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呪われた令嬢

国王の部屋で二人の男が満面の笑みを浮かべ、杯を交わしていた。


「はっはっは

やったぞ、奴らを罠に落とすことができた!

パジトノフ、お前のおかげだ。

これで我が子を王太子にできる」


「陛下、やりましたな。

王弟殿下と合わせて我が家のライバルのブラウン公爵も失脚。

私を宰相にとの約束をお忘れなきよう」


エンズ王朝で政変が起こった。

前王に次の王に指名されていた王太弟とその一派が国王への呪詛の罪で失脚し、後継には現在の王の子が王太子とされた。


王弟は無罪を訴え、流罪先で抗議のために食を絶って餓死し、その妃や子供は自決を遂げた。一族と家人はすべて殺される。


王弟妃の実家であるブラウン宰相の一族も死罪や流刑となり、次の宰相はパジトノフ伯爵が公爵を授かり指名される。


これを見て、国王の意を受けてパジトノフが裏で陰謀を実行したのだろうという声が囁かれる。

しかし、パジトノフは反対派を徹底的に弾圧し、抑え込む。

表面は静かな中、王弟家やブラウン家に近かった貴族や、邪魔と見なされた貴族は職を追われた。


その中の一つに、王弟の子を妖魔から救い、王弟妃に気に入られていたために連座し、宮廷呪術師の地位を失ったレイン子爵がいた。




王太弟疑獄事件から二十年が経った。

パジトノフ公爵令嬢アレクシスの誕生会には、若い貴族が多数集められていた。


その中に中肉中背で平凡な容貌、目立たない服装の一人の若い男がテーブルに置かれたご馳走を貪っていた。


(盛況ですな~。

さすがは現在の最有力者のご令嬢。

おまけにあの愁いのある美貌を見れば誰しも婿に選ばれたいと願うか。


それにしてもここの飯は美味い。

酒も一級品だ。

今日は仕事ができない分、しっかりと食わせてもらおう)


ほとんどの出席者がアレクシスに挨拶し、覚えてもらおうと自己アピールに努める中、キャスパー・レインは黙々と飯を食い、ウェイターを呼んで酒をお代わりした。


ひとしきり飯を食い、腹も満たされたキャスパーはようやくアレクシスの方を見る。

無表情で俯く顔は青白く、いかにも気持ちが悪そうだ。


(あれでは大変だろうな。

気の毒に)


魔力が強いキャスパーには彼女にむらがる膨大な幽鬼や妖魔が見える。

パジトノフ家は歴代辣腕の当主が続き、政敵を陥れ、抹殺してのし上がってきた。

その間に集めた怨嗟は数知れない。


(老人から赤児まで幽鬼がいるなあ。

あれだけ恨みを買うのもなかなか難しい。大したものだ。


それにしても、このお嬢さんは惹きつけやすい体質なのか、一族の悪業を背負っているのか。

これだけの幽鬼妖魔がいながら、今まで生きられるとはもとの生命力が強いのだろうな)


キャスパーは妙な感心をすると、ご令嬢のことは放念し、更に食べ物をつまみながら酒を飲むか、デザートに行くかを真剣に考える。

料理はいくらでもあるようだが、腹の容量には限りがある。

滅多に食べられないこの料理や酒を厳選して食べねばならない。

できるならば母と弟妹にも持って帰ってやりたい。


そんなキャスパーの思考は背後からの冷たい声で中断される。


「お客様、失礼ですがお嬢様にご挨拶はされたでしょうか。

ここに来られた方には一度はご挨拶をするように招待状に記されていたはずです」


パジトノフ家の執事らしき男が険しい目でこちらを睨んでいる。

タダメシを食いに来たという態度を露わにしているキャスパーに腹を立てている様子が明らかだ。


キャスパーは美味しそうなケーキに未練たらたらの視線を注ぎ、聞こえなかったふりをしようかと考えた。


しかし、執事の後ろに控える護衛らしき男が腕を鳴らしているのを見て諦め、渋々、挨拶の列に加わった。


すると前に立っていた男から敵意のこもった声がかかった。


「おい、お前みたいな出来損ないがなぜここにいる?

