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いつから待っているの?


 私の住んでいるお城は、古い古い年代物で、石造りのどこか冷んやりした雰囲気が漂う古城だった。

 物心ついたころから、どこかおどろおどろしい廊下や、使わない部屋に恐怖を感じていたけれど、子供なら誰もが抱くようなものだった。


 けれど、私が5歳になったある日……見てしまったのだ。

 黒髪の男性の幽霊を……




 どんよりとした空模様のその日、長く続く廊下の奥は真っ暗になっていた。

 そこの柱の影から、サラサラした黒髪が少しだけ見えていた。


「!!」

 廊下を1人で歩いていた幼い私は、ピタリと立ち止まって思わず息を止めた。


 進みたい方向に変なものが見える。

 

 何かなあれは?

 ……人?

 背が高いなぁ……


 幼い私は嫌な予感がしながらも、その髪の毛に釘付けになっていた。

 すると次の瞬間、スッとその髪の毛が動いて、顔らしきものが少しだけ柱の影から出てきた。

 そしてその髪の毛の奥にある鋭い目が、私を射抜いた。


「うっ、うっ……うわーん!!」

 私は急いで、もと来た道を引き返し、パパとママのいる部屋に飛び込んだ。


 2人はティータイムを楽しんでいたようで、ソファでくつろぐママの膝に私は飛び込んだ。

 パパとママがギョッとしながら聞いてくる。

「どうしたの?」

「そんなに泣いて、何かあったのかい?」

 優しい2人が、泣きじゃくる私を必死になだめた。

 パパがヒョイと抱き上げてくれて、ママは私の背中を優しく撫でた。


「お化け! 何か怖いのがいたー!」

 私は涙でぐちゃぐちゃになっている顔を上げ、空を仰いで泣いた。

 

 ママが私の頭をヨシヨシ撫でながら聞く。

「……どんなお化け?」

「っく、黒い髪……」


 パパが私を落ち着かせるために、優しく見つめながら聞く。

「何かされたのかい?」

「見てきた! 私を怖い目で見てきたの!」

 私はその時の恐怖を思い出して、わんわん泣いた。


 パパとママはお互い顔を見合わせて、目を(またた)かせていた。


 そしてパパとママが順番に私に言い聞かせる。

「大丈夫だよ。何も怖いことはしないから」

「そうよ。リルは精霊さんがたくさん寄ってくるように……ちょっと変わったものも寄ってくるのよ」

 パパとママは子供の戯言たわごとだと思ってか、あまり信じてないような返事をした。


「うぅぅ……もう暗い所やだぁ。光の精霊さん! 力を貸して下さい!」

 私は手のひらの上に魔法で光を灯した。


 こうして、私は暗い所が大嫌いになった。

 暗い所は必ず魔法で光を灯して移動した。


 それなのに、気を抜いた時にあの黒髪の幽霊を見てしまう。

 初めは顔のある位置が高すぎて生首かと疑っていた。

 けれど、ちゃんと体がついているのを見た時もあった。

 

 その幽霊は私に何をする訳でなく、いつも廊下の奥にただ立っているだけだった。

 でもそれが、本当に本当に怖かった。




 もう黒い髪を見ただけで、条件反射のようにビクッとして心臓がドキドキする。

 立派なトラウマだ。


 どうやら私にしか見えないようで、幽霊の話は誰も信じてくれていない。

 家族や城で働くみんなには、私だけが見える精霊の一種として処理されていた。


 ……絶対精霊じゃないよね。

 悪い何かだって!


 私は幽霊を見るたびに、恐怖と共に理解してもらえないやるせなさを感じていた。




**===========**


 ガタゴト、ガタゴトと、私は長時間馬車に揺られていた。

 マリーニ国を船で出発し、大陸に渡ってからはこの馬車に乗って移動し続けている。


 向かいには、自国からついて来てくれたメイドのダーナが座っていた。

 窓から見える変わらない景色をぼんやり見ていた私は、ため息をつきながらダーナを恨めがましく見た。

「はぁ……だからってこの扱いは酷いんじゃない?」

 私は自分の両手に目を向けた。

 ロンググローブの上から手枷をされている。


「リル様が逃げるからですよ」

 ダーナが私を無表情で見つめ返していた。

 彼女は私の幼馴染であり、長年付き合いのある優秀なメイドだった。

 私を()()()()()には適任だ。


 エトバール国王との結婚が嫌すぎて、お兄様と喋ったあのあとに、私は脱走を企てた。

 朝から姿をくらませると、私が行方不明になったと城内が騒がしくなった。

 それが落ち着いた夜に、万全の状態で城壁から飛び降りて逃げ出すつもりだった。


 ……けれど着地をした城壁の外には、ダーナが待ち構えていた。

 そして見事に捕縛される。


 その事件があったからか、その後すぐさま大国へ行く日程が決定した。

 私はマリーニ国で綺麗に着飾ってもらって、みんなに祝福されながら見送られた。


 手枷をつけて、ダーナに寄り添われたまま。


 ……これじゃぁ連行じゃない。


 私はダーナにウルウルした瞳を向けた。

「可哀想だと思わない? 好きでもない人に嫁ぐんだよ?」

 泣き落とし作戦だ。


 けれどダーナは冷ややかな目で、私を見下しただけだった。

「大丈夫です。リル様はエトバール国王に大事にされますよ。何やらどストライクの外見だそうで」

「…………」

「あとはリル様の加護の力に興味があるとか?」

「…………」

「マリーニ国の安泰の為に頑張って下さい」

 

