第13話 大隊合流――状況整理 その七
―――さて、どうしたものか。
賊を捕縛した後、目の前に現れた一団を前に零司は考える。
CPからの応答は無い。
向こうも向こうで、この状況に判断を出しあぐねているのだろう。
現状で推測できることは、この一団が役場で言われた騎士団だろうという事だ。
相手の有する装備と、現段階で都合の合う正規の部隊という事ならば、それと結論付けられる。
それと、もうひとつ。
それはこの世界に来てからの自分が、間違いなく不幸体質だという事だ。
「早くしろ! 武器を捨て、こちらに顔を見せろ! 貴様らは何者だ!!」
考える間にも、騎兵隊の指揮を執っていると思しき女は、いよいよ声を荒げていく。
それに倣う形で、周囲に展開している兵も剣呑な雰囲気を増していた。
零司は警戒を解くことなく、視線コマンドでもう一度CPを呼び出す。
「ナイツ1-1からCP、至急指示を送れ。 ……どうにも危ない雰囲気ですよ、二尉?」
『待て灰島、こっちも状況が…ってぇ!! ちょっとティアちゃん!? ちょとちょっと、それ触るな! ああ、違う違う! 零司には手を出させないって! ちゃんと平和的に解決するから!!』
無線の向こう側では、何やら激しい物音と切羽つまったような悲鳴が重なっている。
と言うより、工藤はシキツウの車中のはずなのだが、そこにティアがいるとはどういう事なのか? 考えられる限りでは、工藤がまた要らない事をしでかしたのだろうが…
それよりも、このまま指示が無ければ、自分の判断で手を打たなければならない。
となれば、後始末も含めて時間と手間がかかりそうだ。
などと物思いにふけっていると、一際大きなノイズがレシーバーから響き、思わず顔をしかめた。
「ったく何だ?」と、ぼやく零司の耳に聞こえたのは工藤の声ではなく、ここ数日で聞き慣れた少女の声音だ。
『レイジ! 聞こえますか、レイジ!?』
「ティア? 何でお前が無線に出てるんだ。 工藤二尉はどうした?」
尋ねてから、マイク越しに遠くで小言を漏らす工藤と、謝るアルフレッドの声が聞こえた。
どうやらティアが工藤からヘッドセットを奪い取ったようだった。
『今は、クドウさんから頭に着ける道具を借りて話してます。 それで……コレすごいですね! どうやって話してるんですか? この窓も、どこか別の場所の絵が映ってますし!! これもレイジの言ってた『カガク』という物なんですか!?』
「……お前は、俺と世間話するために二尉からヘッドセットを奪ったのか?」
だとしたら、とんでもない奴だ。
こちらが冷ややかに言い放つと、ティアは慌てて弁解した。
『ち、ちちち、違いますッ! 違いますもん! 今のはちょっとした興味というか、興奮というか…その…』
「いいから、用件が無ぇならそれを二尉に返せ! こちとら、下手すりゃまた一戦交えなきゃならんというのに!」
『そ、それです! レイジ! そこにいるシルヴィアとは、絶対に戦わないでください!』
声音で分かるティアの懇願。
零司は昼間の一件の時と似たその必死な声に、一瞬だけ驚く。
シルヴィアとは、目の前でこちらに剣を突き付ける相手の名前だろうか?
