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記憶と呼ばれた何でも屋  作者: 四葉ちゃば
第0章 無知こそ最大の罪
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File5.達観(1)

「カーミラ……さん……?」

「……あ。」


 年齢に無愛想な白銀の髪、ランタンの、あの、作り物の光にすら劣らない精巧に煌めく硝子玉の様な双眸(そうぼう)


一ヶ月、毎日見ていた姿だ。


 慌てて彼女から離れて、距離を取る。


「えっ、あっ、いや!ごめん、まさかカーミラさんだとは思わなくて……。間違ったで済まされる事じゃないことは分かってるんですけど、えと……、」

「カーミラじゃありません!」


 体を揺らした反動を利用して勢い良く立ち上がったその魔物__もといカーミラさんは、フードの先端の両手でぎゅっと押さえながら叫んだ。


「いやでも、完全に……。」

「違います!私はカーミラじゃありません!」

「じゃああの、お名前は……?」

「……カミラです。」

「……カーミラさんだよね。」

「ぜんっぜん違います!」


 そんな押し問答が熱を帯び始めてきたところで扉が開かれ、カリファさんとアナが姿を見せた。


「もっと小さく作った方が良かったわね。」


カリファさんは彼女を優しく抱き寄せ、頭を撫で、


「クラブさん……ううっ……。」

「そんなに落ち込まないの、重大な失敗でもないんだし。」


アナは僕の元まで駆け寄り、足に頬を擦り寄せてくる。


「あ、カリファさん……いやえっと、これには深い訳が……!」

「分かってるわよ。それにしたって、鈍いのね貴方。その姿からは想像もつかないわ。」

「に、鈍い……?」


皆目検討も付かない僕の様子に息を溢し、カリファさんは小さな咳を一つ。


「何かお恵み頂けませんか……。そこらの塵でも構いません、私に慈悲を下さいませんか……。」

「えっ!?」


その後に発せられた声は、先刻店を訪れた女性の物と一致していた。


「で、でも……さっきの女性は黒髪で、顔付きも全然……。」

「ウィッグと化粧で女はいくらでも変われるのよ。……二人も早く入って来たら?もう外に居る意味ないでしょう。」


 その合図に合わせて、残りの二人も店内に入ってくる。


「お二人とも!と言うか、クラノスさんは地下に行った筈じゃ……。」

「階段までは行ったよ。でもその後瞬間移動……瞬間移動は分かるよね?私の力でちょっと外に。」


 そんな事を話していると、フィーズさんは僕に近付いてじっと凝視してきた。


「クラノス、鏡はあるかい?」

「出せるけど……ああ、成程ね。」


 差し出された鏡に映ったのは__左目が赤く染まり、蝙蝠の羽を生やした僕の姿だった。


充血とかいう話ではない。瞳全体が嘘みたいに真っ赤になっている。


ステンドガラス越しに見たあの羽は相変わらず(おご)めき、時折羽ばたく様に大きく動く。


「そんなに怖がらなくてもいい。ひと月経って完全な吸血鬼になったから、君の体も変化した……それだけだ。これまでより悪くなる訳じゃない、むしろ良くなる。」

「なる……ほど。」


 確かに食事は取れた。血以外の飲食物を、一ヶ月振りに口にすることが出来た。姿形は違えども、中身は人間の時とほぼ相違ない。


「でも良いわね、両目で色が違うの。単色は勿論好きだけど、異色だと何だか特別感がある。」

「……君の瞳は綺麗だ。」

「貴方こそ。」

 


