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第10話 王宮に潜む刃

 王都の朝は、まだざわめきに包まれていた。

 北門の騒ぎは人々の噂となって広がり、通りには落ち着かない気配が残っている。

 そんな中を、ルカたちは王宮へと急いでいた。


 「兵士同士が斬り合うなんて、本当に……」

 エリシアは眉を寄せ、歩調を速める。

 「父上のもとへ行かなければ。私の目で確かめたい」


 ルカは無言でうなずいた。

 胸の奥では、昨夜から続く囁きがまだ鳴りやまない。


 ――血が流れる。

 ――裏切りはすぐそこにある。


 声はまるで王宮そのものに引き寄せられるように強くなっていた。


 王宮の門が見えてきた。

 白い石造りの高い門塔、鋭く尖った鉄の格子。

 兵士たちが整列しているが、その顔はどこか硬い。

 表向きは平穏を装っているのに、漂う空気は重く張りつめていた。


 「……やっぱり、何かある」

 ルカは小さくつぶやいた。


 ミレイアも神妙な顔でうなずく。

 「聖具が反応してる……ただの不安じゃない。闇の気配よ」


 その言葉に、エリシアの表情がさらに引き締まる。

 「だったらなおさら、父上に知らせなければ」


 三人は門を通り抜け、石畳の広い中庭へと入った。

 かつてルカが遠くから見上げるだけだった王宮の内部。

 近づくほどに威圧感が強まり、思わず喉が渇いた。


 (……ここで何かが起きる。声はそう言っている)


 心臓が速く打つ。足を止めそうになるたびに、ルカは唇を噛みしめて前に進んだ。

 墓守としての宿命が、彼を逃がさなかった。


 王宮の大扉をくぐると、ひんやりとした空気が流れ込んだ。

 外のざわめきとは打って変わり、内部は異様な静けさに包まれている。

 高い天井、赤い絨毯、整然と並ぶ柱。

 けれどその静けさは平穏ではなく、嵐の前のような不気味さを帯びていた。


 ルカの耳に、再び囁きが届いた。


 『王宮に影あり。

  刃はすでに光の下に潜む』


 「……っ!」

 ルカは立ち止まり、柱の影を見回した。

 そこには普通の衛兵が立っているはずなのに、影がわずかに揺らめいて見える。


 「ルカ?」

 ミレイアが小声で問いかける。

 「……この中に……裏切り者がいる」


 その言葉に、エリシアも足を止めた。

 王の間はもうすぐそこだ。

 だがそこへたどり着く前に、すでに危機は忍び寄っていた。



 王宮の廊下は、外の光を拒むように薄暗かった。

 高い天井に吊るされた燭台は揺れず、赤い絨毯の上には規則正しく兵士が並んでいる。

 それは「厳重な警備」というより――「何かを隠している」ように思えた。


 ルカは無意識に息を止めていた。

 胸の奥で、あの囁きがざわついている。


 ――影はここにいる。

 ――光の下に潜む。


 「……やっぱり、普通じゃない」

 小声でつぶやいたルカに、隣のミレイアがうなずいた。

 「聖具が反応してる。闇の力が、この廊下全体を覆ってるわ」


 エリシアは前を向いたまま、声を潜めた。

 「……王の間はすぐそこ。父上に知らせなければ」

 けれど、その声にもかすかな震えが混じっていた。


 三人が歩を進めるたびに、兵士たちの視線がじっと追ってくる。

 その中の誰かが裏切り者かもしれない。

 そう思うだけで、ルカの背筋が冷たくなった。


 「ルカ」

 耳元でミレイアがささやく。

 「もし声が何かを告げたら、必ず私に言って。私が受け止めるから」


 その言葉に、ルカの胸が少し軽くなった。

 (僕ひとりじゃない……ミレイアも、エリシアもいる)


