私と母と祖母のシュトレンの記憶
「ねぇ、お母さん。このお菓子何?」
「ああ、これはね」
そんな事を話したのを母方の祖母の家に引き取られるという時に思い出していた。
父と母は戦場の医師団だった。
いつ死んでも文句は言えない現場で人を救い戦っていた。
今回も何事もなく帰って来ると想っていた。
しかし、届いたのは訃報と遺体の引き取りの為の書類。
高校一年生の私にはまだ養い手が必要で、困っていたところを母方の祖母がうちにおいでと言ってくれた。
そうして来たのはイギリスの田舎街だった。
「此処にいるのですか?」
日本語の通じる運転手にそう問いかけた。
運転手は頷き、笑った。
「大層お待ちですよ」
外国に住むのはとても大変だと思うけど、良ければこない?と日本語で電話を掛けてくれた祖母に泣いて縋ったのは、記憶に新しい。
車が止まり、運転手が屋敷の門を開いた。
すると使用人が何人も出てきて車を誘導してくれた。
そして、着きましたと言われて降り立つ。
綺麗なガーデニングの施された庭と綺麗な白い壁の家。
私を迎える使用人。
そして、祖母の姿が見えた。
祖母はゆっくり歩いてこっちまで来る。
それを見つけてから走って祖母の前まで行くと祖母は嬉しそうだった。
「お祖母ちゃん、ありがとう」
「いいのよ。あの子達が選んだ道に貴女が置いてかれるのがとても嫌だっただけよ」
「それでも、私は凄い嬉しかったよ」
「ええ。私も嬉しい。来てくれてありがとうね」
これから暮らす邸の中を案内してくれる祖母に少し笑った。
それから、一人になると涙しか出なかったからキッチンに行くと祖母が居た。
「あらあら、腹ペコが来たわね。でもね、今作ってるのはクリスマス用なのよ」
「何を作ってるの?」
「シュトレーンをね、仕込んでるのよ」
その時鮮明に記憶が蘇る。
「ねぇ、お母さん。このお菓子何?」
「ああ、これはね。シュトレーンと言うのよ」
「時間かかってるね」
「そうよ。シュトレーンは時間が掛かるものなのよ」
楽しそうに言う母はまるで誰かを思い出すように遠くを見た。
それを思い出してから、祖母を見た。
「シュトレーンはお好き?」
「はい。母がクリスマスによく作ってくれました」
「ふふ。あの子には散々失敗作を食べさせられたわ」
「クリスマスが楽しみだね。お祖母ちゃんのお手製シュトレーン」
「早く食べてほしいわね。まぁ、私はドイツから来た祖母に教わったのだけど、それから、ずっと作ってるわ」
そう笑って仕込み終わった物を片付けて、仕舞った。
「じゃあ、午前中に作っておいたカップケーキはどう?」
「食べます!」
二人で出してきた椅子に座り、机にカップケーキを皿に乗せホイップクリームを乗せた。
「ちょっと高さ足りてる?」
「あはは。足りてます」
クリームの高さがあるかないかが気になるらしい祖母はちょっとお茶目だ。
「そうそう。私の愛する人を紹介しないとね。離れに住んでる変わった人だから、大変かもしれないけど。英語は出来る?」
「少しだけ」
「じゃあ、これを食べ終わったら行きましょうか」
「はい!」
マーマレードの仄かな香りがするカップケーキはクリームをつけるとほんのり甘みが増してカップケーキが華やぐようだった。
「ごちそうさまでした」
「はい。ごちそうさま」
二人で片付けをしてると祖母と同い年位のお爺さんが来た。
「おや、来ていたのか」
「丁度紹介しに行こうと思ってたのよ」
英語の会話になったので、私も習って英語で自己紹介した。
「はじめまして、牧野莉子です」
すると祖父は笑って日本語を話し始めた。
「はじめまして。オリバーと言うよ。よろしくね。あんまり日本語は上手じゃないから、お手柔らかに頼むよ」
「お上手です!!」
「ありがとう」
照れくさくなったのか、頭をかいてマグカップを持って廊下へ去っていった。
「お祖父ちゃん、可愛い人ですね」
「ええ。惚れちゃだめよ」
それには笑うしか無いのだけど、多分祖母は誂ってるのだろう。
そうして、私のこの邸での生活が緩やかに始まったのだった。