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第11話 王の間の惨劇

 重厚な扉が、ぎぎぎ……と低い音を立てながら開いていく。

 その音は、まるで王国そのものの悲鳴のようにルカの耳に響いた。


 開いた隙間から差し込む光は、なぜか赤みを帯びて見える。

 血を思わせるその色に、ルカは喉を鳴らした。

 「……ここが……」


 エリシアが一歩、前に進む。

 玉座へと続く長い赤絨毯。

 両脇には鎧をまとった兵士たちが整列している。

 そして奥、王座に腰掛けるのは威厳を湛えた国王――彼女の父である。


 しかし、空気は重かった。

 王がそこにいるはずなのに、室内全体に圧迫感が漂っている。


 ルカは息を呑んだ。

 「……声が、近い」

 耳の奥で囁きがざわめき、心臓を冷たく締めつける。


 ――影はここにいる。

 ――玉座の影に潜む。


 思わず拳を握りしめる。

 (やっぱり……ここが“惨劇の場”なんだ……!)


 「父上!」

 エリシアが駆け出す。

 王はゆるやかに顔を上げ、娘を見つめた。


 「……エリシアか」

 低く響く声は落ち着いていたが、その目の奥には疲れが見えた。


 「何があった? 城下が騒がしいと聞いた」


 エリシアは息を整え、必死に訴える。

 「父上、裏切り者が王宮に潜んでいます! 廊下でも兵たちが……!」


 しかし国王の周囲に控える重臣たちは互いに視線を交わし、口を閉ざしたままだった。

 その沈黙が、余計に不気味だった。


 ルカの耳に、さらに強い囁きが流れ込む。


 ――気をつけよ。

 ――影は玉座の後ろにいる。


 「……っ!」

 思わず声が漏れた。

 (玉座の後ろ……? そこに、何かが……!)


 ミレイアもまた聖具を握りしめ、小声で告げる。

 「ルカ、私も感じるわ……この部屋全体に、強い闇が渦巻いてる」


 ルカはうなずいた。

 (ここで何かが起きる……! 絶対に!)


 赤絨毯の上を、足音が響く。

 兵士たちが動いたのではない。

 ルカたちが進むごとに、玉座に近づくごとに、影が濃くなる。


 「ルカ……」

 ミレイアがささやく。

 「ここから先は、もう後戻りできないわ」


 「……わかってる」

 ルカはランプを握り直した。炎が揺れ、その光が赤い絨毯を照らす。


 声はまだ続く。


 ――見届けよ、墓守。

 ――血は玉座に滴る。


 その囁きに、ルカは全身の血が冷たくなるのを感じた。



 王の間の空気は、重く沈んでいた。

 豪奢な柱、きらめくシャンデリア、長く敷かれた赤い絨毯。

 そのすべてが荘厳であるはずなのに、ルカにはまるで巨大な棺の中にいるような圧迫感を覚えた。


 玉座に腰掛ける国王は堂々としていた。

 だがその頬には疲労の影があり、瞳の奥には揺らぎが見えた。


 「父上!」

 エリシアが一歩進み出る。

 「城内に裏切り者がいます! 影に取り込まれた兵士や重臣まで……廊下は血で溢れかえっていました!」


 玉座の横に控える重臣たちがざわめいた。

 その視線は互いを探るように動き、誰もが言葉をのみ込んでいる。


 国王は低く重い声で答えた。

 「……エリシア。王都で不穏が広がっているのは承知している。

 だが、王の間にまでは及ばぬはずだ」


 その言葉は、娘を安心させようとする父のものだったのかもしれない。

 けれど、ルカにはそれが逆に危うく聞こえた。


 (違う……もうここに“いる”。僕にはわかる!)


