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墓守の少年、千年の声を聞く ― 王国最後の見届け人 ―  作者: スマイリング


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第26話 追跡者の影

 灰の森を抜けたころ、空は群青色に染まっていた。夜の風が冷たく、焦げた木の匂いがまだ鼻に残る。追跡者たちは無言のまま立ち止まり、手際よく焚き火を起こした。火がつくと、ぱちぱちと音を立てて燃え上がり、赤い火の粉が夜空に舞い上がる。まるで昼間の戦いの記憶まで、燃やしてしまうようだった。


 僕たちは輪の端に腰を下ろした。ミレイアは聖具を磨き、エリシアは小さな鍋で水を温めている。サイラスは焚き火の向こうで地図を広げ、何かを記していた。静かすぎる夜だった。風の音も虫の声もなく、ただ火の爆ぜる音だけが響く。


 「ねぇ……あの人たち、いつ寝るんだろう?」ミレイアが小さな声でつぶやいた。追跡者たちは誰も横にならず、火を囲んで座ったまま動かない。その様子は、まるで夜そのものの一部みたいだった。


 火の向こうで、カイエンが口を開く。「眠らぬ夜は、影を遠ざける夜だ。闇に心を許すと、影は入り込む」

 「……それって、影に取り憑かれるってこと?」エリシアが息をのむ。「ああ。影は人の弱さを狙う」カイエンの声は低く、静かに響いた。


 僕は膝の上のランプを見つめた。炎は穏やかに揺れている。でも――声が聞こえない。いつもなら夜になると、どこかで誰かの囁きが届くのに。(おかしい……。まるでこの森の外では、声が遮られているみたいだ)


 サイラスが地図を畳んで戻ってきた。「この森を抜ければ二日で王都だ。だが……灰の森で何かを連れてきたな」

 「何かって?」ミレイアが不安そうに顔を上げる。

 「説明できん。ただ、空気が重い。まるで誰かが、この一行を見ているようだ」


 その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞくっとした。焚き火のはぜる音が、今は何かの足音みたいに聞こえる。クロが鼻を鳴らし、毛を逆立てて低く唸った。

 「クロ?」僕が呼ぶと、クロは闇をにらんだ。風はないのに、木の枝がゆっくり揺れている。


 「下がれ!」カイエンが立ち上がる。追跡者たちが一斉に武器を構えた。焚き火の炎が大きく揺れ、影が地面いっぱいに広がる。次の瞬間、闇を何かが走り抜けた。黒い影――人の形をした“何か”が音もなく飛びかかってくる。


 「っ!」僕は反射的にランプを掲げた。炎が強く燃え上がり、影が弾かれる。だが、その姿を見た瞬間、息が止まった。


 それは人だった。鎧を着た兵士。でも、顔には黒い紋が広がり、瞳が真っ赤に光っている。まるで“人と影の境目”みたいだった。


 「影兵……?」エリシアが震える声で言う。「違う。こいつは――追跡者の一人だ」カイエンの声が低く響いた。


 「えっ……?」ミレイアの顔が青ざめる。焚き火の光がその鎧を照らす。そこには王国の紋章――“灰の守護部隊”の印。間違いない、カイエンの仲間だ。


 「レオン!」別の追跡者が叫ぶ。しかし、彼は返事をしなかった。赤い瞳が光り、喉から獣のような唸りが漏れる。その背中から黒い煙が噴き出した。生き物のように渦を巻き、空気を飲み込んでいく。


 「影の刻印だ!」サイラスが叫ぶ。「灰の森で感染したんだ!」

 「離れろ!」カイエンが命じるが、もう遅い。黒い煙がはじけ、焚き火の光をかき消した。僕は炎を掲げ、光で闇を押し返そうとする。


 その瞬間、耳の奥で小さな声が聞こえた。――たすけて。

 それは、確かに人の声だった。


 焚き火の光が吹き飛び、闇が一気に押し寄せた。黒い煙が渦を巻き、空気が歪む。レオンと呼ばれた男の体が、苦しげにのけぞった。鎧の継ぎ目から赤黒い紋が広がり、皮膚の下で脈打っている。


 「レオン、やめろ! 自分を取り戻せ!」仲間の追跡者が叫ぶ。だが、レオンの口から漏れたのは人間の言葉ではなかった。低い呻きが獣のうなりに変わり、目がさらに赤く光る。黒い靄が肩から吹き出し、周囲の光を飲み込んだ。


