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第6話 非常事態――現状、不明 その五

――――――年号 日時ともに不明


現在地 不明


現地時刻 JST 2151







「にしてもよぉ~……なんかエライことになったな」




不意に聞こえた言葉。


気の抜けた声でそう呟いたのは手塚だ。


現在、日も落ちていよいよ深夜といった風情の2200(フタフタマルマル)前。


予定通り、あの丘から8キロほど北上(日の傾く方角から暫定的に方角を導き出した)し、野営することが決まった場所に張った天幕(テント)の中のことである。


昼間、派手に撃ちまくった50式を分解してメンテナンスしていた零司は、その声に顔を上げて声の主を見た。




「演習が台風で延期になって、やれ帰りますか~ってのんびり考えてた時に……いきなり変な場所へ移動しちまってよ。 右往左往してるうちに変な生き物と戦闘おっぱじめてよ。 結局分かったことが『ここは俺たちが元いた世界じゃありませんよ』だなんてな。 なーんかトンデモじゃん?」


「まあな。 俺も初めてあの……ドラゴン?……ワイバーンって言うのか? ……まぁなんでもいいか。 フライングトカゲを見た時は、同じこと考えた。 わっけ分かんねえのなんのって……20mmぶち込んでも殺せねえ生き物なんているんだな。 空飛ぶ戦車かっつーの」




頭の後ろで手を組んで寝っ転がり、吊るされたランタンをぼーっと眺めていた手塚に苦笑まじりにそう言って応え、零司はテイクダウンしたレシーバーにオイルを差す作業を再開する。


途中、手塚がポツリと漏らした「フライングトカゲってネーミングセンスは無いわぁ…」という声に、ひそかにダメージ。 


それでも手だけは止めることなく、




「ま、撃退はできたんだ。 終わり良ければ、だろ」


「……お前、よくもまあ生きて帰ってこれたな。 つーか、民間人庇いつつトンデモ生物に応戦して無傷で帰還って…やっぱお前すげーわ零司。 見直した。 実技だけはウチ(第一大隊)んなかでもトップってのも頷けるぜ」




「はいよ、どーも」と素っ気なく零司は言い返す。 が、その顔は少し綻んでいた。


自分の行幸を褒められるのは別に嫌いじゃない。

褒めるということは、それだけ他人が自分の功績を認めてくれているという事だからだ。


ならば無愛想に突き放す良い方をするのは間違いだろうというのが、零司なりの考え方である。


仲の良い友人に褒められたこともあってか、レシーバーにオイルを引きのばす手が嬉しげに動いていた。




「でもさー……ほんと、なんで俺らってこんなとこに移動しちゃったわけ? マンガやアニメの主人公よろしく」




紡がれた言葉に、それまでリズミカルに動いていた手がぴたりと止まった。


夕焼け空、黄昏色の背景に黒い輪郭を重ねる峰、吹き抜ける風とタバコの匂い。


つい数時間前に工藤と話した会話の内容がフラッシュバックのように思い返される。


119番目の元素がもたらす空間圧縮という常識の範疇を超えた反応、それによって自分たちはこんな世界に飛ばされたのかも知れないと工藤は言った。


もしそれが事実なら自分たちは理由もなく、目的もなく、上官の命令でも、大義を抱いてでもなく、ただただ自然の摂理に沿うがごとく移動してしまったのだろうか?


手塚の言うところの『こんな世界』に。


じっくりと考えてみて改めてぞっとした。


帰る方法もなく、補給もままならず、自分たちの常識が通じるとも知れない未知の世界にたった一個大隊で放り出されてしまったのだ。




これが海外の敵地だったらまだいい。


武器弾薬は共通の規格だし、陣地さえ確保してしまえばヘリによる兵站確保もできる。


GMS携帯電話基地やマイクロ通信の施設などで電波が届くならパソコンでテレビも見られるし他の部隊と娯楽を共有することだってできる。


これらで間接的、直接的な感覚を通し、自分が孤独でないという実感が湧くのなら精神的にも肉体的にも安心できる。


前線で命を張って闘う以上、これらがもたらす恩賜は測り知れない。


だが今はどうだ?