 耳の奥で、声が一層強くなった。


 ――玉座の影に潜む。

 ――背後を見よ。


 ルカは思わず震える声を上げた。

 「エリシアさん、王様の後ろに……影がいる!」


 広い謁見の間に、その叫びがこだました。

 重臣たちがぎょっと目を見開き、兵士たちが一斉に剣に手をかける。


 「影だと……? 何を言っている」

 国王が眉をひそめる。


 しかしその瞬間、ルカの視界に確かに映った。

 玉座の背後の壁に、人の形をした黒い影が揺らめいていた。

 ゆっくりと、王に覆いかぶさるように動いている。


 「見える……本当にいるんだ!」

 ルカが指を突きつけた。


 ミレイアも聖具を握りしめ、光を走らせた。

 白い閃光が玉座を照らし出す。

 その一瞬、黒い影が嫌悪するように歪み、背後に控えていた重臣の一人へと吸い込まれた。


 「……っ!」

 エリシアが息を呑む。


 重臣の男の目が、赤黒く光った。

 そして彼はゆっくりと懐から短剣を抜いた。


 「父上、危ない!」

 エリシアが駆け出す。


 だが影に取り込まれた重臣は、玉座へと一気に飛びかかった。

 短剣の刃が王の胸を狙って閃く。


 ルカの心臓が跳ねた。

 (来る……! 声が言っていた“惨劇”が!)



 短剣の刃が、玉座に座る国王の胸を狙ってきらめいた。

 時間がゆっくりと流れるように感じられた。

 エリシアが「父上!」と叫び、ミレイアが聖具を掲げる。


 だが一番早く動いたのはルカだった。


 「やめろぉおっ!」


 ランプを握った手で飛び込み、重臣の腕を叩き払う。

 金属がぶつかる甲高い音が響き、短剣は床に転がった。


 「ルカ!」

 エリシアが駆け寄る。

 だが安堵する間もなく、重臣の体から黒い靄が噴き出した。


 それは人の形を成し、巨大な影となって立ち上がる。

 その目は赤黒く光り、爪のような腕を広げた。


 「……出た!」

 ミレイアが叫ぶ。

 聖具の光を当てると、影は耳障りな声を上げ、さらに膨れ上がった。


 玉座の間が一気に混乱に包まれる。

 兵士たちが剣を抜き、重臣たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 「魔物だ!」「いや、人間のはず……!」

 誰もが混乱し、恐怖に支配されていた。


 ルカの耳に声が重なる。


 ――見届けよ、墓守。

 ――これが王国の真実。


 「真実……? これが……?」

 ルカは背筋を震わせながら影を睨んだ。


 影はゆっくりと手を伸ばし、国王を狙った。

 「父上に触れるなっ!」

 エリシアが立ちはだかり、腕を広げる。


 その姿にルカは心臓をつかまれたような衝撃を受けた。

 (王女じゃなくても……娘として父を守ろうとしているんだ……!)


 「ミレイア、今だ!」

 ルカが叫ぶと同時に、ミレイアが聖具をかざした。

 白い光が柱の影を照らし、影の体を切り裂く。

 黒い煙が弾け、影は一歩退いた。


 「効いてる……!」

 ルカは息を荒げながらも希望をつかんだ。


 だが影はただ退いたのではなかった。

 絨毯の上を滑るように移動し、他の重臣や兵士たちへ次々と襲いかかった。


 「やめろ!」

 ルカがランプを振りかざし、声を聞く。


 ――刃は一つではない。

 ――次の影もここにいる。


 「……まだいるのか!」


 次の瞬間、別の重臣の目が赤黒く光り、短剣を抜いた。

 「くっ……!」

 兵士たちが止めようとするが、影に取り込まれた彼は尋常ではない力で抵抗する。


 「王の間が……崩れる!」

 誰かの悲鳴が響く。


 床に血が滴り、豪奢な絨毯を汚していく。

 その光景は、ルカが耳で聞いてきた「血塗られた記憶」と重なった。


 「これが……“惨劇”……!」

 ルカの声は震え、唇が乾いた。


 声が囁く。


 ――そうだ。

 ――これが繰り返される王国の宿命。


 ルカは拳を握りしめ、必死に心の中で叫んだ。

 (こんなもの、絶対に認めない!)



