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第5話 囁きの迷宮

 夜。

 墓守の家の窓から、月の光が差しこんでいた。

 ルカは布団の中で目を閉じていたが、なかなか眠れない。


 (……また、聞こえるかもしれない)


 そう思った瞬間、耳の奥に冷たい囁きが流れこんできた。


 『……地下に……眠る……』

 『……真実は……石の下に……』


 ルカの体がびくっと震えた。

 (地下……? 石の下って……どこだ?)


 声はそれ以上続かず、静寂に戻った。

 けれど、今までの断片的な声とはちがう。

 はっきりと「場所」を示していた。


 「……ルカ?」

 隣の部屋からミレイアの声がした。

 「また聞こえたのね」


 ルカは布団をはねのけ、居間に出た。

 ランプの光の下で、ミレイアとエリシアが待っていた。

 どうやら二人とも眠れずにいたようだ。


 「今度は“地下”って……“石の下に眠る”って……」

 ルカは声を震わせながら説明した。


 エリシアの表情が引き締まる。

 「地下……古い記録にあるわ。王都の外れにある礼拝堂。もう誰も使っていないけど、その下には地下道があるって」


 ミレイアも頷いた。

 「私も神殿で聞いたことがあります。古代の祈りをささげるために作られた礼拝堂があるって」


 ルカは思わず息をのんだ。

 (声が示した場所が、本当にある……?)


 「――そこに、何かが眠っているのよ」

 エリシアの声は静かだが、強かった。

 「千年前の契約の真実も、“裏切り”の答えも。全部そこから始まるのかもしれない」


 ルカは迷った。

 墓地で声を聞くだけでも怖いのに、わざわざ地下へ行くなんて……。

 胸の奥で恐怖が渦を巻く。


 「でも……危ないかもしれない」

 「危ないからこそ、行くのよ」

 エリシアはまっすぐ言い切った。

 「だって私たちは、もう“契約”を交わした仲間でしょう?」


 その瞳に射抜かれ、ルカは何も言えなくなった。

 隣でミレイアが優しく笑う。

 「大丈夫。声はきっと、ルカを導いてくれる」


 クロが「わん」と鳴いて前足を踏み出した。

 それはまるで「行こう」と言っているようだった。


 ルカは唇をかみしめ、うなずいた。

 「……分かった。行こう。礼拝堂の地下へ」


 こうして――三人と一匹の“最初の探索”が決まった。

 それが、死者の声に導かれた冒険の第一歩となる。



 翌朝、王都の外れ。

 人気のない小道を抜けると、古びた石造りの礼拝堂が現れた。

 屋根は半分崩れ、壁のあちこちにひびが入っている。

 窓は割れ、風が吹き抜けるたびにガラスのかけらがカラカラと音を立てた。


 「ここが……」

 ルカは思わず息をのんだ。

 墓地の静けさとは違う。けれど、この場所にも同じように“時の重さ”が漂っている。


 エリシアがフードを深くかぶり直し、扉に手をかけた。

 「王都の記録にも、もう名前すら残っていない場所よ。忘れられたのも当然ね」


 ギィィ……。

 重い音を立てて扉が開くと、中は薄暗かった。

 割れた窓から光が差しこみ、舞い上がるほこりがきらめく。


 ルカとミレイアは中に入った。

 クロが先に走りこみ、鼻をひくひくさせて床を調べている。


 「すごい……昔のまま残ってる」

 壁には崩れかけた絵が残っていた。天を仰ぐ人々と、その上に光を放つ王。

 だが、ところどころ塗りつぶされたように黒いしみが広がっていた。


 ルカの胸にざわりと冷たいものが走る。

 (……ここでも声が?)