彼女のことをティアが知っているのならば、それはもう、この一団が首都から助けに来たという騎士隊で間違いはない。
間違いはないが、
「そりゃ俺だって戦いたくはない。 だが、相手が先に手を出してきたら、こっちも応じないわけにはいかない」
『そんなことしなくても、レイジ達の実力なら―――あ、』
『―――ナイツ1-1、私だ。 状況はこちらも把握した。 交戦はするな。 極力、穏便に事態を収集しろ』
また、がさがさと衣擦れのようなノイズ。
次いで無線の向こうに現れたのは溝呂木であった。
ティアと工藤のやり取りでは埒が明かないと察したのか、大隊長自ら直接対応に乗り出してくれたようだ。
彼が〝状況を察した〟という事は、今の会話でこの一団がティアを迎えに来た一行だという事を認識したと受け取っていいのか。
それでミッションを、賊の迎撃からあらかじめ考えていたであろう別の作戦にシフトした、という事か。
(別のミッションとなると……本格的にこの世界と交渉するというアレか。 不安要素だらけだが…)
こうして素早く指示を出してくれるのはありがたい。
部下が危機に陥っていることをよくよく理解している上官然とした対応に、零司は少し感激すら覚える。
頭が切れても、上官らしい事を滅多にしない工藤とは雲泥の差だ。
零司は、視線だけは目の前から逸らさずにマイク越しに話す。
「了解。 ならば、自分たちの身分を明かしてもよろしいので?」
『ある程度なら構わない。 先ほどの1-10と同様の対応を取れ。 それとこの際だ、確保した賊の身柄を渡してやるといい……交渉の第一歩だ』
溝呂木の言葉に、零司は「1-1、トゥー」と回答。
奇しくも、自分がCPからの指示の無かった場合の対策として考えていた事と同様の命令に少しだけ安堵。
「……警告だ。 これ以上の黙秘を続けるというのなら、こちらにもそれなりの対応を取らざるを得ない。 武器を捨て、面を取れ」
そうこうしている内に、馬上の女―――シルヴィアが、目に冷淡な光を点して告げてきた。 文字通り、これが最後通告なのだろう。
零司は手にしたジャガーノートを地面に突き刺すと、分隊に向って無線を出力した。
「1-1から分隊各機、ならびに接近中の第二小隊機に送る。 全機、警戒度下げ武装を解除」
この指示に、驚いたように手塚が聞き返してくる。
『武装解除って……おいおい、いいのか? 俺らが下げても、向こうはやる気満々なんだぜ?』
「CPの命令だ。 相手は話の通じない敵じゃない。 これから交渉して俺たちが味方と理解させるから、一応は心配すんな。 ……それに、いざとなれば固定兵装を使え」
パワードスーツであるARTSにも、一般の兵士と同じようにセカンダリウェポンは備わっている。
一振りのコンバットナイフと、45口径の専用ハンドガンだ。
数十人の訓練された騎兵相手にはいささか物足りない感が否めないが、そこを補うのがこれからの交渉となる。
零司の答えに手塚は、
『1-10、トゥー。 いざとなったら、俺はお前を捨てて逃げるわ。 頑張れよ、ネゴシエイター』
相変わらず身勝手な奴だ。
こんな奴が、座学で自分よりも優れていることが信じられない。
信じられないが、これが気さくで仲間思いな手塚暁人という自衛官の一面なのだから文句は言えない。
零司は手塚に「ふん」と鼻で笑って応えると、外部スピーカーを選択して対話の口火を切った。
「黙っていてすまない、こちらに敵対の意思はない。 そちらは、ティア・フランチェスカ・クリフォードの身柄捜索に来た首都からの騎士隊だな?」
敵と思っていた相手からティアの名が出たためか、騎士たちがざわつき始めた。
だがシルヴィアと、隣の初老の騎士だけは毅然とした態度を装ってこちらを見下ろしている。
「なぜ貴様がその名を知っている? 答えろ、貴様らは何者だ。 ティアはどこにいる?」
高圧的な口調のシルヴィア。
一見隙が無いように見えるその中にも、零司は幾許かの動揺を見出した。
それに騎士とはいえ、貴族のティアを名指しする辺りに彼女との親密な間柄が伺える。
となれば、上手く話を繋ぐことは出来るはずだ。
零司はそう考え、さらに相手の敵愾心を削ぐために目線でコマンドを入力した。
するとフルフェイスのシールドが素早く額部に収納され、武骨な戦闘用ヘルメットの下に素顔が晒される。
ヘルメットの動作か、それともこちらの顔に驚いたのかは知らないが、騎士たちにどよめきが走った。
