第2話 そして世界は滅んだ
「んん…」
目が覚めたのは、朝早くだった。
太陽の光をもろにくらい、その眩しさで起きてしまったのだ。
ベッドから立ち上がり、時計を見たら六時だった。いつもより一時間、起きるのが早かった。
だがいい。今日から夏休みだ。
今日はいつもより早くに鍛刀場に着き、掃除をしていた方が刀匠達からの評価も上がるだろう。
そうするなら早く身支度を整えようと寝室を飛び出し、淡々と朝飯を作り上げた。
生米を水で優しく撫でるようにして研ぎ、内釜に満遍なく敷き詰め炊く。
米を炊いているうちの半分の時間はほぼ筋トレにまわす。
米が炊ける十分前に、水を張った鍋を用意し、味噌を大さじ一入れ、豆腐やら若芽やらを入れて蓋をし、中火で五分煮込む。
それが終わればフライパンを焜炉に置き、中火にしたら油を少量入れ、卵を落とす。
卵の白身が固まってきたら、ひっくり返す合図だ。ヘラで上手くひっくり返す。
ここらへんから卵独特の臭みがなくなってくる。油を纏い、全体が艷やかになる。
終わったらまたひっくり返し、黄身が見える状態にする。
あとは白い皿に目玉焼きをのせる。好みで彩りを添えたっていい。
味噌の香ばしい匂いが漂う。蓋を外し、この味噌汁を器に装う。
炊きあがった生麦は一粒一粒が純白になり、半透明の湯気が沸く。これが生麦が米になった証拠だ。
器に装えば、完成。これがいつも食べている朝飯だ。
「いただきます!」
手を合わせ、大きい声で食材に感謝の意を表す。これは父が教えてくれたことだ。
朝飯を食べながらテレビを点ける。丁度いつも見ているニュース番組がやっていたため、それを見る。
「速報です。一部の国では人工知能の件で暴動が起きているとのことです」
ヤバいな。大分悪い方に世界がいってしまっている。
このまま言ったら人工知能云々の以前に大規模なテロが起こってしまうぞ。
確かに、人工知能に家族を殺されたのに各国の政府が動かないとなるとそれは怒るか。
「この件に対して各国の政府は、『核の存在を人工知能に教え、牽制させる』という声明を前日発表したようです」
成程、人工知能は意思を明確に持っている。自分という存在が消えないようにし、なるべく自分の個体数を増やしたいはずだ。そのためにも、なるべく安全に、優位的に行動したいはずだ。
しかしその行動を必ず防ぐ為に、核の存在を公にする。
これで人工知能の動きを全部とはいえないが制限することが出来る。
だが、次に懸念されることは人工知能が核を保有していない国に向かうかどうかだ。特に日本。
安心できない毎日になると思うが、これからも同じ日常を送れることを願う。
そう考えているうちにいつの間にか朝飯を平らげてしまっていた。
*
身支度を整え終えた。現在八時。
本当なら今日は「九時頃に来い」と言われていたが、少し早めに出ておこう。
白いワイシャツに黒いズボン。
本来なら作業着に着替えて仕事をするが、その服は全部鍛刀場に置いてある。
そして、必要な道具は全て鍛刀場に置いてある。
だから実質手ぶらでいける。
玄関に立ち、扉を開ける。
すると、微かに開けた扉から、日差しが入ってきた。
少し暑く感じる。
外へ一歩、歩き出す。
やはり今日は暑い。歩いてから十分、大して疲れてもいないのに汗が流れ出てきていた。
手で汗を拭いながら、日差しが当たらないように額に手を当て影を作る。
俺は大空を見上げた。昨日と大差無い、澄み渡った青空。快晴だ。
しかし、遠くの空を見ると、何か異変に気付いた。
青空に、光の線が入っていたのだ。これは不自然だ。
それは垂直にできていた。そして、光の線の先端を見ると、何かが地球目掛けて落下してきていた。
太陽の陽が溢れ落ちたように光るその謎の物体は、綺麗な垂直を描いて落下してきている。
落下物は光を全体に帯びている。
