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墓守の少年、千年の声を聞く ― 王国最後の見届け人 ―  作者: スマイリング


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第34話 揺らぐ灯の国

 朝焼けが王都の尖塔を染めていた。

 焼かない光の時代が始まってから、まだ三日。

 街は静かに息を吹き返していた――はずだった。


 だが、その静寂の底で、ルカは微かな異音を感じていた。

 耳ではなく、胸の炎が震えていたのだ。

 (この鼓動……祈りのざわめきだ。何かが、狂ってる)


 通りを歩いていた人々の祈り灯が、一つ、また一つと揺らぎ始める。

 橙の光が白く濁り、次の瞬間、爆ぜた。

 「危ない!」

 ルカが腕を伸ばすと同時に、炎が盾のように膨らみ、

 吹き出した光の破片を包み込む。


 「おい、何が起きてる!?」カイエンが駆け寄る。

 「祈り灯が暴走してる……いや、“誰かが操作してる”」

 視線の先、王都の広場に黒い外套の男たちが立っていた。

 胸には、消されたはずの紋章――“旧光派”の印。


 「光の秩序を取り戻せ!」

 叫びと同時に、男たちの手に結晶が浮かぶ。

 ルミナイト――祈りを固めた白結晶。

 それが砕けると、眩しい光弾がルカに向かって放たれた。


 空気が弾け、広場の空が焼ける。

 ルカは反射的に手をかざした。

 胸の炎が弧を描き、橙の盾が出現する。

 “焼かない光”が、攻撃を包み込んで吸収していく。

 衝撃波の中で、ミレイアの声が響いた。

 「ルカ、背中!」


 振り返ると、別の男が光刃を構えて突進してくる。

 祈りを剣に変えた“信仰武装”――光片刀ルミナルブレード

 白い軌跡が地面をえぐる。

 ルカは後退しながら炎を引き裂き、短剣ほどの光を生み出した。

 橙と白の閃光がぶつかり、金属音ではない“祈りの共鳴”が空を震わせる。


 「祈りを……武器に?」

 「そうだ!」男が叫ぶ。「おまえらが光を穢したせいで、この国は堕ちた!

  俺たちは“純粋な祈り”を取り戻す!」

 「違う、それは“命令”だ!」ルカが叫ぶ。

 「祈りは、従わせるためにあるんじゃない!」


 炎が爆ぜた。

 橙の光が弧を描き、相手の剣を包み込む。

 焼けることなく、ただ静かに光が溶けていく。

 男の目が見開かれた。

 「……な、なんだ、この光……痛くない……」

 「それが本当の祈りだ。人を傷つけない、照らす光」


 しかし、次の瞬間、男の足もとから黒い靄が立ち上がった。

 “声なき影”――封印の残滓が呼応している。

 ミレイアが息を呑む。「ルカ、今のは……!」

 ルカは炎を握りしめた。

 「戦いは、まだ終わってない。――あの影、祈りを喰ってる!」


 白光の爆発が王都の中心を包み、石畳が波のようにうねった。

 祈りを武器に変えた旧光派が、次々と光片を砕いて放つ。

 光の弾丸が街路樹を焼き、瓦屋根を貫き、爆ぜた破片が人々を怯えさせた。


 「下がって!」

 ルカが叫び、両手で炎を広げる。

 橙の光が盾のように展開し、飛び散る光片を包み込んで無力化する。

 爆音の中で、彼の炎だけが“静かな温度”を保っていた。

 「祈りを武器にするなんて……!」ミレイアが歯を食いしばる。

 「止めないと、王都がまた焼かれる!」


 敵の中心に、ひときわ大きな光を纏った男がいた。

 将校の鎧をまとい、手には光炉の欠片を組み込んだ長剣。

 その剣身が唸りを上げ、白い雷のような祈りを放つ。

 「光の秩序を否定した愚か者ども!