 そう思った瞬間だった。


 ふっと、視界の端で影が揺らめいた。

 柱の根元。

 何もないはずの場所に、一瞬だけ黒い靄が見えた。


 「……っ!」

 ルカは思わず立ち止まる。

 「どうした?」エリシアが振り返った。

 「今、影が……動いた」


 兵士たちがざわめく。

 その場にいた全員が一瞬で警戒を強めた。


 けれど影は、すぐに何事もなかったかのように消えていた。


 「気のせいじゃ……ないわよね?」

 ミレイアが聖具を強く握りしめる。

 その小袋から微かな光がにじみ出し、廊下の闇をわずかに照らした。

 ルカは首を振る。

 「違う……あれは、確かに“いた”。死者の声と同じ匂いを感じたんだ」


 (ここに、裏切り者がいる。間違いない……)


 と、その時。

 廊下の先で、甲冑を着た衛兵が一人、ふらりと足を踏み外した。

 「おい、大丈夫か!」

 仲間が駆け寄る。


 だが次の瞬間、その衛兵の目が赤黒く光り、刃を抜いた。

 「な……っ!?」

 味方の兵士に襲いかかる。


 金属の激しい音が廊下に響いた。

 「裏切り者だ!」

 誰かの叫びと共に混乱が広がる。


 ルカの耳に再び声が突き刺さった。


 『これが始まり。

  血は廊下から王座へ流れる』


 「やめろ……やめてくれ!」

 ルカの叫びは、兵士たちの剣戟の音にかき消された。


 混乱の渦の中、ルカは初めて理解した。

 これは「ただの幻」じゃない。

 声が告げる未来は、もう動き出している。



 廊下の混乱は、まるで一気に火がついたようだった。

 衛兵同士が剣を交え、怒号が響く。

 「裏切り者だ!」「味方を斬ったぞ!」

 誰が本当の仲間で、誰が敵なのか。混乱の中では区別さえつかなかった。


 ルカは必死にエリシアとミレイアを庇いながら、王の間へ向かう。

 「止まらないと……ここで立ち止まったら、声が告げた通りになる……!」


 頭の奥で囁きが繰り返される。


 ――血は廊下から王座へ流れる。


 その言葉が現実になりつつあることに、全身が震えた。


 王の間へ続く大扉が視界に入る。

 高くそびえる二枚の扉は重厚な彫刻で飾られ、その先に王がいることを示していた。

 だが、その前に立つ衛兵たちの顔は硬く、何かを隠しているように見える。


 「父上に……会わなければ」

 エリシアは唇を噛み、前へ出ようとする。


 だがその瞬間、ルカは強烈な頭痛に襲われた。

 「……っ!」

 膝をつき、こめかみを押さえる。


 『刃はすでにそこにある。

  王の間を開けば、血が広がる』


 「だめだ……! 扉を開けちゃだめだ!」

 ルカの叫びに、エリシアとミレイアが振り返る。


 「なぜ?」エリシアの声は強いが、揺れていた。

 「父上に伝えないと! このままでは……」


 「声が言ってるんだ……! 扉の向こうに、もう“刃”が潜んでるって!」

 ルカは必死に訴えた。

 だがその言葉は、余計にエリシアを追い詰める。


 「じゃあ……私はどうすればいいの? 王女として父を守ることもできず、ただ待てというの?」


 その瞳に、焦りと怒りと悲しみが混ざっていた。

 ルカは言葉に詰まる。

 墓守として声を伝えることが正しいのか。

 それとも、仲間を守るために口をつぐむべきなのか。


 ミレイアが間に入った。

 「二人とも落ち着いて。……ルカ、声は嘘を混ぜることもあるんでしょう?」

 「……ああ」

 「だったら、鵜呑みにしないで。けれど警戒は怠らない。

  扉を開けるのなら、備えを整えてからにしましょう」


 その冷静な判断に、エリシアも息をのみ、少し落ち着きを取り戻す。

 「……わかったわ」


 三人が短くうなずき合った時――。

 扉の影がふっと揺れた。

 誰も触れていないのに、金属の蝶番が小さく軋む。


 「今、動いた……?」

