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第20話 一偵、状況開始――王都へ その六

「―――いま、なんと言った……」




しん、と静まり返った議事堂。

外部の物音さえ聞こえないほどの静寂に包まれた室内に、フレデリックの低い声が響き渡る。


問われた相手―――議事堂に飛び込んできた男は、顔面を蒼白にしたまま震える口を開いた。




「ひ、東の城門を守備する兵から、魔族の尖兵が城下に…城下に侵入したと報告が……」




青ざめた彼は見たところ城内警備の兵士のようだが、外の兵から連絡を受けて大急ぎでここまで走ってきたのだろう。 額を流れる汗と、息絶え絶えの荒い呼吸から、よほど焦っていると見える。


が、彼の全身から溢れる焦燥感よりもはっきりと感じ取れるのが、表情として瞳に表れている恐怖だ。


その恐怖は兵士だけではなく、




「バカな……あり得んッ! 魔族どもが築いた橋頭保と我が国の間には、二つの属国があるのだぞ!?  この二国が陥落した報告など受けておらん! 何よりメイラレン湖がある以上、東部より現れるはずがない! その報告は確かなものかッ!?」




フレデリックまでもが、驚愕に目を見開いていた。

それまで尊大な態度をとっていた彼だが、報告を聞いた直後、条件反射のように玉座から腰を上げていた。


再び問われた兵士は、大きく首を横に振って答える。




「いえッ、私の友人の報告です……間違いありません! 彼の話によれば侵入した魔族は少数ですが、空からの奇襲にて攻撃を仕掛けてきた模様! それによって東城門の見張り砦は完全に破壊され、魔王軍は黒い翼竜のほか、こっ、黒龍をも使用して攻め込みつつあると……」


「黒龍とな!? まさか……黒翼騎兵団ではなかろうな! 敵の旗を確認は出来たのか!?」


「わ、分かりませんッ! 報告が遠距離交信魔法でしたので、途中で途切れてしまい……確認は出来ておりませんが…ただ言えることは、交信が切れたという事は東部の守備隊はもう……」




言って、その時の会話を思い出したのか、震えながら頭を抱えてしまう兵士。


彼の言葉の直後、遠雷にも似た轟音と共に大理石の床がズン、と揺れた。

アーチ状の天井から吊るされたシャンデリアが左右に揺れ、剥がれた漆喰がパラパラと降ってくる。


ティアの短い悲鳴と、貴族たちがどよめき。


地震……ほどの揺れではない、この振動は自分たちもよく知る爆発の振動と同じだ。

零司は瞬時にそう判断できたが、地鳴りと揺れ、これらは精神的な衝撃となってこの場に居合わせた者たちの冷静さを奪っているらしい。


多くの者が辺りを右往左往していた。


魔族の奇襲もそうだが、『黒翼騎兵』と言うものに皆は怯えているようだった。


「騎兵がそんなに恐ろしいものか?」と、一瞬だけ思ってしまったが、自分が戦った龍である炎龍の存在を思い出した瞬間に零司は顔をしかめる。 どのような相手か知らないが、炎龍と同じような龍に跨って戦うような相手なら確かに恐怖だ。


と、多くの議員はおろか、フレデリックさえ凍りついてしまった議場にまたもや大きな声が響き渡った。


声の主はアグファスだ。

彼はうろたえる議員たちを落ち着かせた後、入ってきた兵士を振り仰いで、




「事情は理解した。 東部城下へは既に兵を送ったのであろうな!?」


「も、勿論です! 城内兵は防衛のために残しておりますが、憲兵団をはじめとした国軍の兵士たちは魔族を迎え撃つために東門一帯に送りました。 ですが、敵の一部は空を飛んでこちらに向かっている可能性があります! ですので皆様方、どうか避難を!!」




避難―――その言葉が出てようやく、議員たちは我に返ったようだった。

アグファスとウェイバーを除いた元老議員と貴族たちは、次々に席から立ち上がり、我先に出口へと向かって歩きはじめる。




「アグファス様。 お急ぎのなか話を折るようで大変申し訳ないのですが、我々の懸案は如何いたしましょう? まだ正式な決断をお互いに出せていませんが?」




彼らの背中を見送っていた工藤が、不意に声を上げた。


それを見て一瞬、「自分たちへの詰問を襲撃騒動で誤魔化せたのだから……」と声をかけようと思ったが、わざわざこうして尋ねるのにはわけがあるはず。


この場合考えられるのは、誤魔化しの時と同様に、騒ぎに乗じて相手の思考が混乱しているところにつけ込み、その場で何かしらの口約束を取らせること。 もしくは、交渉の糸口を叩きつけること。