  我らの祈りで、偽りの灯を焼き尽くす!」

 剣を振るたび、光弾が四方に走った。

 爆風でルカが弾き飛ばされる。


 「ルカ!」ミレイアが駆け寄ろうとした瞬間、

 地面から白い紋様が浮かび上がり、彼女の足を絡め取った。

 「……封印陣?」

 男が笑う。「貴様らの“焼かぬ光”など、無力だ!」

 ミレイアの身体が光に縛られ、祈りの波動が流れ込む。

 “従え、秩序に還れ”――旧時代の命令の祈り。

 その冷たい響きが、彼女の心を締め付ける。


 「やめろ!!」ルカの叫びが響いた。

 炎が爆ぜ、地面を走る祈りの紋様を焼き切る。

 ミレイアは倒れ込み、震える息を吐いた。

 「ルカ……この祈り……人の“恐れ”が混じってる。

  皆、信じたいんじゃなくて、“支配されたい”って……」

 「それが“秩序の祈り”の正体か……」

 ルカは立ち上がり、炎を握る。

 「祈りを従わせる光なんて、もういらない!」


 敵の将校が剣を構え、嘲るように言った。

 「ならば、その偽りの炎で証明してみせろ!」

 光の刃がルカを狙う。

 次の瞬間、ミレイアの瞳が強く輝いた。

 「……祈りは、奪うものじゃない!」

 その声とともに、彼女の周囲に花弁のような光が舞う。

 風が巻き、街全体が震えた。

 彼女の祈りが、周囲の光弾すべてを“共鳴”させて無力化していく。


 「ミレイア!」ルカがその中心で炎を重ねた。

 橙と白が交じり、空に巨大な光の渦が生まれる。

 轟音とともに、旧光派の祈りが霧のように消えた。

 男が剣を落とし、膝をつく。

 「な……なぜ……この光は……冷たいのに、暖かい……」

 ルカが歩み寄り、静かに言った。

 「それが“焼かない祈り”。

  あなたたちの痛みも、光に変えられるんだ」


 男は何かを言いかけたが、代わりに唇から黒い靄が漏れた。

 “声なき影”が、敗者の祈りを吸い上げるように空へ漂う。

 ミレイアの顔が強張った。

 「……ルカ、また現れた。祈りを喰う影が!」

 ルカは拳を握りしめる。

 「あれが……戦いを終わらせない本当の敵だ」


 空気が、音を失った。

 戦いの余熱が消えると同時に、王都の広場全体が異様な静けさに包まれる。

 風が止まり、鳥の声も、燃え残った火の音も――何もかもが途切れた。


 ルカの炎が微かに揺れた。

 「……感じるか?」カイエンが剣を構える。

 「ええ。まるで、祈りそのものが息をしてるみたい」ミレイアの声は震えていた。

 石畳の亀裂から、黒い靄が立ち上がる。

 それは煙ではない。形を持つ“祈りの残骸”だった。


 “……救って……焼かないで……”

 低い声が重なり合い、無数の影が人の形に変わっていく。

 女の影が泣き、少年の影が叫び、兵士の影が剣を構えた。

 それらはすべて、焼かれた祈りの記憶――王都の罪の結晶だった。


 「祈りが……人の形に……」ミレイアが後ずさる。

 「もう“声なき影”じゃない。形を持って……怒ってる」

 ルカは炎を握る。「ここで止める。もう誰も焼かせない!」


 影の群れが動いた。

 数十の祈りの亡霊が一斉に襲いかかる。

 その動きは速く、風を切る音が剣のように鋭い。

 ルカは前へ飛び出し、炎を解き放つ。

 橙の光が螺旋を描き、群れの中央を貫いた。

 しかし、影たちは霧のように分かれてすり抜け、背後から再び形を成す。


 「物理攻撃が通らない!?」カイエンが叫ぶ。

 「祈りだから!」ミレイアが答える。

 「憎しみも悲しみも混ざったままの祈り……普通の力じゃ届かない!」

 ルカは歯を食いしばり、炎を再構築する。

 「だったら、“祈り”で戦うしかない!」


 彼の炎が橙から金に変わり始めた。

 周囲の光と共鳴し、広場の破片が浮かび上がる。

 ミレイアが両手を掲げ、祈りの言葉を紡ぐ。

 「この光、奪うためでなく、返すために――!」

 橙と白の波動が合わさり、黄金の光輪となって広がった。

 影の群れが一瞬たじろぐ。

 “……返して……本当の、祈りを……”