吹き抜ける夜風が短く切った前髪を揺らすなか、零司はじっと、無言でこちらを睨むシルヴィアの紅い瞳を見つめ返した。
「自分はレイジ・ハイシマ。 東の地よりこのエストリアに来訪し、背後の仲間と共に、ソラーナに近づきつつあった賊の一団を迎え撃った者だ。 クリフォード嬢は、この先のソラーナという村で保護している。 心配するな、彼女は無事だ」
「ハイシマ……? ふん、聞かぬ名だな。 東の地より来た貴様らが、なぜ自身に関係の無いソラーナを守る? 嘘を付くにしても、もう少しマシな話があるのではないか? そもそも、その話を信じる証拠など無いというのに」
「賊の一件については、ここに捕えた者たちを尋問すれば話は付くが……確かに俺たちの身分を証明する証拠は無い。 だが、敵意は無い。 それだけは信じてほしい。 クリフォード嬢に関しては……そうだな」
未だにこちらを信用しようとしないシルヴィア。
当たり前と言えば当たり前だが(初対面の相手に簡単に信じられても困る)、相手の敵意を少しでも減らさない事には話は進まない。
零司は思案顔で少し考えた後、
「仕方ない。 ……CP、話は聞いているな? 今からそちらに回線を繋ぐ。 後は任せた」
言って、CPと映像回線を繋ぎ、ヘルメットを脱いだ。
瞬間、ひんやりとした外気の感触。
頭全体を包む夜風が気持ちいい。
零司は、長い時間押さえつけられていたせいでぺったりとした髪の毛を、手櫛でガシガシと解きほぐしながらシルヴィアに向き直ると、
「ほら。 これを被れ。 そうすれば、クリフォード嬢を俺たちが保護している事が分かるはずだ」
手にしていたヘルメットを、無造作に彼女に向かって放り投げた。
「なッ! ちょっと!?」
突然のことに慌てるシルヴィア。
ばたばたと手を振り回し、握っていた剣を脇に差して両手を広げる。
宙に放物線を描きつつ投げられたそれは、きれいに彼女の手の中に納まった。
そのことに、少しだけ安堵の表情を浮かべるあたり彼女の生真面目さが伺える。
「……ハーレンハイム殿…」
少しばかり心配そうな騎士の言葉を目で黙し、シルヴィアは怪訝そうに、自身の手の中にあるヘルメットとこちらを見比べてきた。
それから意を決したようにヘルメットを被った彼女は、
「――――――え? ティ……ア? ティア…なの?」
かすれた小さな呟き。
ヘルメットのレシーバーには指向性があり、彼女が聞いていることはこちらには分からない。
だが、茫洋とした様子でティアの名を口ずさむシルヴィアが、CPに居る相手と対面した事は間違いないわけで…
「どうだ? これで俺たちが敵じゃないってことは、少しは分かってくれたか?」
腰に手を当てつつ尋ねた零司の言葉に、シルヴィアは、心ここにあらずと言った風に頷いた。
◆ ◆ ◆
――――――年号 日時ともに不明 異世界に転移してから二日目
現在地 ソラーナ村
現地時刻 JST 2248
「ティアッ!」
ソラーナに戻るなり、村の入り口で待っていたティアの名を叫んだシルヴィアは、馬から飛び降りると一目散に駆け寄った。
そのまま人目を憚ることも気にせずティアを抱きしめると、力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「ティア、ティアッ! よかった…ほんとうに、本当にあなたが無事でよかった……」
何度も何度も、自分の腕の中にあるものを確かめるように、シルヴィアはティアの名を口ずさむ。
どうやら、自分が思っていた以上に彼女たちの親密さは深いらしい。
目を瞑って安堵の涙を流すシルヴィアと同様に、ティアも目に涙を……というより、こちらは声も出せないほど盛大に号泣しながら、なすがままにされていた。
「くくッ……微笑ましいじゃん。 あの二人、ほんとに仲が良かったんだ」
数刻前まで居た戦域からクーガーの上に乗る形で帰還した手塚が、抱き合って泣き崩れる二人を見て微笑を浮かべた。
屈託のない笑みを浮かべても、決して微笑んだりしない手塚がこういう表情を浮かべることは珍しい。
隣に座る零司は内心で少し驚きつつも、同僚の言うように、ティアたちの方を眺める顔に少しだけ柔らかさを混ぜた。
自衛官として最も達成感を感じる場面というのは、こういう光景の事を言うのだろう。
今回は自分たちが二人を守ったわけではないが、ドラゴンからティアを守り、賊を討伐してシルヴィアの進路を守らなければ、二人は出会うことが出来なかったかも知れない。