部隊の仲間と会話は出来てもそれ以外はほとんど無いに等しい今、安心などできるのか? こんな類を見ない極限状況下で、これからどうやって前に進めばいいというのか。


前例も何もない事だけに、進む道のりは完全に手探りだ。




「………はぁ」




零司は、瞼を閉じてため息ひとつ。 そうしてそれまでの考えを払拭した。


確かに不安要素はある。

だがそれがどうしたのだというのだ。


自分たちは、陸上自衛軍に存在する特化騎兵の中でも群を抜いて優れている部類だ。


常に歩兵戦力の先陣を切るための訓練を積み重ね、あらゆる状況下に適応し困難なミッションを成功させるための兵士として鍛え上げられ、そうして今日まで過ごしてきたのではなかったか?


おまけに、その中でも自分はレンジャー徽章付きの特化機兵だ。

事実上、国内最強の自衛官の一人ではないか。


そんな奴が今さらこの程度のことで動揺してどうする。


そんな醜態晒した日には工藤辺りに「お前みたいな腰ぬけは隊に存在する価値もない」なんて言われて、その日のうちに部隊から放り出されてしまう。 (既に実弾を使う演習中、怖いと漏らした隊員が速攻で辞表を書かされて基地から追い出されている)


どうせ自分に出来ることはないのだ。

だったら夕方にも考えたように、この環境に順応する他ないだろう。


腹の内でなんとなく区切りをつけ、零司は隣に寝っ転がる手塚に下品な笑みを浮かべて言った。




「まあ……そうだな……勇者様ってヤツじゃねぇの? 俺らが飛ばされた理由ってさ。 正義の味方、悪を挫き弱気を守る我らがヒーロー。 悪の王に滅ぼされた亡国のお姫様の嘆きに応え、現代社会の戦闘職種の国家特別職公務員が無期限契約で派遣社員としてやってきましたよ~……ってな感じ。 俺らが飛ばされた理由ってこういうアホな中学生が思いつくような安っぽい願いが原因だったりして」




瞬間、手塚が大声で爆笑した。




「ぶッ!! くッ、あっははははははは!! そりゃねーわ零司! 二流どころかド三流のライトノベルでもそこまで〝ちゃち〟な設定は考えねえだろ! そもそも、そんな妄想のために俺らの命と装備が使い捨てになるなんざ、傍迷惑にも程があるっつーの!」


「いやいや、いやいやいや。 物語ってのは誰かが死ねば読者は話の内容により感情移入するからな。 バカバカしい話にもついつい魅かれちまうもんなんだよ」


「じゃそれは俺の役だ! 今まで何度も死にかけてるし、今回も奇跡の復活を遂げて良いとこ取りでパーっと!」




大仰に両手を掲げていた手塚に向かって「パーっとくたばるんだろ? 手榴弾抱えて」と、零司は切り返した。 間髪入れず手塚が「うるせえ!!」と吠える。




「くくく。 だがまぁ、良いんじゃないか? 現にお前って、昼間に良い感じで登場してたじゃねぇか。 俺と、俺が助けた女の子がピンチってところでオートカノンぶっ放して中隊まで引き連れて現れた……なかなか演出的には美味しい感じだったぞ。 あぁ悪くない、70点だ」


