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第2話 非常事態――現状、不明 その一

「……はぁ」




両膝に肘をつき、その間に立て掛けた50式小銃を抱きながら零司はまたもため息。


普段のように軽く気持ちを切り替えるべきなのだが……今回ばかりはそう上手くいかない。


なぜならこの演習には機能別演習に個人技能の審査も含まれていたからだ。


これは任務遂行上、機甲部隊や迫撃砲部隊など攻撃の基盤となる部隊に設けられている項目で、いかに正確かつ迅速に、さらに最小限の消耗で行動できるかなどが問われる。


評価が高ければ良いに越したことはないが、あまりに悪ければ所属部隊の異動もあり得るシビアなものだ。


そして自分が落ち込んでいる理由がこれだった。


別に評価云々で勤務地が異動になってしまう事が怖いわけではない。


もともと日本各地、如いては国際派遣で海外にも行ければと思っていたこの身の上である。


異動がなんのその。 流された先の土産を、元居た隊に中元などで送ってやろうかというほどだ。


ただ、その審査の結果次第では来月行われる昇進試験での優遇も認められており、自分がその試験にエントリーしていたということが問題なのだ。


つまり、演習自体が延期になったことで優遇もクソもなくなってしまった。


3月の申し込み以降、この優遇制度に何としてでもありつきたかった零司としては日頃の訓練ですら常に全力を振り絞ってきた。


課業中の少ない時間も削って戦術研究に励み、演習が実施されれば評価A+を絶対に採れると言い切れるまでに鍛錬を積んできたのだ。


が、オリエンタルシールドは延期。


はじめから尋常ではないほどの意気込みを見せていた分、演習が延期になったことによる精神的ショックも比例して尋常なものではなくなってしまった…


思うに、たぶんこの演習が繰り越されるのは何カ月か先だろう。


当然ながらその頃には試験は終えており、試験には筆記一本で臨まなくなってしまったわけである。


そして自分は筆記があまり得意分野ではない。




「………」


「ま、元気出せよ。 筆記なら俺が教えてやるからさ、試験日は来月の4日だろ?」


「……ああ」


「なら余裕じゃねえか。 任せろよ。 実技じゃお前の足元にも及ばねえが…筆記に関しちゃお前の遥か先を行く俺だからな! どんと来い昇進試験!」




こちらの肩を叩きニヒルに笑う同僚だが、対して零司は絶望的な表情を浮かべていた。


……やりやがった。


腹の底で言葉にならない台詞をつぶやき、頭を抱えてうなだれた。




―――世間一般では『どうしても』という場合、最後の砦としてこういうデキるタイプの人物に一縷の望みを託したりする。


そういう輩は決まって優秀で、その甲斐あって試験合格というのもよくある話だ。


だがしかし、相手が手塚の場合ではそうはいかない。


なぜなら、彼が上機嫌でこう言うときは大抵がアテが外れたり、付け焼刃では対処できないような超難問が出る前兆だったりするのである。


これは今までの経験から言えることなのだが……その的中率は九割九分九厘、ほぼ間違いないと断言してもいい。


つまり、たった十数秒だけの今のやり取りで、一等陸曹への昇進が懸かった最後の希望をぶち壊してくれたわけであった。


そんなこっちの心境など露知らず、目の前で爽やかに笑顔を浮かべる同僚を零司は涙目で思い切り罵った。


こいつ徒手格闘んとき絶対潰してやる……言葉には出さず内心でそんな物騒なことを考えていた時、




「そうか……灰島は来月に昇進試験か…まあせいぜい頑張れ。 どうせ落ちるんだ、気楽にいけよ気楽に」


「……二尉はアレですか? 俺を自殺させたいんですか? ……人の苦労も知らずに…よくもぬけぬけとそんなことが言えますね」




不意に投げかけられた声に零司は募る苛立ちを隠さず応え、どんより湿った目線を声のした方向――――――クーガーの運転席とつながるハッチに向けた。


ここから僅かに見える車長席、そこにふんぞりかえっていた工藤直樹(クドウナオキ)二等陸尉は、零司の声に頭だけ動かして応える。




「俺がお前の心情なんざ知る由もねえだろうが。 なのに人の苦労だのなんだの…大体なあ、たかが昇進試験ごときでグダグダ言ってんじゃねえよ灰島。 新兵じゃあるまいし」


「俺は向上精神が強いんですよ、万年二尉(・・・・)のアナタと違って。 というか、二尉は俺たちの指揮官でしょう? 少しは部下を激励したりするとかそういう考えはないんですか」


