第25話 灰の追跡者
今話からスマホでも読みやすくなるように改行などの改善を行なっていきます。
読みにくいなどありましたら、アドバイスお願いします。
夜が明けた。灰に覆われた森の中で、淡い朝日が差し込みはじめる。焦げた木々、焼けた草。風が吹くたび、灰が静かに舞い上がった。「……本当に終わったの?」ミレイアが小さくつぶやく。指先にはまだ聖具の光が残っていた。サイラスが杖を地面に突き立て、低く言う。「表向きはな。だが、影の残り香がこれほど強い。完全に浄化されたとは言えん」
「つまり、また来るかもしれないってこと?」エリシアの声はわずかに震えていた。「来るだろう」サイラスの目が光を失う。「しかも次は、ただの影じゃない。――“王国の意志”が動く」その言葉に、誰もが息を呑んだ。風が木々を抜け、焦げた葉が音を立てて落ちる。クロが不安そうに耳を立てた。
僕は膝の上のランプを見つめた。炎は小さく、けれど確かに燃えている。(……この灰も、きっと誰かの“声”なんだ)昨日の夜、影に取り込まれた男の声が頭の奥に響く。――見ていろ、墓守。お前の声も、いずれ影になる。思い出した瞬間、背中がぞくりとした。
「ルカ」名前を呼ばれて顔を上げると、エリシアがこちらを見ていた。眠れぬ夜を過ごしたせいか、瞳が赤くにじんでいる。「昨日の“声”のこと……もう一度聞かせて」僕は頷いた。「あのとき見えたのは――王都の地下みたいな場所だった。そこにいた兵士たちは影を操ってた。まるで誰かの命令を受けて……」言葉を続ける前に、エリシアの顔色が変わる。「……父上が関わっているのね」沈黙が落ちた。ミレイアが火を消し、灰を土に埋める。その仕草は、まるで亡き者への祈りのようだった。
「ねぇ、ルカ。あなたは……影と王国、どっちを信じたいの?」ミレイアの声が優しく響く。僕は少し考えてから答えた。「……僕は、確かめたい。墓守として。もし王国が影を使ってるなら、止めないといけない」その言葉に、エリシアが目を見開く。「……ありがとう。あなたがそう言ってくれて、少し救われた気がする」サイラスが腕を組む。「その答えを探すには、情報が要る。この北の森には“灰を追う者”がいるはずだ」「灰を追う者?」ミレイアが首をかしげる。「影を狩る専門の部隊だ。彼らなら王国の動きを知っているだろう」クロが短く「ワン」と鳴いた。まるで“行こう”と背中を押すように。
風が森を抜け、灰が舞う。黒い粒が朝日に照らされ、銀色の粉のように光った。(どんな真実が待っていても、逃げない。墓守として、この声の意味を見届ける)その瞬間、耳の奥で囁きが響いた。――灰を追え。そこに、王の影がいる。顔を上げると、朝日が森の向こうを金色に染めていた。
森の奥へ進むにつれ、空気が変わっていった。土は白く乾き、木々は葉を失っている。どこも灰に覆われ、まるで森全体が焼かれた跡のようだった。「ここ……生きてる森じゃないみたい」ミレイアが小さく言う。クロが鼻を鳴らし、警戒するように前へ進んだ。僕の胸のランプが小さく明滅する。炎は弱くなっていないのに、どこか落ち着かない。
(この場所……何かいる)「止まれ」サイラスの声が低く響いた。次の瞬間、灰の地面がふわりと動く。白い粉の下から、折れた剣が顔を出した。サイラスが拾い上げる。「王国の紋章だな」「じゃあ……ここで王国の兵が……」エリシアの声が途切れる。沈黙の中で、風が再び吹いた。灰が舞い上がり、視界を覆う。
そのとき、背後から声がした。「動くな!」灰の中から、十数人の影が現れる。灰色の外套に身を包み、顔を黒い布で隠した男たち。全員が槍を構えている。カイエンが前に出た。目は冷たく、声は鋭い。「……墓守ルカ、だな?」「どうして僕の名前を……?」「王国から命を受けている。“灰を追う者”――追跡者部隊の隊長、カイエンだ」「追跡者……影を狩る人たち?」ミレイアが息を呑む。
