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墓守の少年、千年の声を聞く ― 王国最後の見届け人 ―  作者: おっさんず


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第24話 闇より来る刃

 夜の森は、息をひそめていた。

 風もほとんど吹かず、木々の葉がこすれる音さえ聞こえない。

 そんな静けさの中を、僕たちは焚き火を囲んでいた。


 「……やっと一息つけたね」

 ミレイアがほっとした声でつぶやく。

 火の光が彼女の頬を照らし、やわらかい影を作っていた。


 「昨日の村のこと、まだ気にしてるの?」

 エリシアが問うと、ミレイアは小さくうなずいた。


 「ええ。あの人たちの目、忘れられないの。

  あれは“恐れ”だったわ。影を見た恐怖じゃなく、人を信じられなくなった目」


 その言葉に、エリシアは静かに視線を落とした。

 「……王女として、私は何度も“信じてもらう”ことを求めてきた。

  けれど、信じさせることの方がずっと難しいのね」


 サイラスが焚き火に枝をくべ、ぱちりと音を立てる。

 「信じる、信じさせる――どちらも結局、心の問題だ」

 彼は冷静な目で炎を見つめながら続けた。

 「影は人の恐怖を喰らう。だが最近の動きは違う。

  まるで“恐怖を利用する人間”がいるように思える」


 「人間が……影を利用してる?」

 僕は顔を上げた。


 サイラスは頷く。

 「そうだ。影はただの怪物じゃない。人間の心の隙間に生まれ、欲望を媒介に形を取る。

  つまり、誰かがそれを知っていて、意図的に使っている可能性がある」


 その言葉に、エリシアの表情が固まった。

 「そんな……まさか……」


 焚き火の火が揺れる。

 その橙色の光が、エリシアの瞳を赤く照らした。


 「もし本当にそうなら……王国の中に“影と取引する者”がいるってこと?」

 彼女の声は震えていた。


 「今のところは仮説だ」

 サイラスは低く言い、静かに杖を握った。

 「だが、ありえない話じゃない。

  影を兵器として使えば、戦争をせずに相手の国を滅ぼせる。

  王国の誰かがその方法を選んでも、おかしくはない」


 その冷徹な言葉に、エリシアは息を呑んだ。


 僕は火を見つめながら、胸の奥のざわつきを抑えきれなかった。

 (人間が……影を……?)

 頭の中で、過去に聞いた声が蘇る。


 ――血は止まらぬ。

 ――王国は血を糧に立つ。


 (あのときの囁きは、これを意味していたのか……?)