「それでも70かよ……おまけに男のお前が評価した点数だし」




すこぶる不服そうな手塚が拗ねた子供のように唇を尖らせて、毛布を重ねただけの簡易ベッドの上で身を起こした。


そこでふと、何かを思い出したように「あ。」と声を漏らしたかと思うと




「そう言えばさ。 お前が助けた女の子、どうなったか知ってるか?」


「? いや、工藤二尉から無事だって話を受けた以外は聞いてない。 どうした?」




50式のロアレシーバーをアッパーレシーバーに組み合わせてピボットピンで固定、最後にテイクダウンピンを押し込んでクリーニング終了。


試しに棹桿を引いて機関部のボルトを下げ、セレクタ―レバーを『タ』(単射)に設定しトリガ―を引くと、カチンと小気味良い音が鳴った。


バレルからレシーバーまでのメンテナンスを終えたライフルを手元に置きながら、零司は手塚に向き直る。




「いや、特には理由は無いんだけど。 なーんか気になってな……マジな話さ、あの()って何者なんだろ」




手塚にしては珍しく、神妙な顔をしていることに少し驚いた。


普段なら、女の子が関わるとすぐに「可愛いよな」とか「彼氏いんのかな~」などと鼻の下をのばしていたのだが今回は様子が違う。


作戦行動中のような真剣さをもった表情で、親指の頭を噛みつつ何かを考えていた。




「お前が助けた二人のうち、片方は二尉と同じくらいの男だったろ? あの服装、たぶんバトラー(執事)だ。 んでもって俺らが到着した時に倒れてたキャリッジ、デザインが17世紀に走ってたクーペ・ド・ラガに似てた。 ボディ表面の装飾も金細工でかなり凝ってたし……あれ、中世のヨーロッパ貴族が乗ってた馬車とほとんど同じ感じだったんだ。 あの娘の身なりだってそうだ。 おまけに奥に転がってた死体の脇にあった旗、アレ、軍旗や救難旗なんかじゃなくて様式的に考えたらたぶん国旗か君主旗だ。 お前の報告からも考えるとアレは――――――」




地面のシミをじっと見つめ、考え事をする時の癖である親指噛みをしつつ話す手塚をじっと見ながら零司は思う。




(……さすがだな)




救援に来てから即座に砲撃に入ったというのに、そのわずかな状況把握の時間だけでここまで多くの視覚情報を確保しているのは、手塚の持ち合わせた素質そのものだ。


それに加えて軍事方面の知識だけではなく、歴史や文化に関する情報も豊富。

戦術論の実力だけ考えたら、この男は間違いなく部隊の中でトップだろう。


さっき手塚が自分のことを褒めたように、零司も内心で目の前の同僚をそっと評価した。




「――――――だからよ。 あの娘ってひょっとして、どっか良いとこの出じゃねえのかなって」


「つまり、彼女はお姫様かお嬢様みたいな高貴なお方だっての?」


「いやそう断言するわけじゃねえけど。 今、俺が知ってる情報から考察したらこうなったってだけ。 実際は知らね」


「あのなぁ……それこそ、さっきの厨二論そのものだろ。 どこの少年探偵だお前。 まあ確かに、俺の遭遇した時には随伴する騎兵らしいも2騎連れてたし、重要人物って線は無いとは言い切れん。 それでもお姫様なんてのは大げさすぎるだろ」




それじゃ俺が勇者様になっちまうじゃねえか、とは声に出さない。

手塚の推察に、やや呆れ顔で零司が言った直後、




「そうでもありませんよ?」


「ですよねぇ」




背後から聞こえた声に、にこやかに応える。


そうして一拍ついてから、




「「……ってうおぉぉぉぉおうッ!?」」




手塚と二人して飛びあがった。

慌てて振り返ると、そこには天幕の入口に首を突っ込む形でこちらを見る男の顔。


親しみやすそうな柔和な笑みを浮かべた顔に、大きな絆創膏を張り付けたその男に零司は見覚えがあった。




「あ。 あんた、昼間の」


「はい。 その節では大変お世話になりました、ハイシマ・レイジ様、テヅカ・アキヒト様。 (わたくし)、アルフレッド・バークリーと申します。 以後お見知りおきを」




アルフレッドと名乗った男の丁寧なお辞儀と一礼。

それ対し、零司と手塚は二人して軽く頭を下げて応じた。


本来なら、衛生科の隊員に面倒を看てもらってるはずの奴がなんでこんな場所に、と思いつつも、




「ま、まぁ……立ち話もなんですし、中にどうぞ。 怪我されているのに立ちっぱなしというのも辛いでしょう」




45°の礼から頭を上げたアルフレッドに対し、まずは零司が先手を切る。


背後では素早く言葉の意味を読みとった手塚が、既に三脚のパイプ椅子を設置して座る場所を作成しつつある。


そのコンビネーションを見て、一瞬、呆気にとられたように目を丸くしたアルフレッドだったが、すぐに柔和な笑みを浮かべて礼を言った。



「ありがとうございます」


「いえ。 それで……どうされました? お怪我をなさっているのに出歩くなんて」




アルフレッドがパイプ椅子に座ってから、即席ベッドに腰かけていた零司が訊ねた。




「はい。 夜半の……それも、疲れておられる皆さま方のお休みになられる時間帯に、不躾にも押し掛けてしまい申し訳ありません」




そう言って、また頭を45°下げる。


普段からここまで徹底した礼節を経験したことのない零司と手塚は「いやいやいや」と慌てて両手を振った。


ここまで丁寧な扱いを受けたのは、たぶん入隊初日の訓練校に配備され先達の隊員に激励された時以来だ。


あれ以降は三曹になるまで基本的に自分たちが頭を下げ、敬語を使い……そして教官から罵声を浴びせかけられ、尻を蹴飛ばされてきている。


そんな、聞く人が効いたら遠い目をしてしまいそうなほど過酷極まりない日常を送ってきたこちらとしては、アルフレッドのような目上の人物に頭を下げられると、どうにもむずがゆい気持ちになって仕方ないのだ。