というのも、工藤は口約束から相手の弱みを握ることが得意な〝捻くれ者〟だからだ。


アグファスはそんな工藤に、やや苛立った様子で応じた。




「見てわからぬかクドウ殿!? 今はそれどころではない、貴殿らの処遇を決めるのは後だ! どうせ戦えん失敗作であれば、お主らがどうあろうかなど、時期が早まろうと遅かろうと決定に変わりは出ぬわ!」


「そうですか、分かりました。 でしたら我々は向こうで控えてますが……ひとつだけ、どうしてもお話しておきたい懸案があるのですが……よろしいでしょうか?」


「なんだ!? 早くしろ!――――――おい貴様! 何をぼさっとしておる、こっちへ来て手伝え!」




お願い―――工藤から交渉のキーワードが出た事に向こうは気付かず、アグファスは衛兵の一人を足腰が悪い貴族の手伝いとして呼んでいた。




「ありがとうございます。 実は我々、この世界に呼び出されてから住まう場所と食料の面で未だに問題を抱えておりまして……出来る事ならば、クリフォード嬢のご家族が治められておりますスヴェンツ市に、居を構えさせて頂きたいのですが」


「そんなことなら勝手にするがいい! 城下以外であればどこに住まおうが構わん!! 貴殿らの処遇は後ほど言い渡す、であるから、今は話しかけるな!」




言った。

アグファスはその場での(・・・・・)口約束だが、確かに自分たちがスヴェンツに拠点を構えても良いと言った。


良し!と、思わず口角がつりあがる。


なるほど、やはり狙いは彼が焦るあまり判断を誤ることか。


彼は知らないはずだ。

こちらが300人を越える大部隊であり、なお且つ戦闘能力を有している部隊であることを。


零司は、微かに顔をこちらに向けた工藤に頷いてみせると、左腕のウェアラブルコンピュータのパネルを素早く叩いた。 そうして網膜に表示されるのは『録音終了』のゴシック体の文字。


これで目的のひとつは済んだ事になる。

呆気ない感じがするが、これも元老院議長のアグファス本人の独断(・・)のおかげだ。


国王たるフレデリックの決定を仰がず、かつ大規模な戦闘部隊をスヴェンツと言う街に独断で入れたとなれば、アグファスも泡を食うだろう。 加えて指向性マイクとヘルメットカメラで録画録音した情報も決定的な証拠として、こちらを守ってくれる。


今回の一件で付け入る隙はまさしく、そこになるわけだ。


工藤は最後に恭しくアグファスに一礼。

それからティアに向き直ると、




「ありがとうございます。 それでは以前にお話したように、そちらにお邪魔させて頂きますが……よろしいですか、クリフォード嬢?」


「はっ、はい。 ですがまだ……お父様とお話をしていないので断言は出来かねます。 でも、貴方がたには命を助けていただいた恩義もあります。 その恩は必ずお返ししますので!」


「助かります」




にこりと愛想よく笑う工藤を見て、零司は内心で呆れる。


態のいい良い大人を振舞ってはいても、どうせ工藤の事だ。

腹の底ではしてやったとばかりにほくそ笑んでいるに違いない。


表情には出さずそんな事を思いつつも、議事堂から出て行きつつある議員を眺めてひと言。




「……で、どうしますか二尉? とりあえず橋頭保(・・・)の確保は出来ましたが、今後の俺らの取り扱いについては、向こうの都合で流されそうな雰囲気ですけど」




この言葉に工藤は苦笑した。




「橋頭保とか言うなよ、戦争しに来たわけじゃねぇんだぞ。 でも確かにまぁ、お前の言うとおりだな」


「あの男、アグファスは俺らを非戦闘員として扱うと言っていましたが信用できません。 ウェイバー……さん、が俺らの内情を少し匂わせてしまった以上、後々にはそれに関する言及があると思います」


「ああ。 だからこそ、何かしら別の形で俺らはアプローチを掛けねぇとだめだ。 間違っても、大隊を丸ごとこの国の情勢に巻き込む分けにはいかん。 それにお前は気付いてるかどうか知らんが、奴ら、俺らの世界の事を少なからず知ってるみたいだ」




たぶん、この言葉を聞いたときの自分の目はまん丸だったと、零司は思う。

「どういうだ?」という単語が脳みそに浮かんだ瞬間、それは口をついて出ていた。




「ヴァルキューレ、アスケンブラ、中つ国。 この単語は、この世界特有の固有名詞だと思っちまうかも知れんが、意外とそうじゃねぇ。 この国の発声言語が日本語で、文字がどっかで見た事があるのと同じ事だ。 手塚、分かるか?」