 「……影に完全に侵食されてる」サイラスが呟く。「このままだと体がもたない」

 カイエンが短剣を抜いた。その動作は迷いがなく、命令のように正確だった。「影の芽は早めに断つ。それが我々の掟だ」

 「ま、待って!」僕は思わず叫んだ。「まだ人の声が残ってる! “助けて”って――聞こえたんだ!」


 カイエンの視線が鋭く僕を射抜く。「声など幻だ。影は情に付け込む。お前の耳は、すでに影に囁かれているのかもしれん」

 「違う! 本当に聞こえたんだ!」胸のランプを握りしめる。小さな炎が一瞬強く燃え、レオンの方へ揺れた。炎が彼に反応するように震えている。


 ミレイアが前に出る。「ルカの言葉、私も信じる。……まだ間に合うはずよ」

 「甘いな」カイエンの目が細くなる。「影は生かしておけば広がる。仲間を守るために、切り捨てねばならん」


 その瞬間、レオンの叫びが夜を裂いた。黒い紋が一気に広がり、背中から闇の腕が伸びる。影が触れた地面が焦げ、灰が舞い上がった。

 「くっ……!」追跡者たちが飛び退く。闇が触れた鎧の一部が、音もなく溶けていく。レオンの目から涙のような赤い光がこぼれた。


 「……たすけ……て……」かすれた声が漏れる。それは確かに、人間の声だった。僕の耳がはっきりと捉えている。


 「聞こえるだろ! まだ彼は生きてる!」僕は叫んだ。ランプを高く掲げる。光が広がり、影の腕を弾いた。レオンの体がびくりと震え、瞳の赤が一瞬だけ薄れる。


 「今のは……?」エリシアが息をのむ。「光が影を押し返した……?」

 「聖なる炎か……」サイラスが呟く。目が僕のランプに向く。「墓守の火が、影の呪いを拒んでいるのかもしれん」


 「ルカ、もっと光を!」ミレイアが叫ぶ。

 「うん!」僕は力を込めた。炎が大きくなり、揺れる光がレオンを包む。闇がひるみ、彼の顔にわずかに人間の表情が戻る。


 だが、その一瞬を見逃さず、カイエンが踏み出した。「……すまない、レオン」

 鋭い光が走った。短剣が振り下ろされ、影を断ち切るように胸を貫いた。


 「やめろぉっ!」僕の叫びが響く。だが刃は止まらなかった。黒い靄が爆ぜ、焚き火の炎が激しく揺れる。レオンの体から影が吹き出し、夜空へと溶けていった。


 残されたのは、倒れた仲間の姿だけだった。闇は消え、静寂が戻る。けれど、胸の奥が重い。

 (……本当に、これでよかったのか?)


 焚き火の炎が、血の色に染まっていた。倒れたレオンの体からは、もう影の靄が出ていない。だが彼の顔には苦痛が残り、目を閉じたまま微かに震えている。生きている――そのことが、余計に胸を締めつけた。


 「……なぜ止めたんですか!」僕はカイエンに詰め寄った。短剣の刃先には、まだ黒い煙が絡みついている。

 「俺は隊長だ。影に取り憑かれた者を放置することはできん」

 「でも、彼はまだ人間だった! “助けて”って確かに言ったんです!」


 カイエンの瞳が鋭く光る。「お前は、影に囁かれている。声に惑わされるな、墓守」

 「惑わされてなんかない!」叫んだ自分の声が、夜の森に響く。焚き火の炎が揺れ、影が僕の足元を這った。

 エリシアが慌てて間に入る。「やめて! どちらも間違っていないわ!」


 カイエンはエリシアを見つめた。その目は冷たいが、どこか疲れた色をしている。「姫様……我々は王国の命に従っているだけだ。影を倒す、それが正義だ」

 「でも、今のは倒すんじゃなくて――殺したのよ」エリシアの声が震えた。「人としての部分がまだ残っていたのに……」

 「影に残された“人”を救うことなどできん。情けをかければ、また誰かが死ぬ」カイエンの声は低く、切り捨てるようだった。


 ミレイアが一歩前に出る。「じゃあ、あなたたちは“影を倒すために”何人も犠牲にしてきたの?」

 「……そのとおりだ」カイエンは短く答えた。「だが、それが仕事だ。罪を背負っても、俺たちは進まなきゃならん」

 その言葉が、焼けた空気よりも痛く胸に突き刺さる。誰もが、何かを失いながら戦っている。


 「……それでも」僕は唇を噛んだ。「僕は、見捨てられない。影に飲まれても、まだ声が残るなら……聞きたいんです。その声を、最後まで」

 カイエンは目を細め、静かに短剣を鞘に戻した。「ならば、お前が背負え。墓守。影と人の境を超えるというなら、今後の責任はすべてお前のものだ」


 「それでもいい」僕は答えた。息が荒く、手が震えている。けれど、心は揺らがなかった。

 エリシアが小さく頷く。「……ルカの言葉、信じてあげてください。彼の“声”は嘘じゃない」

 「信じる必要はない」カイエンは振り返らずに言う。「ただ、次に同じことが起きたら……俺は再び刃を振るう。それだけだ」


 彼の背中が火の光を受けて赤く染まる。その影は長く、夜の地面に溶けていった。僕は拳を握り、ランプを見つめた。炎が小さく揺れ、まるで問いかけるように光った。

 (救うことと、守ることは違う……。でも、どちらも選ばなきゃいけないのか)