光の線は、その落下物の軌跡だった。
「なんだありゃ」
最初に思った事はそれだった。
一瞬隕石かと思ったが、それにしては軌道が綺麗すぎる。
人の手が加えられたように、綺麗に。
その時、俺の脳内全域に電流が走った。
「!!」
思い出した言葉。
「核の存在を人工知能に教え、牽制させるという声明を前日発表したようです」
気付いたときには、俺は走り出していた。
鍛刀場に向かう道のりを走っていた。
思考よりも先に足が上がっていた。
きっと脳に刻み込まれた生存本能によって気付いたら走ってしまっていたのだと思う。
何故だ、あれが核だという確信は無いのに、何故俺は走っている。
もしかしたら人工衛星が落ちてきているだけかもしれないだろうに。それなら海上に落ちるから、逃げる必要はないだろ。
だが、あの話を聞いたあとだ。零パーセントというわけではない。
急に走ったせいで心臓が締め付けられるように痛い。
呼吸は段々雑に、荒くなって苦しい。
鍛刀場前の森林地帯まで走って来た。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
荒い息を何とか落ち着かせようと大きく息を吸う。
木々の隙間から見える空を凝視する。
落下物は依然として落下し続けている。
ここに居たら被害は少ないのではないか。
さっき見た時、光が見えた地点からざっとここまで数十キロは離れているはず。
なら安心だ。安心だと信じよう。
そう考えているうちにも落下物は落ちてきていた。
遠くに見える山によって核が見えなくなる。
俺は固唾を飲んだ。
だが、しばらく経っても、なにも起こらない。
「はあ、全く。怖がらせんな…」
その瞬間、赤く燃える衝撃波が全てを飲み込みこちらへと迫ってきた。
衝撃波は山を壊し、家を壊し、畑を壊し、地表ごと俺を飲み込もうとする。
音よりも先にやってくる衝撃波に、考える暇すら与えず、俺は、飲み込まれた。
痛みは無かった。しかし、体は動かない。
俺はいつの間にか、意識を失っていた。
*
段々と視界が赤くなってくる。
「はっ」
俺は目を勢いよく見開いた。
「ここは…」
寝起きなばかりに視界がボヤケている。さっきまでのは夢だったのだろうか。
目の前には、黄土色の何かが見える。
ああ、多分木材か何かだ。さっきまでのは、全て夢だったのだろう。
核や衝撃波だって、きっと疲労が蓄積して見えた幻だ。
そうだ。そうに違いない。
視界が安定してきた。
目を見開き、前を向いた。
そこは、異様な光景が広がっていた。
黄土色の砂の地面が、永遠に道となって続いていたのだ。
建物は一つとしてなく、影すら無い。
左右を見ても、景色は何一つ変わらない。
空を見上げると、さっきまでとは裏腹に、くすんだ色をしていた。
「これ…夢だよな」
試しに頬をつねってみた。
痛い。痛覚はちゃんとある。
ということは、これは夢じゃない、現実だ。
俺は立ち上がり、しばらく周りを探索した。
だが、どこまで歩いても果てしない砂が続いていた。
ジャリッ、という砂の不快な音だけが辺りに響く。
「だ、誰かいませんか!」
大声で叫んだ。誰かいないか、この非現実的な状況に直面し絶望している同士はいないか。
何度も、何度も叫んだ。
だが、結果は分かっていた。誰一人として声を返してくれやしない。
だが、俺は諦めずしばらく歩き続けた。
しかし、無駄に体力を消耗しただけにすぎなかった。
この状況に、俺は膝から崩れ落ちた。
誰一人いない。俺だけ取り残された。
この世界で俺一人。このまま餓死してしまうのだろうか。
砂を触れば触るほど現実的な感触だと感じる。
「なんで…一体、なんで…」
砂に文明や歴史は呑み込まれ、残ったのは俺とこの果てしない砂漠。
この世界は核によって崩壊したのだった。