「ない」




キッパリと言い切られてしまった。


ああそうかよ畜生……


零司は眉根を寄せてそっぽを向いた。







◆ ◆ ◆







――――――この男、工藤直樹は零司や手塚の属する『第一特化機甲大隊 第一中隊』の指揮を預かる中隊長である。


その経歴は叩き上げでしかない自分からしたら輝かしいもので、都内の進学校を出たあと18歳で防衛大学校に入隊、4年の修学期間を経て首席で卒業。


配属後は復興支援や『佐渡島防衛戦』などで過去二度にわたって受勲。


人望も厚く、幕僚の一部にも何本かパイプを作っているなど、現場でも卓上でもそれなりに名の通った男だ。


が、優れたキャリアをもつ反面その人格は破綻しているといっても差支えなく、ブリーフィング中の居眠りはもとより気分次第で訓練計画を作成するなど、とても指揮官…というより自衛官とは思えない振る舞いでも有名な人物。


なぜ除隊にならないのかが謎、と周囲にいわしめ、その存在は大隊七不思議のひとつとして語られている。


手塚曰くかなりモテるとのことで、大隊内では勝手に女を引きつける男として多方面から妬まれている。


そして幸か不幸か、指揮官が指揮官だからか、第一中隊には大隊の中でも変わり者が多く配属されてくるのであった。







◆ ◆ ◆







「はぁ……ま、いいですけどね。 元からそんなこと期待してるわけじゃないですし」




零司は呆れた様子でそう言い、背筋を伸ばして座席に寄り掛かった。

「なんだとこのやろー」と、まるで棒読みの文句を返してきた工藤の声は聞こえないふりをした。




「にしても、コレも再設定して完全装備で出てきたってのに……なんか損しちまったな」




そう漏らしたのは、それまで手元のライフルを弄んでいた手塚だ。

目線を50式から自分たちが身に着ける装備へと移し、灰色の曲面装甲をコツコツと叩いている。




「まあな。 俺ら『イエーガー』(特化機兵)は、前もって機体を調整しとかないと性能を完全に発揮できねえし、まあ仕方ないだろ。 実施されるか微妙な演習だったし、準備はしとかねえといけね……はあぁ……思い出しちまった」


「……自分で言って自分でダメージ受けんなよ、お前」







◆ ◆ ◆







自分たちイエーガーは、一般の歩兵と同様に陸上の単体戦力として数えられる兵種だ。


しかし歩兵といってもその装備と役割は大きく異なる。


その主たるものが手塚の言っていた装備、「A.R.T.S」(アーツ)と呼ばれる戦闘用パワードスーツだ。


正式名称は「Advanced Readiness Tactical Systems」(先進戦術的即応システム

)。



この装備は歩兵と同様の柔軟性・展開能力を持ちながら、その弱点たる脆弱性と火力不足を補うために開発された戦術兵装である。


特徴としては、不燃処理が施されたハイパーカーボンを複層上に重ね合せた強固な装甲と、優れた反応性をもつ電磁収縮炭素筋。


走る、跳ぶなどの挙動をアシストする高出力のスラスター、そしてそれらを統括する優れたアビオニクスを有することが挙げられる。


また陸・海・空を一体とした統合型戦術データリンクシステムによる高い情報交換能力も特徴の一つだろう。


つまり、ヘリボーンや空挺降下などによる即応性とブースターを使用した高速展開能力、高性能アビオニクスを利用した索敵や高速通信からくる柔軟性、加えて戦闘車両並みの火力を持ち合わせ、機械化歩兵として前線に立つのが自分たちイエーガーと呼ばれる兵種だ。


この兵器体系が確立された背景には、『ドローン』(無人兵器)が跋扈する現代の戦場に倫理が消失しつつある現実が関係している。


生産性、戦闘効率、兵士一人に掛かる教育コストと実戦で命を落とす危険性の減少・・・それらで圧倒的優位に立ち20年前まで戦争の花形であったドローンではあるが、その特性上人に劣る面もあることを知っているだろうか?