 掌のランプをぎゅっと握る。

 小さな炎が、まるで僕の心を映すように震えていた。


 その時、クロが突然立ち上がった。

 「ワゥッ!」


 牙をむき出しにして、森の奥へ向かって唸る。

 エリシアもすぐに剣に手をかけた。

 「どうしたの?」


 僕は耳を澄ませた。

 風の音が一瞬止む。代わりに、心臓の鼓動だけが聞こえる。


 ――来る。


 耳の奥で声が囁いた。

 ――刃が迫る。


 「……え?」

 僕がつぶやいた瞬間、森の奥から風を裂く音が響いた。


 シュッ――。


 矢が闇を突き抜け、僕の頬をかすめた。

 すぐ後ろの木に突き刺さる。


 「っ……!」

 エリシアが叫ぶより早く、サイラスが立ち上がった。

 「囲まれたぞ!」


 森の闇から、黒い影が次々と姿を現す。

 全身を覆う布、目だけが光る。

 刃を構え、こちらに向かって無言で歩み出してくる。


 その数は、十を超えていた。


 「王女を差し出せ!」


 冷たい声が、闇の中から響く。

 夜の静けさが、一瞬にして戦場の音に変わった。



 森の静寂が、音を立てて崩れた。

 矢が次々と闇を裂き、木の幹に突き刺さる。

 乾いた音とともに、枯葉がぱらぱらと落ちた。


 「伏せろ!」

 サイラスの怒鳴り声が響く。


 僕はとっさに地面に身を投げ出した。

 頭上を、銀色の刃が閃きながら通り過ぎていく。


 クロが吠えた。

 「ワンッ!」

 その鳴き声が合図のように、敵が一斉に飛び出した。


 闇の中から現れたのは、黒い外套をまとった集団だった。

 顔の下半分を布で覆い、目だけが赤黒く光っている。

 まるで人間ではなく、影のような動きだった。


 「王女を差し出せ!」

 先頭の男が叫ぶ。

 「その女がいる限り、王国に夜明けは来ぬ!」


 「なにを言って……!」

 エリシアが剣を構えた。

 彼女の金髪が、焚き火の光を受けて揺れる。

 その姿は恐怖に包まれながらも、凛として美しかった。


 サイラスが杖を地面に突き立てた。

 「囲まれている。三方だ!」


 「ルカ!」

 ミレイアが叫ぶ。

 「声を使って、位置を探って!」


 僕は目を閉じた。

 耳の奥で、闇の奥の呼吸が重なり合う。

 風の流れ、足音、そして――囁き。


 ――右。

 ――木陰に二人。

 ――左。刃を持つ。


 「右に二人、左にもいる!」

 叫ぶと同時に、エリシアが剣を振るった。

 鋭い金属音が夜の空気を裂く。


 ひとりの敵が前へ突っ込んできた。

 その速さは尋常じゃない。

 黒い靄が体から滲み、動きが人間離れしている。


 「影の……力!?」

 僕が息をのむ。


 男の瞳は赤黒く光り、口元から短く笑い声が漏れた。

 「影の恩恵を受けた者こそ、真の王国の僕だ」


 「王国の……僕?」

 エリシアの顔がこわばる。

 「あなたたち、王都の兵士なの!?」


 男は答えず、刃を振り下ろした。

 火花が散り、剣と剣がぶつかる。


 「エリシア!」

 僕は駆け寄り、ランプを掲げた。

 炎が敵の影を照らす。


 その瞬間、耳の奥でまた声が響いた。

 ――その刃は偽りの忠誠。

 ――影が主を食らう。


 「影が主を……?」

 言葉をつぶやいた直後、敵の腕が震えた。

 刃を握る手が、まるで自分の意志ではないように動く。


 「な、何だ……!?」

 敵の目が一瞬、正気を取り戻したように見えた。

 だがすぐに黒い靄が噴き出し、再び赤い光が戻る。


 「完全に影に取り込まれてる!」

 サイラスが叫ぶ。

 「人間の姿を保ったまま、影と融合している!」


 ミレイアが聖具をかざした。

 「光の結界――!」


 彼女の掌から、まぶしい光が広がる。

 光の壁が一瞬だけ敵の動きを止めた。


 「今だ、逃げるぞ!」

 サイラスの声が響く。


 けれど、エリシアは動かなかった。

 「いいえ、逃げない!」

 剣を構え直し、まっすぐに敵を見据える。

 「私は仲間として戦う!」


 その言葉に、僕の胸が熱くなった。

 (エリシア……!)