 ルカがつぶやく。


 その瞬間、囁きが再び響いた。


 『もう遅い。刃は光の下に現れる』


 ルカの全身に悪寒が走った。

 次の瞬間、扉の前にいた衛兵のひとりがゆっくりと歩み出した。

 その目が、赤黒く光っていた。



 重厚な扉の前に立っていた衛兵のひとりが、ゆっくりと顔を上げた。

 その目は赤黒く光り、まるで生気を失った人形のように濁っていた。


 「……っ!」

 ルカは息をのむ。

 声が警告した「刃」は、まさにこの目の前にあったのだ。


 「どうしたの……?」エリシアが問いかける。

 しかし答えは刃だった。


 衛兵は無言で剣を抜き、一直線にエリシアへと襲いかかる。


 「危ない!」

 ルカはとっさに彼女を突き飛ばした。

 銀色の刃が空を切り、ルカの頬をかすめる。

 熱い痛みと共に血が流れた。


 「ルカ!」

 ミレイアが叫び、すぐさま聖具をかざす。

 白い光が瞬き、衛兵の動きを一瞬だけ鈍らせた。


 しかし相手は人間の姿をした何か――影の力に取り込まれた存在だった。

 光を浴びても、まるで獣のように牙をむいて再び突進してくる。


 廊下にいた他の兵士たちも驚き、剣を抜いた。

 「裏切り者だ!」「抑えろ!」

 だが敵は尋常な力ではない。

 押さえ込もうとした兵士が逆に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 「こんな力、人間じゃない……!」

 ミレイアの声が震える。

 ルカも震える手でランプを握りしめ、必死に声を探った。


 ――導け。墓守。

 ――刃は一つではない。


 「……一人だけじゃない……!」

 ルカの叫びに、エリシアがはっと息をのむ。


 その言葉通りだった。

 別の衛兵がゆっくりと振り返り、その目にも赤黒い光が灯っていた。

 「まだ……いるの!?」


 二人目の裏切り者が剣を抜き、廊下は地獄と化す。

 味方と敵が入り乱れ、金属の音と叫びが響き渡った。


 「エリシア、下がって!」

 ミレイアが叫び、光の障壁を展開する。

 淡い輝きが王女を守るように広がり、刃を弾いた。


 ルカは震える足を無理やり前へ踏み出した。

 (逃げるわけにはいかない……!)


 声は彼を試すように囁き続ける。

 ――見届けよ。

 ――血はここから広がる。


 「なら……僕が止める!」

 ランプを振りかざし、影の衛兵に向かって突き出した。


 炎の明かりが、赤黒い瞳を照らす。

 一瞬、その瞳に迷いの色がよぎった気がした。

 (まだ……人間なのか?)

 そう思った瞬間、胸の奥に重たいものがのしかかる。


 (もし彼らがただ操られているだけなら……斬ってしまえば、救えないじゃないか!)


 墓守として「死者の声を伝える」のはできても、今ここで「生きている人間を斬る」なんて――。

 ルカは刃の前で固まった。


 その隙を突いて、影の衛兵が剣を振り下ろす。

 「ルカ!」

 エリシアが叫ぶ。

 ミレイアの光が再び炸裂し、ギリギリで刃を弾いた。


 「しっかりして! ルカ!」

 彼女の叫びに、ルカの瞳が震える。

 「僕は……どうすれば……!」


 ――導け。

 ――真実を見抜け。


 声はなおも続く。

 その言葉が、ルカの背中を押すのか、それとも深い闇へ突き落とすのか――まだわからなかった。



 王宮の廊下は、まるで戦場そのものになっていた。

 影に取り込まれた衛兵たちが赤黒い目で味方を斬りつけ、混乱に乗じて騒ぎが広がる。

 「こいつ、裏切り者だ!」「違う、俺は正気だ!」

 怒号と悲鳴が飛び交い、誰が味方で誰が敵なのか分からない。


 ルカは背を壁に預け、必死にエリシアを庇った。

 頬の傷からはまだ血が滲んでいる。

 (……声が言っていた通りだ。血は廊下から流れ出した……!)


