがありましたか?」


「いいえ、お嬢様。 このアルフッド、世に生まれ出て52の歳月を経ましたが、このような物には一度たりとも」


「そうでしょ? ほんとうにコレはすばらしい! この馬車に乗ってしまうと、今までの物には乗れなくなってしまいそうです」




二人とも高機動車の乗り心地に偉く感激したようである。


しかしコレ、実際のところは機動性と走破性だけが取り柄の軍用車両である。


こっちからしてみれば乗り心地などあって無いようなものであるし、一般車に比べればタフさ以外は見劣りしっぱなしだ。


シートは固い、タコメーターは無い、造りが重苦しい、中身は重厚感たっぷりで武骨などなど……まあそれでも、人に装備の事を良く言われて嬉しくないわけはない。


軍人冥利というやつである。


零司は少しだけ微笑むと、




「気に入った?」


「はい! それはもう!!」




ほとんど間髪いれずの即答。


だがティアは「あ」と声を漏らして慌てて俯と、少し顔を赤らめながら上目づかいにこちらを見て、




「ぃぇ……その…すばらしい馬車でしてよ?」




―――なんだそりゃ。


苦笑しつつ内心で突っこむ。


見知らぬ物への好奇心の暴走で取り乱してしまったことが、お嬢様として恥ずかしかったのだろうか? この世界で自動車というのは珍しいのだろうし、こっちは別にそんなこと気にしないのに。



「まあいいけどさ。 あまりいじり回さないでくれ、変にさわったりしたら怪我するから」




あくまで使用法を知っている者として忠告すると、ティアは素直にうなずいた。


それからしばらくして、車内を隅から隅まで観察し終えたらしい彼女は、窓の外を走る他の高機動車とこちらを交互に見ながら、




「あの、レイジは東の地から来られたとアルフレッドから訊きましたが、東の国では普段からこのような馬車が走っているのですか?」




ああ、そう言えばアルフレッドにはそう説明したんだったか。

尋ねられて昨夜のことを思い出す。




「そうだな。 種類はいろいろだけど、どこ行ってもコイツと同じ物が走ってるよ。 むしろ、俺たちからしたら馬が引く馬車の方が珍しいくらいだし」


「どこでもって……すごいです! こんな素晴らしい馬車が一般に普及しているなんて」


「そう? こっちは全然そんな気はないんだけど……あとこの乗り物、馬車じゃなくて自動車っていうんだ」




説明すると、ティアはたどたどしい言葉遣いで「じどうしゃ?」と訊き返してきた。




「そう。 動かすのに馬みたいなものを使わなくてもいいから自動車」




ニュアンスとしては間違っていないはずだ。

正しく説明するとなると長くなるし、何より自分だと知識が足りなさ過ぎて正しく説明できない。


しかしこのせいでティアはさらに疑問が増えてしまったらしく、




「でも馬がいないのならどうやって動いてるんですか? ひょっとして動かすために何か特別な魔法があるとか……」


「あ~、いや……そうだな。 これを動かしているのは魔法と言うより科学っていう分野なんだけど、分かる?」




一応訊いてみると案の定、ティアは小さく首を横に振った。


―――やっぱりか。


予想通りの返事に零司は嘆息。

どうやらこの世界で一般的なのは、自分たちの世界と違って魔法云々といったものなのだろう。


馬車を引く事に馬を使うあたりは、魔法の量やそれ以外の事が関係しているのかもしれないが、異世界から人を呼び出すあたり、少なくとも物理現象や物性などはあまり考慮されていないのだろうか?