「で、そうだ。レイ君、君に仕事をお願いすると言ったね。」

「ああ……そうですね。」

「それならその説明をしないと。」


 そう言って、クラノスさんは手を二回叩く。それに合わせて、カーミラさんがケープをばっと脱ぎ去った。


「私達は何でも屋。小さな悩みから大きな事件まで何でも受け持つ司法の味方。__君に、この仕事を手伝ってほしい。」

「……え?」


『何でも屋、別名メモリーズと呼ばれているその組織は、その名の通り”どんな依頼も受け持つ”……と言われている四人組らしい。』


「何でも屋……。」


『密告は著名人の非行を、盗賊行為は誰かが盗まれた物を盗み返し、捕獲は脱走した犯罪者が対象で……。』


「…………ぼ、僕なんかには無理ですよ……!大して強くもないし、そもそも能力が……。」

「でもして欲しいなって思ったんだよ。残ってくれるらしいし、()()だったし。ほら、言い方は悪いけどレイ君は働き口も棲家もない無一文な訳だ。手伝ってくれたら当然給料もあげるし、住む所はここで大丈夫だし、もしかしたら……その能力の待遇も変わるかもしれない。」


 僕の周りを歩きながら、更に彼は続ける。


「知っているんだろうけど、私達は所謂“義賊”と呼ばれているらしくてね。もっと有名になって、いつか人間界にまで“ナイトメア持ちの能力者が凄い事をしている。”と知られたら、君も……君以外の能力者も、将来的には救われるかもしれないよ。」

「……救われる……。」


 この力が役に立てるなら?


今まで蔑まれてきた僕が誰かを助ける側になれたら、それはどれだけ素晴らしい話だろう。


裏切りと言われたこの力で役に立つ現実を、一体どれだけ切望したことか。


「……でも、僕なんかに人助けなんて……。」

「出来ますよ!」


 弱々しく呟くと、カリファさんに抱き付いたままカーミラさんが告げる。


「絶対出来ます!……根拠とかないですけど。でも、挑戦した事もないのに出来ないなんて言えません!」

「あら、良い言葉ね。」


 何とも言えずに、口の中が二酸化炭素で一杯になる。そんな僕に真摯な目を向けてくる二人を他所に、フィーズさんは肩をすくめて息を漏らした。


「まあ……それと、単純に働き手が少ない。」

「と、言いますと……?」

「僕達は、見ての通り四人で__」


その言葉に、足元のアナが遮る様に大きく鳴く。


「……四人と一匹で活動している。協力者はいるが少し特殊だし、こんな集団だから気軽に勧誘も出来ないんだ。君はもう僕達をある程度知ってたから、丁度良い。……らしい。」


 彼の肘に小突かれたクラノスさんは、だってと言いながら笑う。


……そんな理由で、こんなどこの馬の骨とも知れない奴を勧誘して良いのだろうか。もっとも、その協力者を誘った方が道理にかなっているのでは。


「まあ、とりあえず。」


 そんな疑問を口にする間もなく手首が掴まれて、ぐっと強い力で引っ張られた。


「うわっ……!」

「いきなり仕事をしろとは言わないから、一旦その能力見てもらおうか、私のお師匠様に。」

〜*


 外。煉瓦壁(れんがへき)と植物は橙色の炎の光を受けて輝き、闇夜に散りばめられた星は、閑散としたこの場所では三日月にも負けていない。


「もしかして……レイ君って、外出るの初めてですか?」

「そう言えば。これが魔界の外だよ、とは言っても路地裏だけど。」

「もっと言えば、シンエラニズマの路地裏ね。」

「シンエラニズマ?」

「ここの都市名よ。あら、二人とも言ってなかったの?」

「だってそ..んぐぐ……。」


 何かを言いかけて、カーミラさんが口を塞がれる。


「言い忘れてたんだよ。ここに残るかどうかも分からなかったし、伝えなくても問題なかったしね。」

「むぐぐ……むぐ。」

「ごめんねカーミラ、ちょっと口許(くちもと)にゴミが付いているのが見えて。」


 彼女の口が楽になるのと合わせて、飄々(ひょうひょう)とした冷気が体を通り抜けた。


「駅まで歩こうか。」

 

 二足歩行の狼、一本角を生やした赤鬼、花の頭をした紳士服姿の者など、多種多様な魔物が歩いているが、襲ってくる気配は無い。

橙色の暖かな街灯は働き者の太陽に似て、住宅の多くはそんな街頭を模倣していた。


 あの世界への冒涜になってなってしまうとは理解していても、それでも単純に__綺麗だと思った。


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