渡るツバメの背に乗って
時間が取れたとは言え、すぐ王の前に通されるとは限らない。
謁見の間の前の控えの間でしばし待つ間に、アリーニン家の従者が主人を訪ねて来る。
アリーニン伯爵は従者から耳打ちを受け、手紙を受け取っていた。早速手紙を開け、目を走らせている。
ルーフィ・アリーニナの容態に関する連絡か。問う前に、謁見の間へと進む許しが出た。
謁見の間には父だけでなく、宰相をはじめとする重鎮数人が待ち構えていた。父の左右の椅子に、母と私が座る。
ひとり陛の下に残されたアリーニン伯爵は、緊張も怯えもない様子で跪いた。
「ニコライ・アリーニン、召喚にて馳せ参じました」
「面を上げよ」
陛の下で跪くアリーニン伯爵を見下ろし、父は口を開く。
「騒動については聞いた。手違いでそなたの大事な娘を害したと」
「その件ですが」
アリーニン伯爵は手紙を取り出して言った。
「先ほど家から連絡があり、解毒薬で症状は落ち着いたと。まだベッドから出られる状態ではないそうですが、回復に向かうだろうと言うことです。そして、毒についても見解が」
手紙に目を落としながら、アリーニン伯爵は続ける。
「どうやらあの種の植物は、本来日陰に育つ植物だそうで、それを無理に日向で育てた場合、身を守るために通常は作らない色素を作るそうです。それが、人体には毒となる、と」
「そうか」
「さようでございます。ただ、本来日向では育たない植物で、日陰で育つ分には毒性を持つことはないため、日向で育つとどうなるかも、毒性を持つ場合があることも、ほとんど知られていないとのことです。娘も、実験中偶然知っただけだそうで」
知らなくても無理のない知識だし、自分も無事なのでどうか誰も罰さないで欲しいと娘から言伝てがと、語るアリーニン伯爵へ、父が待ったを掛ける。
「待ってくれ」
「はい」
従順に従う伯爵に、父は問い掛けた。
「娘、と言ったか?その、毒草について知っていたのは」
「はい、いまお伝えしたのは娘の書いた手紙の内容ですので。と言っても、我が家の抱える薬師と、共同で実験しておりますから、娘ひとりの功績ではありませんが。娘が毒の種類を特定し、それをもとに薬師が解毒薬を作ったそうです」
語るアリーニン伯爵の口調には、誇張も嘘も感じられない。しかしその内容は信じ難く。
「王宮に仕える庭師より、伯爵令嬢の知識が勝ると?」
「そんな馬鹿な」
囁き交わされる言葉は懐疑的なものだった。父もまた、疑いの目を向けている。
深く、アリーニン伯爵が息を吐き出す。
その目が失望を浮かべて見えて、騒いでいた重鎮たちが呑まれたように言葉を止める。
「いずれにせよ」
声はあくまで丁寧に、アリーニン伯爵が告げた。
「娘は無事一命を取り留めました。その上で、どうか寛大な処置をと願っております。私としても、ことを荒立てるつもりはありません。娘が無事ならそれで良いのです」
「だが、」
「とは言え」
伯爵が父の声など聞こえなかったように続ける。
「父親としては文字でなく、実際に動く娘を見て、無事を確認したく思います。陛下もお忙しい御身でしょう。どうぞ、召喚の目的をお済ませ下さい」
謝罪することも無事を喜ぶことも、アリーニン伯爵は許さなかった。否、謝罪する隙も無事を喜ぶ余地も、あるにはあった。開口一番謝罪していれば。毒の話を聞くより先に、無事を喜ぶ言葉を上げていれば。
アリーニン伯爵は、耳を傾けてくれたのだろう。父は、その機を逃したのだ。
今から謝罪を並べても、喜びを口にしても、それは早く娘の無事な姿を見たいアリーニン伯爵の妨害になってしまう。
「……エーデルシュバルツからの、縁談の件だ」
「お受けしたく思っております。どうかお許しを」
あまりにも、簡潔な答えだった。誰もが瞬間、言葉の意味を取り逃して場を天使が通り抜けるほどに。
「そなたには、内々に、娘を第一王子妃にと、話を持ち掛けていたが」
「娘が、エーデルシュバルツ閣下の求婚を受け入れたいと申しておりますので」
アリーニン伯爵が目を細めて、私としても、それが望ましいだろうと思っております、と続けた。
「我が国の第一王子妃より、異国の辺境公夫人の方が良いのか」
「いいえ」
アリーニン伯爵は迷いなく首を振った。美しい金髪が、さらりと揺れる。
「地位は大きな問題ではありません。娘が幸せになれるかどうかです」
貴族らしからぬ言葉を聞いて、重鎮たちが鼻白む。
「エーデルシュバルツ閣下は娘の能力を疑わず、高く評価した上で、娘を守り、自由に生きる場を与えると申し出て下さりました」
同じ内容を、つい先ほども聞いていた。ルーフィ・アリーニナの価値。それを、あの魔王は理解していると。
まるで、私や父や母は、理解していないとでも言いたげに。
「娘の、ルーフィ・アリーニナの功績を疑い、毒を与えるこの王宮とは違って」
否。事実言って見せた。忌憚なさ過ぎる言葉に重鎮たちがざわつく。父も母も、驚いたようだった。