話の鉾先を向けられた手塚は、こくりと頷いて見せる。




「北欧神話、っすね。 ヴァルキューレはたぶんワルキューレの事。 中つ国なんてそのまま、人間の住む土地であるミドガードの事ですし、その流れからアスケンブラは最初の人間であるアスクとエムブラが訛って伝わった名称だと思います。 これは俺の個人的な憶測なんで、歴史検証と事実確認の必要がありますけど……。 でもこの世界は本当に、俺らの世界と似てる感じっす……奴らの慌てようといい、腰抜けの閣僚たちとそっくりだ」




言って手塚は、出口に詰めかける議員たちに冷ややかな視線を投げる。


彼らの行動は国の指導者として当然なのだが、やはり手塚は気に入らなかったのか、こちらに聞こえるか聞こえないかの音で舌打ちした。


それを見て零司は苦笑。




「お前、ほんとにああいう(・・・・)奴らが嫌いなんだな。 普段のキャラはどうした? 確かに高圧的な態度ではあるが、アレはアレでありだろ」


「いや、俺だって国の舵取りが国の為に身を守ることは正しい事だと思う。 ただ、なんていうか、雰囲気っつーのかな……ドラゴンや賊に襲われるリスクを冒すことなく、後方で甘い汁吸ってる奴が仕事を終えてきた奴を見下すのが気に入らねぇんだよ。 今回だって、ティアちゃん一人に召喚なんて大仕事任せて、それが成功しているにも関わらず、現れた奴が戦えないと知るや手のひら返してもっかい国の為に働け、だろ? そういうの、おかしくねえか?」




こちらを見つめながら話す手塚。

彼の同意を求めるような強い視線に零司は引き込まれる。


それについては―――




「確かにそれは間違っていると思う。 だが、その不条理は人間社会において切り離せないものだ。 上官と部下のように、階級と序列がある以上は誰かが苦労したり、悪い時は虐げられる事はある」


「……なぁ、お前さ、それ本気で言ってるか?」


「……言わねぇでも分かるんじゃねえの? お前と何年の付き合いだと思ってんだ」




思わず砕けた口調で手塚に応えると、彼はそれまでの堅い表情を崩してシニカルに笑った。 零司自身もその笑みを見て、片方の眉を吊り上げた。


決まっている。

自分だってその昔、信用していた仲間に嘲笑われたのだ。


相手の為を思い、当時の過酷な境遇にも逆らって頑張ったのに、結局は手のひらを返された。

その時の気持ちは忘れていないし、それがどれほど精神的に苦痛かもわかっている。


だからこそ、ティアの助けにはなりたい。


思うところは同じというわけか、手塚と自分はお互いに肩をすくめあって話を終わらせる。




「話は逸れたが、つまりは手塚の言うとおりなんだわ灰島。 この世界は俺たちの世界と相似点が多くある……それについて、多く知識を持っていそうな奴らから情報を引き上げる必要があるわけだ。 ……ひょっとしたら、その情報で日本に戻れるかも知れんからな」




だから、と工藤は言葉を紡いでぐるりと議事堂の中を見渡す。




「ここで奴らに恩を売るってのはどうだ、お前ら」




悪だくみをする子供の顔と言うべきか。

工藤は、部下であるこちらがぞっとするような不敵な笑みを浮かべて言う。


これには零司も手塚も、久坂さえも苦い顔を返した。

ドラゴンの存在以前の問題として正直それには同意しかねる。


零司はひとつ、大きく息を吐いた後、




「つまり、連中にも貸しを作るために……魔族とやらと一戦交えろ、と?」


「その通りだ灰島。 頭の回転が速くて早くて助かる」


「分隊指揮を任された者として、その指示には同意出来かねます、二尉。 自分たちは確かに、溝呂木二差よりこの国の高官たちとの交渉を任され、多少の戦闘もやむなしとは考えていましたが……その交渉材料としての戦闘は容認できません。 それでは相手に、自分たちの手の内を明かすことになります。 そうなれば、大隊が前線に引き出されてしまうことは避けられない……相手の言うがままのトレードになってしまいます」




そもそもの問題、自分たちがこの国に駐留できなくなる可能性すらある。

忘れてしまっているかもしれないが、強すぎる戦力というのは大衆の憧憬を集めこそすれ、一歩間違えれば畏怖の念を抱かせかねない諸刃の剣のようなものだ。


それを、無駄に頭の切れる指導者たちに見せようものなら、彼らの中に自分たちを敵視する輩が現れても不思議ではない。 少なくとも、今行われた話し合いを見る限りでは全員がこちらの味方になってくれるとは思えない。




「具申致します、工藤二尉。 我々はまず一時後退し、待機中の分隊と合流し行動を審議すべきです。 特に、敵が現れた今は隊の安全を確認し、即応可能な状態に戦力を移すのが得策かと思われますが」


「んまぁ、普段なら俺もそう思うんだが……時間がないんだ。 多少強引でも、ここは何としても奴らを抱え込まんといけねぇんだよ」


「時間? ……あの、二尉。 貴方は何を仰って……」


「いや、何でもない。 気にするな」




疑問の残る工藤の言い回しに零司は困惑顔を返す。


時間がない―――とは、どういう事だ?