「科学って言うのは……そうだな、俺らのいた国で言うところの魔法みたいなものかな? たぶん解釈としてはこう言った方が分かりやすいと思うけど」


「レイジさん達の地方独自の魔法……なら、それを使えるようになれば私でも動かせるんでしょうか?」




と、ティアが言った時に零司は視線を感じた。


その方を見ると高機動車を運転するドライバーの隊員がバックミラー越しにこちらを見ている。


不満たっぷりの目で彼が投げかけていることは、言わずとも理解できる。




「えーと……科学とか魔法云々は関係なしに、自動車を動かすには扱い方さえ覚えれば誰でも動かせると思うけど、お前にこれを動かさせるわけにはいかないかな」




「初心者の運転ほど危ないものはないから」後半を言葉には出さずに言うと、ティアは少しだけ残念そうに肩を落とした。


喜んだりへこんだり忙しい奴だ。




「ま、見る分には問題ないから。 好きなだけ見ていいさ」


「……! はいっ、ありがとうございます!」




萎れ方があまりに寂しそうだったので苦笑しつつフォロー。

そうするとティアはふたたび笑顔になり、車内の探索を再開した。




「……あ、そうだ。 なあティア、ちょっと聞いていいか?」


「? なんでしょうか?」




ちょうどティアが備え付けの消火器を興味深げに見つめていた時に、零司は思いだしたように声をかけた。




「あのさ、ティアって東側の国について何か知ってる?」




昨日アルフレッドに尋ねられたこと、そして今しがたティアと話したこと。


それらに対し自分はなし崩し的に東側から来たと話してしまったが、実のところこちらはこの世界の東側についてはまたく知らない。


会話のなかで、この土地が東側でないということが辛うじて分かったぐらいだ。




(さすがに、何も知らないまま立場をでっち上げるのはマズいからな……)




これから先、ティア達も含め東側の事を何かしら知っている者と会話した時に、辻褄の合う嘘をつくのは厳しいだろう。


たぶん、というか絶対にどこかでボロが出る。

そこを補填するにはとにかく早々に情報を集めるしかない。

それにこの情報収集で東側の事がわかれば、日本に関することも何か分かるかも知れない。




「えと……東側っていうと、こことはかなり違った風土と文化があるって聞いたことがあります。 大地の神様を崇め奉るんでしたっけ? それで四つの季節があるんですよね? ピンク色のきれいな花が咲いたりする月があったり、すごく気温が高い月があったりして季節を楽しめるって聞きました。 でも……何でこんなこと聞くんです?」


「あーいや、この国の人が俺たちの地方についてどれくらい知ってくれてるのかなって思ってさ」




「そうだったんですかぁ」といって納得した様子のティアだが、今こっちが言ったことは嘘だ。


どれくらい知ってくれてるもなにも、こっちが色々と尋ねたいくらいなのである。




(とりあえず……)




分かった事は、東側には全体的に四季が存在するということ。

これは元の世界でいう中国や韓国といった地方にも、四季があると取っていいのだろう。


そして変わった宗教があること。

アジア圏では仏教が主流だったが、土地の神々を崇拝するのはあまり聞かないから、何かしら別のものなのだろうか?