「と、ともかく……本題はなんでしょう? というか、頭を下げないでくださいお願いします」


「と仰られましても……あなた方には私方の命を救って頂いたわけですし…」


「いやいや、そんなの気にしなくていいんで! 自分らそれが仕事ですし」




自衛官として間違った事は言っていないはずだ。

だがアルフレッドは、その言葉に感極まってしまった様子で、




「事情も知れぬ者を救う事が当然と……あなた方は…なんと誇り高い事でしょうか…」


「いぃや、あのですね。 それはまあいいんで、本題に…」




目頭を押さえてうつむくあたり、本当にこの男は感激しているのではなかろうか?


あまりにも話が合わないので下手に出つつも強引に話を進める。




「これは失礼致しました。 この時勢にあなた方のような志のお方に会えるとは思いもしなかったもので…今回は、お二人に感謝の言葉を申し上げたく参った次第でございます……今度(こたび)は、我が主であるティア・フランチェスカ・クリフォード様の御身をお守り下さいまして誠にありがとうございました。 クリフォード伯爵家の全使用人を代表し、この場を借りてお二人に感謝の意を表します」




そう、さらりと言い放ったアルフレッドの言葉の後に続いたのはしばしの沈黙だ。


約10秒の間をおいたのち「え、何それ…こわ」と呟いたのは零司である。

普段のポーカーフェイスに引きつった笑みを混ぜつつ何とか体裁を整えてはいるが、その目は笑っていない。


隣の手塚をちらりと盗み見ると、同様に光の灯っていない瞳でアルフレッドを見ていた。 まるでレイプ魔に純潔を奪われた少女のごとし暗い瞳である。


それもそうだ。


さっきの冗談が現実のものとなってしまった……まさか本当にお嬢様だったとは。


成行きで助けた相手に、今現在、何があっても認めたくなかった現実を突きつけられてしまい、零司は隣で固まっていた手塚の首に腕を回して引き寄せると、




「(……おい! どうすんだよ!? お前の言ったとおりになったじゃねえか!)」




アルフレッドに聞こえないくらいの小声で言って手塚の脇腹をど突いた。




「ぐふァッ!? (痛った! ……いや、え? なんで? 何で殴るん? というか、あんなのテキトーな冗談に決まってるだろ)」


「ぅッく!! (じゃなんで貴族の執事様が俺らにアタマ下げて礼なんざのたまってんだ!? 理解に苦しむわ! 責任とれバカ! あと殴り返すなこのバカ!)」


「ぐほォッ!? (いってぇだろボケ! んな無茶苦茶な要求呑めるか! 責任転嫁すんなこの野郎!)」




男二人が、顔を寄せ合って小突き合いつつヒソヒソと会話をするなど、傍から見れば〝そのテ〟の人間なのかと疑われそうであるが当人たちは必死である。


冗談が現実になるというほどタチの悪いものはない。

それが直接自分たちに関わるものとなればなおさらだ。




「い、いえいえお礼なんて。 自分達は人として当たり前の事をしたまでですから。 と、ところで……なぜバークリーさんとクリフォードお嬢さん達はドラゴン…でしたっけ? アレに追われていたのですか?」




それまでの小学生のような会話を途中で切り上げ、普段のポーカーフェイスでアルフレッドに尋ねる零司。


隣の手塚も、なんとか体裁を直すと同じように笑顔を浮かべてベッドの上に座り直した。


アルフレッドはそんな目の前のコンビに小首をかしげていたが、零司の問いかけを聞くなり次第に表情を曇らせていき、やがて目を閉じた。


しまった地雷を踏んだか?

