表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/76

亡国の聖女(1)

「──この女が例の聖女か?」


 足元に物のように転がされた少女を、その男は冷めた目で見下ろしていた。


 少女は固く目を閉ざしている。肌は薄汚れ、布切れと言っても過言ではない粗末な服を着ていた。


「間違いありません。“難民”たちが口々に申していた特徴そのものです」


「まるで雑巾のようだな」


 聖女とは、唯一無二の力を持つ女人のことである。神が選ぶ国もあれば、類い稀なる力を持つことからその地位を与える国もあるが、選ばれし者であることに変わりはない。


 本当に聖女かどうか疑わしい(なり)をしている少女が、たった今男の前に連行されてきた。


 男は冷たい眼差しで少女を見ていたが、実物を見た今興味を失ったのか、静かに立ち上がる。


「適当な部屋に押し込んでおけ。ただし傷はつけるな」


「──はっ!」


 抑揚に乏しい声で言った男の顔を見ないよう、騎士たちは深く敬礼しながら去るのを待つ。


 息を呑むほど冷たいアイスブルーの瞳が、少女から逸らされる。さらりと揺れた男の髪は銀髪で、顔は彫刻のように美しい。


 男が去ると、その場にいた者たちは力が抜けたのか、次々に息を深く吐いていった。



 ここは大陸の北にある大国・オヴリヴィオ帝国。その若き皇帝であるヴィルジールは、氷帝と呼ばれている。


 逆らう者には一切容赦のない、冷酷無慈悲で残忍はヴィルジールは、己の身ひとつで玉座を手に入れた男だ。


 ヴィルジールは先帝の十二人目の子だった。上にも下にもたくさんの兄弟がいたが、自身の即位の折に唯一慕ってくれていた弟の一人を除いて、全員を皆殺しにした。


 逆らう者には罰を、罪を犯した者のことは氷漬けに。慈悲の欠片もないその姿からついた渾名は、氷帝。


 皇帝になるために、実の父親をも手にかけたヴィルジールは、桁違いの魔力で人々を圧倒し、屈服させた、血も涙もない男なのである。


「──おかえりなさいませ、陛下」


 執務室へ戻ったヴィルジールを出迎えたのは、過労でふらついている側近・エヴァンだった。山のような書類を両手で抱えながら、ゆっくりと頭を下げる。

 当然、書類の山は雪崩の如く崩れていった。


「……エヴァン」


「申し訳ありません。徹夜続きで今にも召されそうなのです。私に仕事を押しつけたどこかの誰か様のせいで」


「無駄口を叩く暇があるなら働け」


 へらりと笑って、エヴァンは書類を拾い始めた。

 誰もが恐れる男を前にしても臆さないどころか、本人の前で不満を口にしているエヴァンは、この国の宰相だ。


「例の聖女様をお連れになったそうですね。どのような方でしたか?」


 エヴァンは散らばった書類を拾い終えると、紅茶を淹れてヴィルジールの前に置いた。ついでに自分の分も淹れ、ヴィルジールの執務机の側にある朱塗りのソファに身を預ける。


 ヴィルジールは紅茶を眺めながら、ぼそりと呟いた。──まるで雑巾のようだった、と。

新作です…!よろしくお願いします☺︎

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