File5-2.達観(2)
ガタンゴトンと、列車が音を立てている。
民家と木々が織り成す景色はどこか見覚えがあり、懐かしさを感じた。
合間に聞こえる声は、深夜にも関わらす混み合っている乗客が作り上げた物で、
「ああ、今から行ったら怒られるかなあ……。」
「今?」
「手紙は出したけどさ、よく考えたら少し怖くなってきて。二人共知らないでしょ?あの扇子で叩かれるの結構痛いんだよ。」
「少しだけ刃物になっているせいで?」
「あれは戦う時だけだから、単純に威力の問題。」
その中には目の前の三人と
「どこかで使えるかも。」
隣に腰掛けるカーミラさんも含まれている。
「にゃー。」
残りの猫は、何の気まぐれか僕のシャツの中だ。
どうにも今から向かうのは、緋の国と言う名の国らしいい。
シンエラニズマ__通称中央国の東に位置し、他の国とは一縷の煙さえも違う異質な場所。
……しかし。
列車が目的地に近付くにつれ、僕は頭痛を感じ始めていた。
釘を少しずつ捩じ込まれているような頭痛。汗が吹き出て苦しくなる。程ではないにしても、不快感がある。
「レイ君。」
頭痛に悩まされていると、カーミラさんが僕に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「いや、何だか体のどこかに釘を捩じ込まれているみたいな顔してるなあって。」
「……凄いね。」
同意するように僕は自慢気に笑って、正面に向き直った彼女をじっと見つめた。
「フィーズさん、頭痛の原因って何があるんですか?」
「頭痛の原因?緊張とか、お酒とか、色々あるけど、急にどうしたんだい?」
「レイ君が生まれつき頭痛を持ってるみたいで、どんな原因があるのか気になりまして。」
訊いてくれた事に内心感謝しながら僕もフィーズさんの方を見ると、少しの沈黙の後に口を開いた。
「体質かもしれない、何度か診たことがある。……そういうことは早く言ってくれ。」
「あ、すみません……。」
「まあ、もし酷いなら今度診よう、少し気になる。」
〜*
そうこうしている内に目的地へと着き、僕等は列車を降りた。
その瞬間、世界が変わった__と思った。
風が運んだ灯籠の炎の香りはえもいわれぬ甘さを放って心地良く、遠くの赤い和風建築の城は悠々と聳え立ち、そこにいるだけで存在感を放っている。
駅と街とを繋ぐ太鼓橋の下では、紺色のはっきりした川の中で大きな水色の魚が跳ねた。
「凄い……。」
そんな光景に、僕は心底驚喜していた。
「ちょっとだけここにいてね。」
“早く帰らないと。” “随分と遅くなって仕舞ったなぁ。”
「いらっしゃいませ。」
数分が経ち、乗客も列車も一通り去った所で、狐化粧が目立つ明眸皓歯な着物姿の女性が現れた。
勿論普通の人間ではなく、その女性には狐の耳と尻尾が生えている。艶やかな本紫色の長髪は服よりも一層濃く、夜に溶けてしまいそう。
その方は僕をしっかりと見ながら、告げる。
「那冀、と申します。皆様御無沙汰しております。お疲れでしょうから、早速紅華城の方へ。」
「手紙は見た?」
「はい。私も確認致しましたし、先刻玉参様からも伺いました。転移は中で良いとの指示を。」
「珍しい。それなら行こうか、那冀さんもおいで。」
「失礼致します。」
〜*
瞬きの後に広がったのは、甘い香りが漂う絢爛豪華な部屋であった。
赤と金が目立つ王室には、高そうな置物やら花瓶やらが置かれていて、何の変哲も無い赤い彼岸花や水槽でさえも、その空気を吸って煌々と見える。
先の大きな窓から差し込む夜空でさえ負けた唐紅は、それ程までに立派だった。
「玉参様、皆様をお連れしました。」
その中央に、赤い着物姿の背低な女性が一人立っていた。
「ご苦労。」
徐に振り返ったその女性の頭には、二つの椿の髪飾りが隠しているようにして、赤い鬼のツノが二本生えていた。
黄緑色の眼はその少女らしい顔立ちには似合わない程鋭く、半透明の千早の美しさはない。
派手な赤い扇面は、本来であれば考えられない程に光を反射している。
彼女は僕に近付き、その真摯な顔を綻ばせたかと思えば__
「えっ……?」
唇に柔らかな感触が当たった。
ちゅるり。
今まで聞いたことの無い音が痛む頭に響いて、息を吸うことが難しくなる。
ほんの少しだけ塩っぱくなった唾液を飲み込むと、彼女は満足そうに微笑んだ。
「よく来たの、ウチの名は玉参。緋の国の王女である。クラノスから話は聞いておるか?」