それが戦闘論理や人間心理という哲学的なものだ。


現行のドローンは昔からの遠隔操作をその指揮系統に置かず、搭載された人工知能による状況判断に全ての操作を依存している。


『戦争』という行為そのものに対する効率しか考えられていないこの人工知能は、いくら時代が進んでも道徳や人道的な面での配慮が欠けることが否めず、シチュエーション次第では、大量虐殺や非戦闘員への一方的な攻撃などいくつかの違法な戦闘行為を行ってきた。


いわゆる戦争犯罪というものである。


しかし、それを裁こうにも実行犯は戦闘用の機械でしかないために裁判は難航、多くの戦犯が戦闘に際し発生した最低限の事故や事件として処理されてしまった。


戦いの効率を重んじたがゆえの失敗だ。


その為、国連は国際的に完全自立行動型のドローンの生産・運用を禁止する条約を制定。


世界中の戦場から遠隔操作型以外の無人機が廃されていった。


が、当然ながらそれによってドローンの能力は低下し、世界の紛争地域では脅威が居なくなったことによって状況が泥沼化。


ゲリラや革命派の民兵といった武装組織、反政府勢力などによって、多くの人々が命を散らせていくことになってしまう。


それに歯止めを与えるべく考えられたのが歩兵戦力の強化であった。


戦闘において決定打となる歩兵、それの強化はすなわち戦闘の優位性を確立するに足るものであり、数々の試行錯誤ののちに完成したのが現在のES(装着型強化外骨格)


――――――ARTSと呼ばれるパワードスーツだ。


ただ、一見優れた戦力と思われるイエーガーにも当然ながら弱点はある。


それが一機当たりの高価な生産コストと半年1回行う自己修復プログラムの複雑な整備、そして地形や環境など戦局に合わせた情報の更新である。


特に情報の更新は重要なもので、これを行わなければARTSはまともに動くことすらできない。


例えるなら、ノーマルタイヤの大型トラックに凍りついた路面を走れというのと同じことだ。


そのため自分たちはこうして移動中もARTSを装着し、現地情報を随時更新する必要があるのだった。







◆ ◆ ◆







「――――――書き換えは元から設定されてる戦域情報に合わせて変更するだけだし……細かな情報も、後々に自分に合わせて追加すればいいだけ。 たかがそれだけだろ? 別に損したなんて…」




零司が左腕のコンピュータのタッチパネルを叩きながらそう言ったときだ。


一瞬、ウェアラブルコンピュータの3D画面にノイズが走ったように見えた。


なんだ、と頭の端で思った次の瞬間、『それ』は唐突に起こった。


視界の端、兵員搭乗室の床を紫電が駆け抜けたのが見えたと思うや否や、刹那、車体が急ブレーキをかけたかのように大きく揺れて停車したのだ。


シャーシのトーションバー(サスペンションの一種)が車体の慣性に倣って深く沈みこみ、搭乗室にいた全員が対衝撃姿勢をとる間もなく前方に吹っ飛ばされる。


脳天を貫くような激しい衝撃のあと、目の前が真っ白にフラッシュした。


それに続く形で、固定していなかった背嚢などの装備が次々に派手な音を立てて自分たちの上に落下しててくる。


装甲に覆われていない箇所に何か尖った物が当たり、鈍痛が走る。


何が起こったのかなど分からない。 文字通り一瞬の出来事だった。




「――――――ってぇ……いったい何が」




零司は呻きながら身を起こし、すぐに全身の状態を確認する。


どうやら誰かに頭をぶつけてしまったようで、左の側頭部がかなり痛い。

左腕も同様だ。

しかし、幸いにもそれ以外は問題ないらしく、痺れや眩暈などの症状はみられなかった。


自分と同じように投げ出された隊員にも目を向けるが、彼らもスーツを身に着けていた甲斐あってか、それほど大した怪我をしている者はいないようだった。




「あーいってえ! クッソ……手首捻っちまったかも。 一応動くから大丈夫そうだけども」


「いけるか? ほら、つかまれ」


「どうも、木吉さん……」




顔をしかめて左手首をさすっていた手塚に手を貸し起き上らせる。

その時、零司はふと違和感を感じた。


―――――――いつもより体が重たい。


些細な変化だったが、入隊後ずっとイエーガーとなるべくして訓練を受けてきた身体は、その変化をはっきりとした異変として認識していた。


そしてすぐにその原因を特定する。


そもそも痛みを感じた時点でおかしいと感じるべきだった。




「………システムが落ちてる?」




頭部に身につけているヘッドセット、それが常に網膜投影で表示しているはずの機体情報が視野から消えてなくなっていた。


統合型戦術データリンクも切れ、緊急用の予備電源も作動していない。


手塚が言う手首の痛みや自分の頭部に感じた鈍痛などから、生命維持装置も止まっているようだ。


本来ならあり得ない異常事態だった。


体が重く感じたのも当然だ。 最低限の機体ステータスも表示されない状況でパワードアシストなど働くはずがない。




「ちょ……ナニコレ、一体どうなって……零司! お前のデバイス生きてるか!?」


「ダメだ、主機を再起動しても反応しないし予備のコンデンサもつかない……残留電気の反応もないなんて……どうなってるんだ」




手塚が、慌ててウェアラブルコンピュータのタッチパネルやエマージェンシースイッチを操作している。


どうやらARTSに異常をきたしたのは自分だけではないらしく、手塚の装備や他の隊員たちも同様の症状に見舞われているようだった。


わけもわからず混乱する車内。 そこに突如、怒鳴り声が響き渡った。




「全員、第一種! すぐに装備を着け実包装填!! 急げ!」




車長席から身を乗り出してきた工藤だった。

ハッチの縁に手を掛け、兵員搭乗室にその身を半ばまで乗り出している。


いつになく真剣な……というより焦っている表情だったが、それよりも、




(……第一種!?)