 ミレイアは聖具を掲げ、光の障壁を広げていた。

 淡い光が王女とルカを守り、敵の刃をはじき返す。

 だが光は完全ではなく、何度も斬撃を受けるたびにひびが走る。


 「長くはもたない……!」

 ミレイアの声が震えた。


 その横で、エリシアは拳を握りしめていた。

 「父上のいる王の間に、この混乱が届いてしまう……!」


 ルカは胸の奥で声を探った。

 ――導け。

 ――刃の影を暴け。


 「刃の影……?」

 ルカは必死に周囲を見渡す。

 柱の根元、絨毯の影、兵士たちの足元。

 その中で、ひときわ黒い靄が蠢いているのを見つけた。


 「そこだ!」

 叫んでランプを振りかざす。


 炎が揺れ、黒い影が一瞬だけ形を崩した。

 その隙を突いて、味方の兵士が影に取り込まれた衛兵を押さえ込む。


 「やっぱり……影が力の源なんだ!」


 「ルカ!」

 ミレイアが光を集中させ、黒い靄を焼き払う。

 じゅっと音を立て、影は苦悶の声をあげながら消えていった。

 取り込まれていた衛兵が崩れ落ち、正気を取り戻したように目を閉じる。


 「助かったの……?」

 エリシアが息をのむ。


 「完全に消せたわけじゃない。でも……影を断ち切れば救えるかもしれない!」

 ミレイアの声には希望が宿っていた。


 だが、廊下の奥からさらに三人の衛兵が現れ、その目に赤黒い光が宿る。

 「まだいるの……!」

 エリシアの背筋に冷たい汗が流れる。


 兵士たちが叫びながら応戦するが、影に取り込まれた者の力は異常に強い。

 一撃ごとに火花が散り、石壁に亀裂が走る。


 ルカは必死に声を聞こうと耳を澄ませた。

 ――柱の影を見よ。

 ――その闇を裂け。


 「また柱だ……!」

 ルカが叫ぶ。

 「影は柱に潜んでる! そこを狙え!」


 ミレイアが光を放つと、柱の影から黒い靄が噴き出した。

 「やっぱり……!」

 兵士たちも気づき、一斉に柱の影へ攻撃を集中する。


 黒い靄は悲鳴をあげ、取り込まれていた衛兵が次々と崩れ落ちた。

 正気を取り戻した彼らは、震える手で剣を落とす。


 「救える……! 本当に救えるんだ!」

 ルカの胸に小さな希望が芽生える。


 しかし安心する間もなく、耳に再び声が響いた。


 ――救いは一時。

 ――刃はまだ王座を狙う。


 ルカの顔から血の気が引いた。

 「……まだ終わってない」


 その時、王の間の扉がわずかに揺れた。

 中から、不穏な気配が滲み出してくる。


 「父上が……危ない!」

 エリシアの叫びに、ルカとミレイアも息をのんだ。


 廊下の混乱は収まりつつある。

 だが、本当の戦いはまだ始まってすらいなかった。



 廊下の混乱が少しずつ収まりつつあった。

 影に取り込まれていた衛兵は次々と影を断たれ、力なく倒れていく。

 彼らは命を落とさずに正気を取り戻したようで、兵士たちの胸に安堵が広がった。


 だが、ルカの耳にはまだ「終わっていない」という声が強く響いていた。


 ――刃はまだ王座を狙う。

 ――柱の影を見よ。


 「……まだいる。まだ“影”が残ってる」

 ルカは声を絞り出した。

 ミレイアとエリシアがはっと振り向く。


 その時、王の間へ続く大扉が、ぎしりと軋んだ。

 重い音が廊下に響き渡る。

 「誰かが……中に入った?」

 エリシアの声は、かすかに震えていた。


 ルカは扉の先を見つめた。

 耳の奥に届く囁きは、いつもより鮮明で、まるで目の前で誰かが直接話しているようだった。


 ――扉の先に闇あり。

 ――柱の影に潜むものを暴け。


 (扉の中だけじゃない……この廊下にも、まだ隠れている!)