 「ルカ!」

 サイラスが怒鳴る。

 「ならお前は“声”で支えろ! 敵の動きを読め!」


 「わかった!」

 僕は耳を澄ませた。


 ――次は左から。

 ――二人、動く。


 「左だ!」

 叫ぶと同時に、クロが駆け出した。

 牙で敵の足を噛み、転ばせる。


 エリシアの剣が閃き、黒装束の一人が倒れ込んだ。


 だが、戦いはまだ終わらなかった。

 闇の奥で、さらに多くの足音が迫ってくる――。



 森の中で、金属がぶつかる音が響いた。

 「はあっ!」

 エリシアの剣が光の弧を描き、迫る刺客の刃を弾く。


 クロがその隙に飛びかかり、敵の腕を噛みついた。

 「グアッ!」

 黒装束の男が苦痛にうめく。

 その体から、黒い煙のような靄が立ちのぼった。


 「やっぱり……影だ!」

 僕が叫ぶ。


 サイラスが低くうなった。

 「違う。これは“人間が影を使っている”!」


 ミレイアが聖具を構えた。

 「光よ、導け!」

 白い光が放たれ、敵の体を照らす。


 その瞬間、黒い靄が一気に膨れ上がった。

 まるで光を恐れるように、影が蠢いている。


 「うそ……あれ、影に“抵抗”してる?」

 ミレイアが驚く。


 男の目がギラリと光った。

 「光では、俺たちは止められん……!」


 低く、どこか人間離れした声。

 肌はまだ人のものなのに、声だけが異様だった。


 「やっぱり融合してる……!」

 サイラスが唸る。

 「影の力を“意図的に”取り込んでいるんだ!」


 「そんなこと、できるの!?」

 エリシアが息を呑む。


 「普通はありえん。

  だが王国がもし“影の研究”をしていたなら……話は別だ」


 その一言に、エリシアの表情が凍りついた。

 「王国が……影を……?」


 敵の一人が不気味に笑った。

 「正義の王女様よ、知らぬとは罪深いな……!

  お前たちの父王が、影の“契約者”であることも知らずに!」


 「嘘よ!」

 エリシアが叫ぶ。

 「父上がそんなことをするはずが――!」


 しかし敵は言葉を続けた。

 「影は忠実だ。命じられた通りに動く。

  我らはその証。王の“影兵”だ!」


 その瞬間、彼の体がビクンと震え、背中から黒い翼のような靄が噴き出した。

 「うわっ!」

 僕が後ずさる間に、影が広がって周囲の木々を焦がしていく。


 クロが唸り声を上げ、ミレイアが光で防御を張った。


 「ルカ、声を!」

 「わかった!」


 僕は耳を澄ませ、影のざわめきの奥にある“本当の声”を探した。

 ――助けて。

 ――消えたくない。

 ――命じられて……仕方なかったんだ。


 (この人……影に“取り込まれた被害者”なんだ!)


 「この人たちは操られてる! 本当は戦いたくないんだ!」


 「嘘を言うな!」

 敵が叫ぶが、その声の中にわずかに人間らしい震えが混じっていた。


 エリシアが剣を下ろしかけた。

 「じゃあ、私たちが戦う理由は……」


 「エリシア! 迷うな!」

 サイラスが怒鳴った。

 「ためらえば殺されるぞ!」


 「でも――!」

 エリシアが言い返す前に、敵の一人が跳びかかってきた。

 鋭い刃が彼女の首筋を狙う。


 「エリシア!」

 僕は思わず飛び出した。

 炎を掲げ、光で敵の動きを止める。


 「ぎゃああっ!」

 男が叫び、体から黒い靄を噴き出して崩れ落ちた。


 そのとき――僕の頭の奥に何かが流れ込んだ。


 ――我らは……王の命に従う者。

 ――影の血で、永遠の忠誠を誓った。


 (王の命令……本当に……!?)


 ミレイアが僕の肩をつかんだ。

 「ルカ、しっかりして!」

 「だ、大丈夫……」


 でも体は震えていた。

 耳の奥で、いくつもの“声”が重なって聞こえる。


 ――影の王国。

 ――契約の血。

 ――王家の影を討て。


 「やめろ……!」

 僕は頭を押さえた。


 焚き火の炎が強く揺らぎ、影たちの輪郭が歪む。

 戦場の空気が、どんどん狂気に染まっていった。



 焚き火の火が吹き飛ばされ、森が真っ暗になった。

 赤黒い靄が渦を巻き、敵の気配が何重にも重なって近づいてくる。


 「囲まれた!」

 サイラスの声が鋭く響く。

 杖の先が光り、青白い魔方陣が足元に展開した。


 「一歩でも中に入れば焼き払う!」

 彼が呪文を唱えると、地面に光の円が走った。

 けれど敵は止まらない。影をまとった刺客たちが、まるで炎を恐れないように進んでくる。


 「ルカ!」

 ミレイアが振り向いた。

 「声を! 影の動きを教えて!」


 僕はうなずき、耳を澄ませた。

 ――三人、右。

 ――一人、後ろから。

 ――上。木の上にも!