だとすると、自衛軍として問題だらけな現状でも、人の為という観点からしてみれば悪いことをしている気にはならなかった。
「……だな。 二人を会わせられてよかったよ」
「んん~? なんだ、鋼の精神の灰島さんも情には脆いのかなぁ? 珍しいこともあるもんだねぇ~」
「ふん。 言ってろバカ。 脳みそプリンで精神がゼリーのお前に言われる筋合いはない」
切り替えしたことで「んだとこの~!」と文句を言う手塚をよそに、零司はクーガーの上から飛び降りた。
「あれ? どこ行くんだよ」
「装備を外して調整だ。 さっきの戦闘の時、なんか機体が思うように動かなかったからな」
「……あれだけ動きまわっといて機体の調子悪かったって何だよ。 ほんっとお前、見境ねえ強さだよな」
呆れたような口ぶりで言う手塚に、零司は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「強くても階級は上がらないのが悲しいよな。 レンジャー徽章取った時もそうだ」
「アッハハハ! 違いねぇ! でもよ、俺が見てた感じだと機体の異常なんて感じられなかったぞ? どこがおかしいんだ?」
言われて、零司は腕の装甲を手の甲で軽く小突く。
不燃処理されたハイパーカーボン製の複合装甲は、金属とは違ったくぐもった音を周囲に響かせた。
「不具合…というわけじゃないが、機体の反応がコンマ数秒遅れてる感じがした。 戦闘を開始してからだったか? んで、インターバルん時に自己診断プログラムを走らせてはみたが、エラーはゼロ。 普段の設定と全く差異はない。 ここら辺はさすが篠原と言ったところだが…如何せん、こっちも命がかかってる以上は、不安要素は取り払いたいからな」
「気持ちは分かるけど、コンマ数秒ねぇ……ARTSのDMTMつったら、体電流と脳波を読み取ってるんだから、そんな微かな時間差なんざ普通は分かんねえぞ」
そう言うと急に、手塚は真剣な表情になってこちらを見つめてきた。
「なぁ零司、お前ほんとにどうしちまったんだ? ……ぶっちゃけ今だから言うけどよ、盗賊の連中と戦ってる時のお前……はっきり言って機動が異常だったぜ? 富士教導団のイエーガーだって、あそこまで人間離れした動きは出来ねぇ…一体どうしたんだ?」
普段と打って変わった様相の手塚。
どこか心配そうな顔をする同僚に、零司は困惑した。
こっちとしては自分の体に違和感は感じられないし、戦闘機動も別段おかしなところは無かったように思うのだが……
「お前、人を化け物みたいに言うな。 確かに、普段よりは身体の動きは良かったと思うが…だからと言って、教導団の連中より上手く立ち回ってたっつーのは過剰評価だ。 俺は普通だっての」
「だけどよぉ…」と、納得のいかない様子の手塚をその場に残して踵を返す。
「文句言うな。 とりあえず俺は先に戻るぞ。 工藤二尉や大隊長が呼んでたら無線で連絡してくれ」
それだけ告げると、後ろ手に手を振りつつ零司はその場を後にした。
◆ ◆ ◆
「……異常、な」
村の入り口から少し離れた場所。
村民以外は普段から使用しないような小さな路地を歩きながら、零司は小さく呟いた。
悪意が有る無しにしても、他人から『お前はおかしい』と言われたのはいつぶりだったか。
思いつく限りで最後に言われたのは、5年前の冬だ。
センター試験も終わり、入試の時期に入っていた頃。
鈍色の空から純白の雪がしんしんと降り積もり、自分の足が雪を踏みしめる音しかしなかった住宅街。
そこで自分は、よく知る相手に「狂っている」と言われた。
全部お前が悪い、こうなったのもお前のせいだ、自分が不幸だと理解しているくせに自分の事なんかそっちにけで他人に救いの手を差し出すお前のせいだ、と。
散々罵倒されて、終いには刃物で斬りかかってきた相手を、当時の自分は軽々と無力化した。
親友から教わったシラット(格闘術のひとつ)で叩き伏せ、地面に伏した相手の喉元に奪った刃物を突き付けながら、感情の死んだ声で静かに話をした。
あの時、関節技を極めて押し倒した彼の顔は、今でも原因とセットで思い出す。
そのたびに胸の傷を抉られる気がして、零司は顔を歪めた。
「………」
零司は回り道をする足を止め、じっと手のひらを見つめる。
胸が冷たくなる感覚。 気持ちが沈んでいく憂鬱感。
それらが徐々に体を浸食し始めてくる。
その昔、異常だと言われたのは覚えている。
だがこの手で何かを守れたのは、いつが最初だったか?