その言葉に全員が一瞬耳を疑ったのが零司には気配でわかった。


第一種戦闘配備、軍隊において戦闘状況を示す尺度の最上位のものだ。


最後に耳にしたのは佐渡島戦が行われていた学生時代の時のみ。

普通は訓練などでしか耳にすることのない単語だが、オリエントシールドは延期になったはず。


その場合考えられることはひとつしかなかった。




――――――実戦だ。




思いつくより早く、搭乗室にいた全員は動いていた。


スーツのネックレストに格納されているヘルメットを手動で展開。

移動中は空にしている弾倉に弾を込め、各位8個の予備弾倉や手榴弾、銃剣などの装具を確認。


いつでも状況を開始できる状態にシフトしていく。


零司たちが指示通り戦闘準備をしている最中、工藤は耳に押しあてたヘッドセットのマイクと操縦席の方向とを交互に行き来しては何かを叫んでいた。


おそらくは現状を把握しようとしているのだろう。


ということは指揮官である工藤すら、今のこの事態がなぜ起きたのか把握できていないのだろうか?


それでいて第一種を発令したあたり、かなり切迫した状況に置かれていることはまず間違いない。


せめて外の様子を確認できれば、こちらも車外がどうなっているのか確認できるのだが……




「――――――聞け、お前ら!」




と、工藤が搭乗室と操縦室とを区切るハッチをくぐるなり怒鳴った。


全員の視線がその一点に収束し室内の空気が張り詰める。




「状況報告だ、心して聞け。 現在、俺らは完全な孤立状態に陥ってる。 ……大隊の他の車輌、ならびに部隊とは完全に通信が途絶。 電子装備は軒並み使用不能、このクーガーも完全にイッちまってる。 双方の原因は不明。 外部は風雨に加えて濃い霧が立ち込めているらしくテレスコープ使っても2メートル先すら視認できん」




その言葉には全員が戦慄した。

思っていたよりもマズイ……というかマズイなんてもんじゃない。


つまり現状、自分たちは丸裸で嵐の中に放り出されているということだからだ。


視界不良を伴う極めて悪天候のなか、原因不明のシステム障害により通信も車輌も使えず、一個大隊と弾薬満載で随伴する輸送部隊が完全に分断されるとは……


自分たち戦闘職種が孤立するのは別にそこまで問題ではない。 無力化されても周辺被害は無いからだ。


問題なのは後続の26式特大型トラック。


今それらに積載しているのは今回の演習で使用するはずだった武器弾薬や消耗品類で、これらが一個戦闘中隊5日分、トラックにして13台も後続として続いている。


これだけの物が何かの拍子で起爆しようものなら周囲300mは更地になるだろう。


自分たちなど跡方も無くなるに違いない。


そう考えて……ぞっとした。


それがあと二個中隊分、要は2セットも自分たちの後に続いているのだ。




「ほんとならFLIR(前方監視赤外線システム)で霧も雨も何とでもなるんだが……今はご覧の有様だ。 おまけに外は台風の影響でかなり天候が悪い。 その為、バディを2チーム組んで後続部隊に状況確認と現状報告をする。 残りの6名は本車の周囲20メートルを全周警戒しろ。 それと、伝令は後続のシキツウ(18式指揮通信車)から有線で各部隊と通信が出来ないか訊いて来い。 質問は?」




手塚がすぐに手を上げた。




「後方に伝令を出すのは納得がいきます……しかし、第一種戦闘配備の発令、それと全周警戒が必要なのか分かりかねます。 二尉はこれが悪天候によるものではないとお考えなのですか?」


「おいおい手塚くんよぉ、考えてもみろ? 落雷が直撃したわけでもないのに、軍用車両とその他装備が一斉にダウンなんてことあり得るか? おまけに乗ってた兵士の電子装備まで、もれなくパーになることってあるかよ? まあ……自然に起きた偶発的事故で済んだら御の字なんだがな…」