「毒は、わざとでは、」
「もしまた同じ状況になったとして」
目をそらすことなく父を見据えて、アリーニン伯爵は告げる。
「それが命を落とすような毒だとしても、娘は同じように、黙って毒を受けるでしょう。自分さえ我慢すれば、罰されるものが減るならばと」
この王宮では、娘は長く生きられません。
「そんなことっ」
思わず立ち上がって叫んだ私に、アリーニン伯爵が目を向ける。その目が、毒花を差し出しておきながら?と責めているように思えて、二の句を継げなかった。アリーニン伯爵は、そんな私から目を外し、父を見上げた。
「ルーフィは、エーデルシュバルツ閣下に嫁がせます。それが、アリーニン伯爵家の出した結論です。これはアリーニン伯爵である私の意思であり、また、求婚を申し入れられたルーフィ本人の希望でもあります」
宣言して、跪き、頭を垂れる。
「どうか、お許し下さい」
父が答えないまま、しばらく。微動だにせず頭を垂れ続けていたアリーニン伯爵が、頭は上げぬまま言う。
「エーデルシュバルツは、もし求婚を受けることで、国内でのアリーニン伯爵家の立場が悪くなることがあるのなら、親類縁者領民すべてまとめて、エーデルシュバルツで引き受け保護すると」
「なっ」
息を飲んだのはひとりではなかった。頭を垂れたまま言葉を落とすアリーニン伯爵の、表情は見えない。
「長年、庇護し重用して頂いた恩があります。どうか私に、国を捨てさせないで下さい」
「脅す気か!」
「いいえ」
気色ばんで怒鳴った重鎮に答える声は、対照的に静かだった。決して顔を上げることはなく、アリーニン伯爵は続ける。
「覚悟を、述べているのです。妻も息子たちも、賛同しました。ルーフィの幸せのためならば、国を捨てることも厭わないと。だからこそ!」
謁見の間に通されてから初めて、アリーニン伯爵が声を張った。それでも頭は、垂れたままで。
「『ルーフィとエーデルシュバルツ閣下の婚姻を認めて欲しい』この願いを受け入れて下さるなら、より一層の忠義と献身を、国と王家に捧げましょう」
どうか娘に、望む相手との婚姻を。
そして再び、父の答えを待つ。
「面を上げよ」
父が重い口を開く。アリーニン伯爵がおもむろに顔を上げた。
「そなたの願いはわかった。国益に関わることゆえ、この場ですぐには決められない。が、伯爵とルーフィの意向は、最大限酌めるよう配慮しよう」
「寛大なお言葉、ありがとう存じます」
「いまは娘が心配だろう。もう下がって良い」
「はっ、それでは、御前失礼致します」
立ち去るアリーニン伯爵を見送って、父は深く息を吐いた。
「お前が」
ちらりと母を一瞥して、父が言う。
「失策とは珍しいな」
「……お恥ずかしい話です」
「いや。ルーフィを取り込めなかったのは痛いが、アリーニン家は息子も優秀だ。ルーフィと引き換えにアリーニン伯爵とその息子がより一層国に尽くすと言うなら悪い話ではない」
その話は、まるで。
「諦めるのですか、ルーフィ・アリーニナを」
間近で見たルーフィ・アリーニナは、予想以上に美しい少女だった。豊かな金の巻き毛は毛先までよく手入れされ、晴れ空の瞳は澄み渡り、白い肌は曇りひとつなかった。初めて出会った、母以上に美しい娘。あれを見たあとで、ほかの娘を妃にするなど。
「罰されるものが出ることを危ぶんで言わなかったのだろうが」
父が私に目を向けて言う。
「『恐ろしい思いをしたのでもう王城には行きたくない』と言われれば反論出来ないことをしたのだ。他国の後ろ楯がある令嬢相手に。あちらが穏便に済ませようとしているうちにこちらが折れなければ、どれだけ事を荒立てられるか、わかったものではない」
「恐ろしいと言うならば、エーデルシュバルツの方がよほど、」
「そうだな」
父が目をすがめ、頷く。
「お前が毒に苦しむルーフィ・アリーニナの手を伯爵夫人より早く握り、心からの心配を見せて、心配だからとアリーニン伯爵家の屋敷まで付き添っていれば、あるいはルーフィから信頼を獲られたかもしれないな」
父が目を移し、母を見る。
「お前が、残ると言った伯爵に、王には自分が事情を伝えるから、伯爵もルーフィに付き添って帰って良いと伝えていれば、伯爵の評価もまだマシだっただろう」
そして父は、アリーニン伯爵がいた場所に視線を向けて、自嘲混じりの笑みを浮かべた。
「私もだ。縁談を持ち掛ける前に、ルーフィ・アリーニナとはどんな少女なのか、いかにして功績を打ち立てたのか、もっとしっかり調べ、根回しも済ませておかねばならなかった。王家との縁談は名誉だ。断るはずがないと、本来尽くすべき誠意をないがしろにした。王家はルーフィ・アリーニナの価値を理解していないと判じられても、言い訳の余地もないな」
「そのような。アリーニン家は伯爵家です。王家の意向に逆らうなど、許される立場では、」
「その態度を」
