第1話 世界が滅ぶ前日
カン、と力強い槌音が辺りを響かせる。
轟々と燃える炎を背に、刀匠達は黙々と作業を進める。
周りは炎の光以外存在しない。薄暗く静かな作業場だ。
刀匠達の目に映るのは赤く燃える玉鋼。
しばし玉鋼を見つめ、心の中で「ここだ」と唱えた時、持っていた大槌を力強く、繊細に叩く。
刀匠達は自らの技術で玉鋼を生み出す。
熱して、叩いて、冷やして、それをただひたすらに繰り返す。
これは刀を「創る」上で大切な過程だ。
そうして出来た刀は「芸術」に等しい。
見る角度から多彩に変わる刃。そして刃を支える柄巻。
柄巻は刃を引き立たせ、刃は柄巻を引き立たせる。
しかし、そんな刀だが同時に人の命を奪う武器でもある。
そんな刀を嫌悪する者もいる。
だが、これは何百年も受け継がれてきた日本の伝統だ。途切れる訳にはいかない。
*
俺はぼんやりと、果てのない大空を見上げていた。
俺の視界の真上に黒い鳥が二羽、自由に大空を飛んでいた。何にも縛られず、自分の生きたいように生きている。
そんな姿にため息をついていた学校の帰り。
俺の名前は櫻柳 俊。十六歳だ。
俺の住む町に唯一ある高校に入学し、気付けば夏休みとなっていた。今日が終業式だった。
俺は勉強や運動より大事で大切なことがある。それは刀作りだ。
俺には父親がいた。唯一俺を気にしてくれた父親。
曲がったことはせず、いつも真面目な人だった。
親戚に俺を預けようとしたことは一度も無かった。俺は親戚に会ったこともなければ、聞いたこともない。
そんな父親の仕事場は刀を作る場所、鍛刀場だった。
太い腕から繰り出される大槌の振りはとても迫力があった。
だが、その叩き方は力強くも丁寧だった。
いつも真面目な父親だったが、刀作りの時にはより真面目に、真剣にやっていることが目つきから顕著に表れていた。
父親の作ってきた刀を三本ほど見たことがあるが、どれも心に来る傑作だった。
特に、父親自身が名付けた「拾赫」が最高だった。その名の通り、見る角度によって十色の赤き剣になる。
燃える様に輝く刀を、何度見たいと思っただろう。だが、残念ながら買い手がついてしまい、行方知れずとなってしまった。
そして父親は、夢を叶えられずに重い病で亡くなってしまった。
その夢は「自分の作った刀で賞を受賞する」というものだった。
俺はそれを叶えてあげたい。これは今までの恩返しのつもりでもある。
学校の帰り、空いた時間は父親が働いていた鍛刀場に修行しに行く。何時間も。
俺には父親が亡くなり、親戚や母親については知らない。
だから俺は高校生半ばにして一人暮らしだった。一人暮らしだと、高校のように話し相手がいない為、寂しさがある。
俺はそんな気を紛らわすために鍛刀場に行っているのかもしれない。
だが、俺はまだ高校生だ。立派な刀を作れるはずもない。
それに、刀を作るには最低五年以上の修行が必要だ。
そのため俺がやる仕事は道具の手入れや作業場の掃除などだ。
そしてそれが終わると、ただひたすらに見て覚える。たまに手伝わせてもらったりしている。
だが俺は、本当に父親のようになれるか心配だ。
父親のように真面目なわけでもなれけば、父親のように筋力も体力もない。
そんな自分自身を俺は悩んでいた。
俺のこういう気持ちを理解した刀匠達は、力をつけさそうと修行をよくやらせてくれる。
父親と仲の良い刀匠ばかりのため、ここまで優しくしてくれているのかもしれない。
刀匠達の実力は本物だった。
黙々と作業を進めていても、まるで意思が通じているように素早く仕事を熟している。
俺もいつかここまでになれるのだろうか。
自分を主観的に見て、卑屈的な感情になってしまう俺の悪い癖だ。
*
作業時間が終わった。現在十六時ぐらい。