そう考えると思い出せない。 救った事自体あったのかも分からない。
自衛官として人を守ることは当然のことだ。 それが使命なのだから。
だがそんな建前など抜きにして、私的な場面で人を救えたことなどあったか?
思えばあの事も、悪いのは彼らではなく自分なのではないのか?
義母の異変にも気づけず、恋人が出来た事で一人浮かれていた自分が、事の発端ではないのか?
「………ッ」
結局のところ、自分は誰かに捨てられたと思い込んではいるが、実際は自分の行動がすべてを台無しにして、自分はその罪から逃げているだけではないのか?
ティアを炎龍から守ったことも、この村を救ったことも、イエーガーになったことも、階級を上げようと努力することも、すべては自分が現実から逃避するためにしているだけの贖罪ではないのか?
「………ッ、俺は」
悪循環。
考えれば考えるほど落ち込んでいく負の感情に、零司は歯噛みする。
今までの経験でわかる。
こうなってしまっては、しばらくは楽観的な思考はできない。
だから―――零司は思い切り手を握りしめた。
過去の出来事が何かしら自分を苦しめることは知っていた。
だから自分は、何事にも屈しない強さを手に入れる為にイエーガーになったのではなかったか? そしてレンジャー徽章を取り、昇進を目指し、常に鍛錬を積んでいるのではないか?
睨むような目つきで、零司は目の前の虚空を見つめる。
「クソ……」
過去に起きたことで今さら嘆いてどうする。
それに甘んじて現実を否定したところで何も変わりはしない、それは自分自身が一番よく知っている事だ。
楽観的な思考が無くなっても、脳に叩きこんだ論理的な思考と行動は出来る。
だったらそれを実行すれば良いだけではないか。
ティアを助けた。 村民を救った。 シルヴィアを守った。
次に予定しているのはスヴェンツへの偵察だが、それまでは時間が空いている。
だったら手塚に話した通り、機体のメンテナンスを行え。
無言で状況把握と計画の再確認。
零司は目を閉じる。
そうやって感情を押し殺して考えをまとめると、静かに深呼吸をした。
数秒の沈黙を置いて瞼を開いた時には、先ほどのネガティブな思考は胸の底へと沈んでしまっていた。
「……よし」
言い聞かせるような呟きは、路地を吹き抜ける夜風に揉まれて消える。
一歩ずつ足を踏み出す零司は、普段と変わらぬ雰囲気を纏っていた。
◆ ◆ ◆
寄り道と短い自問自答を繰り返した零司は、大隊が駐留する広場まで戻ってきた。
整然と並ぶIFVやトラックの脇を通り抜け、いくつも張られた天幕の群れをくぐり、出撃前に集まった場所―――ARTS専用のメンテナンスエリアとして確保された場所へたどり着く。
そこで既に待機していた整備科の隊員たちがこちらを見るや否や、気さくに手を上げて応じてきた。
篠原もその内の一人で、電源車から伸びるケーブルをいじっていた手を止めると、小走りに走り寄って来る。
「お疲れ様です、灰島二曹。 聞きましたよ? 大活躍だったんですってね~! バルディッシュの人工筋任せに敵を刺身みたいに……って、どうしたんです? なんか、表情険しいですけど…大丈夫ですか?」
覗きこむようにして見上げてくる篠原。
彼女が言うように、自分はそれほど酷い顔をしているのだろうか?
