無知の罪人
「おーい、起きろー! 置いてかねえけどいつまでも動けねえのは困るんだ!」
体感としては時間が繋がっているものの、実際は何処かで眠ってしまったのだろう。何度か聞いたような声の呼びかけを経てようやく視界が開けた。真っ暗闇だった世界が一変、良く晴れた空が何処までも雲を連れて流れている。
「…………ん。ん? ああ、おはよう……リンドウ」
「こいつ……監獄じゃどうしてたんだ? あんなちんけな寝床でよく眠れたってのかよ」
「その記憶がないのでは……だからここまで無防備に。私達の頑張りも知らずに」
「え、え、え……え?」
寝起きで頭が回っていないだけとも取れるが、二人からの視線が実に冷ややかだ。記憶が確かならこの二人と昨夜は仲間になったと思っていたのに……向けられる視線が仲間に向けるそれではない。よく考えて思い出そう。昨夜は…………むしろ何があった?
何もなかった。そういう表現でも別に間違っていない。真夜中すぎて視界が絶無に等しく何処へ移行にも不便だから一旦は野宿をして夜が明けてから移動しようという方針になった。だから俺は真っ先に……寝たのだが。
「何か、悪い事でもしたか? 寝息がうるさかったとか?」
「お前なあ……や、俺が悪いんだけどさ。何から何まで記憶失ってる奴に警戒心とか教えないのは悪いぜ? けど戦えはしたんだからよお、なんつーかこう、身体が覚えてるみたいに警戒してくれたら良かったんだが」
「ロストさん、貴方が熟睡していた代わりに私達は寝不足ですよ。どれくらい眠っていたかを正確に思い出せるくらいには短時間でした。何時間という尺度は不適切です。そこの木の影がそこからここまで進んだ程度ですから」
リンドウは呆れ半分といった様子な一方でシトゥンはかなり俺を恨んでいる。表現に使われた影は誤差としか言いようがない程の傾き加減であり、たまたま風が強く吹いたから影が移動したと言い張られても正直言い返せない。
「ごめん。本当に何をしたんだ? まるで熟睡が悪い事みたいじゃないか」
「まるでも何も、それだっつーの。いいか? 真夜中に対策もなく眠りこけるなんてのは自殺行為なんだよ。本来は大して眠れなくても朝になるまで変わりばんこに寝るもんだ。俺が起きてお前達が寝る。シトゥンが起きて俺達が、お前が起きて……だけどお前がぐーすか寝やがったせいで死にかけた! 運がいいな全く」
「……質問なんだけど、そこまで警戒するような事はないだろう。魔物は倒したし、捜索隊の騎士達もここには来てない筈だ。見たところ……辺境だし。そんな怒ることないじゃないか」
「……そうもいかねえんだ。クラガリゴブリンの話は覚えてるか? つっても大した話はしてなかったが」
「曲者とは聞いたけど。あまり強くなかった。不意打ちで倒せたし」
数が多いのは厄介と言えば厄介だが、そんなのは魔物に限らない……あれ。
「魔物と普通の生物の違いは何だ? 俺はどうやって判断すればいい?」
「魔物は特殊な能力を持っている生物全般を指します。だから……空を飛ぶ犬が居たら魔物です。畑を荒らしてる犬が居たらやんちゃな犬です」
記憶喪失でも一発で分かりそうな違いだった。それなら何も悩む事はない。この世界の記憶がまるっと抜け落ちていても違和感は一目で分かる。犬が空を飛ぶことのおかしさは犬の姿形が物語っている。ゴブリンは……ゴブリンは何だろう。魔物じゃないゴブリン……ゴブ?