となれば、考えられるのはこの世界独自のものに間違いはないと思う。


それとまだ自分は聞きたい事がある。 それは、




「他には何か聞いたことない? 国の名前とかで……日本って国を聞いたことは?」




瞬間、車内の空気がピリッと張りつめたのが肌で感じられた。

だが零司はそんなことに構わずティアに尋ねた。




「ニッポン? えと……私は聞いたことないです、アルフレッドはどう?」


「いえ、わたくしもそのような国の名は存じ上げません」


「そうか……分かった。 なら、つまり俺たちの国の名前は全然売れてないってことか。 精進しないといけないな」




二人の返事に零司は快活に笑って答え、話をごまかす。

彼女たちは気付かず笑顔を浮かべたがこちらの内心は穏やかではない。


日本を知らない―――


そう無関心に言われると、あらかじめ想定していたにも関わらず少しショックだ。


まるで、自分たちが本当に異世界に来てしまったことを、改めて突き付けられたような感じがして…… 




「ま、ちょっと気になっただけだからさ。 ありがとな」


「いえいえ、お安いご用ですレイジ。 私だってレイジの居た東の国のことを少し教えてもらいましたからね。 このジドウシャの事とか!」


「ふふふ、よっぽど気に入ってんだなお前。 そこまで喜んでくれるなら、こっちとしても嬉しいよ」


「はい! えへへ」




爛漫な笑顔を浮かべるティアに少し引け目を感じつつ、零司は微笑を返した。


優れた兵士が何かを手に入れるためには、味方や民間人を騙すことも厭わないものだが、異世界の少女に隠し事をして都合のいいように答えさせておいて、それでちょっと罪悪感を感じる自分はまだ未熟らしい。




「―――流石です。 相変わらずコミュニケーション能力が高いですね、灰島二曹は」




と、少し自嘲気味だった零司に声が掛けられる。


声の主は隊で一番の新人の久坂真人(クサカマサト)二等陸士だ。

中央の席に座っている彼は、膝立ちで後ろを向いてシートに寄りかかっていた。




「そうか? 別にそんな気はしないんだがな……というかお前、俺と手塚のやり取り見てきてるだろ? あれ見てるのなら、俺の応接能力の低さは知れてると思うんだが」


「ですが、僕が聞いていた限りでは二曹のボキャブラリーの幅は広いですし、質疑応答もしっかりしていませんか?」


「さぁ……どうなんだろうな? そういう事は、自分で判断できるのか?」




久坂の言葉に、零司は首をかしげた。


こうやって懇切丁寧に話す彼は、去年イエーガーとして練馬に配属されたばかりの、いわゆるルーキーの一人である。 零司や手塚が上下関係に鷹揚だと知ると、慕うようにしてよく話しかけてくるようになった。




「ま、褒められて悪い気はしないからな。 コミュニケーション能力は評価されとくよ」




ラフに片手を挙げて応えると、横から篠原が割って入ってきた。




「うわー、灰島二曹それを自分で言いますかー。 幻滅ぅ~」


「うるせえよ篠原。 というか、お前こそ上官に向かってなんて口の利き方だバカ。 少しは久坂を見習え」




「私はすぐに二曹を追い抜くからいいんです」と、篠原は言ってそっぽを向いた。


まったくコイツは…


絶対的な縦社会が形成される軍隊において、このような下士官の態度は厳しく咎められなければならない。 部下の横暴を上官が許していれば、それは次第に他の部下にも伝播していき、いざという時に指揮系統が瓦解するからだ。


だがこの中隊に配属された段階で、零司はそれを諦めていた。


〝上が上なら下も下〟ということである。


そんな部隊で「まあまあ、灰島二曹も篠原一士もそう言わずに」とフォローに入る久坂は、真っ当な人として重宝される貴重な部下であった。




「……やっぱお前は優秀だなぁ、久坂。 期待してるぞ」




心からの本根に、目の前の新人はすこぶる嬉しそうに頷いた。




「それで灰島。 お前、このあとの事は何か工藤二尉から伺ってるのか?」




いつのまにか手塚との口論をやめていた冴木から、零司に向かって質問が飛ぶ。


それに零司は首を横に振って答えた。



「いや。 俺も知らされてる事は、ティアとアルフレッドさんを乗せてこの先の村……ソラーナ村まで送る事と、そこで隊を編成し直すってことだけです。 それ以外は特に」


「事の一端を任されてるお前にも、情報があまり開示されてないんだな。 こんなとこに来たというのに……」


「まあ恐らくは、二尉も状況をほとんど把握できていないんだと思います。 一応、無線越しに大隊長と話はしたらしいですが、状況が状況なので、再編後に本格的な行動を開始するのかと思いますけど。 ただその場合、内部で混乱が起きないかどうか……少し不安ですね」