 耳をすませると、かすかに囁きがした。

 『……下へ……』

 『……石の下に……眠る……』


 「やっぱり……ここだ」

 ルカがつぶやくと、ミレイアが床を見つめて声をあげた。

 「見て、ここ……」


 礼拝堂の中央。祭壇の前の床に、不自然な四角い石板がはめこまれていた。

 よく見ると、周囲には古代文字のような刻印が並んでいる。


 「これは……祈りの言葉。『眠る王を守れ』……そんな意味ね」

 ミレイアが慎重に読み取る。


 エリシアは短くうなずいた。

 「やっぱり地下に通じている。ここが入口よ」


 ルカはごくりとつばを飲んだ。

 目の前にあるのは、死者の声が導いた“扉”。

 その下に何が待つのか分からない。


 「……本当に、行くのか」

 声が震えた。


 エリシアは振り返り、まっすぐ言った。

 「行くわ。真実はそこに眠っている」


 ミレイアもルカの肩に手を置く。

 「大丈夫。私たちは三人でここまで来た。クロもいる」


 「わん!」

 犬の鳴き声に、ルカは思わず笑った。

 (……そうだ。もう僕はひとりじゃない)


 石板を押すと、ゴゴゴ……と重い音が響いた。

 やがて暗い階段が姿をあらわす。

 地下から冷たい空気が吹きあがり、ランプの炎を揺らした。


 ルカの心臓が早鐘のように鳴る。

 「……ここからが、本当の始まりなんだ」


 三人と一匹は階段を見下ろし、静かに息を合わせた。

 そして、暗闇の中へと足を踏み出した。



 階段を下りると、そこは冷たい石の回廊だった。

 壁には苔がびっしりと生え、ところどころに小さな水たまりができている。

 しんとした闇が広がり、ランプの炎が頼りなく揺れた。


 「……さむっ」

 ルカは肩をすくめる。

 上着のすきまから忍びこむ冷気が、骨の奥まで染みこむようだった。


 「気をつけて。ここはただの地下道じゃない」

 エリシアの声は落ち着いていたが、その手は剣の柄を強く握っていた。


 クロが鼻をひくひくさせ、先頭を歩く。

 小さな爪の音が石に反響し、やけに大きく響いた。


 ――そのとき。


 『……進むな……』

 『……ここで……眠れ……』


 低い囁きが、壁から、床から、天井から、いっせいに流れこんできた。


 「っ……!」

 ルカは耳を押さえた。頭の中で、何十人もの声が重なり合っている。

 兵士の声、女の声、子どもの泣き声。どれもが冷たく、重くのしかかってきた。


 「ルカ、大丈夫!?」

 ミレイアがすぐに支える。


 「だ、大丈夫……でも、これ……」

 ルカは必死に息を整えながら耳をすませた。


 すると――囁きの中に、ひときわはっきりとした声が混じっていた。


 『……左の道は死……右へ……』


 「右だ!」

 ルカはとっさに叫んだ。


 次の瞬間、左側の通路の床が崩れ、大きな穴があらわれた。

 黒い闇が口を開け、石が何メートルも下へ落ちていく音が響く。


 「な……!」

 エリシアが驚いて目を見開いた。

 「ルカ、どうして分かったの?」


 「声が……教えてくれたんだ」

 ルカは息を荒げながら答える。


 ミレイアが真剣な顔でうなずいた。

 「やっぱり……ルカ、あなたはただ声を聞くだけじゃない。声を“選んで”導きにできる」


 ルカははっとした。

 今までは怖くて耳をふさいでいた。

 けれど、声を全部拒むんじゃなく、“必要な声”を拾えばいいんだ。


 (僕は……声に飲まれるんじゃない。声を使って進むんだ!)


 心の奥に小さな自信が芽生えた。


 「よし、進もう」

 エリシアが前に出る。

 「声が導いてくれるなら、迷宮はもうただの牢じゃない。むしろ真実への道よ」


 ルカは深くうなずき、ランプを握り直した。

 クロが元気よく「わん」と鳴き、右の通路へ駆けていく。


 三人と一匹は、囁きに導かれながら闇の回廊を進んでいった。

 その背後で、まだ多くの声がざわめき続けている。


 『……王は……裏切られた……』

 『……血は……まだ……』


 不吉な囁きは止むことなく、じわじわと心を蝕んでいく。

 けれどルカは耳をそらさなかった。

 恐怖の中で、確かにそこに“真実のかけら”があると感じていたから。



 石の回廊はどこまでも続いていた。

 ルカたちの足音とランプの炎が、冷たい壁に反射する。

 さきほどから囁きは途切れずに響いているが、不思議とルカは恐怖よりも集中を感じていた。


 (大丈夫……声を“選べばいい”。必要な声だけを拾えば、前に進める)