「クラガリゴブリンは世界中に居る一番厄介な魔物つっても過言じゃねえ。ガキの頃は誰でも教わるんだよ。暗くなったら町の外に出るなって。ヒトゥンも言ったように魔物は特殊な能力を持ってる。特性と言ってもいいな。クラガリゴブリンっつう種族その物に力が備わってる。ずばりその力は『群れている程強くなる』だ」
「…………数の有利が力を増すのは当たり前じゃないのか?」
「そういう意味じゃねえ。群れてる間は個人も強くなってんだよ。昨夜の五体ぽっちならまあ大の大人が鎧も着ずに立ち向かったら死ぬくらいだとして、十体にもなりゃ片手で岩も砕ける。百体、もう人間がまともに太刀打ち出来る強さじゃなくなる。そんな感じだ」
「群れられて国でも立ち上げられれば人間に勝ち目はないとして、何処の国もゴブリン狩りには前向きな姿勢を見せている筈です。騎士団に専用の討伐隊を編成させたり、商工ギルドに委託する形で駆除を任せたり……罪人の刑務として討伐もありましたね。私達には無縁な話でしたが」
「ちょっと待った。その事実は聞くまで知らなかったけどそんなに大勢いたら幾ら俺でも彼女を助けたりしてない。リンドウも五人ぽっちなら問題ないって思ったんだろう?」
「その五体が本当に五体っつう確証はなかったろ?」
話はおしまいまで聞け、とリンドウは制止する。
「ゴブリン共にだって知能はある。自分たちの力も勿論分かってる。群れなきゃ無力なのはお互いに分かってて少人数で群れる物好きなんて居ねえだろ。向こうにとっちゃ人間狩りなんだよ。少人数で群れて無力なように見せかけ、周辺に大勢隠れてんのさ。ただの雑魚だと思ってちょっかいかけたらこっちの両腕が食いちぎられてるなんてのもあり得る訳だ。本当にたまたま五体しか居なかったから何とかなったが奴らは囮で、俺達が野宿するのを見てから全員で囲んでくる可能性もあった。だからお前には寝てほしくなかったんだよ。とりま起こせる奴が居りゃ逃げられるかもだしな」
「―――じゃあ、俺を起こさなかったのは」
「勿論、置き去りにするつもりでした。それこそ囮で。起こしたとしてこういう説明を寝起きの奴が呑み込めると思わないとリンドウが」
「俺のせいかよ! ま、事実だけどな。今回はたまたま助けられたから良いけど今度は踏み止まってくれよ。これ以上分け前を減らしたくもないしな」
「すまない……記憶喪失の身で軽率だった」
リンドウが大きく手を叩き、話を切った。
「さ、この話はこれで終いだ! お前も説教聞いてとっくに目を覚ましただろ。改めて何処に行くかを話し合おう。つってもこの街道を沿おうとは思ってるんだが、誰か土地勘があるなら他の場所でもいいぜ」
「異議なしです」
「……この街道は何処に続いてるんだ?」
「さあな、何だ誰もこの大陸を知らねえのかよ。とりあえず……蹄鉄の跡が残ったまんまだ。直近に雨も強風もなかったしな、行商人か或いは貴族か……とにかくそこそこの村か町があるんだろうな。楽をしたいならここで気長に待ち伏せてもいいが、ゴブリン共がここに居るって事は中々遠いって意味でもある。歩いた方が早そうだ」
「ゴブリンの有無で町の距離が分かるなんて凄いな。もしかしてそれがお前の」
「”命共振”じゃねえよ! 性質的な話だ。数があつまりゃ人間なんてぶっ殺せる奴が何で村や町を襲わない? 簡単な話だ、襲われないような策を取れるだけの物資があって、それが出来ないところは滅ぼされた」
「ゴブリンにも知能がありますが決して高いとも言えません。無駄死を避ける知能はあっても人類の策を破る作戦は立案出来ないんです」
つまりゴブリンが居るようなこの場所は人間の通路ではあっても村や町のような集まる場所は近くないと。成程。誰にも土地勘がないならリンドウの案を断る理由の方がむしろ思いつかない。自分達に何を期待しているのか、と尋ねると彼は頭を振って真意を明かした。
「行くのは簡単だが、こんな格好で行くのか俺達は? シトゥンはローブでまだ誤魔化せるが俺達はまあ無理だろうな。見るからに囚人と分かる服で行くのは得策じゃない。こんな服で歩くのが許されんならそこは大分まともじゃねえ。どうにかして普通っぽい服を手に入れる必要があるんだよな」
「……でしたら、まずは街道の先にどんな集まりがあるのかを確認しませんか。それから服を見繕う手段を考えましょう」
「あーやっぱそうなるよな」
「服に”共振!はないのか?」
「誰かに使ってほしくないモンにかけるのが”共振”だ。王様の冠とかなら分かるがな、普通の服にかけたら商売にならねえよ。だから、大丈夫だ」
三人の方針一致を確認して、リンドウは腰に手を当てて頷いた。
「そんじゃ、冒険の始まりと行こうじゃねえか! 宝を見つけるのは俺達だ!」