 風が吹き抜け、灰の匂いがまた戻ってきた。夜はまだ終わらない。


 夜風が静まり返った。焚き火は弱々しく揺れ、灰の森の奥からは冷たい風が吹き抜けてくる。レオンの亡骸は白布で覆われ、その上に仲間の剣が置かれていた。追跡者たちは誰も言葉を発しない。ただ、焚き火の音だけが、沈黙の間を埋めていた。


 「……もう休め、同志」カイエンが短くつぶやき、剣を抜いて地面に突き立てた。火の粉が風に舞い、闇の中に消えていく。

 エリシアがその光景を見つめながら、小さく息を吐いた。「戦うたびに、誰かが失われるのね……」

 「影との戦いはそういうものだ」カイエンの声は乾いていた。だがその瞳には、どこか遠い悲しみがあった。


 そのときだった。

 焚き火の中の炎が、突然黒く濁った。ぱち、と音がして火の粉が弾ける。地面に落ちた灰が、まるで生きているかのように蠢いた。

 「……今の、何?」ミレイアが眉をひそめる。

 サイラスが杖を構え、険しい顔になる。「残滓だ。討たれた影の怨が、まだ燃え残っている」


 灰の中から、細い煙が立ち上がった。最初はただの霧だった。だがすぐに形を変え、人の腕のように伸び上がる。

 「影が……まだいる!」追跡者の一人が叫び、剣を構えた。

 その瞬間、煙が爆ぜて夜空に散る。闇の塊がいくつも生まれ、焚き火の光を吸い取っていった。


 「全員構えろ! 第二波だ!」カイエンが怒鳴る。

 追跡者たちが動くより早く、影は四方へと広がった。黒い靄が兵たちの足に絡みつき、次々と体を包み込んでいく。鎧が鳴り、叫びがあがる。

 「やめろ! 取り込まれるな!」エリシアが叫ぶ。だが、その声もすぐに掻き消された。


 「影が……影同士で共鳴してる!」サイラスが地面に魔法陣を描きながら叫んだ。「さっき倒した分が、別の影を呼んでいるんだ!」

 「なんですって……そんなの反則じゃない!」ミレイアが声を荒げる。

 「墓守!」カイエンが叫んだ。「お前の火で、奴らを封じ込めろ!」


 「やってみます!」僕はランプを掲げた。炎が風に揺れ、赤く光る。影の靄が僕の周りを渦巻き、耳の奥に無数の囁きが流れ込んだ。


 ――なぜ助けた、墓守。

 ――俺たちは、討たれるために生まれた。

 ――お前の炎は、偽りの光だ。


 「違う……僕は、お前たちを――!」言い返そうとしたが、声が出なかった。喉の奥が焼けるように熱い。影の声が増え、頭の中で響き続ける。視界が歪み、足がもつれる。


 「ルカ!」ミレイアの声が遠くで響いた。彼女の聖具が光り、僕を包む。だが影の勢いは止まらない。

 「退がれ! お前まで飲まれるぞ!」カイエンの叫び。剣が振るわれ、黒い靄が切り裂かれる。


 それでも、声は止まなかった。

 ――見届けよ、墓守。これが“討たれる者”の記憶だ。


 闇の中に、焼けるような光景が広がる。叫ぶ兵士、炎に包まれる村。影が見せているのは、かつて追跡者たちが焼いた村の記憶だった。

 「やめろ……見せるな!」頭を抱えたが、映像は消えない。手の中のランプが震え、炎が一瞬だけ黒く染まる。


 その瞬間、地面が鳴動した。影の波が一斉に弾け、黒い風が夜営地を襲った。テントが吹き飛び、焚き火が完全に消える。

 光が失われた夜の中、僕たちは暗闇に包まれた。


 視界が暗く沈んでいく。耳の奥では、まだ焚き火の弾ける音が残っている気がした。けれど、それもすぐに遠ざかり、代わりに冷たい風の音が流れ込む。気がつくと、僕は広い荒野に立っていた。空は黒く、地平線まで灰が積もっている。どこまでも静かな世界――生も死も、どちらも感じられない。