「……つまり敵による攻撃の可能性、もしくはそれに類似した状況も視野に入れておけ…と」




その言葉に工藤が小さく頷いた。




「可能性はまずあり得ないがな。 だが、高い絶縁処理や軽いECM防御が施してあるはずのARTSまで全機システムダウンなんてことは絶対に起こり得ない。 核でも爆発しない限り……まあ、不測の事態なんだ。 警戒するに越したことはないだろ」


「わかりました」




(敵……か)




手塚の横で零司は考える。


確かに近年、日本の周辺諸国による領空・領海侵犯は活発化の傾向にある。


これは旧来よりずっと続いてきた事だが、ここ数年はそれが著しい。

それに伴うように、国内への工作員や諜報員の潜入も増してきている。


5年前の朝鮮連邦による佐渡島への軍事侵攻以降、つまり『自衛隊』と呼ばれていた組織が現在の『自衛軍』に改正されてからは、国内でも都市部や軍の駐屯地近辺などで海外の工作員が見つかり、ニュースになる事もしばしばだ。


理由は政府が本格的に工作員の炙り出しを開始したのと、佐渡島で発見された『未現元素』の情報を探るために国家・組織を問わず多くの勢力がたくさんの工作員を日本に潜入させているからだ。


こうしている間も日本のどこかに潜む数多くの工作員たちは自分の任務をコツコツとこなしているにちがいない。


諜報然り、破壊工作然り、人攫い然り。



しかし、それ以外で直接的な攻撃などは佐渡島戦以外では過去半世紀の歴史を思い出しても一度もなかったはず。 そこまで周辺諸国のバカではない。


それに、もし仮に本土侵攻が行われたのだとしてもなぜこの場所に来たのかが分からない。


攻撃や破壊工作などを狙うのならば首都や原発など、日本に打撃を与えるに適した目標として最適な場所がいくつもあるというのに……


なぜわざわざ一時的に日米の戦力の収束している総合演習の現場を?


そう考えていると、これが本当は実戦などではなく不測の事態に対するリアリティを求めるために演じられた演習の一部なのではないのか、といったような希望的観測が心の中で湧き立ってきた。


緊迫しつつある周辺諸国の状況に対するため、今年はより実戦的な内容にした演習――――――大規模な演習には、あながちありそうな内容だ。


だとしたらもしかして……




(なんてな……末端の兵士がこんなこと考えても仕方ないか。)




零司は自分の考えを一蹴し、意識を切り替える。


実戦感覚で訓練をこなすのであれば良い成績が残る。

だが訓練感覚で実戦に臨めば高い確率で死ぬ……分かりきっていることだ。


『Need to know』、自分たちにとって真実など事が終わった後で知ればいい事。


しかし、それでもなお後味悪く残る妙な違和感を腹の底に感じつつ、零司は工藤の説明に向き直った。




「伝令は手塚と眞鍋、中村と林の2チームで行け。 残りはここを中心に散開して警戒しろ。 灰島、警戒の指揮はお前が執れ。 何か不審な物を見たり感じたりしたときは一人で対処するな。 すぐに仲間やバディに伝えろ。 いいな」


「「了解ッ!!」」




歯切れの良い答礼を返し、零司たちはクーガーの後部ハッチへと振り向く。




「先行は俺と眞鍋が行く。 林と中村は俺たちをバックアップしつつ続け。 コールサインはナイツ1-1と1-2、周りをよく見てろよ?」


「ARTSが使えない以上は基本的に有視界戦だ。 センサーも無線も無いから最低限ハンドサインが確認できる距離を保て。 もちろんパワードアシストも無いから武器の重さに振り回されるな。 それと、俺たちのコールサインは1-3だ。 手に書いてでもいいから覚えとけ」




現場に駆り出される兵士のなかで最高位の階級である零司と手塚が素早く全員に指示を出すなか、ハッチを開けるために解放レバーに取りついた隊員が振り向く。




「用意いいか! 搭乗口開けるぞ!」




それに僅かに頷く零司。


50式のセーフティを解除、スーツのFCSが使えないためバックアップとして搭載されたフリップアップ式のアイアンサイトを立てる。


素早く装備の最終点検を終えると同時、ハッチ上部のランプが赤から緑へと切り替わり、複合材で形成された装甲が、牽引ワイヤーのロックを強制的に外されて勢いよく開いた。


次の瞬間、室内に入り込んできた霧と凄まじいまでの雨風に一瞬だけ怯んでしまったが、




「行け行け行け! 全員早く出ろ! ビビんな!」




自分に言い聞かせるかのように叫び、先陣を切ってクーガーの搭乗室から飛びだす。







そして…………白に包まれた。



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