 「右三、後ろ一、上にもいる!」


 「了解!」

 エリシアが剣を構え、後ろに回り込んできた敵の刃を受け止める。

 キンッ、と金属音が響いた。

 火花が散り、彼女の表情には決意が宿っていた。


 「私は逃げない! 王女じゃなくても、ここで戦う!」


 サイラスが低く呟いた。

 「“炎鎖陣”!」

 魔方陣が光を放ち、炎の鎖が地面を走る。

 敵の足元を絡め取り、一瞬だけ動きを止めた。


 「今よ、ミレイア!」


 「了解!」

 ミレイアが聖具を掲げる。

 白く輝く光が放たれ、炎と混ざり合って敵を包んだ。


 「ぐああああっ!」

 刺客たちが苦痛に叫ぶ。

 けれど倒れない。黒い靄が体から吹き出し、炎を押し返していく。


 「なに……!? 光でも焼けないの!?」

 ミレイアの顔が青ざめた。


 「影が……強くなってる!」

 僕は耳の奥の“声”を探った。

 けれど、今度は聞こえてくる声が多すぎた。

 男の怒号、女の泣き声、何十人もの囁きがいっせいに重なる。


 ――守れ。

 ――殺せ。

 ――信じるな。


 「やめろ……! うるさいっ!」

 頭を抱えると、目の前の景色が白く霞んだ。

 視界の中で、影と炎が入り混じる。


 「ルカ、しっかり!」

 ミレイアが僕の肩を支える。


 「だいじょ……ぶ。声が……増えてるだけ……!」

 歯を食いしばり、必死に立ち上がる。


 「ルカ!」

 エリシアが叫ぶ。

 「あなたの声を信じる! 導いて!」


 その一言で、胸の奥が熱くなった。

 (そうだ……信じてくれてる)


 僕はもう一度、耳を澄ませる。

 その中から、一つだけ違う声を探した。

 ――胸を、斬れ。


 「エリシア! 胸だ! 影の核は胸にある!」


 「了解!」

 彼女が跳び上がり、敵の胸を突いた。

 剣が影を貫き、黒い靄が炸裂する。


 「やった……!」

 ミレイアが息をつく。

 だが次の瞬間、別の敵が背後から襲いかかった。

 サイラスが符を投げ、地面が爆ぜる。

 「“断符・爆”!」


 火花と煙の中で、影が後退する。

 その隙にエリシアが仲間の前に立つ。

 「この戦い、絶対に終わらせる!」


 光、炎、声。

 それぞれの力が一瞬、ひとつになった。

 敵が一斉に崩れ落ち、黒い煙が空へと消えていく。


 けれど、安心する間もなかった。

 森の奥から、新たな足音が響く。

 それはゆっくりと、だが確実にこちらへ近づいてくる。


 「また来るのか……!」

 サイラスが杖を構え直す。


 僕の耳に、あの冷たい声が届いた。

 ――まだ終わらぬ。

 ――王国の刃は、これより現れる。


 (王国の……刃?)


 風がざわめき、夜の森が再びざわついた。

 闇の奥から、ひときわ強い殺気が立ち上る――。



 闇の奥から、ひときわ強い殺気が迫ってきた。

 クロが低く唸る。耳を立て、牙をむき出しにする。


 「……何か来る!」

 僕は思わず叫んだ。

 木々の間に、黒い影がゆらりと現れる。


 他の刺客とは違う――歩くだけで空気が揺れる。

 影をまとう黒装束の男。

 胸には王国の紋章が刻まれた銀の留め具が光っていた。


 「王国の……騎士?」

 エリシアが息を呑む。


 男は無言で剣を抜いた。

 刃先が月明かりを反射して、血のように赤く光る。


 「まさか……影に取り込まれたのは、王国の兵士まで……」

 ミレイアの声が震える。


 「いや、違う」

 サイラスが低く言った。

 「こいつは“自分の意志で”影を使ってる」


 「……っ!」

 僕の喉が鳴った。

 (自分の意志で……? つまり――)