思いつく限りで考えられるのは、ゼノニウム絡みの事で工藤が何か隠している事くらいだ。 他に、彼個人の要件や隊に関係する事で、強引に交渉を進めなければならない理由は、今のところ思い当たらないが……


数秒で思考を巡らせ、零司が言葉を紡ごうとした時、逃げる議員たちの喧騒に交じって焦りを含んだ声が響いた。




「―――陛下ッ! 何をしておられるのですか! 危険です、下がってください!」




それはシルヴィアの声だった。


悲鳴ともとれる声音に促されて周囲に視線を走らせれば、それまで玉座に着いて物思いにふけっていたはずのフレデリックが、議事堂からせり出しているバルコニーへと出ているところだった。


彼は、バルコニーに出るなり欄干に手を置いて城下を一望する。

その方向は、話題にも上がっていた東の方角だ。

恐らく彼は、兵の言葉だけではなく自身の目で状況を確認したいとみえる。


膨大な広さを誇る城下、その彼方に目を凝らすフレデリックの横顔は、国王としての気品に満ちていた。


先ほど議員たちに悪態をついていた手塚も、この姿には思うところがあったのか「ヒュゥ」と口笛を吹いている。




「ふふん、良いね。 我先にと出口に向かう議員(クソ)どもとはエライ違いだ。 ああいうのが指導者のあるべき姿なんだよな……上官があの人みたいなら、俺はどこへでも付いていくぜ」




フレデリックを追ってバルコニーへと駆け寄るシルヴィア達の後をついて行きながら、手塚は鼻を鳴らす。


その言葉は本来、こっちへの愚痴として言ったのだろうが、隣には生憎と工藤がいる。 彼は意地の悪い笑みを浮かべた後、手塚に向かってひと言。




「俺の機嫌がよくて助かったな手塚。 本当ならば、上官侮辱罪でお前に灸をすえてやれるんだが、今回ばかりはお前のおしゃべりな口(・・・・・・・)で色々と楽しませてもらえたから見逃してやる。 だが、以降は慎め」


「寛大な処置に感謝いたします、二尉」




ヘルメットを被りなおし、敬礼をしながらニヒルな笑みを返す手塚。


その直後、再び大きな揺れと轟音が襲いかかってきた。

あちこちで悲鳴が上がり、零司たちも思わず床に跪く。


今の揺れと轟音のタイムラグはほとんどなかった、と言う事はこの城のどこかに敵の攻撃が当たったに違いない。


これは思った以上に状況の展開が速いようだ。

もともと、掛け込んできた兵の話で敵はこの城を目指す可能性もあるとの事だったのだから、攻撃はあるだろうと踏んではいたが……最悪、交渉を中断してこの場からの撤退も考えなければならないかも知れない。


敵の戦力は不明、装備も不明、戦域の状況も不明。

そんな、ほとんどノープランな状況で行動を模索しなければならないとは、不安で仕方がない。


工藤を庇う隊形を維持しつつも、零司はシルヴィアらに続く形でバルコニーへ出る。


灰色がかったツヤのある床が途切れ、続くのは真っ白なレンガ造りの床。 そこに足を踏み出した時、視界を黒い影が被った。




「「―――ッ!?」」




それの姿にシルヴィア、そしてアルフレッドまでもが顔を青ざめ、声にならない悲鳴を上げる。


吹きつけるのは、人を吹き飛ばしかねないほどの凶悪な風圧を伴った暴風。

文字通り鼓膜を揺らすのは、バタバタと布が風で遊ばれるような激しい音。

頭上から降り注ぐ、おおよそ動物の鳴き声としては凶悪さが八割増しな咆哮。


無意識に心拍数が跳ねあがった。

ただ、似たものと交戦した経験があるため悲鳴は出ていなかったと思う。


見上げる。


30メートルほど目線の先、そこには透き通る蒼穹を背景に、不釣り合いなほど禍々しい黒翼を広げる龍の姿があった。





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