先ほどの懸念を話すと、冴木も(バラクラバで見えないが恐らく)苦い顔を浮かべる。




「やはりお前も考えていたか。 小さな集落に俺たちが向かえばどうなるか」


「はい」




いつの間にか、自分たちだけでなく手塚や篠原も真剣な眼差しで会話に聞き入っていた。


ドライバーの隊員と助手席に座る隊員も、おそらくは聞き耳を立てているに違いない。


そんな中、久坂だけが小首をかしげて、




「え? 自分たちが行っちゃマズイ事でもあるんですか?」




冴木はこくりと頷く。




「ああ、正直なところ問題だらけだ。 ソラーナ村の村民が第二中隊を迎え入れたのは、物珍しさに対する興味もあっただろうが、本心は第二中隊を通商か何かだと思ったから受け入れたんだろう」


「だったらいいのでは? 好意をもって受け入れてくれたのなら、誠意次第では情報収集ができるいい機会じゃないですか」


「あのな、考えてみろ。 いくら商人を相手にしてきて宿屋が多い村だからって、最初に受け入れた連中と同じ人数があと2つもプラスされたらどうなる? 一個大隊、車輌70と兵員360だ……そんな人数と装備が一気に流入したら、あからさま怪しいだろ」




そこまで言って、久坂は改めて何かに気付いたような顔をした。

冴木は呆れたように鼻で息をつき腕を組んだ。 途切れた説明の続きは零司が繋ぐ。




「それだけじゃない。 言語や風土、宗教といった事の問題もあるのに迂闊に地元民とは話せないだろ? 住人とのトラブルは最大限避けないといけねえのに。 そもそも、駐留したら駐留したで俺らの話が広まりかねん以上は、長いこと留まるわけにもいかないって根本的な問題もある」


「……迂闊でした。 すみません」




落ち込む部下に、「気にするな」と声をかけて零司は後続の車列を眺めた。


とりあえず大隊が再編されれば一時(いっとき)の命綱は確保される。


装備の維持も数カ月はもつだろうし、物資も演習前だけあって潤沢だ。

食糧に限っては、こっちの食べ物を地元民に食べさせて問題無ければ現地調達という手もある。


防衛力も地上戦のみなら問題ない。




(……ただ、これがいつまでも保つってわけじゃないからな)





小さく嘆息した。

こうやって思考の海に沈むたび、先ほどひとり悩んでいた懸案にぶち当たる。


最悪、色々とバレることになってもこっちの世界の住人に協力を仰がないといけないか……などと、ため息交じりに考えていた時である。




「……ぁ、あの」




不意に蚊の鳴くような声音でティアが言った。


車内にいた全員の視線が向けられると、彼女は哀れなほどに動揺したが、やがて意を決したように言葉を紡ぐ。




「あのっ! 皆さんひょっとして、泊まられるところにお困りなのですか?」




それには全員が小首をかしげて顔を見合わせた。




「一応、そんな感じかな」




零司がこの場の代表としてそれに応えると、ティアは隣のアルフレッドに目配せ。


彼が黙って何かに頷くや否や、少し嬉しげに顔を綻ばせた。




「でしたら、私たちの街へ来られませんか? そこなら皆さま方の泊まれる宿屋も多くありますし、ひょっとしたらハイネお父様も屋敷に入れてくださるかもしれません」


「え……? なに、街?」




屋敷というのならまだ納得がいくが(久坂ら一部のメンツは首をかしげているが)、街と言うのは一体どういうことか?