 男が口を開いた。

 「影は便利だ。忠誠よりも確実に人を動かせる。

  王の命に従うより、この力に従う方が……よほど楽だ」


 その声は、冷たくて、どこか人間の心が抜け落ちたようだった。


 「王に仕えていた者が、そんなことを……!」

 エリシアが剣を構える。

 「あなたのような者が、王国を汚しているのよ!」


 男は笑った。

 「汚す? 違うな。これは“進化”だ。

  人の心は脆い。影を取り込めば、恐れも痛みも消える」


 そう言いながら、影の靄を全身にまとった。

 空気がねじれ、彼の体がひと回り大きくなる。

 その瞳は完全に赤く染まっていた。


 「くっ!」

 ミレイアが聖具を掲げるが、光が届く前に風が爆ぜる。

 影の男が一瞬で距離を詰め、サイラスの結界を叩き割った。


 「強すぎる……!」

 僕はランプを握りしめた。

 炎が揺れ、耳の奥に声が響く。


 ――見ろ、墓守。

 ――この者の中に、“記憶”が眠る。


 「記憶……?」

 僕の視界が歪む。

 光と闇が入り混じり、男の姿の奥に何かが見えた。


 黒い石の部屋。

 その中心で、何人もの兵士が跪いている。

 頭上には、王家の紋章を刻んだ旗。

 「……あれは……王都の地下?」


 男の声が頭の中に響く。

 『影の契約は王の命。選ばれし者が、影を兵とする。』


 (やっぱり……! 影を使ってるのは、王国自身なんだ!)


