星空の下で(4)
ダンスを最後に、式典は幕を閉じた。これから隣の会場で立食式のパーティーがあるようだが、ルーチェはヴィルジールとともにホールを抜け、城の奥へと向かっている。
「陛下は参加されないのですか?」
「当然だろう」
皇帝陛下の即位十年目を祝う会だというのに、主役が参加しないとは。同じことを思っていたのか、二人の先を歩くエヴァンが肩を落としていた。
「聖女様。陛下に何とか言ってやってください」
エヴァンは「うう」と泣き真似をしている。隣を歩くヴィルジールは興味がないとでも言いたげに、ため息を吐いていた。
ルーチェはヴィルジールを一瞥してから、エヴァンに向かって唇を開く。
「主役がいらっしゃらないのは寂しく思いますが、人に囲まれながら食事をするのは、落ち着きませんものね」
「ええ!聖女様ったら、陛下の肩を持たれるのですか!」
ルーチェは苦笑を飾った。そのつもりはなかったが、もしもルーチェがヴィルジールだったら、同じことを選んでいると思ったのだ。人に囲まれ、見られながら、上辺だけの付き合いをするなんて──きっと、息が詰まってしまう。
(……あれ、私…どうしてそう思ったのかしら)
突然足を止めたルーチェを、二人が不思議そうに見遣る。
「…ルーチェ」
ヴィルジールの声で、ルーチェは顔を上げた。何でもないと首を横に振り、口の端に笑みを滲ませる。
いつの間にか目的地に着いていたらしく、目の前には大きな青い扉があった。
ヴィルジールが手を翳すと、扉が発色した。ギギイ、と音を立てながらゆっくりと開いていき、全開になったところで目が眩むような光が満ちる。
思わずぎゅっと目を瞑る。やがて落ち着いたのを感じてから、目を開けていくと、目の先にはノエルと名乗った金髪の少年が佇んでいた。
「やっと会えたね。聖女」
ノエルは顔を綻ばせると、指先に乗っていた小さな鳥に息を吹きかけた。途端に、その鳥の羽は橙を帯びた赤色に染まり、ぶわりと炎を纏いながら空へと飛び立っていく。
「……凄い…」
「魔法使いですからね。ノエル様は」
ルーチェは鳥を見送ってから、ノエルと向き直った。
肩の辺りで切り揃えられている金の髪に、ぱっちりとした翠色の瞳。菫色の石のイヤリングが耳元で揺れ、右手の中指にも同じ石が嵌め込まれている指輪が光っている。
まるでお人形のような美しい顔立ちをしているノエルは、ルーチェよりも年下に見える。
「改めまして、僕の名前はノエル。マーズの当代大魔法使いだよ」
ノエルはふわりとお辞儀をする。その作法には見憶えがあるような気がしたが、記憶を巡らせる間もなく、エヴァンが間に入ってくる。
「お二人とも、まずは奥の部屋に行きましょう。軽食を用意させてあります」
ぱん、とエヴァンが手を叩き、にっこりと笑う。エヴァンが指す部屋は小道の先に見えた。
ヴィルジールが黙って歩き出したので、ルーチェもその後を追いかけた。
円形のテーブルを五人で囲む。ルーチェの右にはヴィルジールが、左にはエヴァンが。エヴァンの隣にはアスランがおり、アスランとヴィルジールの間にはノエルがいる。
場を仕切るのはエヴァンなのか、彼はグラスを手に柔らかく笑うと乾杯の音頭を取った。
「聖女様とノエル様はお知り合いなのですね?」
困惑するルーチェに、ノエルが凛と微笑みかける。
「そうだよ。魔法が下手くそだった聖女に、色々と教え込んだのは僕だからね」
「流石はマーズの大魔法使い様ですね」
「その、マーズというのは…?」
「マーズというのは、この大陸の南にある魔法大国のことです。中央にはイージスが、北には我が国が。東西にも国があります」
ルーチェは頭の中で何となく地図を描いた。ルーチェが居たというイージスと、マーズの魔法使いであるノエルにはどんな接点があったのだろう。
「そこの聖女がここに来た時と同じ髪色なのは、何か理由があるのか?」
仏頂面なアスランが質問を投げかける。棘のある言い方だったが、ノエルは気にも留めない様子で小さく笑むと、自分の髪を指先でくるりと弄った。
「この髪は聖王様に祝福を授かった時に染まった。生まれはマーズだけど、僕はイージスに五年近く居たから」
「その祝福というのを授かると、髪色が変わるのか?」
「さあね。僕の他に授かった人に会ったことがないから、詳しいことは知らない」
ノエルは誇らしげな顔をすると、探るような眼差しをルーチェに向けた。
祝福を授かり、髪色が変わったというノエル。ならばルーチェの髪色が金色から白銀色へと変わったのは、祝福とやらの影響なのだろうか。
だとしたら、ルーチェは誰の祝福を授かったのだろうか。
「イージスで何が起こったのか、お前は知っているのか?」
ここに来てからひと言も発していなかったヴィルジールがようやく声を出した。
ノエルはルーチェからヴィルジールへと目を移すと、ゆっくりと睫毛を伏せる。
「事が起きた時、僕はマーズに居たから。だから、詳しいことは何も」
「お前はルーチェのことを知っているそうだな」
ノエルが目を瞬く。ルーチェとは誰だ、と言わんばかりに。そこでルーチェは「私です」と声を出した。
ノエルは驚いたように目を丸くさせていたが、すぐに笑んだ。
「…そっか。素敵な名前をもらったんだね」
「皇帝陛下に頂いたのです」
ルーチェは隣にいるヴィルジールを見上げる。相も変わらず無表情で、何を考えているのかはさっぱり分からない。
トン、とノエルが指先でテーブルを弾く。途端に淡い緑色の光が湧き、そこから一輪の花が咲いた。
ノエルはそれに息を吹きかけると、花はルーチェへと飛んでいった──かと思いきや、さらさらと光の粉になって消えた。