 押し黙っていた私は、ゆっくり口を開いた。

「……私って……生贄?」

「…………」

 今度はダーナが押し黙ったままニッコリと笑った。


「かーえーりーたーいー!!」

 無駄だと分かっていながらも、私は叫んだ。




**===========**

 

 そしてそのまま、エトバール国王の住む城に着いてしまった。

 馬車を降りる直前に手枷を外されて、何食わぬ顔をしたダーナが背後にピッタリと付き添う。

 

 逃げないように、徹底的にマークされてる……

 

 怪訝(けげん)な表情でダーナを見つめていると、私たちを案内してくれる従者が来た。


「マリーニ国のリル姫様。ようこそお越しくださいました。エトバール国王様がお待ちしておりますので案内しましょう」

 人の良さそうな従者がニコニコしながら礼をする。

 一応、歓迎はされているようだ。

「分かりました。お願いします」 

 私は嫌々ながらも笑顔を取り繕った。



 

 立派な廊下を歩いていると、このお城の従者たちが私に気付き仕事の手を止める。

 私がマリーニ国から来たお姫様だと分かると、何故か生温い眼差しを向けてほほ笑まれた。

 そして深々と礼をされるまでがセットだった。


「??」

 従者たちの不思議な反応に、私は目だけをキョロキョロさせて原因を探る。

 すると背後から彼らのヒソヒソ声が聞こえた。


「噂通りの……」

「なんて可愛らしいお姫様……」

「国王様も満足…………」


「え? 立ち止まって詳しく聞きたいんだけど」

 思わず後ろにいるダーナに言葉を投げかけた。

 歩き続けているから、ヒソヒソ声が最後まで聞こえない。


 ダーナが目の奥が全く笑っていないほほ笑みを浮かべた。

「……本当に最後まで聞きたいですか?」

「…………」

「そのうち分かるのに?」

「…………」


 ダーナの圧に負けて、私は前を向いた。


 嫌だ嫌だ。

 年上で少女趣味で、冷徹非道な黒髪の大柄な国王様。

 何一つ好きになれそうな所がない!!


 苦々しい表情を浮かべながらも、国王様のいる部屋の扉の前についてしまった。

 そして案内してくれた従者の手によって扉が開かれると、念押しかのようにダーナに背中を押された。


「ぅわぁっ!」

 私は否応なく中に押し込まれた。




 ーーーーーー


 部屋に飛び込むように入った私は、ドレスのスカートを整えながらゆっくりと前に向いた。

 青い道のようなカーペットが続く先に、王座に座る男性が見えた。

 

 その男性がやっぱり黒髪だったので、恐怖が湧き上がり心臓がギュッとなる。


 私はこれ以上怖くならないように、下を向いた。


「もっと近くに」

 国王様の低い声が部屋に響いた。

 

「……はい」

 私は消え入りそうな声で何とか答えた。

 それからカチコチな手足を必死に動かす。


 青いカーペットを見つめたまま歩く私を、国王様がずっと見ている視線を感じる。


 だいぶ近づいた所で、国王様が息を呑んだ。

「……その服……」

 エトバール国王がそう言って席を立った。

 私は立ち止まって彼の方を見てしまった。


 ……立ち上がった彼は、背が高くてスラリとしていた。

 


「!?」

 再び恐怖に襲われた私は、すぐさま俯いて自分の服に目をうつした。

 今着ているのはマリーニ国の伝統的なドレスだ。

 胸の下を幅広の布でギュッと絞り、背中でリボンになっていた。

 前で開いたデザインのオーバースカートの下から、繊細な刺繍模様が入ったアンダースカートがのぞいている。

 

 

 …………


「もっと子供っぽい服が良かったですか?」 

 テンパった私は、思ったことを口にし続けた。

「大人だと分かるように、胸を強調したのが悪かったのでしょうか?」

 目を白黒させながら、私は冷や汗をかいていた。


「違う…………」

 エトバール国王が低い声で否定した。

 

 国王様から不機嫌なオーラを感じる?

 ……やっぱり怖い。

 黒髪だし、でかいし。


 その時、エトバール国王が震える私に手を伸ばしてきた。

 「ひっ」

 私は思わず目をギュッとつぶった。


 何されるんだろう?

 怖い。

 怖いよっ。

 ……誰か……助けて!!




 ーーそう思った時だった。

 辺りが突然オレンジ色に輝き始めた。


「何!?」

 身構えながらも輝きを放つ地面を見ると、私を中心に細かい文字が並んだ大きな魔法陣が現れた。


 え?

 えぇ??


 何が起こっているのか分からなかったけれど、どこか懐かしいような暖かな光に包まれて、自然に目を閉じた。




「ーーーーリル!?」


 意識を失う直前に、誰かに名前を呼ばれた気がした。




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