 「ここは……どこだ?」声を出したのに、音が返ってこない。

 足元の灰がかすかに動いた。そこから、ぼんやりとした影の人影が浮かび上がる。

 「……誰?」僕が近づくと、影は顔のない兵士の形になった。鎧は王国の紋章をつけている。だが、その手には血に濡れた剣。地面には焼け落ちた村の跡。


 「まさか、これって……」言葉が喉で止まる。周囲に次々と影が現れた。村を囲み、剣を振るい、炎を放つ兵士たち。叫び声が重なり、煙が立ちのぼる。

 その中に、見覚えのある顔があった。カイエンだ。若いころの彼が、剣を構え、無表情で村を焼いている。


 「やめろ!」思わず叫んだ。だが、声は風に飲まれて消えた。

 目の前で、逃げる母親が子を抱いたまま倒れる。兵たちは無感情に剣を下ろし、炎がその家を包み込む。焼けた匂いと悲鳴が、現実よりも鮮明に感じられた。


 「……これが、“追跡者”の記憶……?」

 耳の奥で、低い声がした。

 ――そうだ、墓守。これは“討たれた者”たちの残響。お前が救おうとした影の声だ。


 振り向くと、灰の中から人影が一つ立ち上がる。レオンだった。彼の瞳はもう赤くなく、静かな灰色に戻っている。

 「ルカ……見てくれ。俺たちは、王国の命で影を焼いた。だが、本当は――民を焼いていたんだ」

 「そんな……」言葉が出ない。

 レオンは笑った。けれど、それは泣いているようにも見えた。「影とは、焼かれた者たちの記憶だ。討たれた俺たちは、その罪を抱えたまま“影”になった」


 風が吹く。灰が舞い上がり、周囲の光景がぼやけていく。声がいくつも重なって響いた。

 ――俺の村を返せ。

 ――あの子の泣き声が、まだ耳から離れない。

 ――墓守よ、罪を見届けろ。


 頭が割れそうだった。胸の奥が焼けるように熱い。けれど、その声からは、怒りよりも悲しみが伝わってきた。

 「……あなたたちは、憎んでいるわけじゃない。苦しんでるんだ……」


 レオンがうなずく。「そうだ。だから、お前の炎を恐れた。光は真実を照らす。俺たちの罪までも……」

 「それでも、僕は見届ける。あなたたちの声を、誰かに伝える」

 「それでいい」レオンの姿が淡く光に溶けていく。「それが“墓守”の役目だ。――忘れるな、ルカ。影は、消えることでしか救われない」


 最後の言葉とともに、光が弾けた。

 眩しさに目を覆うと、世界が一瞬で崩れ落ちた。


 まぶしい光が視界を覆った。風が吹きつけ、耳をつんざくような音が響く。灰の世界が崩れ、影の声が次々と遠ざかっていく。僕は必死に手を伸ばしたが、もう何もつかめなかった。


 ――それでいい、墓守。見届けたなら、戻れ。


 レオンの声が最後に響き、世界が完全に白く塗りつぶされた。次に目を開けたとき、僕は地面に倒れていた。体中が重く、息をするたびに胸が痛む。視界の端で、ランプの炎がかすかに揺れていた。


 「ルカ!」ミレイアの声が聞こえた。彼女が駆け寄り、僕の肩を支える。顔には汗と灰が混じり、必死さが伝わってきた。「よかった……目を覚ましたのね!」

 「ここは……?」かすれた声で尋ねると、エリシアが隣にいた。彼女の手は震えていたが、しっかり僕の手を握っていた。


 「影の波が消えたの。あなたが光を放った瞬間に、全部……」エリシアの瞳が潤んでいた。

 僕は周囲を見渡した。夜営地は半分以上が壊れ、テントは吹き飛び、地面には焦げた跡が残っている。それでも、影はもういなかった。


 「……僕が、やったの?」

 「あなたの炎よ」ミレイアが答える。彼女の聖具が淡く光っている。「光が広がって、影を包み込んだの。まるで、苦しみを眠らせるみたいに」

 「眠らせる……」僕はつぶやいた。手の中のランプを見つめる。炎は赤ではなく、淡い白に変わっていた。柔らかくて、静かで、それでいて強い光だった。


 「きれい……」エリシアが小さくつぶやく。「まるで、罪を抱えた人の心を照らすみたい」

 その言葉に胸が熱くなる。僕はゆっくりと立ち上がり、壊れた夜営地を見渡した。追跡者たちは皆、疲れきった顔で座り込んでいる。カイエンもまた、黙ったまま空を見上げていた。