思えば戻って来る途中も、すれ違う隊員たちが不思議そうにこちらを見ていたような気がする。
零司は篠原に対して曖昧な笑みを浮かべると「大丈夫だ」と言って、軽く方手を振った。
それから自機が保持されていたラックに近づくと、後ろに体重を預けるようにして機体を固定。
ロッキングボルトが回転してバックパックに滑り込み、降りてきたアームがヘルメットを定位置で保持する。
こうして、完全にメンテナンスラックの一部となってしまったバルディッシュの中で、零司は機体のプログラムを順次落としていく。
携行していたBLAMEを『ベース』と呼ばれる無形態の状態に戻して、ウェポンラックへ懸架。 その後に駆動系のパワーをOFF。
人工筋が弛緩し、胸部を始めとした装甲が微かな隙間をもって開放。
骨格の関節がロックされ、内部のクッションから力が抜けていく。
各部のセンサーからは光が失われ、そうして、全身に機体の重さがグッと圧し掛かってきた。
自分が生きて帰った証―――生存した時にしか味わえない重さだ。
「……はぁ」
それを一身に受けながら、零司はヘルメットから頭を抜いた。
目の前では、篠原が少しだけ不安そうな顔でこちらを見ていた。
「……どうした? 俺の顔になんか付いてるか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ無いんですけど……なんか、珍しく灰島二曹が疲れてるなって思って」
「あぁ、なるほど。 まあ確かに……疲れてるっちゃ疲れてるかもな」
「……ひょっとして、盗賊とはいえ人を殺したからですか?」
この問いに、零司は「まさか」と答えた。
「お前、俺を舐めてるだろ? こちとら戦闘を覚悟して入隊してんだ。 初の実戦だったとはいえ、人殺して精神的に辛いです、人殺しは悲しいですなんて女々しいこと言ってられるかバカ。 そんなんで自衛官務まるか」
そもそもの問題。
戦闘を前にして怖がったり、実戦後に殺人の罪悪感に苛まれてショックを受けるヤツは、防衛職に向いてないとすら零司は思う。
そんな奴が表に出てきたところで、隊の足手まといになることは必至だ。
そいつのせいで有能な仲間が死のうものなら、目も当てられない。
「だからそんな心配すんな。 これでも俺はお前の上官だぞ」
言って、篠原の肩を軽く叩く。
それで不安が解消されたのか、彼女は普段の快活な顔を取り戻して、
「ですよね~! 1000℃で熱して叩いても曲がらない灰島二曹の精神が、今回ごときのショックで曲がることなんて無いですよね!」
開き直った瞬間に、この調子である。
ニコニコ笑って胸を張る篠原を前に、「俺のフォロー要らなかったんじゃないのか?」と思わざるを得ない零司であった。
「……まぁいい。 ところで篠原、お前が最後にチェックした時、コイツにエラーが出る要素や小さな不具合は無かったんだな?」
「え? はい。 出撃前に私が見た時は機体ステータスに異常は全く見られませんでしたけども…どうかしましたか?」
「あぁ。 戦闘中、わずかだが機体の挙動が遅れてる感じがした。 俺が先に動いて、それで機体側を引っ張ってるような感覚だ。 心当たりはないか?」
こちらの問いかけに、篠原は小首をかしげて唸った。
「う~ん……思いつくところでは無いですね。 この村に到着した段階で、ハードもアビオニクスも隅々まで整備してますし、出撃前チェックでも問題は発見できませんでしたから」
そう言いつつ、彼女はラックに固定されたバルディッシュの背後を覗きこむ。
バックパックのメンテナンスカバーを開いて、そこにあるジャックにタブレット端末のケーブルを刺した。
機体のCPUを検査するのだろう。
ARTSの制御システムやアビオニクスは、ヘルメットではなくバックパックに収められているのだ。
篠原は何度かタッチパネルを叩いた後、唇を尖らせて不満げな声を上げた。
「やっぱり…問題はないですね。 ただ、二曹の言うように、確かにパイロットとの相互感応速度に誤差が出てます。 でも……」
と言って、困ったように眉根を寄せる篠原。
でもどうだというのか?
