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第1話 プロローグ

第1話はちょっとだけ短めです。 次話以降は通常の長さになりますので、よろしくお願いします。

―――A.D.2084 7月11日

  

日本 静岡県 陸上自衛軍(・・・・・)東富士演習場 テストサイト16


現地時刻 JST(日本標準時) 1045







自分が生きてきた23年、その中で最もツイてない日はいつだったか?


もしそう訊かれることがあったら、たぶんその時はこう答える。







――――――今日だ。







湿気を多く含んで淀み、肌にまとわりついてくる空気。


それに高い室温も加わっているせいで、拭ってもすぐに滲んでくる汗が鬱陶しい。


とっくの昔に聞き慣れてしまったハイブリッドターボエンジンの駆動音には、絶え間なくノイズのような雑音が重なり、迫っては引いていく不規則な音のリズムを奏でている。


さざ波の音色とも低い地鳴りの響きとも取れるこの音は、外で激しく装甲を叩いている豪雨と強風がもたらすものだろう。


50口径の徹甲弾すら防ぐMexas複合装甲からこれだけの音がするということは、外の荒れ具合は相当なもののようだ。


普通の人間なら恐れを抱くであろう今のシチュエーションだが、これが日常茶飯事の自分たちにとっては別段大したことはなく、むしろ雨に濡れないだけマシであるというのが正直な気持ちである。


ぬかるんだ悪路を走行しガタガタと揺れる56式装輪装甲車(クーガー)の中で、武骨な天井をぼんやりと見つめていた灰島零司(ハイシマレイジ)二等陸曹は、本日何度目となるのか分からないため息を漏らして呟く。




「……ツイてない」




なぜ自分がこうも落ち込んでいるのかと言えば、それはごく単純なことで『楽しみだったイベントが突如として延期になってしまった』からである。


まっこと、遠足を楽しみにしていたが中止になって落ち込む小学生のような内訳であるが、自分にとって今日は本当に特別な日だったのだ。


そう考えるうちに、しばらく頭から切り離すことに成功していた『それ』を再び思い出してしまい……ため息。


零司は膝に肘をついてうなだれた。




「んーなため息つくなよ零司。 台風が相手じゃ仕方ねえじゃんか」




不意に投げかけられた横柄な声に反応して顔を動かすと、隣の席に腰かける同期の隊員、手塚暁人(テヅカアキヒト)二等陸曹が苦笑いを浮かべてこちらを見ていた。




「それに、今回の演習は中止になったわけじゃねえし。 今日できても明日がどうなってたか分かんなかったんだ。 また今度、晴れた日にやれると思えばいいだろ」


「まぁなー…」


「確かに……俺らが1個大隊規模での実装演習、それも本土の防衛じゃなくて敵地での侵攻を想定したモンってのはなかなか無いし…気持ちは分からんことはないけどさ、次は天候がベストの時にできると思えばいいじゃん」




フランクに笑って肩をすくめる手塚を横目に、零司は仏頂面で左腕に取りつけたウェアラブルコンピュータの画面を叩くと、3Dホログラフィックの映像を中空に映し出した。


ずい、とそれを手塚の前に持っていき、




「コレ、なんだか分かるか?」


「えーと? ……ここ数カ月分のスケジュール…だよな」


「ああ。 んで、本題。 今回の演習を実施するために、防衛省の各部門と参加する部隊が計画調整や穴の補填にかけてきた時間はどのくらいだと思う? 9か月だぞ、9か月? 今回の演習に向けて俺らは半年前から強化訓練をしてきて、さんざん泥と汗と血にまみれてきたってのに……それが台風ごときで…」




いや流石に自然の脅威はどうしようもないだろ、とすかさずツッコミを入れる手塚だが零司は聞く耳をもたない。


うつむいて、ぶつぶつと呪詛のように内心を吐露している。


腹の底で「自然の脅威がなんだ畜生!!」と罵るもそれが何かしらの効果を成すわけではなく、ただただ、うなだれて嘆息しては陰鬱な感情に浸るしかない。




「………ツイてない」







◆ ◆ ◆







――――――自分たちが参加する予定だった大規模演習『オリエンタル・シールド84』は陸上自衛軍と米陸軍が毎年実施する実働部隊演習である。


各方面隊相互の錬度向上を目的とするこの総合演習は、大きく二つの訓練に分けることが出来る。


まずは『機能別演習』、次に『総合演習』だ。


機能別演習とは、その名の通り部隊の能力や任務遂行上必要とされる機能を個々別々に鍛えるもので、普通科(歩兵)部隊による『小銃射撃訓練』や『陣地攻撃訓練』、迫撃砲部隊による『実射および陣地変換訓練』などが行われる。


そして機能別演習の次なるステップとして『総合訓練』がある。


これは実際の戦闘状況に即したシナリオに応じて、参加部隊が他の参加部隊演じる対抗部隊との模擬戦闘を実施するものだ。


今年は敵が侵攻してきた際の本土内防衛戦ではなく仮想敵国への強襲作戦をメインに陣地確保と掃討戦が行われるとのことだった。


日程は、機能別演習が1週間、総合訓練が3日間である。


自分たち『第一師団 第1特化機甲大隊』も去年の11月あたりにこの演習に参加することが決定し今日まで厳しい錬成を行ってきたのだ。




………そう、今日まで。




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