 「ルカ!」

 ミレイアの声で我に返った。

 気づくと、影の男が目の前まで迫っていた。

 「ぐっ!」

 剣の刃が肩をかすめ、熱い痛みが走る。


 「ルカっ!」

 エリシアが駆け寄る。

 「大丈夫!?」


 「だい……じょぶ……」

 息を吐くたびに、傷口から血がにじむ。

 けれど、それよりも“声”の波が頭を締めつけた。


 ――見届けよ。

 ――影を使う者の末路を。


 影の男が剣を振り上げた。

 「これで終わりだ、王女……!」


 その瞬間、僕は無意識に叫んでいた。

 「やめろぉおおっ!!」


 ランプの炎が激しく爆ぜる。

 赤い光が広がり、男の動きが一瞬止まった。

 その隙にエリシアが剣を振るう。


 「はああっ!!」


 刃が男の胸を貫いた。

 黒い靄が吹き出し、彼の体が大きくのけぞる。


 「ぐ……あ……!」

 血を吐きながら、男は笑った。


 「見ていろ……墓守……お前の声も、いずれ“影”になる……」


 彼の体が崩れ落ち、闇に溶けるように消えた。

 残されたのは、黒く焦げた地面と、空気の匂い。


 僕は膝をつき、肩の傷を押さえた。

 「……僕の声が……影になる……?」


 ミレイアが駆け寄り、光で傷口を塞いだ。

 「今は考えないで。生きてるだけで十分よ!」


 エリシアは剣を下ろし、震える声でつぶやいた。

 「父上の王国が……影と契約していたなんて……」


 サイラスは唇を噛みしめた。

 「真実を確かめねばならん。今の戦い、ただの襲撃じゃない。警告だ」


 夜の森が再び静まり返る。

 風が吹き抜け、黒い灰を遠くへ運んでいった。



 焦げたような匂いが、まだ空気に残っていた。

 黒い靄が地面にまとわりつき、まるで生きているかのようにうごめいている。


 「終わった……の?」

 ミレイアが小さく呟いた。


 しかし、サイラスは首を振った。

 「まだだ。奴の“核”が残っている。影は一度の死では消えん」


 その言葉の直後、地面の黒い染みが脈打った。

 「うそ……!?」

 靄が集まり、再び人の形を取り始める。


 立ち上がったのは、先ほどの影の男――だが、その姿はもう人ではなかった。

 体中が黒い煙でできていて、顔は仮面のように歪んでいる。

 「これが……“影の本体”……!」


 「エリシア、下がって!」

 サイラスが叫ぶ。

 「これ以上は、光でも抑えきれない!」


 「でも、放っておいたら――!」

 エリシアが剣を構える。

 その瞳には恐怖よりも決意が宿っていた。


 「ルカ!」

 ミレイアが僕を見る。

 「声を使って! 核の位置を探して!」


 「……わかった!」

 僕は息を吸い込み、耳を澄ませた。


 ――ここだ。

 ――胸の奥。心の鼓動と重なる場所。


 「胸だ! 心臓のあたりにある!」


 「よし、連携でいくぞ!」

 サイラスが指示を出す。

 「私が封印陣を張る。その間にミレイアが光で固定、エリシアが斬れ!」


 「了解!」


 彼の足元から広がる魔方陣。

 複雑な文字が青く光り、地面全体が振動する。


 影の男が咆哮を上げた。

 「貴様らごときが……影を裁けると思うな!」


 靄の腕が伸び、サイラスに迫る。

 「くっ……!」

 防御の結界がひび割れる。


 「サイラス!」

 僕は思わず叫んだ。


 だがその瞬間、ミレイアが前へ飛び出した。

 「今よ!」

 聖具を掲げ、眩しい光を放つ。


 「“聖光・拘束陣”!」

 白い鎖のような光が空中に現れ、影の体を縛りつけた。

 影が苦悶の声を上げ、体をねじる。


 「エリシア!」

 サイラスの叫びが響く。

 「今だ――斬れ!!」


 「うんっ!」

 エリシアが地を蹴った。

 剣を高く掲げ、全身の力を込めて跳ぶ。


 「これ以上、誰も苦しめないで!!」


 その叫びとともに、彼女の剣が振り下ろされた。


 刃が影の胸を貫く。

 鈍い音が響き、黒い靄が弾け飛んだ。


 「うあああああっ!!」

 影の男の悲鳴が夜の森にこだました。

 赤黒い光が胸からあふれ、やがて白い閃光に変わる。


 風が爆発したように吹き荒れ、木々がしなった。

 僕たちは思わず目を閉じる。


 そして――静寂。


 目を開けると、そこには黒い灰だけが残っていた。

 風が吹き抜け、それをさらっていく。


 「……終わった、の?」

 ミレイアの声が震える。


 「いや」

 サイラスが息を吐き、空を見上げた。

 「終わりではない。始まりだ」


 「え……?」

 僕が問い返す前に、サイラスが地面に落ちた灰を拾い上げた。

 灰の中に、ひとつの紋章が埋もれていた。


 王家の紋章――。


 「これは……父上の……!」

 エリシアの顔から血の気が引いた。


 サイラスは眉をひそめた。

 「やはりな。あの男は“王の騎士団”だった。

  つまり、影を操る命令が出たのは――王都の中枢だ」


 「そんな……!」

 エリシアの声が震える。

 「父上が、そんな命を出すはずがない!」


 「事実を見ろ」

 サイラスの声は冷静だった。

 「影は王国の武器にされている。これはその証拠だ」


 エリシアは唇を噛み、剣を握りしめた。

 「だったら……私は確かめる。

  この手で、父上の真意を――!」


 その決意の声が夜空に響いた。


 僕は肩の痛みを押さえながら、ランプを見つめた。

 炎が揺れ、まるで僕の中の迷いを映しているようだった。


 (影を操る王国……。

  “声”はそれを知っていたのか? それとも――導こうとしているのか?)