 そう思いながら歩いていたときだった。


 ――カンッ。


 金属の響きが闇の奥から返ってきた。

 すぐにクロがうなり声をあげる。


 「……誰か、いる」

 ミレイアの顔がこわばる。


 ランプの光が届かない先から、黒い影がにじみ出るように現れた。

 布で顔を覆った兵たち。

 短剣を手に、じわじわと距離を詰めてくる。


 「影兵……!」

 エリシアが剣を抜き放つ。鋭い金属音が回廊に響いた。


 「ここまで追ってくるなんて……!」

 ルカの背筋を冷たい汗がつたう。


 影兵は言葉を発さない。ただ無言で迫り、通路をふさぐように広がった。

 狭い場所での戦いは圧倒的に不利だ。


 「ルカ、下がって!」

 エリシアが前に出ようとする。


 だがその瞬間――


 『……背後から……』


 耳に飛び込んできた囁きに、ルカの体が勝手に振り向いた。

 暗闇から別の影兵が迫ってくる。

 「うしろ!」

 ルカが叫ぶと同時に、クロが飛びかかり、敵の腕に噛みついた。


 「ナイスだ、クロ!」


 続けざまに、別の囁きが響く。

 『……左の刃……避けろ……』


 「エリシア、左だ!」

 ルカの声に従い、エリシアは身をひねった。

 短剣の切っ先がかすめ、壁に火花を散らす。


 「助かったわ!」

 彼女が鋭く踏み込み、逆に影兵を斬り伏せた。


 ルカは息を荒げながらも確信した。

 (やっぱりだ……声は恐ろしいだけじゃない。僕たちを“守る”ためにも囁いてる!)


 ミレイアが後方で両手を掲げる。

 「光よ、彼らを退けて!」

 青白い膜が広がり、影兵たちの動きを一瞬止める。


 その隙にエリシアが剣を振るい、クロが吠えながら追撃する。

 ルカも声に導かれるままに石を投げ、敵の足を止めた。


 狭い通路での戦いは激しかったが――ついに最後の影兵が倒れると、闇に静けさが戻った。


 「……ふぅ」

 エリシアが剣を下ろす。額に汗がにじんでいた。

 「やるじゃない、ルカ。あなたの声がなかったら、危なかった」


 「僕は……ただ聞こえたことを伝えただけだよ」

 ルカは肩で息をしながら答えた。


 「それが大事なの」

 ミレイアが穏やかに微笑む。

 「ルカの耳は、私たちにとって何よりの武器よ」


 ルカは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

 今まで“怖いだけ”だった声が、初めて誇れるものに思えた。


 しかし――


 『……裏切りは……近くに……』


 再び不吉な囁きが響いた。

 ルカの心臓がどくんと大きく跳ねる。


 (裏切り……またその言葉……。でも“近くに”って、どういう意味なんだ……?)