零司は一人で顎に手を当てて考え混む彼女に、話の続きを促した。
「何なんだ? やはり問題があるのか」
「あ、いえ…そういうわけでは無いんですが…この場合だと、機体に問題があるのではなく灰島二曹に問題があることになるんですよ」
「……どういうことだ」
訊き返すと、篠原は慌てて「いやいやいや怒んないでくださいね!」と両手を振った。
怒るも何も、まずはこっちの問題というのを説明されない事には何も言えないのだが…
零司は引きつった笑みを浮かべる篠原を前に、腕を組んで片眉をつり上げた。
「……別に怒らんから話せ。 俺に問題って、どういう事なんだ?」
「ほんとに怒んないでくださいよぉ? ……実は、普段より灰島二曹が早く動いてるみたいなんです」
上目づかいに恐る恐る話した彼女の言葉に、ますます困惑。
「……なんだそりゃ」
「あーッ! 不機嫌になった! 絶対不機嫌になりましたよね、灰島二曹!」
「なってないなってない。 いちいち大げさに騒ぐな、バカに見えるぞバカ」
「結局バカじゃないですかぁー!」
めんどくせえ…
零司は顔をしかめて、目の前で突っかかって来る部下の頭を抑え込む。
身長差が20cm近くあるこちらに頭を押さえつけられる形で、篠原は喚いた。
「バルディッシュはどこも問題無いのに、調子が悪いからって言うから相談に乗ってあげてるのに! そんなこと言うんなら話聞いてあげませんよ!!」
「分かった分かった。 悪かった。 で、話の続きをしてくれ」
「むぅ……まぁいいです。 灰島二曹が早く動くというより、DMTMに設定してる反応速度より先に動作コマンドを入れてるって言うべきですかね。 例えるなら、リモコンのボタンを押して反応する速度を5に設定してるのに、3の早さで入力するからCPUの処理が増えて遅くなる感じです。 普通、こんなこと起こらないんですよ?」
「だな、それには同感だ」
都市部を担当する部隊のARTSは、他方面隊の機体より挙動の反応スピードは速く設定してある。
担当する場所が場所だけに、複雑に乱立するビルの間や屋上など、どの方向から撃たれても即座に対応できるよう意識してだ。
そのため隊員たちにも同様の訓練が課せられ、中央即応連隊や朝霞、自分たち練馬といった駐屯地に所属するイエーガーは、直感的な動きが出来るようタイトなDMTMの設定がなされてあるのだ。
その調整が施された機体でCPUの処理が送れるなど、まず起こり得ない。
「お前の言う事が事実なら…どうなってんだ、ほんとに」
「そんなこと、私が訊きたいくらいですよ。 どうしちゃったんですか灰島二曹。 とうとうレンジャーこじらせて人間やめちゃったんですか?」
「お前まで失礼な事を言うな。 ……俺には分からん。 体調に異常は無いし、変なクスリをキメた記憶もない」
となれば何が原因なのか?
少しばかり思い当たる部分を探ってみるが、ぱっとした答えは思いつかない。
この世界に来てから飲み食いしたものと言えば携帯食料だけ。
もともと現代から持参した物を食べているのだから、それによる影響が出たとは考えられない。
環境変化によるものならば、自分だけではなく他にも影響を受けた者がいるはず。
その報告も噂も聞かないとなると、大隊の中でこの変化が起こったのは今のところ自分だけということになる。
(だとしたら、コイツらの言う通りマジで化け物になってたりしてな…)
内心で呟いた言葉に、零司は自嘲した。
怪物のように歪んでしまうのは心だけで十分だ。
加えて肉体まで怪物になってしまっては笑い話にもならない。
ただでさえデカイ身体に、ちょっと人相の悪い顔をしているのだ。
「―――まぁ何にしても」
言って、零司はフッと息をついた。
「お前の言うように、俺に原因があるんだったら機体を再調整してくれ。 速度差の記録が残ってるなら、セッティングぐらい簡単だろ?」
「あ、はい。 まぁ30分もあれば出来ると思いますけど…」
「じゃあ頼んだ。 俺は着替えて、デブリーフィング用の報告を纏めてくる」
「ちょ、ちょっと二曹!」
「じゃあな」と短く話を纏めて、零司は呼び止める篠原の声も聞かずに足を踏み出した。
出撃時に脱ぎ捨てた装備を下げ、割り当てられた天幕へと向かう。
事実、汗まみれのバイタルスーツを着替えたい欲求と、報告をまとめなければならない責任感が身体を動かした所もある。
だが、それ異常に妙に落ち着かない心境だったため、一人になりたかったのが最もな理由だ。
思い返せば、賊と戦ってからずっとこうだ。
なぜこうも不安に駆られるような気がするのか。 なぜ今朝からずっと昔の事を良く思い出すのか。 戦闘時に気が荒れたのか。
身の変化とは関係ないことだろうが、どうしても過去の楔を思い出してしまうその理由を、一人で考えたかった。
要所要所しか野外照明の無い駐留地。
至るところに暗がりがあるその中を、零司は思案顔で歩いて行った。
自分にこういった変化が起きている理由―――その片鱗と思しきものは、この後すぐに分かる事となった。