 その声が、ルカの胸に突き刺さった。


 「わかってる。だから、もう一度――」

 彼は炎を高く掲げた。

 金の光が爆ぜ、夜空まで届く。

 影たちがそれに引かれるように光の中へ溶けていく。


 しかし、最後のひとつ――

 他よりも濃い、金と黒の混じった影が残った。

 その影はゆっくりと立ち上がり、人の形をとる。

 鎧をまとい、瞳に“王の印”を宿していた。


 「まさか……」エリシアが息を呑む。

 「父上の……祈り?」

 ルカの炎が激しく揺れた。

 「違う――“王の残響”だ!」


 影が微笑み、金色の光を放つ。

 「墓守よ。祈りは、まだ終わらぬ」

 その声は、確かに王ヴァルドリスのものだった。


 光の渦の中心に、金色の影が立っていた。

 鎧の輪郭はゆらめき、しかし瞳だけが確かに存在している。

 その金の瞳は、かつて王の威厳を宿していた――

 だが今は、静かな怒りと悔恨が混ざっていた。


 「……陛下」

 エリシアが震える声でつぶやく。

 「なぜ……なぜ、またこの地に……?」

 金の影――ヴァルドリスは微笑んだ。

 「我が祈りは消えぬ。民がまだ“導きを求めている”限り、

  私はこの地に留まり続ける」


 ルカが一歩前へ出る。

 「でも、もう光炉は壊れた。支配の祈りも終わったはずだ」

 「終わってなどおらぬ、墓守。

  人は光を求める。弱さゆえに。

  そしてその祈りが、私を呼び戻した」


 ヴァルドリスの周囲に金の紋様が浮かぶ。

 それはかつて玉座の間を照らした“導きの印”――だが今、その光は歪んでいた。

 眩しすぎて、痛みを伴う光。

 ルカの炎が共鳴し、低く唸った。

 (この光……あのときの王の祈りそのもの。けれど、形が違う)


 「父上、やめて!」

 エリシアが駆け寄ろうとするが、光壁がそれを阻んだ。

 「来るな、エリシア。おまえは“影に惑わされた”。

  おまえが掲げた自由の祈りは、民の心を乱す毒だ」

 「違う! 私はただ、人が“誰かの祈りに縛られない”ようにしたかった!」


 ヴァルドリスの光が強くなる。

 地面が震え、石畳に金の紋様が走った。

 「祈りは秩序だ。統一だ。民が一つに祈るとき、国は強くなる。

  バラバラの祈りなど、混沌を呼ぶだけ!」

 ルカが前に出る。「それでも、みんなの祈りを“焼いた”結果がこれだ!」

 炎が唸りを上げ、橙と金の閃光がぶつかる。


 光と炎が衝突した瞬間、空気が震えた。

 祈りの波動がぶつかり合い、金色の残響が弾ける。

 ルカは歯を食いしばりながら叫んだ。

 「祈りを支配する光じゃなく、照らす光を選んだのは――あなたの娘だ!」

 「……照らす、光……?」

 ヴァルドリスの動きが一瞬止まる。

 その隙に、ミレイアの祈りが重なった。

 「あなたも、誰かを救いたかったはず。

  でも、その祈りを、誰かの心に押しつけてしまった」


 金の影がわずかに揺らぐ。

 「救う……押しつけ……」

 その言葉を繰り返すたび、鎧の亀裂が増えていく。

 ルカは炎を掲げた。

 「陛下、祈りは生きてます。だから、もう“燃やさなくていい”」


 光と炎が重なり、音もなく爆ぜた。

 広場に舞う金の破片が、夜空へ吸い込まれていく。

 ヴァルドリスの声が微かに響いた。

 「……娘よ……私は……民の祈りを……恐れていたのかもしれぬ」

 エリシアが涙をこぼしながら手を伸ばす。

 「父上……もう、休んでください」


 その瞬間、金の影が穏やかな笑みを浮かべ、光の粒となって消えた。

 だが――

 ルカの炎の奥で、別の光が蠢いた。

 黒と金が混じり合い、低い声が囁く。


 『――祈りは、まだ満たされていない』


 金の光が消えたあと、広場には一瞬だけ穏やかな静寂が戻った。

 人々は息をつき、誰かが「終わったのか」と呟いた。

 だが――その言葉の直後、空気が震えた。


 “……満たされない……祈りが、まだ残っている……”