重鎮のひとりに厳しい目を向けて、父は鋭い声を放つ。
「取れるだけの国力を持つエーデルシュバルツの王弟は、一切権力も暴力も見せることなく真摯にルーフィ・アリーニナとアリーニン伯爵家へ、どうか縁談を受けてくれと頭を下げた」
「強行策を取れば不利益もありますから、穏便な方法を取ったまででしょう」
「エーデルシュバルツ公は、国や家に命じられれば逆らえないルーフィのために、誰より先にルーフィ本人に話を通したそうだ。アリーニン伯爵を頷かせさえすれば、ルーフィ本人の意思など関係なく、縁談は進められたと言うのにだ」
「それはアリーニン伯爵家が、ルーフィ・アリーニナの意思を重視すると」
「そうだ」
父が、母を、私を、そして重鎮たちを見渡す。みな、視線に縫い付けられたように、言葉をなくして父の言葉を待った。
「条件は、エーデルシュバルツ公も王家も同じであった。だが、行動が全く違った。アリーニン伯爵家の仕える王の家であることにあぐらをかき、誠意を一欠片たりとも見せなかった私たちと、誠意を尽くしてルーフィ・アリーニナと向き合ったエーデルシュバルツ公。そしてルーフィは、エーデルシュバルツ公を選んだ。彼女の求めるものが、名誉でも地位でもなく、誠意であったからであろう」
父が息を吐く。片手で額をおさえ、首を振った。
「事この件に限るならば、ルーフィ・アリーニナが選ぶ立場であり、王家とエーデルシュバルツ公は選ばれる立場であった。地位は関係なく、だ。そして王家は選ばれなかった。当然であろう。私が同じ立場でも、エーデルシュバルツ公を選ぶ」
「陛下、なんと言うことを」
「そなたも考えてみるが良い」
父は笑う。皮肉げに。
「ルーフィから見ればどちらも敵地だ。味方はいない。その敵地へ誘おうと言うのに、片や持てるすべてで味方すると申し出、片やなにも助けはしないどころか、毒花を差し出して手に握らせたのだ。どちらの手を取りたいと思う。まして」
父はこちらを向かない。
「おそらくルーフィとエーデルシュバルツ公は、価値観や考え方が近い。対するレオニートの価値観は、ルーフィと真逆だ。ルーフィが共にいて安らぐのは、エーデルシュバルツ公の方であろう」
こちらを向かぬまま下された評価に、崖の縁に立たされた心地になる。心強い味方と思っていた父が、突然敵に転じたのだ。
「これ以上食い下がれば、アリーニン伯爵家の心は王家から離れ、エーデルシュバルツの不興を買うだろう。なれば今受け入れて、アリーニン伯爵家からもエーデルシュバルツからも、取れるだけの見返りを取るのが、国として最善の策だ。良いな」
父が目を向けたのは母。母は表情に悔しさをにじませながらも、目を伏せて頷いた。
「はい。申し訳ありません。国益のためには、ルーフィを他国に渡してはいけませんでしたのに」
「よい。エーデルシュバルツ公が我らより上手だったのだ。それに、エーデルシュバルツは、エーデルシュバルツでルーフィがなにか成果を上げた場合、それを母国に還元することを妨げないと申し出ている」
「ルーフィの生み出す技術より」
母がうつむく。いつも凛と前を見据えている母が、見せることのない姿だ。
「ルーフィ自身に価値がある、と言うことですか」
「エーデルシュバルツ公はそう評価しているのであろう。そしてアリーニン伯爵は、エーデルシュバルツ公がそのように判断していることを高評価していると見える」
「だから、エーデルシュバルツ公が選ばれたのですね」
「アリーニン伯爵が受け入れたのは、それが理由であろう」
父が答え、私へ視線を向ける。
「レオニート、もう下がって良い」
私とルーフィ・アリーニナの婚約はないと、暗に告げられたようなものだった。
拒否は許されない。この国において権力を持つのは父であり母であり、私はその後継者候補。替えのきく、候補のひとりでしかない。
わかりましたと頷いて、謁見の間をあとにする。
ルーフィ・アリーニナが私を選べば、父も母も私を褒めただろうか。
父も母も私を褒めはしない。なにをしても、出来て当然と言う態度で。そして出来なければ、失望した顔をするのだ。いまだって、ルーフィ・アリーニナの心を掴めなかった私に失望しているのだろう。ルーフィ・アリーニナが、私を選ばなかったせいで。
そう思えば、ルーフィ・アリーニナを横取りした魔王のみならず、私を選ばなかったルーフィ・アリーニナすら、憎たらしく思えて来る。
自分の価値も、いるべき場所も、理解していない愚かな娘。
天使のような娘は、同じく天使のような美貌を持つ、私の隣こそがいるべき場所だと言うのに。
わからせてやらないと。
そうだ、わからせてやれば良い。あの娘は魔王に騙され、目が曇ってしまっているのだ。この国の王子として、過ちを犯しそうなものがいるなら、目を覚まさせ、正しい方へ導いてやるべきだ。
会う理由なら、あるではないか。
