もし貴方が望むのなら
私はロロがフェニックスと呼んだ聖獣を眺めた。
美しい赤い鳥は、起きてはいるけど動く気配は全く無かった。
すると台座の大きな炎が、ひときわ大きく燃え盛った。
炎から出る熱気の渦が私たちを包む。
「あっつ……」
私とロロは2階のフロアの端からいったん離れ、壁際に避難した。
私はひたいにかいた汗を拭いながらロロに言った。
「どうやらここが聖獣のいる場所みたいだね」
「…………」
ロロは恐怖からか、口を閉じて固まってしまっている。
「大丈夫だよ。ロロも見たでしょ? 大きな大きな鳥だから、神殿の扉は通れない。もしフェニックスがここまで来たら、入ってきたあの扉から逃げれば、追ってはこれないよ」
私の言葉を受けて、ロロはチラリと扉を見た。
そして私に視線を戻し、納得したのかゆっくりと頷いた。
…………
無理もないよね。
私だってあんな聖獣を相手にするなんて怖い。
けれど私は大人だし、導く者として呼び出されたんだから……ロロに弱音は吐きたくない。
私は首をかしげて聞いた。
「ロロは聖獣のことを知っているの? 名前を知っていたし」
彼はまだ不安で瞳を揺らしながらも、懸命に答えてくれた。
「う、うん。本で読んだことがあるんだ。燃え盛る炎を身にまとう鳥で、死んでしまうと炎の中で再生する……不死や再生の象徴の聖獣……」
「えぇ……」
「…………」
「…………」
私とロロはおそらく同じことを思って見つめあった。
不死? 再生?
倒せるのだろうか?
ーーーー
嫌な沈黙を先に私が破る。
「うん、まぁ〝試練〟ってだけだし、案外一撃入れたらクリアとかかもしれないよ? クリアの条件ってよく分かっていないんだよね?」
私は努めて明るく言った。
ロロが前に言ってた説明では『倒すことだと思うよ』という予測と『クリアした人はいない』ということだけが分かっているから。
あのフェニックスを倒すなんて、大人でも無理だ。
だからクリア条件がもっと優しいんじゃないかな?
というか、そうであって欲しい。
「でも……あんなに燃えている鳥に、そもそも剣が届かないよ。近付けないから」
ロロがもっともなことを告げた。
「…………火を……消せばいいんじゃない?」
私は案を無理矢理絞り出して、フロアの端っこに近付いた。
何かしてみないと始まらないよね。
ロロに頼られている私は、何か解決策を見つけないと……
私は手を組み合わせて祈りを捧げた。
「精霊様。力をお貸し下さい」
私は水の精霊の力を借りて、フェニックスに水を浴びせてみた。
効果は今ひとつで、降りかかる前に炎で蒸発してしまう。
フェニックスも、何ごとも無かったかのように微動だにしない。
いつの間にか私の隣にロロも来ており、フェニックスを眺めながら呟いた。
「水は効かないみたいだね……」
「それならっ!」
私は風の精霊の力を借りて、突風を巻き起こした。
フェニックスの体を包む炎が一瞬弱まるけれど、またすぐに轟々と燃え盛る。
フェニックスは『何かあったのかな?』というように首をキョロキョロさせると、またじっとした。
私は悔しくてフェニックスを睨みつけた。
「…………もっと強く吹かせたらいいのかな?」
そして何度か風の魔法を繰り返しぶつけた。
強さや長さ、向きなんかも変えてみたけれど、結果に違いは無かった。
炎が弱まりはするけれど、すぐに燃え盛る。
「うーん……風も効かない」
「リル、尾羽の先だけ炎の形が違うよ」
ロロがフェニックスの後方を指差して続けた。
「あれだけ風が吹いてもあまり変化しないんだ」
「あれか……よーし」
彼が指差す方を見ると、フェニックスの尾羽の先に火の玉みたいな形をしている炎があった。
私はそこに集中して風を吹かせ、空間を切り裂いた。
火の玉がパリンと割れるように無くなると、フェニックスの全身から炎が消えた。
10秒ぐらい経つと、またボウッと炎が復活するのが見てとれた。
けれど、一撃でも攻撃するには十分な時間だ。
「やったぁ!」
その光景を目の当たりにした私は、ロロの手を取って喜んだ。
ロロも私に釣られてちょっとだけほほ笑む。
良かった。
これで攻略の糸口ができた!
それにしてもこの部屋あっつい!
……暑過ぎない?
あれ??
「リル!?」
ロロの叫び声に気がつき、彼の目線の先を辿ると、上空へと飛び立ったフェニックスが目の前に迫ってきていた。
さすがに気付かれたようだ。
「扉へ!」
私とロロは扉に向かって一目散に駆けた。
その間にフェニックスが身をかがめて2階のフロアへと入り込んでくる。
隣で走るロロから小さな声が聞こえた。
「あっ」
足がもつれたのか、振り返るとロロが転んでしまっていた。
「ロロ!?」
私は慌てて戻ると、彼を守るために覆い被さり目を閉じた。
フェニックスは鳴き声を上げながら、低く滑空して迫って来る。
「!!!!」
次の瞬間、フェニックスが私の頭上スレスレを飛んでいったのを感じた。
熱風が吹き抜けると、熱い炎に包まれた。
「ギャー!! 熱い熱い…………あれ? 熱くない!?」
私はすばやく体を起こして辺りを見渡す。
床にはフェニックスが通った跡として、黒く焦げた道のようなものが出来ていた。
その黒い線上にいる私とロロは、何故か無傷だった。
「はっ!? 私の加護!?」
今まで使うことの無かった加護の力が、いかんなく発揮されたようだった。
「リル、逃げようよ!」
ロロが素早く立ち上がって、加護に驚いている私の手を引っ張った。
フェニックスを見ると、大きく旋回して再びこちらに向かってこようとしている。
そのフェニックスと目が合ったように感じた。
……私を見てる?
「リル、早く!!」
「……うん!」
ロロに催促されて、私はやっと足を動かした。
そして今度こそ無事に扉の中へと逃げ込んだ。
ーーーーーー
「はぁはぁ……」
大広間から少し離れた部屋で、私たちは床にしゃがみ込んでただ大きく息をしていた。
こんなに走ったのは久しぶりだ。
「リル……怪我してない?」
だいぶ呼吸が整ってきたロロが、顔を上げて私に聞く。
「うん。……私には精霊の加護が宿ってるの。だから無傷だったみたい……」
私は言い終わると、大きく息を吐いた。
深呼吸に切り替えて、心も体も落ち着かせる。
そしてロロを見て言った。
「それで……ね、考えたんだけど……」
「何??」
「加護持ちの私を盾にして戦ったらどうかなぁ?」
「え? 嫌だよ」
「…………」
あの可愛らしいロロから、まさかの強めの否定を食らった。
「いい作戦だと思ったのになぁ」
私は神殿の美しい朱色の天井を見ながら呟いた。