 迷宮はまだ、彼らを試そうとしている。



 影兵との戦いを終え、ルカたちはさらに迷宮の奥へ進んだ。

 回廊はやがて広間へとつながり、天井は高く、壁にはびっしりと古代文字が刻まれていた。

 ランプの光が届くたび、文字が青白く光を返し、不思議な輝きを放つ。


 「ここは……」

 ミレイアが息をのむ。

 「古代王朝の祈りの間……。神殿の記録にある場所だわ」


 エリシアは壁の文字に手を触れた。

 「祈りじゃない……これは契約の記録よ」


 その瞬間。


 『……見届けよ……』

 『……契約の証を……』


 ルカの耳に強烈な声が流れこんできた。

 頭が割れるように痛み、膝をつく。


 「ルカ!」

 エリシアとミレイアが駆け寄る。


 ルカの視界が白く染まり――次の瞬間、全く別の光景が広がった。


 ***


 目の前に立っているのは、王冠を戴いた男。

 その隣には、黒い衣をまとった墓守の姿。


 「王よ。我ら墓守は誓う。死者の声を聞き、真実を伝え続けよう」

 「我も誓う。声を受け止め、国を正しく導こう」


 二人の声が重なり、石の間に反響する。

 その背後には兵士や民が並び、厳粛な空気の中で誓いが交わされていた。


 だが次の瞬間――血の匂い。

 兵士たちが剣を抜き、王の背後に斬りかかった。

 「……っ!」


 王の冠が地に落ち、赤い血が床を染める。

 「裏切りだ!」という叫びが響き、声がざわめきに変わった。


 墓守はその光景を必死に見届けていた。

 「我らは証人……王が裏切られたことを伝えねばならぬ……」


 ***


 「やめろぉぉぉっ!」

 ルカは叫び、はっと我に返った。


 息が荒く、体は汗で濡れている。

 エリシアとミレイアが必死に支えていた。


 「ルカ、何が見えたの!?」

 ミレイアの声が震える。


 「……王が……裏切られたんだ。千年前……兵士たちに……」

 ルカは途切れ途切れに言葉をつむぐ。


 エリシアの顔色が青ざめる。

 「兵士……? じゃあ、裏切ったのは王女じゃなく……」


 「分からない!」

 ルカは頭を抱えた。

 「声はそう見せた。でも全部が真実とは限らない……! でも、確かに血が……」


 ミレイアが静かに言った。

 「少なくとも、“裏切り”という言葉の意味はひとつじゃない。

  誰かを守るための裏切りもあるはず」


 ルカは震える息を吐いた。

 死者の記憶はあまりに生々しく、心をえぐる。

 けれど、その奥に真実があるのも確かだった。


 エリシアは剣を握り直し、決意を込めて言った。

 「なら確かめるしかない。この国を揺るがす“裏切り”が何だったのかを」


 広間に刻まれた古代文字が、静かに光を放ち続けていた。

 それはまるで、三人の選ぶ未来を見届けようとしているかのようだった。



 ルカが見た死者の記憶の余韻がまだ胸を揺さぶっていた。

 そのとき――広間全体が低くうなりを上げた。


 ゴゴゴ……ッ!


 「な、何!?」

 エリシアが周囲を見回す。


 床の石がずれ、壁に大きなひびが走っていく。

 天井から砂や小石がぱらぱらと降りはじめた。


 「迷宮が……崩れる!」

 ミレイアが叫ぶ。


 クロが吠え、出口の方へ走った。

 「ルカ、早く!」


 三人は慌てて広間を飛び出した。

 後ろで巨大な石柱が崩れ落ち、轟音を響かせる。


 「こっちだ!」

 ルカの耳に声が走る。

 『……右の通路を行け……』


 「右へ!」

 ルカの叫びに合わせて三人は駆けだした。

 次の瞬間、左の通路が崩れ落ち、岩の塊が飲み込むように塞がった。


 「すごい……本当に導かれてる!」

 ミレイアが目を見開いた。


 走るたびに新たな囁きが響く。

 『……階段を上がれ……』『……急げ……』

 ルカは必死にその声を拾い、導き手となる。


 だが、崩落はどんどん近づいてくる。

 轟音が背後から追いかけ、冷たい風が押し寄せる。

 石の破片が頬をかすめ、火花のように散った。


 「もう少し……もう少しで出口だ!」

 エリシアが叫ぶ。


 暗闇の中に、うっすらと光が見えた。

 石段が上へとのびている。


 「クロ、先に行け!」

 ルカの声に、犬は駆け上がる。

 三人も必死にあとを追った。


 ゴゴゴ……ッ!

 背後で天井が大きく崩れ落ちる。

 粉じんが押し寄せ、視界が白くかすんだ。


 「はぁっ……はぁっ……!」

 ルカの肺が焼けるように熱い。

 足は重く、心臓が破裂しそうだった。


 ――でも、止まれない。


 最後の段を駆け上がった瞬間、三人は地上へ飛び出した。


 ドォンッ!!