私の落ち度で毒を受けさせてしまったのだ。見舞いをするのは当然のことだ。
早く、見舞いの手配をしなくては。
ё ё ё ё ё ё
私がルーフィ・アリーニナの見舞いに向かえたのは、それから二日後のことだった。時間が空いてしまったが、王族の外出は、思い立ってすぐ出来るものでもない。仕方のないことだ。
父と母は私がルーフィ・アリーニナに謝罪の意味も込めて見舞いをしたいと言うと、くれぐれもアリーニン伯爵家の人間の機嫌を損ねることのないようにと言いながらも受け入れた。
馬車でアリーニン伯爵家の街屋敷に向かう。アリーニン伯爵家の街屋敷は街の中心から外れた場所に位置しており、王城から離れているが、その分敷地が広く大きな庭がある。門から玄関まで、綺麗に敷き詰められた石畳を通って馬車が留まった、そのときだった。
馬が大きく嘶き、ガタリと馬車が揺れる。どうどう、と御者が馬をなだめる声がした。
「どうした」
外に控える護衛の騎士に問う。騎士も浮き足立った馬をなだめながら、空を見上げて言った。
「竜、が」
「竜?」
眉を寄せて、馬車の窓から外を覗く、その前に、馬の怯えの理由は判明した。
馬車の窓から見える場所に、漆黒の竜が降り立ったのだ。馬の倍以上も体高のある、細身の竜。その背から、竜に負けず劣らず真っ黒な人影かひとつ飛び降りて馬車の横を駆け抜ける。
ドンドンと慌ただしく扉を叩く人影の、背を被う長い黒髪。まるで嵐に遭ったように、髪も服も乱れて薄汚れている。
はっとして、私が馬車から飛び降りるのと、屋敷の扉が開くのが、ほぼ同時だった。
「これは、エーデルシュ、」
「ルーフィは無事ですか!?」
驚いた顔の従僕が名を言い終わるより早く、真っ黒な人影が従僕の肩を掴んで問い詰める。
「えっ、ええ、寝込んではいらっしゃいますが、ご無事で、」
「顔は、見られるだろうか」
「そっ、れは、」
「もちろんですとも、どうぞ、おいでになって」
たじろぐ従僕に代わって、答えたのはアリーニン伯爵夫人。夫人は真っ黒な人影、魔王を屋敷の中に入れると、私へと目を向けた。
「殿下、ようこそお越し下さいました。執事に案内させますので、どうぞお入り下さいませ」
アリーニン伯爵夫人は執事に場を任せ、自分は魔王を連れて行く。代わりに私を案内したのは、老齢の執事だった。
「どうぞ、こちらでございます」
執事が示すのは、夫人が向かったのと逆方向。
「私は、アリーニナ嬢の見舞いに、」
ルーフィ・アリーニナがいるのは、夫人が向かった先ではないのか。
執事はわずかに目を見張り、すぐに伏せた。
「申し訳ございません、お嬢さまはまだ寝込んでおり、とても殿下にお会い出来る状態では……」
魔王は会わせられて、私は会わせられないとでも、言うつもりだろうか。
「ゴルジェイ」
私が反論に口を開きかけたところで、別の声が空気を震わせる。
「旦那さま」
「アリーニン伯爵」
「殿下、ようこそお越し下さいました。僭越ながら娘が来るまでのあいだ、私がお相手致します。ゴルジェイ、ルーフィを応接室に呼びなさい」
「ですがお嬢さまは」
「構わない。さあ、行きなさい」
食い下がる執事に重ねて命じて、アリーニン伯爵は私へと笑みを向ける。
「申し訳ありません殿下、娘はまだ寝込んでおりまして、すぐに支度をさせますので、しばしお待ち頂けますか?」
なるほど、王族に会わせるのに、寝巻きでは外聞が悪いからか。ここで待てないと言うのは、見舞いに来た身としてよろしくないだろう。
「ええ、お待ちしておりますので、どうぞ急かさずに」
「ご寛大なお心、感謝致します。では、こちらへ。応接室でお待ち下さい」
通されたのは品の良い応接室で、すぐにお茶とお菓子も運ばれて来る。
「わざわざ殿下にお越し頂いて、申し訳ありません」
「いえ。私の不注意でアリーニナ嬢を害してしまったのですから、見舞いに足を運ぶのは当然のことです」
「お心遣い、ありがたく思います」
内々の話をすることもあるからだろう。応接室は窓のない部屋で、けれどなにか魔道具でも使っているのか、室内は明るく空気がこもった感じもしない。中心部を外れるとは言え王都にこれだけ広い家を持ち、専属の薬師を抱え、日常的に魔道具を使う。経済的に豊かな証左だ。
だからアリーニン伯爵は、娘を政治の道具に使う必要性を感じていない。
「竜が、来たようですが」
「そのようですね」
「驚かないのですね」
「領地に」
アリーニン伯爵が、困ったような笑みで言う。
「何度か訪れている竜ですので」
「領地に竜が」
「はい。なんでも騎乗用の竜だそうで、飛行速度が速い代わりにあまり重いものは運べず、攻撃魔法も使えないそうです。だから各国の通行許可も得られていると」
「通行許可」
「各個体と騎手を登録しているようです。国境での検問も受けていると聞いています」
つまり我が国でも許可していると言うことか?魔王が竜を連れて国の上空を飛ぶことを?
