必ず巡り合う
目を閉じた私は、体が灼熱の炎に包まれて焼かれていくのを感じていた。
「リル! リル!!」
近くで私を呼ぶロロの声が聞こえた。
彼は燃える私の体を抱きしめて、必死に名前を呼んでくれている。
良かった。
……ロロは無事みたい。
加護が……上手く渡せたんだね……
ロロに加護の力を全て渡したようで、体の中には何も残っていなかった。
だから私の体は炎で焼かれて……
焼かれて……
…………ん?
よく感覚を探ると、ジリジリ日焼けしているような熱さは感じるけれど、焼かれてはいなかった。
「あれ? 焼かれていない……」
目を開けると、炎の中でフワフワ浮かんでいた。
ロロに抱っこされながら。
「リル!? 大丈夫? どこも痛くない?」
ロロが私の瞳を覗き込む。
私の瞳に泣きそうなロロの顔が映り込んだ。
「大丈夫だよ。ロロは?」
「ボクも平気。でも、リルが死んじゃうかと思ってびっくりした……」
泣き虫なロロが俯いて涙ぐんだ。
私はヨシヨシと白いフワフワの髪を優しく撫でた。
そうしている間も、水の中を漂っているように、ゆっくりゆっくり2人で炎の中を沈んでいく。
不思議な光景だった。
炎の底の台座に2人で降り立つと、大きな聖なる炎がまるで吸い込まれるかのように、ロロの体の中に入っていった。
それが終わると、一瞬の間があいてから、またボッと炎が発生した。
私たちは全く熱くない炎に包まれながら、呆然とお互いを見合わせた。
そして示し合わせたように2人で台座から降り、炎の中から出た。
熱くはないけど、炎の中は何故か息苦しく感じる。
「…………」
2人してほけーっと炎を眺めていると、ロロがおもむろに口を開いた。
「……この炎に飛び込むことが〝試練〟のクリア条件だったらしいよ」
「そうだったんだ。……炎に焼かれて……炎の中で生まれ変わるってこと?」
私は夜に、炎の中で眠るフェニックスを見ながらロロが呟いていたセリフを思い出していた。
「うん。認められて、この聖なる炎の力を授かったみたい」
ロロが燃え上がる炎を感慨深く眺めていた。
「……私の加護は、渡さなくても大丈夫だったんだね。まぁでもこれからロロを守ってくれるだろうし、渡せて良かった」
「……ありがとう。あの……とっても嬉しかったから……その……」
ロロが歯痒そうに赤くなって俯いた。
「??」
「えっと……あ、これも貰ったよ」
ロロが軽く握った右手を差し出してきた。
そしてゆっくりと手を開く。
私はロロの手の上を覗き込み、首を傾げた。
「……指輪? それも2個?」
ルビーのような赤い石が一粒埋め込まれた、シンプルなゴールドの指輪が2個並んでいた。
「リルも一緒にクリアしたって認めてくれたんだ」
「……さっきからやけに詳しいけど……誰が教えてくれているの?」
「もちろんフェニックスだよ。聖なる炎の力を授かってから、フェニックスの声が分かるんだ」
ロロがそう言うと、待ってましたと言わんばかりに、フェニックスが私めがけて飛んできた。
そして顔をグリグリと私のお腹らへんに擦り付けてくる。
聖なる炎で私も生まれ変わったからか、フェニックスの炎は全く熱くなかった。
「わぁ!? ……これはじゃれついてる?」
私がフェニックスの頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。
「聖獣も精霊の一種なのかな? だから私と遊びたかったのかな? わわ!?」
フェニックスのグリグリが強くて、後ろにひっくり返ってしまった。
素早く回り込んだフェニックスが、背中の羽毛で私をキャッチする。
「……ありがとう」
私は近付けてきたクチバシを撫でた。
「私を聖なる炎に放り投げたのも、はやく触れ合いたかったから?」
フェニックスは返事かのように『キュルキュル』と鳴いた。
「そろそろリルを返して」
珍しくぷんぷん怒っているロロが、私の腕を掴んで立ち上がらせた。
そしてフェニックスから離すように、私を自分の方へと抱き寄せる。
ロロがそうしてフェニックスに威嚇している間に、私の体がオレンジ色に光り始めた。
ーー帰る時が来たんだね。
私は静かにそう思った。
「リル!?」
オレンジ色の光に包まれた私を見て、ロロは驚いて目を見張った。
私はロロと向かい合うように立ち、ニッコリと笑う。
「帰るのはすごく嫌なんだけど……私の役目は終わったみたい。〝試練〟がクリア出来て本当におめでとう」
「……嫌だ。リルと離れるなら〝試練〟なんて終わらせなければ良かった!」
ロロがその大きな瞳に涙を浮かべる。
私の大好きな王子様は〝試練〟がクリア出来ても相変わらず泣き虫だ。
私が苦笑すると、彼はとうとう涙をポタポタとこぼした。
涙を流し続けるロロが、そっと私の左手をすくい取り、薬指にあの赤い石が入った指輪をはめてくれた。
そしてそのまま、ロロは私の左手を宝物のように優しく両手で包み込む。
「……ボクも愛してるから、帰らないで。リルがボクのお嫁さんになって?」
「…………ロロ……」
ロロのストレートな言葉に、心を打たれて涙があふれた。
彼に加護をかける時に私が叫んだ『私の愛するロロに、この加護の力を授けて下さい』の返事だった。
ロロの両手に、残っていた私の右手も重ねた。
悲しくて俯いて眉をひそめると、涙がポロポロとこぼれ落ちていく。
「……私もロロのお嫁さんになりたかった」
もう最後になるからと、私の口から素直な言葉もこぼれ落ちていく。
「リル……」
ロロが私から両手を離すと、私の両頬をまだ小さなその手で包んでムギュムギュした。
「フフッ……」
私の真似をして元気付けてくれてるのかな? と思って、泣きながら顔を上げて少しだけ笑う。
するとロロが背伸びをした。
一瞬だけ唇と唇が触れ合う。
「リル。諦めないで。絶対にボクが助けに行くから。そんな怖い王様になんかリルをあげない」
涙で濡れているけれど、力強い眼差しでロロが宣言してくれた。
「……ありがとう。ロロ」
感極まった私は、ロロをギューッと抱きしめた。
彼も一生懸命、私の背中に腕を回して抱きしめ返してくれる。
いよいよ強く、私の体がオレンジ色に光った。
まばゆい光に包まれて、私と外との境界線があやふやになっていく。
何も見えなくなっていくーー
目が開けていられないほどの光に、私は瞼をギュッと閉じた。
「リル、リル。行かないで! ずっとそばにいて!」
ロロが願い事を叫び続ける。
私の体をきつく抱きしめながら。
「ロロ! 私も……ロロとずっと一緒にいたい!」
そう叫んでロロを抱きしめた時には、もう彼の温もりは腕の中に無かった。
思わず目を見開くと、オレンジ色は無くなっており、暗闇がどこまでも広がっているだけだった。
「……ロロー!! うわぁぁぁぁぁ!!!!」
いつもなら怖くて震える暗闇の中、私の心の中にはロロを失ってしまった悲しみだけが溢れていた。
ーーーー
私はいつまでもいつまでも、愛しい彼の名前を泣き叫び続けていた。