 「みんな、柱を確認して!」

 ルカは声を張り上げた。

 味方の兵士たちが驚きつつも剣を構え、柱の影を警戒する。


 その瞬間――。

 ひときわ濃い闇が、柱の根元から噴き出した。

 黒い靄は人の形をつくり、鋭い爪のような腕を伸ばしてくる。


 「出た!」

 ミレイアが聖具をかざし、光を放った。

 白い閃光が影を照らし、悲鳴のような音が響く。


 「やっぱり……柱が奴らの隠れ場所だったんだ!」

 ルカは息を荒げながらランプを高く掲げた。

 炎の明かりが靄を裂き、その姿をよりはっきりと映し出す。


 兵士たちも一斉に剣を振るい、影を斬り払う。

 黒い靄は裂かれて霧散し、石の床に消えていった。


 「やった……!」

 エリシアが思わず声を漏らす。


 だが、ルカは安堵できなかった。

 声が、さらに強く響いたからだ。


 ――救いは一時。

 ――刃は王座を突く。

 ――王の血はまだ狙われている。


 「……違う、まだ終わりじゃない!」

 ルカは額に汗を浮かべ、全身で叫んだ。


 エリシアはぎゅっと唇をかみしめる。

 「じゃあ……父上が危ないのね」


 その声には、恐れと決意が入り混じっていた。


 「行かなきゃ。王の間に……!」

 エリシアが一歩を踏み出す。

 ミレイアも続き、ルカも迷わず駆け出した。


 三人の足音が重なり、廊下に響く。

 混乱の中で立ち尽くしていた兵士たちも、ようやく気を取り戻し、王女を守るために後に続いた。


 重厚な扉の前に立った時、ルカの耳に最後の囁きが届いた。


 ――見届けよ、墓守。

 ――血は扉の向こうで滴る。


 「……っ!」

 ルカの心臓が強く跳ねた。


 今にも刃が振り下ろされる気配が、扉の向こうから漂ってきていた。



 重厚な扉の前で、三人は足を止めた。

 廊下の戦いは収まりつつあったが、空気はまだ張りつめている。

 兵士たちの荒い息、床に散らばった剣の音、そして漂う血の匂い――すべてが「ここで終わりではない」と告げていた。


 ルカの耳には、あの声が重なる。


 ――見届けよ。

 ――血は扉の向こうに流れる。


 (ここが……本当に“死者の声”が導いた場所……!)


 「扉の先に、父上がいる……」

 エリシアが唇をかむ。

 その表情には恐れと同時に、強い決意が宿っていた。


 「王女としてじゃなく、娘として……私は父を守りたい」


 その言葉に、ルカの胸が震える。

 墓守として声を伝える自分。

 巫女として光を放つミレイア。

 そして王女として、いや娘として立ち向かうエリシア。


 三人の立場は違う。けれど、向かう先は同じだった。


 「ルカ」

 ミレイアが振り向き、小さく笑う。

 「恐いでしょう。でも、あなたが聞いた声がなければ、ここまで来られなかった。

  だから、あなたは無駄じゃない」


 その言葉は、胸の奥に温かな火をともすようだった。

 ルカは小さくうなずく。

 「……僕は墓守だから、逃げない。声を聞いたなら、最後まで見届ける」


 扉の前に立つ兵士たちが、剣を構えて進言する。

 「王女殿下、危険です。中の状況は不明……!」

 「それでも行くわ。父上を……家族を守るために」


 エリシアの声に迷いはなかった。

 その強さが、兵士たちの胸を打つ。

 「……承知しました。共に参りましょう!」


 ルカは深呼吸し、両手でランプを握りしめた。

 炎が揺れ、影が広がる。

 その中で、また声が響いた。


 ――刃はすでに振り下ろされている。

 ――今、お前の目で確かめろ。


 心臓が跳ね、血が逆流するような感覚に襲われる。

 (扉の先で……何かがもう起きている!)


 「行こう」

 ルカの短い言葉に、ミレイアとエリシアがうなずいた。


 重い扉に兵士たちが手をかける。

 ぎぎぎ……と鈍い音を立てて開いていく。

 隙間から漏れる光は、なぜか血の色を帯びて見えた。


 「……っ!」

 ルカの背筋に冷たいものが走る。

 声はもう響かない。沈黙が逆に恐ろしかった。


 ――次の瞬間、王の間で何を見るのか。


 三人の運命は、もう後戻りできないところまで来ていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

ついに扉が開かれ、王の間での事件が始まろうとしています。

次回、第11話は物語の大きな転換点――「王座を狙う刃」が姿を現します。どうぞご期待ください!

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