「重いものが運べないとは言え、大人ふたりとその荷物程度なら運べるそうですから、霊鳥よりは多くを運べます。この国には野生の竜がおりませんから、竜を使った流通網の確立が出来ることは、エーデルシュヴァルツと国交を結ぶ上で、大きな利点でしょう」
「エーデルシュヴァルツの竜を、我が国でのさばらせると?」
竜自体に攻撃性がなくとも、騎手が魔法を打てばそれは十二分な脅威だ。
「その見極めのためにも、娘がエーデルシュヴァルツに行くことは意味があります。エーデルシュヴァルツは遠い国です。ひとりでは行かせられません。多くの供を、付けることになるでしょう。エーデルシュヴァルツ側も、それは許可しています」
「自分の娘を」
海路での貿易を除けばろくに国交もない魔族の国の。
「試金石に使うと言うのですか?」
すぐ寝込むような身体の弱い娘を?
「それが娘自身の望みでもあればこそですが」
「心配ではないのですか、大事な一人娘、なのでは」
「大事な娘であるからこそ、ああもちろん、息子たちもですが」
アリーニン伯爵は微笑んでいる。自信のにじむ顔で。
「教育の手は抜いておりませんから。我が家の子供たちの審美眼を、私は信頼しています。娘も自分で見て、決めたのです。その決断には責任を持つでしょうし、決めたからにはやり遂げるでしょう。であるならば」
細められた瞳には、娘への愛情が溢れていた。
「私がやるべきは娘の決断の邪魔ではなく、後押しです。危険な場所にやることが心配でないと言えば嘘になります。出来ることならばずっと私の庇護下にいて欲しい。ですが、それは私のエゴです。我が子が新しい居場所を見付けたなら、手を離し送り出してやるのが親の役目。どんなに、胸が痛もうとも」
父や母が、私を信じて自主性に任せてくれたことがあっただろうか。母の息子でしかない私。王子と言う名の駒でしかない私を。
こんなに立派な父親を悲しませてまで、ルーフィ・アリーニナは遠い異国に嫁ぎたいと言うのか。
「最愛の姫の手を渡して頂くのです」
アリーニン伯爵の言葉に感じ入った私の思考を、無粋な声が割る。
「ご家族のみなさまに代わって、新しい家族として、私がルーフィを守ります」
声に振り向けば、見上げる首が痛いほどの大男。先に見掛けた時と違い、白いシャツに丈の合っていないセーター、黒いレザーパンツと言う軽装に変わっており、乱れていた髪も整えられている。そして、その腕の中には、
「このような姿で申し訳ありません、自分で歩けますと、何度もお伝えしたのですが……」
豊かな金の巻き髪。晴れ空の瞳。真っ白なワンピースに、負けず劣らず白い肌。背中に羽根がないのが不思議なほどに、愛らしい天使。
そんな天使に、魔王はよりにもよって厳しい目を向けた。
「まだ毒から回復しきっていないのでしょう、無理は禁物です」
「エーデルシュヴァルツ公、急な訪問でお疲れでしょうにそのような」
「そうでした、連絡もなく不躾に来てしまい、申し訳ありません」
アリーニン伯爵の声にはっとして、魔王は腕に天使を抱えたまま、目礼する。
「ルーフィが毒で倒れたと聞き、矢も盾もたまらず」
「試験段階の霊鳥便を使わせて頂いたとは言え、知らせが届いたのは昨日の朝では?休みなしで竜を飛ばして来られたのですか?」
「とにかく早くルーフィの無事を確認したいと……」
「わたくしは無事ですと、わたくし自身がペンを取って書きましたのに」
「あなたは無茶をするから」
魔王が天使の髪を指に絡める。
「無事も大丈夫も信頼ならないのですよ。実際、無事と言いながら寝込んでいたではありませんか」
「先もお伝えしましたが、毒に奪われた体力を回復するための休養であって、毒が残っているわけではございません。ヤナの解毒薬は、完璧でしたもの。疑われるなんて心外ですわ」
魔王相手に、天使はきっぱりと反論した。
「あなたやヤナ嬢の能力を疑ったわけではありませんが、だからこそ、あなたは無茶をするでしょう。毒花を髪に挿すなんて、正気の沙汰ではありませんよ」
「それは、だって、近縁種ではもっと弱い毒性だったから」
「長く日向にあればより多くの毒を持つと言う仮説を立てられないほど、あなたは愚かではないでしょう」
ぽんぽんと交わされる応酬は、遠慮のないもの。思わずぽかんと見上げたところで、小さな咳払い。
「ルーフィ、エーデルシュヴァルツ公も、殿下の前だと忘れてはいないか」
「はっ、ご無礼を。降ろして下さいませ、ヴォルフさま」