 低い声が、地の底から響き渡った。

 地面の金紋が再び光り出し、今度は黒と金が入り混じる。

 焼かれた祈りの残滓が再結合し、巨大な球状の影を生み出していく。

 その中心には、王の消滅と同時に放たれた“残響”の核があった。


 「……祈りが暴走してる!」ミレイアが叫ぶ。

 「陛下の祈りが消えたことで、支えを失ったんだ!」

 カイエンが剣を構えた。「まるで心臓を失った身体みてぇだな……」

 ルカは炎を握りしめる。「止めなきゃ、また街が――!」


 轟音。

 黒金の光が弾け、王都の上空へと突き上がった。

 祈りの残響が竜のような形を取り、空に咆哮を上げる。

 その咆哮は言葉ではなく、“感情”そのものだった。

 怒り、悲しみ、憎しみ、赦し、祈り――

 あらゆる心が混ざり合い、叫びとして解き放たれていく。


 「こんなの、祈りじゃない……!」エリシアが涙をこぼす。

 「でも、これも人の声なんだ」ルカが答える。

 「聞かれなかった想いが、形になってる。

  これを“壊す”だけじゃ、何も終わらない」


 しかし、影竜の一部が急速に落下を始めた。

 地面を叩く衝撃で石畳が割れ、街灯が吹き飛ぶ。

 ルカは手をかざし、炎を放つ。

 橙の光が盾となって影を包み込むが、押し返せない。

 「くっ……重い……! 祈りが、拒んでる!?」

 「ルカ!」ミレイアが駆け寄り、手を重ねる。

 「ひとりじゃ無理! 一緒に――!」


 二人の祈りが重なり、炎が金へと変わる。

 だが次の瞬間、影竜の尾が暴風のように薙ぎ払った。

 カイエンが剣を突き立てて踏みとどまるが、吹き飛ばされた瓦礫が空を舞う。

 「これ以上は防げねぇぞ!」


 ルカの炎が裂け、胸の中心から光が逆流する。

 (……これは……僕の中の祈りまで、暴れ始めてる!)

 “焼かぬ光”が“焼かれる側”へと転じる。

 彼の瞳に黒金の輝きが宿る。


 「ルカ、離れて!」ミレイアが叫ぶが、もう届かない。

 彼の身体から金の波動があふれ、周囲の空気が歪む。

 「違う……僕じゃない……“祈り”が、僕の中で暴れてる!」


 影竜が咆哮を上げ、金の光が広場全体を飲み込んだ。

 空が裂け、夜が昼に変わる。

 ――その中心に、ルカの姿が消えた。


 ――光も、音も、ない。

 目を開けても何も見えない闇の中に、ルカは立っていた。

 いや、立っている“感覚”すら曖昧だった。

 ただ、胸の奥で何かが脈を打ち、世界の形を保っている。


 (ここは……僕の中? それとも……祈りの底?)


 どこからか声がした。

 “墓守……焼かない光を選んだのは、おまえだな”

 低く、無数の声が重なる。

 男でも女でもなく、老いも若きもなく、ただ祈りそのものの声。


 「おまえが“声なき影”か」

 ルカの言葉に、闇の奥がざわめいた。

 “われらは、焼かれた祈り……忘れられた願い……

  王に奪われ、光に焦がれ、今も行き場を失った声たち”

 周囲に淡い光が点り、闇の中に無数の人影が現れた。

 子ども、兵士、母親、老人――

 みな胸に穴が空き、そこから金色の光が漏れていた。


 「どうして暴れてる。もう、王の祈りは消えたんだ」

 “消えたからこそ、空いた。

  我らの祈りは主を失い、彷徨っている。

  祈りには居場所が要る。光か、影か――”


 光と影。

 その言葉が、ルカの炎を震わせた。

 「……どっちでもない。祈りは、人の中にある。

  誰かに支配されるためじゃなく、共に灯すためにあるんだ!」


 “共に……灯す?”