 王の間に響くのは、甲冑がぶつかる音と悲鳴だった。

 さっきまで荘厳な沈黙に包まれていた場所が、今は血と混乱にまみれている。


 「影に取り込まれたぞ!」「守れ、王を守れ!」

 兵士たちが次々と剣を抜き、王の間は一瞬にして戦場と化した。


 影に憑かれた重臣は、尋常ではない力で剣を振るい、近づいた兵士を吹き飛ばす。

 壁に叩きつけられた兵士が呻き声をあげ、床に倒れ込んだ。


 「父上……!」

 エリシアが必死に玉座の前へ立ちはだかる。

 その顔は蒼白で、それでも揺らがぬ決意が宿っていた。


 ルカの耳に声が重なる。


 ――血は止まらぬ。

 ――これが王国の宿命。


 「違う……!」

 ルカは声を振り払うように叫んだ。

 「こんなのが宿命でたまるか!」


 ランプの炎を高く掲げると、影が嫌悪するように体を歪ませた。

 その隙を突いて兵士たちが影の宿主に斬りかかる。


 だが斬られたのは人間の肉体だ。

 黒い靄が飛び散り、同時に悲鳴を上げたのは――操られていた重臣本人だった。


 「やめろ! 斬っちゃだめだ!」

 ルカの叫びが響く。

 「影を斬らなきゃ……人まで死んでしまう!」


 兵士たちは顔を見合わせ、動揺した。

 敵を倒すために剣を振るえば、それは自分たちの主君を傷つけることになる。


 「どうすれば……!」

 混乱と恐怖が広がり、剣を握る手が震える。


 ミレイアが前に出た。

 「ルカ、影の位置を教えて! 私の光なら、影だけを焼ける!」


 「……わかった!」

 ルカは耳を澄ませ、影の囁きに必死に抗いながらも、その存在を見極める。

 「柱の影だ! そこから這い出してる!」


 ミレイアが聖具をかざし、眩い光を放った。

 黒い靄が悲鳴をあげ、宿主から離れて弾き飛ばされる。

 取り込まれていた重臣はその場に崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返した。


 「救えた……!」

 エリシアの瞳に光が戻る。


 だが安心は束の間だった。

 別の兵士が突如として赤黒い目を光らせ、味方に斬りかかる。

 「また……!」

 王の間全体に、次々と影が現れ始めた。


 「こんなの……多すぎる!」

 ミレイアの声が震える。光を放ち続けるが、影の数は減らない。


 床に血が広がり、赤い絨毯をさらに濃く染めていく。

 悲鳴と怒号が入り乱れ、王の間は地獄と化した。


 ルカはランプを握りしめ、必死に影を見つめる。

 ――見届けよ、墓守。

 ――これが千年、繰り返されてきた惨劇だ。


 「繰り返されてきた……?」

 ルカの心臓が冷たくなる。

 まるでこの光景が、過去にも何度も起きたと告げられているようだった。


 (千年前も……その前も……王の間は血に染まったのか?)


 頭がくらくらする。

 だが、目を逸らすわけにはいかなかった。


 「ルカ!」

 エリシアが叫ぶ。

 「立って! 私たちで止めなきゃ!」


 その声がルカを現実へ引き戻した。

 (そうだ……僕は墓守。見届けるだけじゃない。守るためにここにいるんだ!)


 拳を握り直した時、声がまた囁いた。


 ――次は玉座を狙う。

 ――王の血は、まだ止まらない。


 ルカは顔を上げた。

 国王の背後、玉座の影が不気味に揺らめいていた。



 影が渦巻く王の間で、ルカは立ちすくんでいた。

 赤黒い光を宿した瞳が、次々と人間の兵士や重臣に宿っていく。

 そのたびに剣が振るわれ、床に血が飛び散った。


 「やめろ……! もうやめてくれ!」

 叫んでも、影に取り込まれた者たちには届かない。


 ――血は止まらぬ。

 ――これが王国の宿命だ。


 声は冷たく囁き、ルカの心を締めつける。

 (これが……僕が“見届ける”運命なのか? ただ立って、惨劇を見続けろっていうのか?)


 エリシアは玉座の前で必死に立ち続けていた。

 父王を守るように剣を取った兵士たちと共に、影に取り込まれた者を必死に押し返している。

 「下がれ! 父上に近づかせるな!」

 その声はかすれていたが、揺るがぬ強さを持っていた。


 ミレイアもまた、光の力で影を弾き続ける。

 だが額には汗が滲み、腕が震えている。

 「これ以上は……持たない……!」


 ルカは唇を噛んだ。

 (僕は……どうすればいい?)

 墓守としての役目は「死者の声を伝えること」。

 だが今、目の前で血を流しているのは生きた人間たちだ。

 声を伝えるだけでは、救えない。


 (僕がただ見届けている間に……エリシアも、ミレイアも、死んでしまうかもしれない……!)