そう思うも後の祭りだ。


しばしの沈黙。


やがてゆっくりと顔を上げると、アルフレッドは天幕の天井をみつめて思い出すようにポツリポツリと語り始める。




「……そうですね。 この際ですしお話ししましょう。 少し長くなるかも知れませんが…それでは、まずは事の成り行きからお話いたしましょうか…」







◆ ◆ ◆







―――あの日、クリフォード嬢ことティアはこの国を治める国王の命を受け、特別な任務に就いていたそうだ。


その内容は、この国の首都から二つ離れた町にある神殿で〝あるもの〟を召還するための儀式を行うこと。


儀式には数人の魔術師と呼ばれる者と、彼らを束ねる中枢になる人物が必要だったらしく、国内でもとりわけ優れた魔力を持っていたティアがその中枢に選ばれたらしい。


そうして前日の夜から行われていたその儀式は翌日には無事に終わり、ちょうどあの日が神殿から首都へ帰る日だった。


だが運悪く、帰りの道中でドラゴン(エンシェントドラゴンというタイプのものらしい)に見つかってしまい、あの逃走劇が始まったわけだ。


はじめは100人近くでティアを護衛していた騎士や兵士たちも、空を飛ぶドラゴン相手には歯が立たず、瞬く間に殺されるかエサにされていった。


やがて全滅を覚悟した彼らは、戦闘のどさくさに紛れて数名の腕の立つ騎士をティアの馬車に付け、ひそかに森に逃がしたそうだ。


きっと自分達を囮にした最後の手段だったのだろう。


しかし、それでも結局は時間稼ぎにしかならず、ドラゴンは必死に応戦する兵士達を葬ると再びティア達を追った。


目の前で多くの友軍が殺され、残った護衛の騎士が一人、また一人と殺されるなか上空の脅威に怯えながらただ逃げるというのはどれほどの恐怖を伴うのか……


間違いなく言えるのは、まだ年端もいかない少女がこんな事を経験するべきではないということだ。




「……私たちが助かったのは、本当に運が良かったとしか言えません。 多くの仲間の犠牲を払いながら森を抜けたあの時、ハイシマ様に救って頂けなければ我々は今頃…」


「心中、お察しします…目の前で友軍が次々に殺されるのを見るのは、さぞや辛かった事でしょう」




俯くアルフレッドに、零司はそっと声をかける。


目の前で自分のよく知る人に死なれるというのは、耐えられないほど辛い。

それは自分も過去に経験しているから言える。


そこに例外はない。

たとえ、好きでなかったり敵であった人物でも―――ましてや憎くて仕方の無かった人物であっても、誰かが死ぬというのは悲しいことだ。


ただし、こっちの場合のそれは戦闘ではなく日常の中の出来事だった。

戦いで仲間を失ったアルフレッドの体験と混同するなどお門違いかもしれない。




「お気づかいに感謝いたします、ハイシマ様…」




そう言って、アルフレッドは少し皺の刻まれた顔に薄く笑みを浮かべる。

だがその笑みにはどこか、自身に対する嘲りと逃がされた事に対する憤りが含まれていた。




「……あ~、ところで、つかぬ事をお伺いするんですけども。 先ほど仰っていた〝召還〟ってのは一体何なんです? 魔王でも呼んだんですか?」 




少しだけ辛気臭くなってしまった天幕内の空気を入れ替えようとしたのか、隣で話を聞いていた手塚が話題を変えた。


こういう時だけ敏感に空気が読める同僚に、心半ばで感謝だ。


手塚の問いかけに対し、アルフレッドは苦笑いを浮かべて頬を掻くと、




「はは……いえ、その逆ですよテヅカ様。 我々が呼ぼうとしたのは魔王ではなく、魔王を倒すことの出来る者です」


「はァ…ぇ……は? 魔王がいるんスかこの世界!?」


「ええ。 この世界は200年前より魔界と交戦状態にありますが……ご存知ではなかったのですか? てっきり、あなた方の国でも魔王軍との戦争は続いているものとばかり思っていたのですが」




さも当たり前のような言葉に、零司と手塚はお互いに顔を見合わせた。


ついさっきまでの辛気臭い考えは頭の中から吹っ飛んでいた。


トカゲの親玉が空を飛ぶ世界、騎士に馬車、女の子による召還、魔法に魔王。


こういうシチュエーションは知っている。 自分だけじゃなく、手塚も中隊の皆も、おそらく世界中の人間が知っている。


ただしそれはゲームや御伽話の中だけのものであって、決して現実には起こり得ない空想のものだ。 工藤の話していた別世界の事のように……




「あ~……」




零司は頭を掻きながら眉間に皺を寄せた。

今までの話を聞く限り、ますますもって自分たちの置かれた状況は悪いような雰囲気だ。


なんとなく、頭の端で冗談のような事のカラクリが理解できつつあるなか、隣の手塚が意を決した様子で尋ねた。




「あの……ですね。 もしかして、その召還しようとしたのってのは……」




恐る恐るといった口調の手塚と、じっと話しに聞き入るこちらなど放っておいて、アルフレッドは少し困ったように―――だがどこか誇らしげな様子で笑みを浮かべて言った。




「はい。 その者は勇猛かつ正義を志し、魔王の手からこの世界を救ってくださる御方です……と言っても、彼らの存在は人であったり神であったりと、幾分曖昧で正確な呼び名など無いですから…我々は彼らを『召還者』と呼んでいます」