名ばかりの貴族で拝み屋なぞをしているお前が来るところじゃない」


そこには学生時代の同級生ボブ・ヤーダマンが立っていた。

ヤーダマン家はレイン家を陥れ、筆頭宮廷呪術師の地位を手に入れた家。

家の勢威を背景にボブはことごとにキャスパーを目の敵にして、虐めてきた。


しかし、キャスパーはそんなことを忘れているかのように振る舞う。


「ボブ、久しぶりだねえ。

婿入り先は見つかったかい。

今をときめくヤーダマン家ならよりどりみどりだろう」


キャスパーは笑いかけた。


「もう一度言うぞ!

ここは、お前みたいな貧乏男爵で、許嫁からも袖にされた男が来るようなところじゃない。

どうせタダメシを漁りに来たのだろう。


乞食のような真似をして貴族の恥さらしが。

同じ場所の空気を吸うのも腹ただしい。

さっさとスラムのねぐらにでも帰れ!」


うまくいかない婿入りのことを言われ激昂したヤーダマンは怒鳴りつけた。


「おやおや、よくご存知で。

しかし残念ながらここにいるのは宰相様のご命令でね。

勝手に帰れないのさ。

もう少し辛抱してくれないかな」


大声で騒ぐヤーダマンに公爵家の執事がやってきて注意すると、彼は、

「平民が貴族に注意するなど無礼であろう」

と今度はそちらに怒りだした。


(馬鹿だなあ。

公爵家の執事ならば貴族に決まっているし、公爵への発言力もあるぞ)


キャスパーが見ていると、執事は厳しい顔で叱りつけている。

ヤーダマンは身を縮めて黙り込んだ。


(実家は公爵家に媚び諂って羽振りがいいかもしれないが、ボブは粗暴短慮で有名。

いい婿入りがないのかもしれないな)


職務で王弟の子供の命を救ったことを、ヤーダマンに讒言されて王弟派として失脚したレイン家。

それを継いだキャスパーには、ヤーダマンにもパジトノフ公爵にも好意的になる理由は一つもない。


そんなことを考えていると、もう数人後にはアレクシスへの挨拶の順番になる。


(気に入らない相手だが、飯代くらい払っておくか。

なあ、ナーガ)


腕につけている縞模様のブレスレットに呼びかける。

これはキャスパーの使い魔であるドラゴンが擬態した姿。


キャスパーの魔力を込めた息吹に乗って透明になったナーガは飛び、アレクシスの近くにいる妖魔を喰い、幽鬼を追い払う。


アレクシスは、一瞬、小さな突風が吹き付けるのを感じた。

その後、アレクシスは急に頭や身体が軽くなり、視野が明るくなったことに驚いた。

顔を上げると眩しい光の輝きを感じる。


光に目が慣れると、そこに見えてきたのはボブ・ヤーダマンであった。


「この人みたい」

アレクシスが指差すと、ボブは公爵家の家臣に囲まれて別室に案内され、アレクシスも姿を消した。


キャスパー達挨拶に並んでいた者は、執事から「もう結構です」と金一封を渡され解散させられた。


キャスパーは残って、召使いに頼んで折り箱を貰うと、家族のために残る料理を詰め込んだ。


(この絶品、母や弟妹にも味合わせてやらないとうるさいからな)


もちろん公爵家の家臣から冷たい目で見られるが、意にも介さない。


そんなキャスパーの耳に公爵家の家臣の話が入ってくる。


「さすが凄腕の占い師、お嬢様を救ってくれる男が現れるというのは本当だっだな」


「旦那様はそんな男がいれば婿にしてもいいと言われていたが、粗暴そうな男だったぞ。

主家に迎えるのは勘弁してほしいな」


どうやらあのお嬢様を救う男を探していたらしい。


祖父と父が政争に巻き込まれて失脚して以来、権力者に関わるなというのがキャスパーの信条である。

キャスパーは余計なことをしたという後悔とみつからなくて良かったという安堵を感じつつ、名前だけの貴族を返上し、公爵家に関わらないことを決意した。



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