 喉が焼けるように乾き、視界が揺れた。


 その時、耳の奥に別の囁きが入り込んだ。

 ――導け。

 ――声を伝えるだけでは足りぬ。

 ――声を使え。


 「……声を……使う?」

 ルカは息を呑んだ。


 今まで声はただ恐ろしいものでしかなかった。

 しかし、もしそれを“武器”にできるなら……。


 (僕が……導くんだ。みんなを……!)


 「ルカ!」

 ミレイアが叫ぶ。

 「影が、また増えてる!」


 振り返ると、玉座の横の柱から新たな黒い靄が溢れ出していた。

 それは兵士の背中にまとわりつき、すぐに赤黒い瞳が光り始める。


 「そこだ!」

 ルカは無意識に声を張り上げた。

 「柱の影だ! そこを狙え!」


 兵士たちが驚きながらも従い、剣を柱の影へと突き立てる。

 黒い靄が弾け、影が悲鳴をあげて霧散した。


 「……当たった……?」

 兵士たちが互いに顔を見合わせる。


 ミレイアも目を見開いた。

 「今の……声の導きで、影を暴いたの?」


 ルカは息を荒げながらうなずいた。

 「そうだ……声が教えてくれる。影の居場所を……!」


 その言葉と同時に、また囁きが届く。


 ――次は玉座の左。

 ――影は床に潜む。


 「床だ! 左側の絨毯を狙え!」

 ルカの叫びに、兵士たちが一斉に剣を突き立てた。

 黒い靄が飛び散り、取り込まれていた兵士が崩れ落ちる。


 「……すごい……」

 エリシアが振り返り、驚きと希望の入り混じった瞳でルカを見つめた。

 「ルカ、あなた……声を使って戦ってるのね」


 ルカは自分でも信じられなかった。

 恐ろしい囁きだったはずの声が、今は仲間を救うための力になっている。


 (僕は……変われるのか? ただ見届けるだけの墓守から……!)


 だがその瞬間、声が再び囁いた。


 ――救いは一時。

 ――刃はまだ玉座を狙う。


 「……まだ来る!」

 ルカの警告が響いた。


 玉座の背後、国王のすぐ後ろに、濃く黒い影が集まり始めていた。

 その姿は今までの靄とは違い、獣のような形をしていた。


 「父上の背後に……!」

 エリシアが絶叫する。


 惨劇は、まだ終わっていなかった。



 玉座の背後で、黒い影がゆっくりと形を変えていった。

 ただの靄ではない。鋭い牙を持ち、四肢を伸ばした獣のような影。

 赤黒い瞳がぎらりと光り、国王を一気に飲み込もうと迫っていた。


 「父上の後ろに……!」

 エリシアが叫び、剣を抜いた。

 その姿は王女ではなく、一人の娘として父を守ろうとする少女だった。


 「やめろぉっ!」

 兵士たちも飛び出すが、影の獣は一振りで数人を吹き飛ばす。

 鎧が砕け、石壁に激突する音が響く。


 ルカの耳に声が重なる。


 ――墓守よ、導け。

 ――影の心臓を暴け。


 「……影の心臓?」

 ルカは必死に目を凝らした。

 黒い靄の中に、一瞬だけ赤く光る核のようなものが見えた。


 「……あそこだ!」

 指さしながら叫ぶ。

 「影の胸に、赤い光がある! そこを狙えば……!」


 兵士たちが一斉に剣を振るう。

 だが影は敏捷で、攻撃をかわし続ける。

 「くそっ、当たらない!」

 焦りが広がる。


 その時、ミレイアが聖具を高く掲げた。

 「ルカ、私が光で動きを止める! その間に……!」


 「わかった!」

 ルカは全身を震わせながらも頷いた。


 ミレイアの聖具が強く輝き、影の獣が一瞬硬直する。

 その隙を逃さず、ルカは声を張り上げた。


 「今だ! 胸の赤い光を突け!」


 兵士たちが一斉に突進し、剣の先が影の心臓を狙う。

 赤い光が激しく脈打ち、影は耳をつんざくような悲鳴をあげた。


 「効いてる……!」

 エリシアが剣を振り上げ、最後の一撃を突き立てる。


 赤い光が弾け、影の獣が爆ぜるように霧散した。


 静寂が訪れる。

 黒い靄は消え、王の間に再び光が差し込んだ。

 ルカは荒い息を吐き、膝に手をついて立ち尽くす。


 (できた……僕の声で、戦えたんだ……!)