「ですが、」
「言ったでしょう、体力が落ちているだけで、毒はもう残っておりません」
「わかりました。ですが、椅子にです。立ってはいけません」
言って魔王は雪像でも扱うように、そっと天使をひとり掛けのソファに降ろす。降ろしてすぐに、立ち上がるなと言うごとく、天使の華奢な肩を、その大きな手で押さえて。
天使、ルーフィ・アリーニナはその手をちらりと見て、仕方ないと言いたげな苦笑を浮かべた。
「失礼な姿勢でのご挨拶で、また、お待たせして申し訳ありません。わたくしなどのためにご足労頂き、ありがたく存じます」
それから座ったまま一礼した所作は、文句の付けようもなく美しいものだった。
「いえ。知らなかったとは言え、とんでもないことをしたのは私です。足を運び、謝罪するのは、当然です。この度は本当に、申し訳ありませんでした」
王族は頭を下げてはいけない。ルーフィ・アリーニナを見据えて告げれば、ルーフィ・アリーニナは憂いを帯びた笑みで首を振った。
「殿下はご存じなかったのですから。知っていてすぐに外さなかった、わたくしの落ち度です。こちらこそ場を騒がせてしまったこと、心より謝罪致します。申し訳ございませんでした」
ルーフィ・アリーニナがいまいちど、先ほどよりも深く頭を下げ、そのまま動きを止める。
ルーフィ・アリーニナのせいで、ことが大きくなった。それは確かだ。あのとき、この花は毒だと言って髪に挿させなければ、ルーフィ・アリーニナが毒で倒れることもなかったのだから。
「…………」
下げられた、美しい金髪の頭を見下ろす。
すべて、この少女のせいではないか。姿を偽って夜会に参加し、自国の王子ではなく他国の王弟を選び、毒と知りながら受け取って倒れた。すべて、この少女のわがままが原因ではないか。
天使のように美しいだけに、傲慢になったのだろうか。ならば、王子として、正さねば、
「ルーフィ!!」
白く大きな手がルーフィ・アリーニナの肩を掴み、力ずくで引き上げる。
「だからあなたはどうしてそう、無理をするのですか!」
上げられた、ルーフィ・アリーニナの顔は、血の気が失せて蒼白だった。
「病み上がりなのですよ?無理な体勢を続けては駄目です」
「だって」
青白い顔で魔王を見上げたルーフィ・アリーニナの瞳に、涙が溜まる。
「わたくしが倒れたりしなければ、こんなにおおごとには……っ、そのせいで、おうちや、誰か、罪のない方が、罰されてしまったら……!」
「家ごと私が守りますからご安心なさい」
ぽろりと涙がこぼれる前に、魔王がルーフィ・アリーニナを抱き上げ、その顔を肩で隠す。
「ああこんなに身体を冷たくして。こんなに震えて。熱が振り返したらどうするのですか。あなただって、強い毒だと言う確証はなかったのでしょう?毒を差し出されて受け取ったものが悪いなど、そんな道理はありませんよ。あなたは被害者です。そんなに自分を責めないで下さい」
「ヴォルフさま……」
「アリーニン伯爵」
魔王の手は大きく、小柄な少女の頭など片手で掴めてしまう。その大きな手でルーフィ・アリーニナの頭を自分の肩に押し付けて、魔王はアリーニン伯爵に目を向ける。
「これ以上は身体に障ります。顔は見せましたから、寝台に戻しても?」
「そうしてやって下さい。娘が世話を掛けて、申し訳ありません」
「やりたくてやっているので、お気になさらず。失礼致します」
「待っ」
私が上げた声に耳など貸さず、魔王は足早に部屋を出て行った。
アリーニン伯爵が、頭を下げる。
「娘がご無礼を致しまして、申し訳ありません。まだ、身体が万全ではなかったようです」
「っ、」
見舞いの名目で来ておきながらその言葉に否定を口にしたならば、非難を受けるのはこちらだ。
また、拐われた。魔王に。
「申し訳ありません、殿下、娘がまた、体調を崩したようで」
魔王が天使を連れ去った扉から、アリーニン伯爵夫人が姿を見せる。
「いいえ」
アリーニン伯爵夫妻に謝罪されれば、返せる言葉はそれしかない。
「私が来たせいで、無理をさせてしまったようで」
執事は、ルーフィ・アリーニナは私に会わせられる状態ではないと言っていた。それが正しい判断だったのだろう。だが、私が聞き入れそうもなかったから、アリーニン伯爵が無理を押させて顔を見せさせたのだ。
「それにしても」
扉を見ながら言う。
「エーデルシュヴァルツ辺境公とアリーニナ嬢は、ずいぶん親しい様子でしたね」