 耳の奥で、あの囁きが再び響いた。


 ――選べ、墓守。

 ――真実を見るか、声を信じるか。


 僕は小さく息を吐き、目を閉じた。

 (僕は……逃げない)


 炎が静かに強く燃え上がった。



 森に静寂が戻った。

 戦いの音も、悲鳴も、もう聞こえない。

 ただ、夜風が木々を揺らす音だけが、遠くでかすかに響いていた。


 倒れた影の灰が、風に乗って舞い上がる。

 それが月明かりを受けてきらめき、まるで黒い雪のように森を包んでいた。


 僕はその光景を見ながら、ランプを胸に抱きしめた。

 小さな炎が揺れるたびに、あの戦いの残響が耳の奥に蘇る。


 ――王国の刃は、これより現れる。

 ――影は、人の形を借りて広がる。


 (あれは……ただの脅しじゃない。

  本当に、王国の中で“影”が動いてるんだ)


 「ルカ、肩の傷は?」

 ミレイアが駆け寄ってきて、僕の袖をめくる。

 光の魔法で包まれた包帯が、じんわり温かい。


 「もう大丈夫。ミレイアの光が効いてる」

 そう言いながらも、痛みはまだ残っていた。

 身体よりも、心のほうが重く痛んでいる。


 サイラスは、焦げた地面の上に膝をついた。

 彼の指先が拾い上げたのは、王家の紋章が刻まれた小さな金属片。


 「間違いない。これは王国騎士団のものだ」


 その言葉に、エリシアが顔を上げた。

 「……父上の騎士が、影を使っていたというの?」


 「信じられないのも無理はない」

 サイラスは淡々と答える。

 「だが、事実は事実だ。影の力を“使える人間”がいた。

  そしてそれが、ただの盗賊ではなく、王国の兵士だった」


 エリシアの唇が震える。

 「じゃあ……王国が、影を……?」


 「可能性は高い」

 サイラスは冷たい目で灰を見つめた。

 「だが、命令を出したのが本当に国王本人かどうかはわからん」


 エリシアは拳を握りしめた。

 「確かめなきゃ……! 父上がそんなことを望むはずない!」


 その声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。


 僕はそっとエリシアの横に立った。

 「僕たちで確かめよう。

  誰が、何のために影を使ってるのか」


 エリシアがこちらを見た。

 瞳の奥に、ほんの少し光が戻る。

 「……うん。ありがとう、ルカ」


 ミレイアも頷いた。

 「王都に戻るのは危険。でも、真実を知らなきゃ前に進めない」


 クロが「ワン」と吠え、僕たちの足元を回る。

 まるで「行こう」と言っているようだった。


 夜明けが近づいていた。

 森の向こうの空が、うっすらと白み始める。

 焚き火の残り火が、ぱち、と小さな音を立てて弾けた。


 そのときだった。

 僕の耳の奥で、再び“声”が囁いた。


 ――墓守よ、見たな。

 ――影を使う王の国を。


 (……お前は、何者なんだ?)

 僕は心の中で問いかけた。


 ――問うな。今はまだ。

 ――お前が“選ぶ”時が来る。


 その声は、風に溶けるように消えた。


 「ルカ?」

 エリシアが僕を見て首をかしげる。

 「……また、声が聞こえたのね?」


 「うん。でも、前より……はっきりしてた」

 「何て言ってたの?」


 僕は少し考えてから答えた。

 「“選ぶ時が来る”って」


 「選ぶ……?」

 エリシアの表情が曇る。


 サイラスが静かに言った。

 「それは、“どちらの道に立つか”ということだ。

  王国を信じるか、声を信じるか――」


 その言葉に、僕たちは誰も返事ができなかった。


 朝日が昇る。

 黄金色の光が、森を照らした。

 焼け焦げた地面さえも、その光の中ではほんの一瞬、美しく見えた。


 けれど、その輝きの奥には――確かに、影が残っていた。


 「……行こう」

 エリシアが静かに言った。

 「真実を見つけるために」


 僕たちはうなずき、王都の方角へと歩き出す。

 クロが先頭に立ち、風を切るように駆けていく。


 その背中を追いながら、僕は胸の奥で小さく呟いた。

 (もし“声”が本当に影に繋がっていたとしても……

  それでも僕は、人を救うために使う)


 ランプの炎が、朝の光の中で優しく揺れた。

 王国の影、そして“声”の正体が少しずつ姿を見せ始める。

 ルカの決意とエリシアの信念が、次の運命を動かす。

 次回――第25話「灰の追跡者」、新たな影が再び現れる。

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