 手は震えていたが、その胸には確かな実感があった。

 死者の声に怯えるだけではなく、仲間を守るために使うことができたのだ。


 しかし安堵は長く続かなかった。

 耳の奥に、再び冷たい囁きが忍び込んできた。


 ――救いは一時。

 ――刃はまだ玉座を突く。


 「……まだ終わってない……?」

 ルカの瞳が揺れる。


 その瞬間、玉座の横の重臣のひとりがゆっくりと立ち上がった。

 その目は赤黒く染まり、手には鋭い短剣が握られていた。


 「父上っ!」

 エリシアが叫ぶ。


 重臣は迷いなく玉座へと突進した。

 国王を狙う刃が、ゆっくりと振り上げられる。


 ルカの全身に稲妻のような衝撃が走る。

 (間に合わない……!)


 彼は必死に駆け出した。

 「やめろぉおおお!」



 玉座の間に、再び凍りつくような緊張が走った。

 重臣のひとり――高貴な衣をまとった男が、赤黒い瞳をぎらつかせ、短剣を抜いて王に迫っていた。

 その姿はもはや人ではなく、影に完全に取り込まれた怪物だった。


 「父上に近づくな!」

 エリシアが剣を構えて前へ躍り出る。

 だが影の力を宿した重臣の動きは速く、兵士たちも押し返される。


 「ルカ、声は……聞こえるの?」

 ミレイアが必死に問いかける。


 ルカは喉を鳴らし、耳を澄ませた。

 声は確かにあった。しかし、それは冷酷なものだった。


 ――血は玉座に落ちる。

 ――王の命は、ここで絶たれる。


 「やめろ……!」

 ルカは首を振った。

 (そんな未来、認めない! 僕は墓守だけど……今は、見届けるだけじゃなく守りたいんだ!)


 重臣が短剣を振り上げ、玉座の王を狙う。

 国王は動かない。ただじっとその刃を見つめている。


 「父上っ!」

 エリシアの悲鳴が響く。


 ルカの足が勝手に動いた。

 身体は震えていたが、もう止められなかった。


 「やめろぉおおお!」


 ランプを振りかざし、影に取り込まれた重臣へ飛びかかる。

 炎が散り、赤黒い靄が舞った。


 影の刃がルカの腕をかすめ、熱い血が流れる。

 「ぐっ……!」

 痛みが走るが、倒れている暇はない。


 ルカは必死に叫んだ。

 「エリシア、今だ! その影を……斬れ!」


 エリシアが剣を振り下ろす。

 刃が影に取り込まれた重臣の胸をかすめ、赤黒い光が弾けた。


 「効いてる……!」

 ミレイアが聖具を掲げ、白い光を放つ。


 光と剣と炎が重なり、影の重臣が大きくのけぞった。

 赤黒い靄が一気に吹き出し、悲鳴のような声が王の間に響き渡る。


 だが――。


 靄は完全に消え去らなかった。

 重臣の体から抜け出した影が、最後の力を振り絞り、国王へと突進していったのだ。


 「父上っ!」

 エリシアが駆け出す。


 「王様、避けて!」

 ルカの声は震えていた。


 王の間にいる誰もが、その瞬間を見ていた。

 黒い影が矢のように玉座に飛びかかり、国王の胸へと迫る。


 「……っ!」


 ルカは全身を投げ出した。

 その小さな身体が影と王の間に割り込み、炎を掲げる。


 「僕は……墓守だ! 死者の声を見届ける者だ! だから……生きてる人まで奪わせはしない!」


 炎と影がぶつかり合い、王の間が白く光に包まれた。


 耳の奥で、かすかな声が響いた。


 ――選んだな、墓守。

 ――その選択が……王国を変える。


 ルカの意識が遠のいていく。

 最後に見えたのは、玉座の前で泣き叫ぶエリシアの姿だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

第11話は、ついに「王の間」での惨劇が始まりました。ルカが“墓守”としてただ声を聞くだけではなく、命をかけて「守る」一歩を踏み出す回になりました。


次回、第12話では――ルカの選択がどんな未来を呼ぶのか、そして王国を揺るがす“刃の正体”がさらに明らかになります。

ぜひ続きも読んでいただけたら嬉しいです!

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