「エーデルシュヴァルツ閣下が、娘をとても気遣って下さるから」
少女のように微笑んで、アリーニン伯爵夫人が言う。
「ありがたく思っております」
「ありがたく、ですか?」
「ええ。ルーフィちゃん、娘は、ひとりでなんでも決めて、決めたことに対して、頑張り過ぎてしまうから」
母親としての心配と信頼がないまぜになった目で、アリーニン伯爵夫人は語った。
「ああして無理を止めてくれる方がそばにいて下さるのは、とても心強いことですわ。夫婦になるのですもの、支え合える方がお相手なのは、素晴らしいことよね、あなた」
「そうだな。娘は、普通の令嬢のように考えて振る舞うのが、苦手なようなので。そんな変わった娘を、ありのままで受け入れて下さるエーデルシュヴァルツ閣下は、きっと娘にとって掛け替えのない相手なのでしょう」
私はそうでないと、言いたいのだろうか。
「我々は親なので、娘がどんなに変わった子だろうと受け入れます。けれど婚家もそうとは限りません。受け入れて貰えなければ、娘は苦しむことになるでしょう」
「その点、エーデルシュヴァルツ閣下は、娘のその、変わったところも含めて必要なのだと言って下さったから」
ルーフィ・アリーニナの、変わったところ。
夜会にみすぼらしい白い短髪で現れた姿や、土の上にしゃがみこんで手を突いた姿が、頭に浮かぶ。あの魔王はそんな姿も、必要だと言ったとでも?
「それが、表面だけの言葉でないと、どうして言えるのですか?」
「娘が選んだから、なんて言ったら、親馬鹿だと思われてしまうでしょうか」
アリーニン伯爵夫人の笑みは温かい。こんな夫人に愛されたから、ルーフィ・アリーニナは、わがままに、
「実際は、疑っておりました。ただ、研究が目当てで、ルーフィちゃんの能力欲しさに、耳触りのいい言葉で騙そうとしているのではないかって。今だって思っております。こんな風に遠くエーデルシュヴァルツから、単身、竜を駆って文字通り飛んで来た姿を見てさえ」
だって大切な娘ですもの。とアリーニン伯爵夫人は言う。
「誰が相手で、どこに嫁いだとしても、心配は尽きませんわ。それならせめて、望む相手に嫁がせてあげたいのです。その結果、娘が泣くならば、抱き締めてその涙を受け止めますわ」
違う。
ルーフィ・アリーニナは、わがままかもしれない。けれど、違う。
ルーフィ・アリーニナの行動には、覚悟があった。
夜会であんな姿をさらせば、どうなるか。みなの反応が答えだった。顰蹙と嘲笑の的になって。それでもルーフィ・アリーニナは、うつむかず顔を上げていた。そうなることが、わかっていたからだ。
エーデルシュヴァルツは遠い国だ。そんなところに嫁げば苦労することはわかっているだろう。わかっていて、苦しむ覚悟もして、それでもルーフィ・アリーニナは選んだ。
毒花だって、ひどく苦しむかもしれないことは、理解していたのだろう。それでも、自分さえ耐えればと考えて。そうだ、耐えていた。アリーニン伯爵夫人ですら、ルーフィ・アリーニナが明らかに異常を来すまで、花に毒があるなんて思いもせず。それが、異変があったのは、私が怒鳴って、肩を掴んでから。必死に耐えていた我慢の糸が、驚きで途切れたのだ。
そうして毒で倒れ、いまだに寝込むような体調でありながら、ルーフィ・アリーニナはペンを取り、父親と魔王に手紙を書いたのだ。罰されるものが減るように。連絡の遅れが不信を生まぬように。
そして、ルーフィ・アリーニナが覚悟を持つがために、アリーニン伯爵夫妻もまた、覚悟してルーフィ・アリーニナの決断を認めるのだ。
不満を持っても口にはせず、父母の言うなりの、私とは違って。
「そう、ですか」
羨ましい。恨めしい。だって、私には、そんな自由は望めなかった。母の、父の、言いなりになる以外に、道などなかった。ルーフィ・アリーニナだって、あの外見なのだ、普通の家に生まれていれば、その見目を武器に、政治の道具として扱われていたはず。
「愛されているのですね、アリーニナ嬢は」
ルーフィ・アリーニナだけではない。アリーニン伯爵家だって、普通ではなかったのだ。そもそも王家から縁談を持ちかけられながら、条件を付けて受け入れなかったのはアリーニン伯爵家なのだから。
「そんな大事なご息女を、不注意で危険にさらしたこと、申し訳ありませんでした」