―――外では、夜風が吹いているのだろう。


男が三人もいるにもかかわらず、葬式のような沈黙に包まれた天幕を風がバタバタと煽っていた。


そうしてようやく、「……マジかよ」と小さく声を漏らしたのは自分か手塚か。

正直なところそれすら分からなかった。


夕方、オレンジ色の日に照らされながらこの世界に順応しようと決意を固めたはずだったが、その意思は早くも折れてしまいそうである。


零司が思い至った予想、カラクリの正体。 それは自分たちがゼノニウムの影響だけでなくアルフレッドの言う『召還』とやらでこの世界に飛ばされてしまったのではないかと言う事だ。


たぶん今までの自分なら「馬鹿馬鹿しい、小説読み過ぎのご都合主義もここまで来ると滑稽だ」と言ったに違いないが、今はぐうの音も出ない。 なぜなら自分自身がその渦中にいるから……


工藤の言う世界の移動がリアルのものとして起こるのなら、その召還による移動の可能性がゼロだと言いきれない。 それゆえに、これを蔑ろには出来なかった。


おまけに、ただでさえ今は自分たちの置かれている状況を把握出来ていないのだ。

そんな中で新しい情報を得られただけでも良しとしなくては。


が、あまりにあまりな内容だけに、実際に耳にしてみると当事者としてはダメージが大きかった。


つまるところ、元の世界のトンデモな物理現象の暴走のほか、自分たちはいわゆる『勇者さま』として、この世界に呼ばれてしまった可能性が出てきたわけだ。




「ぁ、あは、あははは。 そうでしたか……は、はっははは」


「いやぁ、召還者ですかぁ。 それはまた変わった呼び名ですねえ、えぇ…魔力が強い人らが呼び出すようなヤツならきっと、魔王なんて簡単に潰しちまうような凄い奴なんでしょ? そんな奴がいればきっとこの国は安心ですよぉ…ほほ、ほほほほ」




顔面神経痛としか形容しようがない笑顔と抑揚のない声で強引に話を進める零司と手塚の二人。


言葉の最後が泣いているように聞こえるのは気のせいだろうか。


その笑顔に対してアルフレッドも薄い笑みを返して、




「情けない話でしょう? 小国でありながら軍事力では有数のエストリア王国が、魔王軍の攻撃により別の世界の人にまで頼らねばならなくなったのですから」


「……え、人?」


「はい。 今度の召還では呼び出す相手に高い知性が必要とされたので、対象を人に固定して術が行われました」


「「………」」




ぽつりと漏らす言葉には、たまに本人が思っているよりも遥かな破壊力が備わっている事を教えてやりたいと零司は思う。


歪に引きつった頬の下、半開きの口から絶望的な唸り声を吐きだしながら自分と手塚は固まった。


たった今の一瞬で、自分たちが勇者の可能性が跳ねあがってしまった。

というより、アルフレッドが来てから自分たちは振り回されっぱなしではないか?


危険な単語と貴重な情報をぽんぽん吐き出す目の前の初老の侍従に、こちらはもう平静を保って言葉を返しようがない。




「そ、それで……無事に召還というのは出来たのですか?」


「……それが…実は儀式は成功したのですが、肝心の召還者が現れなかったのです」




何とか言葉を紡いで、それに返ってきた言葉に首をかしげる。


隣では「おっ」と、手塚が嬉々とした声を漏らし零司は無言で脇を小突いて咎めた。 気持ちはわかるが少しはおとなしくしろ。


しかし、召還は成功、だが肝心の目標が現れないとは一体どういうことなのだろう?