 「……墓守」カイエンがゆっくり立ち上がった。声にいつもの冷たさはなく、どこか静かな響きがあった。「お前の炎……確かに見た。影が消えるとき、奴らは安らいでいた」

 僕は頷いた。「影は憎しみだけじゃない。苦しみや祈りも、そこに残ってる。僕は、それを伝えたい」


 カイエンが目を閉じる。「……理屈じゃないな。だが、見たものは否定できん。お前の方法……試す価値があるかもしれん」

 その言葉を聞いた瞬間、肩の力が抜けた。ミレイアが嬉しそうに笑い、エリシアも静かに涙を拭った。


 風が吹いた。焦げた灰が舞い上がり、空へと散っていく。白い炎が小さく揺れ、その光が灰を透かして輝いた。

 「……ありがとう、レオン」僕はつぶやいた。「あなたの声、ちゃんと届いたよ」


 夜が終わろうとしていた。東の空に、淡い光が滲み始める。灰の森を越え、少しだけ希望の色が混じった朝が訪れようとしていた。


 夜が明けた。東の空が淡い橙に染まり、焼けた森の上に薄い霧が流れていく。あの惨劇の夜から、一度も眠らないまま朝を迎えた。空気は冷たいのに、胸の奥には不思議な温かさが残っている。


 追跡者たちは、倒れた仲間――レオンの遺体を囲んでいた。白い布に包まれた彼の顔は穏やかで、まるで眠っているようだった。カイエンが膝をつき、静かに手を合わせる。

 「……お前の戦いは終わった。もう影に怯えることもない」短く、それだけ言葉を落とした。だが、その声の奥には確かな哀しみが滲んでいた。


 エリシアが祈るように目を閉じた。「どうか、あなたの魂が安らぎますように」ミレイアも聖具を胸に抱き、そっと光をともす。淡い光が布を照らし、灰の上に小さな虹のような輝きを残した。


 僕はそっとランプをかざした。白い炎が風に揺れ、光がレオンの姿を包み込む。

 「ありがとう。あなたの声、僕たちに届いたよ」言葉にすると、ようやく涙が出た。胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけほどけていく。


 「墓守」カイエンの声がした。彼は立ち上がり、朝日を背に僕を見た。

 「お前の炎……あれが本当に“鎮める力”なのか、俺にはわからん。だが、あの光を見た時、俺の胸の痛みが少しだけ軽くなった」

 「それなら……きっと、意味はあったんだと思います」僕は笑った。震える声だったけれど、素直にそう言えた。


 カイエンは小さく息を吐いた。「王都に戻ったら、報告をする。だが“墓守は敵ではない”とだけは、俺の口で伝えよう」

 「……ありがとうございます」頭を下げると、カイエンは静かに頷いた。


 その時、朝日が地平線から昇った。焼けた木々の隙間を光が通り抜け、灰の粒が金色に輝く。エリシアがその光景を見つめ、呟いた。

 「……きれい。灰なのに、まるで祝福の花びらみたい」

 「影が祈りに変わる瞬間、なのかもしれませんね」僕が言うと、ミレイアが笑った。「詩人みたいなこと言うわね」

 「だって、墓守だもの」そう答えると、三人の間に小さな笑いが生まれた。


 カイエンが部下たちに指示を出す。「行くぞ。王都までは二日だ。無駄な犠牲はもう出すな」その声には、これまでの冷たさがなかった。

 僕たちは彼らと共に再び歩き出す。焼けた森を抜け、灰の地を踏みしめながら。


 振り返ると、埋葬した場所に白い光が揺れていた。風が吹くたび、その炎が形を変え、まるで“手を振っている”ように見えた。

 「……さよなら、レオン」エリシアが小さくつぶやいた。ミレイアも祈るように頷く。


 僕はもう一度、胸のランプを見た。炎は静かに揺れ、淡い白のまま。光が風に溶け、空へと昇っていく。

 (影を討つだけが正義じゃない。声を聞き、祈りを残すことも、きっと守るということなんだ)

 そう思いながら、僕は夜明けの道を歩き出した。

 灰の森を抜けた朝、ルカたちは“影を討つ”だけの正義から一歩離れました。

 声を聞き、受け止めること――それが墓守としての本当の力。

 次回、彼らは王都への帰還と、新たな陰謀の影へと踏み出します。

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― 新着の感想 ―
第三十五話まで読みました。 サイラスがこの回を最後に姿を現さなくなるのですが、どこに行ったのでしょうか?
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