ある程度の片付けが終わり、各自解散となった。
「ありがとうございました」
刀匠達に深々と頭を下げて鍛刀場を出た。
既に外は暗くなっていた。
俺の住んでいる町はそこまで発展しているわけではなく、むしろ田舎に近かった。
そのため明かりは一つも無く、ほぼ土地勘頼りだった。
鍛刀場は山々に囲まれ、土気の混じった匂いが立ち込んでいる。
山が近くにあった方が物資を得やすく、肉体力づくりにもなる。
俺は今まで、筋肉も体力も平均より下だったが、ここにきてもう半年、山内を走り回ったり刀を打ち続けた結果、高校一年の平均以上の身体能力を得られた。
刀を作るというのは、子供にとって良い筋トレになるのかもしれない。
地面を一歩踏み、前へ進み出した。
草木の茂みに隠れて鳴く生物達の音色は合わさり、良い調和を生み出していた。
そこから自宅に着いたのは二十分経った頃だった。
疲れた体を少しでも早く癒せるためにと電気を点けておいた。それが目印になってくれた。
古風な家で、木造建築だった。
もう何十年もそこに立っているというのに、一向に脆くならない。さらには木の爽やかな匂いが辺りに漂っている。いつ見ても、新品のように綺麗な外装が見える。
庭は広く、子供が遊んでも申し分無い程だ。
家の扉を開け、中へ入ろうとした。
すると、微かに扉を開けたところから冷涼な風が舞い込んできた。
そういえば今日は暑いからと思ってエアコンを一日中点けっぱなしにしていたんだっけか。
こういう暑い日には冷たい物が食べたくなってくる。
お金は父親が「俺のために」とお金を貯め続けてくれた。
その額は五百万ほど。
遺言にも「全て俊に譲渡する」と書いてあったがために五百万、全て貰う事が出来た。
この遺産があったおかげで高校も問題なく入れたし、衣食住に困ってもいない。
この遺産のおかげで、俺は苦労しない生活を送っていた。
だが、その遺産は決して嬉しいものでは無かった。
当然だ。俺は金で買えない大切なものをなくしてしまったのだから。
それにいつお金が無くなるかも分からない。その時には俺自身で金を得られるようになっていなければならない。
何はともあれ、一人暮らしながらも俺は周りと同じ生活を送れていた。
台所に立ち、腰を落として冷蔵庫を漁っている時だった。
ふと、テレビの音が聞こえた。テレビも点けっぱなしにしていたのかもしれない。
周りが静かすぎるからか、五メートル近く離れているテレビの音が聞こえた。
どうやらニュースをやっているようだ。
つらつらと話を続けるアナウンサーの声。
俺は立ち上がり、テレビに映っているニュースを見始めた。
「近年、人工知能が人々を襲う被害が多発しています。人工知能が人に危害を加えたり、研究施設に入っていく姿が撮られ、それが世界中で注目されています。この件について、世界各国の政府が動くのを、待ち望む声が相次いでおります」
俺はこのニュースを聞くなり人工知能に対しての恐怖よりも、そこまで発展していた世界に驚いていた。
自分が見たこと無いだけかもしれないが、報道で日本で人工知能が暴走しているという事件を見たことがなかったせいで、緊迫感がそこまで無かったのだと思う。
そうして淡々と家事を終え、気付けば就寝する時間となっていた。
二階に上がり、鉛のように重たい体を何とか動かし、ベッドで横になった。
月明かりに照らされながら、気付いたら眠ってしまっていた。
俺はこんな毎日を送っている。疲れるも、楽しい日々。
こんな日常が続くと思っていた。楽観的に世界を見てしまっていた。
もう少し世界の状態を深刻に受け止めてさえいれば、これから起こる「最悪」に目を開けられていたと思う。
では話そう。この世界、終焉の日を。