こちらが揃って困惑顔になっていると、ティアは笑顔で答えた。




「はい! 実は私の一族はスヴェンツの街の領主をしているんです!」


「………は?」




形の良い可愛い口から出てきたとは思えない爆弾発言と、ヘルメットのレシーバーが電子音を発したのはほぼ同時だった。




フロント(先頭車)より各車に送る。 我らがお友達がお出迎えだ、第三中隊が見えたぞ』







◆ ◆ ◆




――――――年号 日時ともに不明


現在地 不明


現地時刻 JST 0953







出発時はまだ山の陰に見え隠れしていた太陽もそれなりに上り、柔らかな陽光で大地を照らしている。


青い匂いを運んで若草を揺らす微風(そよかぜ)と、ぽかぽかした日の温かさは、疲れた身からゆっくりと強張りを引き抜いてゆく。


その代わりに危険なほど強力な睡魔を催させるのがたまに傷だ。


少し前に合流した第一中隊と第三中隊は現在、休憩も兼ねて草原の真ん中で待機していた。


早朝と同じように整然と並べられた車両の周りには、それまで車内に詰め込まれていた隊員たちが出てきて、背伸びや屈伸などで凝り固まった身体をほぐしている。




「――――――それで、」




その場所の端っこ。

ほとんどの隊員たちが思い思いに休むなか、隅の方に置かれた折りたたみ式のテーブルを囲む数人の姿があった。


多くは第三中隊の隊員だが、その中には工藤と零司の姿も含まており、零司は相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。




「ひょっとしたら、そのティアって子が俺らの駐留地を確保してくれるかもしれない……と?」


「はい」




こちらに尋ねる中年の男に零司は頷く。




「確かに思うところは多々ありますが、現状、我々には拠点というものがありません。 野営地を築こうにも装備が足りませんし、食料や水といった物の工面でも、大隊の人数分を用意するとなれば必然的に地元民とコンタクトを取る必要もあります。 そのことを考えると、今のうちからこの世界の人間と交流を行い拠点を確保するのは、悪くないと思われます」




もっともらしい解釈を交えつつ言うものの、中年の男―――第三中隊の指揮を執る郷田聡(ゴウダサトシ)一等陸尉は、皺が刻まれ貫禄のある顔にさらに皺を浮かべた。




「魅力的ではあるが……利口な考えとは思えんな」




当然だ。


と言うより、こっちだって本当は、ティアの言うスヴェンツという街に向かうなんてことに反対なのだ。


そんな奴がどうしてこういうことを話すのかと言えば、理由は工藤にある。


第三中隊と合流し車内での会話を工藤に報告したところ、彼は「よくやった」と言うなり、こちらの襟首を掴んでこの場に引きずってきたのだ。


その際、即興で思いついた台本をこちらに押しつけてきて何をするのかと思っていると、今のところ黙って飄々と会話を眺めているだけ。


そのせいで零司は始終しかめっ面を浮かべている。




「正直に申し上げて、自分もこの案が適切だとは到底思えません。 右も左も分からない今、むやみにここの住民と接触を図るのは危険ですし」


「ん? なのにお前、さっきは……ああ、なるほど」




今しがたの発言と打って変わった事を言うと、郷田は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、隣に立つ工藤を見るや否やすぐに納得した様子。


逆に工藤はと言うと、自分が部下に仕事を押し付けたことを悟られ、ピクリと片方の眉をつり上げていた。


ざまあみろ―――内心で零司はほくそ笑む。




「だがまあ、これを見せられれば……野営しようにもなかなか実行に踏み切れんな」




言って郷田が目を落とす先には、ホログラフィックの映像を空中投影している端末がある。 映し出しているのは、昨日のドラゴンとの戦闘を記録していたヘルメットカメラの映像だ。