 声がざわめき、影の人々がゆらめく。

 “ならば見せてみよ……おまえの光を”


 足もとが崩れ、世界が裂けた。

 闇の底から金黒の腕が伸び、ルカの身体を掴む。

 「ぐっ……!」

 冷たい光が肌に触れるたび、記憶が削られていく。

 “おまえの祈りも、我らと同じだ。

  失われ、忘れられ、恐れに変わる”

 「違う! 僕は――忘れない!」


 ルカの胸の炎が激しく燃え上がった。

 橙が白に、そして金に変わる。

 闇の腕を振りほどき、彼は叫んだ。

 「僕の光は“焼かない”! けど、決して消えない!」


 爆音のような脈動が世界を裂く。

 光が闇を貫き、祈りの影たちの輪郭を包み込む。

 彼らの瞳に、かすかな色が戻る。

 “……暖かい……忘れられない……光だ……”

 影たちの声が次々と溶け、空に還っていった。


 最後に一つ、残った声があった。

 “墓守……それでも祈りは、また迷うぞ”

 ルカは静かに頷く。

 「迷うのが、生きるってことだろ」


 金色の炎が世界を包み、闇が消えていく。

 次の瞬間、ルカの身体が光に包まれ、現実へと引き戻された。


 まぶしい光の中で、ルカはゆっくりと目を開けた。

 耳を打つ轟音、熱風、祈りの叫び――すべてが一気に押し寄せてくる。

 気づけば彼は、再び王都の広場に立っていた。

 空では黒金の竜がのたうち、崩れた鐘楼が軋んでいる。

 その中心に、ルカの炎が浮かんでいた。


 「……戻ってきたのね!」ミレイアの声が聞こえた。

 彼女は両手を胸に組み、祈りの光を維持している。

 「ルカ、お願い……あの影を――!」

 「わかってる!」


 ルカは炎を掲げた。

 だがそれは、もう橙でも金でもなかった。

 白、赤、金――すべての色が重なり合い、まるで星のように瞬く光。

 胸の奥で、確かな声が響く。

 ――“それが、祈りの形だ”


 黒金の竜が咆哮を上げ、牙のような光線を放った。

 ルカはその光を真正面から受け止める。

 衝撃が腕を焼き、視界が霞む。

 「祈りを……焼かせない!」

 叫びと同時に、炎が弾けた。

 無数の光の粒が空へ舞い上がり、竜の身体を包み込む。


 その光は敵を破壊するものではなかった。

 柔らかく、穏やかに、竜の輪郭を“ほどく”光。

 祈りの形が、ゆっくりと溶けていく。

 “……帰れるのか……光のない場所へ……”

 竜の声が風に消える。

 最後に残った黒い光が、ルカの炎へ吸い込まれた。


 静寂。

 空が澄み、崩れた鐘楼の上に朝日が差し込む。

 ミレイアが膝をつき、涙を拭った。

 「……終わったの?」

 ルカは炎を見つめた。

 中心で小さな金の核が脈を打っている。

 「うん。みんなの祈りが、ちゃんと還った」


 カイエンが肩を叩く。「よくやったな、坊主。だが、おまえの炎……」

 ルカは微笑んだ。「変わっただけだよ。“照らす”って、こういうことなんだ」

 炎の光が街を包み、壊れた家々の影をやさしく照らす。

 その光に照らされながら、エリシアが空を仰いだ。

 「父上……この光を見ていますか?」

 空に漂う金の雲が、ゆっくりと形を変えた。

 それは、穏やかに微笑む王の横顔に見えた。


 風が吹き抜け、王都に朝が訪れる。

 焼かぬ光――いや、“共に生きる祈りの光”が新たに生まれた朝だった。

 この戦いで、王都を覆っていた“光の支配”は終わった。

 だが、祈りの終わりではない。

 人が光を求める限り、祈りは形を変え、時に影を生む。


 ルカはそれを恐れず、受け止める強さを手に入れた。

 “焼かない光”が、初めて“生きる光”へと変わった瞬間だった。


 次回――第35話「影を抱く姫」

 焦点はエリシアへ。

 王の残響を継いだ王女が、“影を受け入れる勇気”を試される。

 どうぞ、次の祈りの章も見届けてください。

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