初めて心から、謝罪を口にする。ルーフィ・アリーニナに対してではない。私の父母と違って、駒や後継者としてでなく、娘を愛しているのであろう、アリーニン伯爵夫妻に対してだ。
「今日も、私が来たせいでご息女に無理をさせて、重ね重ね申し訳ありません」
ルーフィ・アリーニナの気持ちが、よくわかった。
私だって、アリーニン伯爵夫妻と、私の父母とを比べて、どちらを親にしたいか訊かれれば、アリーニン伯爵夫妻を選ぶ。あの魔王、エーデルシュヴァルツの王弟は、国王である兄に溺愛されていると聞く。アリーニン伯爵家と同じように、家族の愛が深いのだろう。
愛にあふれて育ったルーフィ・アリーニナが、どちらを選びたいかなど、考えるまでもないではないか。
「もう、お暇します。お騒がせしました」
「こちらこそ、たいしたお構いも出来ずに……」
立ち上がった私に、同じく立ち上がったアリーニン伯爵夫妻が付き添う。追い出しも引き留めもせず、左右に付き添って歩く姿は、客人への気遣いを感じた。
玄関まで、他愛のない話をしながら歩く。玄関を出て、来るときはろくに見もしなかった庭に目を向ける。端に竜がいる以外は、素朴な庭だ。緑が多く、花が咲いているのは一部だけ。けれど、
「美しい、庭ですね」
王城の庭よりも、草花が生き生きとしているように見えた。
「ありがとうございます。植える花は、娘が決めておりますから、殿下に褒めて頂いたと聞けば、娘も喜びますわ」
「アリーニナ嬢が?」
庭を見渡す。裕福な伯爵家の庭としては素朴で、はっきり言って地味な庭だ。けれど調和が取れていて、爽やかな香りが心を癒す。
「薬用や、食用、お茶になる植物ばかり植えたがって。地味な庭でしょう?」
「地味、ではありますが、居心地の良い庭です」
これが本質なのか。あの、天使のような姿の、どんな派手な服であろうと着こなせる美しい少女、ルーフィ・アリーニナの。
ならば王城の居心地は悪いだろう。華やかできらびやかで、みな見栄ばかり張った場所。
「良いものを見せて貰いました。お騒がせはしましたが、今日、来られて良かったです」
「ご足労頂いた甲斐がございましたら、わたくしも心が安らぐ思いですわ。ありがとうございます」
アリーニン伯爵夫妻は、当主夫妻直々に玄関へ並んで私を見送る。私が王族だからではなく、家を訪れた客人なら誰でも、同じようにもてなすのだろう。
貴族も平民も貧民も隔てなく、幸福であるべきだと願う、ルーフィ・アリーニナと同じように。
帰りの馬車のなか、目を閉じて心を決める。
きっと、ルーフィ・アリーニナ以上に美しい少女に今後出会うことはない。それでも、ルーフィ・アリーニナが望むならば、魔王の許に送り出そう。
惜しい気持ちはある。けれど、代わりにアリーニン伯爵家の忠誠が得られるならば、国としてそれを取るべきだ。
たとえ悔しくとも、口惜しくとも。
ё ё ё ё ё ё
王家はエーデルシュヴァルツとアリーニン伯爵家の要望を受け入れ、ルーフィ・アリーニナとエーデルシュヴァルツ辺境公爵との婚約を認めた。
エーデルシュヴァルツは多大な見返りを差し出し、アリーニン伯爵家はさらなる忠義を王家に誓う。
婚約は両国の友好の証として大々的に公表され、天使のような少女と魔王のような男の婚約はひとびとの話題をさらった。
そして、半年の婚約期間ののち、ルーフィ・アリーニナは遠い異国へと旅立つ。
国と国との友好の証であることを強調するため、ルーフィ・アリーニナは王城から送り出されることとなり。
「約束通り、迎えに来ました、ルーフィ、愛しいひと」
「はい。お待ちしておりました。では、参りましょうか」
漆黒の衣に身を包んだ魔王と対照的に、純白のドレスを身に纏ったルーフィ・アリーニナは、この上なく美しく、神聖さすら覚えるその姿に、やはり誰もが背の翼を探した。
ルーフィ・アリーニナの白く華奢な手が、魔王の武骨な手に重なる。
駆け寄って、奪い取りたくなる気持ちを、ぐっとこらえて見送った。
これからルーフィ・アリーニナと魔王は、城を出、パレードに囲まれながら王都の外へ向かうことになる。王都の外にはエーデルシュヴァルツの竜騎士隊が控えており、そこから空路でエーデルシュヴァルツを目指すそうだ。
先導するのは、魔王の漆黒の竜。
ひとびとはきっと噂することだろう。我が国の天使が、エーデルシュヴァルツの魔王に奪われたと。けれど私は忘れない。魔王の手を取る天使の、輝かんばかりの幸せそうな笑みを。
つたないお話をお読み頂きありがとうございました