その映像の中では、赤い外殻に覆われ蝙蝠のような翼をもつ巨竜が、縦横無尽に飛び回っていた。




「エンシェントドラゴン……だったか? まったく……こんなとんでもない生物がいるってことは、ここは俺たちのいた世界じゃないと受け入れるほかないな」




昨日の戦闘の報告を受けてはいたものの、郷田は信用しきれずにいたらしく、この記録を目の当たりにした時は「作り物ではないのか」と再三にわたって訊いてきた。


気持ちは分かる。


しかしこれは紛れもない事実で、自分たちは間違いなく交戦したのだ。

その証人としての意味合いもあって、零司は連れて来られていた。




「こっちは交戦していないから実際のものがどれほどか分からんが……灰島、お前は一番最初に交戦したんだったな?」


「はい、一尉。 あの生物と最初に接触したのは、隊では自分が一番最初です」


「戦ってみて何か感じた事はあるか? 実際のスケールと脅威度はお前から見てどうだった?」




郷田に訊かれた零司は迷うことなくすぐに答えた。


ドラゴンと戦ってみてどうだったか―――など、考えるまでもない。




「正直申し上げまして、アレを倒すのは我々イエーガーでも困難です。 あの生物の鱗は12.7mmはおろか20mmすら通しませんでした……55mmでようやくと言ったところです。 |IFV(52式装甲戦闘車)の35mmや重MAT|(多目的誘導弾)なら分かりませんが……ともかく、分隊を率いての戦闘なら撃破できる可能性はあるでしょう。 ですが単機では、たとえ対戦車装備を搭載していても苦戦は必至と思われました」




そもそも、戦闘用車両の装甲を貫通する20mmで抜けない鱗というのが理解できない。

本気で、アレはタングステンか何かで出来ているのではなかろうか、と考えたほどだ。


そんなこちらの報告に郷田は、




「お前がそう言うなら相当だな……20mmに耐える生物か…」




にわかに信じられないのだろう。

彼は苦い表情になって眉間に皺をよせている。


と、ここに来てそれまで沈黙を保っていた工藤がようやく口を開いた。




「そのような理由もあって、自分は灰島の言うようにクリフォード嬢の一家とコンタクトを取ろうと考えているわけです、一尉。 帰る方法が分かるまで、我々はこの地で生きてゆかねばなりません。 その切っ掛けが今、一番おいしい形で目の前にぶら下がっているのですから……乗らない手はないと思われますが?」




工藤の言葉に、郷田は口に手を当てて唸る。

ややあって、彼は肩を竦めてみせると、




「まあ、そうだな。 最終的には大隊長の意向に任せるしかない。 俺らの独断ではどうにもできん」


「……そうですね」




言ってから、二人は視線を同じ方向に向ける。


零司もそれにならって顔を向けると、その先には小高い山に挟まれる形で小さな村が見えた。


直線距離にして18kmほどのそこが、目的地のソラーナ村だ。


中世ヨーロッパの木造建築を彷彿とさせる家々の煙突からは煙が上り、村を貫く街道に沿ってそれらが立ち並んでいる。 村の中央から離れた丘には転々と家が建っていて、端には小さな牧場のようなものも確認できた。