 背後で地下の入口が音を立てて崩れ落ち、土煙が空へと舞い上がる。


 「ぜぇ……ぜぇ……」

 ルカは膝に手をつき、荒い息を繰り返した。

 ミレイアも額の汗をぬぐい、息を整える。

 エリシアは剣を握ったまま、振り返って崩れた入口を見つめた。


 「……閉ざされたわね」


 迷宮は完全に口を閉ざし、ただ静かな瓦礫の山となった。


 ルカは空を仰いだ。

 夜明けの光が少しずつ広がっている。

 冷たい空気が肺に入り、全身の震えをやわらげていく。


 (……助かったんだ。本当に、声が導いてくれたんだ)


 胸の奥にじんと熱いものが広がった。


 だが同時に――耳の奥に残る囁きが消えていない。

 『……裏切りは……まだ続く……』


 ルカは拳を握りしめた。

 迷宮の崩落は終わりではなく、むしろ新しい始まりを告げていたのだ。



 朝の光が地上を照らしていた。

 礼拝堂の前に座りこんだルカたちは、まだ荒い息を整えていた。

 瓦礫に閉ざされた入口からは、もう冷たい風も声も届かない。


 「……死ぬかと思った」

 ルカは膝に顔を埋めてつぶやいた。

 心臓はまだ早鐘のように打ち続けている。


 「でも、無事に出られた」

 ミレイアが微笑む。

 「声が導いてくれたから」


 ルカは顔を上げた。

 「声が……守ってくれた、のかな。今までは怖いだけだったのに」


 エリシアはまっすぐ彼を見た。

 「きっと声も選んでいるのよ。あなたに未来を託して」


 その言葉に、ルカの胸が少し熱くなった。

 (僕は……選ばれてる? 本当にそんな存在なのか?)


 けれど、同時に迷宮で見た光景がよみがえる。

 血に染まる王。裏切りの叫び。

 耳に残る最後の囁き――


 『……裏切りは……まだ続く……』


 ルカは拳を握った。

 「真実を知らなきゃ。このままじゃ、声に押しつぶされそうだ」


 「私も同じ気持ち」

 エリシアが静かに剣を握る。

 「千年前に何があったのか。王家の裏切りが本当に私たちの罪なのか。すべて確かめたい」


 ミレイアもうなずいた。

 「神殿でも隠されていることが多いの。声の真実を追えば、きっと答えに近づける」


 三人の視線が自然と重なった。

 クロが「わん」と吠えて、その輪に加わる。


 「……決めた」

 ルカは小さく、けれどはっきりと口にした。

 「僕は声を聞き続ける。怖くても、逃げない。

  だって、僕が聞かなきゃ誰も真実にたどり着けないから」


 エリシアの顔に微笑みが浮かぶ。

 「その言葉、千年前の墓守も同じことを言ったんじゃないかしら」


 「じゃあ僕も……墓守として胸を張らなきゃな」

 ルカは自分に言い聞かせるようにうなずいた。


 朝日が礼拝堂の瓦礫を照らし、長い影を伸ばす。

 三人と一匹の影も、その光に重なり、まるでひとつの形になったように見えた。


 「行こう」

 エリシアが立ち上がり、剣を腰に戻す。

 「迷宮は崩れた。でも次の道がある。声がまた導いてくれるはず」


 ミレイアがルカの手をとり、立たせる。

 「大丈夫。あなたは一人じゃない」


 「……ありがとう」

 ルカは小さく笑った。


 こうして三人は、王都の新たな朝の光を背に歩き出した。

 声の導きに従い、裏切りの真実を追う旅へ――。


 そのころ。

 瓦礫の影にひそむ別の影が、静かに彼らを見送っていた。


 「……やはり声を聞いていたか。だが、まだ子どもにすぎぬ」


 低い声が闇に消える。

 カイエン卿の手の者が、迷宮探索の一部始終を監視していたのだ。


 彼らの旅はもう、誰かの目に見張られている。

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