「現れなかった……というのは? 召還に失敗したんですか?」


「いえ。 召還の儀式には成功しました、それは間違いないようです。 ローマシア神殿の魔法陣も正常に機能しましたし、お嬢様や魔術師たちの魔力もしっかりと消費されていましたから……ただ、どういうわけかその場に呼び出されるはずだった者だけが現れなかったのです」


「……」




零司は顎に手をやって考える。


その内容は、なぜ召還者というものが出現しなかったのかなどという事ではなく、あくまで自分たちについてのことだ。


アルフレッドが言う通りなら、もし仮に自分たちが召還された者である場合、出てくるはずの場所はローマシア神殿と呼ばれている所らしい。


きっと、そこにある魔法陣とか召還陣と呼ばれるものの中に、一個大隊丸ごと呼び出されていたはずなのだろう。


が、そこには何も現れなかった。

代わりに自分たちがローマシア神殿から遠く離れたこの場所に現れている。


これは自分たちが召還などではなく、あくまでゼノニウムの臨界で世界を移動してしまったと捉えていいのか? それとも何かしらの理由や都合があって、勇者としての自分たちはこの丘に呼ばれたのだろうか?




「……」




地面に残った自分の足跡をじっと見つめ考える。


何にしても、今は不確定要素が多すぎて考えをまとめられない。

問題を解決しようにも、まずはどれから手を付ければ良いのかすらはっきりとしないのだ。


そんな中を模索したところで、目指す回答に行きつくには果てしない時間がかかることは知れている。


現状での希望的観測は危険だ。


そう結論付け、零司は潜っていた思考の海から這い上がると小さく息をついた。




「まぁ、きっと召還はされてるのだと思いますよ? ただ、現れるのが遅れているのか見当違いの場所に現れているのか、そのどちらかでしょう」


「だと良いのですが…如何せん最近の世情は切羽つまったところもありますので……」




やはり国の命令だからか、アルフレッドは沈鬱としたままだ。 それだけ、事は重大だったのだろう。

日本で言うところの、敵による軍事進攻の最中、戦力の増加が出来ないといったような感じか?




「そんなことより、俺としてはティアちゃんの今後が気になるんだけど?」




不意に口を開いた手塚。

その言葉に零司とアルフレッドは揃って首を傾げた。




「ティアちゃんってお前……申し訳ありません、アルフレッドさん。 不出来な同僚が粗相を冒してしまって」


「いえいえ、決してそのようなことは。 お二人は命の恩人ですゆえ。 ……して、テヅカ様。 お嬢様の事でお気になられるというのは?」


「いや、俺もこの世界についての知識はゼロなんで正しいかどうかは分かんないんですけども……今回の任務ってのは、さっきの話を聞く限りじゃ国の王様から直々の重要性が高い命令だったんスよね?」




手塚の問いかけに、アルフレッドは「はい」と答える。




「んで、これからまた王様んとこに結果報告に戻るんでしょ? それってマズくない?」


「マズイって……どういう事だよ」


「今回の一件、なんで国の軍隊や王室なんかに近いとこにいる魔法使いみたいな連中じゃなく、御令嬢であるだけのティアちゃんが選ばれたと思うよ? 中世、俺らの世界での王室っていやどっちかっつーと中央集権寄りの考えばっかで、こんな国の行く末を決めるような大事なんざ子供にゃ頼まなかったぞ?」




それは……

さっきアルフレッドが言っていたように魔力量や召還につかう魔法の技量などがあるからじゃないのか?


そう零司は考えるが、隣のアルフレッドは手塚がこの先に何を言おうとしているのか分かっているようで眉間に皺を寄せて黙っている。




「まぁさ、確かに魔力量の多さや魔法なんかの上手さってのも理由としちゃ理由だけどもよ、これだけ重要な任務を貴族の令嬢が拝命されるってことは、それだけティアちゃんの一族が王室に信頼されてて、国が切羽つまってるって事だろうがよ。 今回以外にも、昔から色々とお願いとかされてたんじゃねえの? んで質問、国王にそれだけ絶大な信頼を寄せられていて、それを主な理由に重要な任務を仕らされた奴が仕事を失敗したらどうなりますか?」




あ。


ここまで来て、手塚が言わんとしている事が分かった。


『社会で失敗したらツケを払え』


つまり、国王から全幅の信頼を得ていた人間が、与えられた崇高な使命を全うできずに帰国したらどうなるか?


おまけに失敗の理由が不明で、護衛につけられていた兵士100人をむざむざ死なせてしまい、そのくせ自分だけ生き残って帰ってきたらどうなるか?