「そうだ。影を討ち、王国を守る。それが俺たちの仕事だ」カイエンは僕をじっと見た。「だが、最近の命令は少し違う。――“墓守を確保せよ”だ」「確保……?」エリシアが顔をしかめる。「王都では、お前が影を操ったという報告が上がっている。真実を確かめるためにも、同行してもらう」
剣のきらめきが朝日を反射する。クロがうなり声を上げた。ミレイアが聖具を構える。僕は手を上げた。「……わかった。行こう。確かめたいんだ。影のことも、王国のことも」カイエンの目がわずかに細くなる。「いい判断だ。墓守――お前の“声”が、本物かどうか見せてもらおう」その言葉を最後に、灰の森に再び風が吹いた。
灰の森は、奥へ行くほど静かになった。木々は焦げて倒れ、枝の影が地面に爪のような模様を描く。空気が重く、息をするたびに喉がひりつく。灰の匂いが体の奥まで染みついて離れない。僕たちはカイエン率いる追跡者の一行と並んで進んでいた。彼らは無駄な言葉を一つも発さず、ただ前だけを見て歩く。
「ねえ、ルカ。声は……聞こえる?」ミレイアがそっと尋ねる。「少しだけ。でも今は静かだ。まるで、何かを待ってるような……」自分の言葉に、自分でぞっとした。森全体が、息を潜めている。「本当に“灰の核”なんてあるの?」エリシアの声が震える。「ある」カイエンは短く答えた。「死者の怨嗟が集まり、形を成したものだ。影の中心とも呼ばれている」
「そんなもの、どうやって生まれるの……?」エリシアの言葉に、カイエンは淡々と答えた。「死を否定することでだ。人は死を受け入れられないと影に縋る。影はその感情を喰らい、形を得る」その言葉に、胸の奥が熱くなる。失った人を思い出す痛み
――僕もまた、死を受け入れられずに墓守になったのかもしれない。風が止み、森が静まり返る。空から灰が雪のように降り始めた。「この先に進めば、声がもっと強くなる。覚悟はあるか?」カイエンの言葉に僕は頷いた。「ある。墓守として、ここで確かめる」灰が舞い、炎の光が揺れた。僕たちは“灰の核”へと足を踏み入れた。
追跡者の拠点は、焼け落ちた砦の跡だった。灰に埋もれた石壁。焦げた木の扉。そこに仮設のテントが並び、鎧姿の兵士たちが無言で作業を続けている。カイエンが焚き火の前に座った。「座れ。……“声”とやらを聞かせてもらおう」「今は静かなんです」僕は答える。「でも、ここには何かが残ってる。――祈りのような、痛みのような声が」その瞬間、カイエンの表情が少し変わった。「……俺も聞いたことがある。仲間を焼いた夜、灰の中で“助けてくれ”と叫ぶ声をな」焚き火の音が小さくはぜる。
「影は人の罪の形だ。……討つたびに、何かを失っていく気がする」「だったら、僕は伝えたい。死者の声を届けて、影を癒やしたいんです」「理想だな」カイエンの口元がかすかに動く。「だが、理想を持つ者は長く生きられんぞ」「それでも、誰かが聞かなきゃいけない。影が生まれた理由を」その言葉に、カイエンは一瞬だけ目を細めた。「……面白い墓守だ。いいだろう。お前の“声”が本物か、確かめてやる」
灰の森を抜ける風が、どこか優しかった。カイエンの隊は王国への帰還準備を始めている。「ルカ」エリシアが振り返る。「あなたの言葉、きっと誰かに届くわ。でも、もし王国が敵になったら――?」「それでも行くよ。墓守として、声を聞くために」ミレイアが微笑む。「ほんと、あんたって無茶するわね」「無茶がなきゃ、墓守は務まらないさ」僕は笑って答えた。朝の光が灰を照らし、空へと舞い上がっていく。(この光が、いつか“希望”になるように)僕は胸のランプを強く握った。炎が小さく揺れ、まるで頷くように光った。
灰の森の一件で、ルカは「墓守=ただの観察者」ではなく、「声を繋ぐ存在」へと変わり始めます。
この一歩が、次の“追跡者編”の伏線となります。