通行のハブである村としては少し小さく感じるが、ここからでも街道に露店が立ち並んでいるのが見えるように、それなりに活気はあるようだった。


若い緑色の草原の真ん中にぽつりとこのような村があると、いかにも自分たちの知っているファンタジーの世界の姿だ。




「目的地まではすぐだ、話はそれからにするぞ。 とりあえず報告は以上か?」


「はい。 それ以外は昨日お話した通りです」


「よし。 なら話は終わりだ。 ミーティングは終了、全員解散していいぞ」




郷田に対してその場にいた全員が敬礼。

答礼が返されると静かにメンバーはその場から離れていった。


だが零司だけは動かず、彼らが離れてゆくのを待ってから唐突に工藤に問いかけた。




「……別にここまで詳しく話さなくても結果は決まっているのに、わざわざ郷田一尉にティアや彼女の親が統治する街の事を話したのは、何か策があるからですか? 工藤二尉」




あからさま含みのある目を向けてそう言うと、工藤は飄々として、




「べっつにぃ~、俺、報告義務があるから言っただけだもん」




コイツどんだけ白々しいんだ―――声に出さずに内心で呆れた。


第三中隊と合流してから、現状確認も含めて指揮官同士が意見交換の場を設けた事はおかしくない。 管理職なら当然だ。


しかし気に入らないのは、最終的に大隊長の意向がなければ決定しようのない事を、わざとらしくこの場で郷田に知らせたことだ。


このあたり、工藤が何かしら画策している気がする。

と言うよりは少し前からその雰囲気を感じ取っていた。


より正確に言うならば昨日の夕方、自分に対してゼノニウムの効果や並行世界の話をした、あの後くらいから。


だが、それが何なのかまでは汲み取れない。




「ま、俺はあなたの指揮に従うまでですけどね。 こういう場合、一端の下士官が何言っても意味ないですし」


「そーそー、部下は部下らしくしてろ灰島。 ただでさえ、お前はいろいろ引っ張ってきやすい体質らしいからな」


「む……」




『いろいろ』という言葉にあからさまな嫌味を感じて零司は唸る。

こっちだって意図して問題を担ぎこんでるわけじゃない……




「まぁ、それを補って余るくらいの才能と勘の良さがあることは認めてやるよ」




言うなり工藤は踵を返してその場から去っていく。

だが3歩ほど歩いたところで思い出したようにこちらを振り返り、




「ああ、そうだ。 この先の村で第二中隊と合流したら大隊長にもこれまでの事を報告するわけだが、そんときお前も付き合えよ? 詳しい話は俺じゃ出来んからな」


「え? あ、はぁ……」




と、一方的に告げるだけ告げて今度こそ工藤はその場から歩き去っていった。

なんとも要領の得ない間の抜けた返事をした零司は、手持ち無沙汰にその場に立ちつくす。


どうやら自分は今後もあの上司に良いようにこき使われるようである。

縦社会では仕方ないことなのかもしれないが、ここまで使い走りのように扱われるのでは、少しは手当てが付いても良いのではなかろうか?


などと考えつつ、一通り周りを見回した零司はポツリと一事。




「………あ、このテーブルとか片付けるの俺か」




この場の事も含めて、自分の行く末はしばらく前途多難なようであった。







◆ ◆ ◆







零司ら自衛軍の中隊がソラーナ村にほど近い丘の中腹で休息を摂るなか、それとは別に街道の北部から村へと進む一団があった。


青と黄の二色、そして中央にユリが象られた旗を風になびかせ走る彼らは、30名の兵で構成された騎兵隊だ。


彼らは辺りに馬蹄が地面を蹴る音を轟かせ、一路ソラーナ村へと続く街道を走りぬけている。


その先頭を走る騎兵が身につけるプレートアーマーには、ところどころ金色の豪奢な装飾が施されており、その者がどれほどの位の高さであるかが伺わせた。


が、何よりもその騎兵を見た者の目を引くであろうものは、馬が走り風が吹きつけるたびに翻る白銀色の長髪と、凛とした気高さを伺わせる美貌だろう。


彼女――――――シルヴィア・フォン・ハーレンハイムは切れ長の目を細め、まだ見えぬ目的地の姿を懸命にその瞳に映そうとしていた。




「……そう焦るな、ハーレンハイム殿。 せっかくの美人が台無しだぞ」




彼女の後ろに付く形で馬を駆っていた初老の騎兵が横に並び、軽口がてら窘めてくる。

そこでようやく、シルヴィアは自分が思っていた以上に表情が顔に出ていた事を知った。




「そうは言っても……ティアの身に何かあったのだとしたら、ゆっくりはしていられない」


「だが、クリフォード嬢の御身に何かあったと決まったわけではなかろう? 急いて気を立てても仕方あるまいて。 落ち着け」


「……しかし…ああ…そうだな。 そのとおりだ…」




口まで出かかった言葉を呑みこんでシルヴィアは唇を噛んだ。


思わず反発してしまいそうになるも、今は彼の言い分に理がある。

ここで何を言っても、それはただの屁理屈でしかない。


それに、フレデリック陛下より任された騎士たちの前で、私情に焦るあまり醜態を晒すわけにもいかない。




「だが彼女は、今や一国の行く末を決める命運を課せられた身なのだ。 本来ならば昨夜にはスヴェンツへと戻っていなければならないのに、それが今朝になっても帰ってこないとなれば……聞けばアンデールの森の近くで炎竜が目撃されたという噂もある……だから…」