この国の貴族や王族が、自分たちの元居た世界と同様に自尊心の高い者たちならば、あの少女は間違いなくその責任を追及されるだろう。




「だがそれは……」


「原因不明の事態と不幸が重なったから仕方ない、と思うか? 幼いから情状酌量もあると? この世界の右も左も分からねえ俺が、こんなこと言う資格なんて無いかもしれねえけど……少なくとも俺らの居た世界じゃそんな甘い話はなかったぜ?」




淡々と、静かに語る手塚に零司は口を開けようとして、それをやめる。


屁理屈以外、自分に何が言えるというのだ?


手塚の言う事は正論だ。

中世だけでなく、現代でも、きっとこの世界でも、命令につきまとうリスクは変わらないはず。


それに失敗した以上、なにかしらの厳罰からは逃れられない。 腹立たしくも、それが責任というものだ。


そんな事実に対して感情だけの考えを述べたところで何になる?




「それは……お嬢様も重々承知いたしております。 これは、代々エストリア王家に使えてきたクリフォード家の使命なのですから。 今度、フレデリック国王から仰せつかった任を成せなかったとなれば、お嬢様とて潔く、厳罰を受ける事も厭われますまい」




それまで黙っていたアルフレッドが、視線を地面に下ろしつつ告げる。

この一日で散々辛い光景を見てきたであろう目の前の侍従だが、いまこうして話す時が一番辛いのではないだろうか?


静かに落ち着いて話す言葉。 その端々からは、今の彼の心境がひしひしと伝わってくる。




「まだ年端もいかないお嬢様にとっては非情かもしれませんが……これは、クリフォード家の名を持つ者として、受けねばならない罰です」


「……自分たちにも何か出来る事があればよいのですが…」


「お気になさらないでください。 重ね重ね言うようですが、あなた方には命を救って頂いたこの身の上です。 それだけでも感謝のしようがないというもの」


「感謝なんて……それこそ気にしなくていいですよ。 自分たちが人を助ける事に、理由なんてないです。 さっきも言ったように、助ける事が俺たちの仕事なんですから」




言って、零司は小さく笑う。


少しだけ恥ずかしいセリフだったが、間違いではない。

政府が背後で考えている『利益』云々はともかく、自分たち自衛軍が人を助けて国を守る事には変わりはないのだ。


だがこの言葉に、アルフレッドはうっすらと自嘲のような笑みを浮かべた、




「……こう言っては無礼かもしれませんが…あなたのような…あなた方のような方が、今度の召還で呼ばれていたら……きっとお嬢様も、この国も幸せになるのでしょうね」




唇を噛んで、何かをこらえるようにして言った。

それに対して言えることは、思い浮かばなかった。




「それでは、わたくしもそろそろ退散させて頂きます。 お礼を告げに来ただけのはずが……色々と愚痴を漏らしてしまいましたね」


「いえ。 自分たちも、色々と興味深いお話を伺えたのでそのようなことは」




立ち上がり、一礼するアルフレッドに向かって零司は言う。


そうして天幕の入り口まで行ったところで、ふと彼は何かを思い出したように振り返った。




「最後に、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「何でしょう? 答えられることなら」


「あなた方は……どこから来られたのですか?」




どこから―――


何の疑いも含まれていない、ただ単純な質問。

だが零司は返す言葉に詰まり手塚と顔を見合わせた。


自分たちは、きっと目の前の男も知らない遠い場所から来た。

来た方法も帰る方法もわからないほど遠い、別の世界から。


それを伝えたところで、答えにはならないだろう。 ただ話が余計にこじれるだけで。


だったら――――――




「そう……ですね。 自分たちは……東から来ました。 とても遠い、極東と呼ばれる場所にある国から」




この答えで納得が出来たのかはわからない。


ただ、アルフレッドは薄く笑みを浮かべたあと「そうですか。 わかりました」と会釈をして天幕から出ていった。



こんばんは。

まだ寒い日が続きますが皆様どうお過ごしでしょうか? 作者は下宿生なので、寒いアパートの中、コーヒーの入ったマグで手を温めつつ執筆していました。


第6話の投稿になりますが…いかんせん、予告通りの文章になってしまったような気がします。


それと就活が本格化しているので、ひょっとしたら今までのペースより投稿が遅れてしまうかも知れません。 どうかご容赦ください。


それでは読んでくださった方、ありがとうございました。


※名前の訂正がありました

ルドルフ国王→フレデリック国王

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