「分かっておるわ。 クリフォード嬢が王国にとって重要で、そなたにとっても妹同然の存在であることは重々承知しておる。 ゆえにハイネ様も街の警備の任を解き、我々をこうして迎えに遣させてくれたのだ……我らにはそれだけの信頼がおかれている…それを忘れるな、シルヴィア」


「……うん……少し焦っていた。 すまない」




そう言って謝ると、彼は皺の刻まれ始めた顔に笑みを浮かべて馬の速度を落としこちらの背後に付いた。


階級はこちらが上でも、彼とは経験してきた場数と年月が違う。

そんな騎士の言葉には自分を落ち着かせる十分な重みがあった。


一時の感情に流されるな―――彼が言いたかったであろうことを胸の内で反芻し、シルヴィアは手綱を握る手に力を込めた。




――――――ティアが戻らない。


今朝、ハイネ伯爵に呼びだされそう告げられた時は、自分で思っていた以上に動揺した。


子供のころから人懐っこく、自分が騎士となって王都に向かう事になっても。手紙のやり取りを欠かさなかった少女。 4年の歳月を経て、スヴェンツの治安維持のために再び街へ戻って来た時、誰よりも喜んでくれたのも彼女だ。


その彼女が、危険な任務から帰ってこない……それは自分の中で大きな衝動となって現れた。


様子を見てきてくれと頼まれるや否や、その詳細すら聞かずに屋敷を飛び出していた。


いま思い出せば、訓練を受けた騎士にあるまじき失態だろう。

後ろの優秀な部下がいなければ、きっと何も出来なかったに違いない。


シルヴィアはちらりと背後を振り返る。


そこを走っている初老の騎士は、目ざとくこちらの視線に気づいてニヒルな笑みを返してきた。


こうして一騎兵小隊を率いているのも、事の内容を把握出来ているのも、後から追いついてきた彼のおかげだ。




(……まだまだ若いな、私は)




彼に苦笑いを返しつつ、シルヴィアは自らを叱責する。

今、自分に与えられているのはティアの現状を確認する事と……彼女が、召還者を呼びだせているのかを調べる事のみであり、こちらの感情は二の次だ。


それは肝に銘じておかねばならないことなのに、今までの自分にはそれが出来ていなかった。


王国で訓練を受けた騎士としてのプライド、そして騎士でありながらそれ相応の振る舞いができなかった醜態。 ティアに身の危険が迫っているかもしれない不安、死んでしまったのかも知れないという恐怖。


そういった羞恥と下向きな思考が入り混じって、ついつい気持ちが沈んでしまいそうになるも、




「皆急ぐぞ! 今は時間が惜しい、今晩中にはソラーナへと入るつもりで馬を駆れ!」




声を出し騎兵たちと、そして自らに激を飛ばして気合を入れた。


自分には、国王から与えられた最高の兵たちが付いている。

そして彼らを率いるという責任もある。


それは、先ほど部下にも言われたように、自分にそれだけの能力と信頼が置かれているからだ。


〝誰かに認められている〟そう考えると自然と気持ちが落ち着いた。


背後の騎兵たちから雄々しい返事が返って来た時、シルヴィアの目には動揺の色は見られなかった。


お待たせしました。ようやく第8話投稿です。

就活でかなり立てこんでおりなかなか手をつけられなかったので、読んでくださっている方にはご迷惑をおかけしました。

ただ、この話は電撃的に書いたところもあるので誤字脱字があればお知らせいただけるとありがたいです。それと、今回も読んでくださってありがとうございました。


※訂正しました

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