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記憶と呼ばれた何でも屋  作者: 四葉ちゃば
第0章 無知こそ最大の罪
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File4.酔い覚め

「……明日で一ヶ月……?」


 簡素な医務室に一人、すっかり人間に似合わなくなった鋭い爪の手を折って僕は驚愕した。


明日で、ここに来てからもう一月が経ってしまう。


 ここ一ヶ月、僕はきっと世間一般で言う()()を謳歌してきたのだろう。

否体は普通ではないし、外に出る機会だって無かったが、暴言も暴力も、使いぱしりにされる事も、何かを奪われる事も無い。


 あの陵辱の日々とは正反対。


いふを忘れた身体は軽く、染み付いた傷を残して怪我はすっかりと良くなった。


 ただ一つ、体が徐々に変化してきたのだ。

爪が伸び、歯は尖って、どれだけ暗くとも昼のようによく見え、時折背中に違和感がある。


 ここ一ヶ月、あの四人の情報があまり更新されなかった。特に、フィーズさんとカリファさんは。


 まず、クラノスさんは喫茶店のマスター。あの店をほぼ一人で運営していて、時折音もなく目の前に現れては僕を驚かせてくる。

恐らく瞬間移動とか、そういう類の魔法が使えるのだろう。


 カーミラさんは学生。僕と年齢は変わらなくて、彼女も吸血鬼らしい。非常に明るくポジティブで、一緒にいるだけで元気になれる。


 フィーズさんは医者。とりわけ冷静で、表情が変化した場面は見た事がない。怪我の確認や、包帯を交換する時にしか喋らなかった。


 カリファさんは……何か。彼女も包帯を交換する時しか話さなかった。赤い花のネックレスと手袋をいつも身に付けている。


 フィーズさんとカリファさんは殆ど二人一緒に来て、談笑をしながら僕の包帯を交換して、決まって一緒に帰る。恋仲なのではと思う程仲が良い。


 “何でも屋”についても、あの日以降目新しい情報は掴めなく、石と梯子の落ち着く風景は結局装飾の一言で片付けられていた。


 時計が制限時間を刻んでいる。瞬きの後には、もう三本の針が数字を刺す。

そしたら、僕は__


 時計針が頂点で揃った瞬間__俄然猛烈な空腹感と口渇に襲われた!


「……が……っ!?」


 それはここに来た時、コーヒーを飲んだ時に覚えたあの感覚と同じ。

同時に背中に激痛が走って、視界の左半分が真っ赤に染まった。

まだ理性は保てているが、油断すればすぐにこの部屋の物を壊してしまいそうだ。


上のカフェに、何かないだろうか。



 壁に手を付き、息も絶え絶えの状態で階段を登りドアを開けると、じゃらじゃらと音を立てる袋を弄るクラノスさんがカウンターの中に立っていた。


「あれ、どうしたの?そんなにぱたぱたして。」

「ク、クラノスさん……。」


 その姿を見て、ここ一ヶ月毎日飲んでいたあの甘い血の味を思い出す。


「どうしようもなくお腹が空いて……しまって……!」


いつもと同じく手を伸ばすが、手首は前のように掴まれて身動きが取れなくなってしまった。


「ああ、今日で一ヶ月だもんね。」


 そのまま空いている片方の手で近くの戸棚から瓶を取り出し、僕に差し出してくる。

中には赤い液体がなみなみと入っていて、たまらず奪い取ってしまった。


「とりあえずこれ飲んでて。何か好きな物とかある?例えば君くらいの子だったら、肉が食べたいとか。」

「正直食べれたら何でも大丈夫です……!」

「じゃあ席に座ってちょっと待ってて。私の姿は見ないようにしてね。」



 体感にして数時間、机上には食欲をそそる美味しそうな料理が所狭しと並ぶ。


綺麗な色のスープ、香り高い大きなミートパイ、色鮮やかなサラダに焼き立てのふっくらとしたパン……その他、色々。


大の大人が数人居ても食べきれない程大量の料理だが、不思議と全て平らげられそうな気がした。


「お口に合えば良いんだけど。ああ、足りなければ言ってね。」

「頂きます……!」

〜*

 

 結局、僕は出された料理全てを一人で食べ切ってしまった。いつの間にか片目の赤みは消えていて、いつも通りの視界に戻っている。


「美味しかった?」


 満腹感に身を預けていると、空になった皿を幾つか持ちながらクラノスさんは告げた。


「凄く!あ、良ければお手伝いとか……。」

「ほんと?じゃあお願いしようかな。」


皿を下げ、テーブルを拭いて再び席に付くと、今度はコーヒーが出される。


「すみません、何かいきなり凄くお腹が空いてしまって……。」

「大丈夫だよ。確かその症状、名前付いてるんだよね。」

「名前?」

「そう。確か……“ 酩酊(めいてい)期”。フィーズが言っていたから間違いない。」


 僕の前に腰掛けながら、クラノスさんはこほんと演技らしい咳を一つ。


「人間が吸血鬼になるまでの一ヶ月間の事。それを過ぎると、酒に酔ったみたいに猛烈な空腹感に襲われて暴れる。原因はまだ解明されてない。……って。」


 発した声色には、どこか覚えがあった。


「フィーズさんの真似ですか?」

「そう!よく分かったね。」


 ひとしきり笑って、収まったところでクラノスさんはさてと言って手を組んだ。


「答えは決まった?」

「……あ。」


……その質問の答えは、不躾(ぶしつけ)にもまだ決まっていなかった。


「えっと……。」


あちらでは両親が待っている。はず。


しかし、戻った所で所詮僕は吸血鬼。一度でも失態を犯したら、髪の毛一本も残さずに消されてしまうだろう。死んでしまったらあの目的を知る事も、両親に会う事も叶わない。


「じゃあ分かった、こうしよう。」


 何とも言えない僕の気持ちを弾け飛ばす様な、パンと明るい音が聞こえた。


「例え一瞬でもあちらに戻りたいと思ったら、“帰りたいです”と言うんだ。そしたら帰してあげる。」

「でも、答えを出すのは今日だって……。」

「“訊くのは”今日。別に答えを出せなんて一言も言ってない。でも__そうだ。もし残ってくれると言うなら、私達の仕事を手伝ってくれるかな。」

「仕事?」

「そう、色々頼みたい事があってね。」


仕事と言えば喫茶店のお手伝い?それとも別の事だろうか。


「まあ、もし僕にできる事があれば……。」


 机の下で手弄りをしながら、少し赤く染まった朴訥のまま僕は言う。そんな様子も気にせずに、笑ってクラノスさんは立ち上がる。


「そう言ってくれると思った。じゃあちょっと待ってて、下に資料があるから取ってくるよ。もし誰か来たら対応してくれる?」

「分かりました。」

〜*


 暫くクラノスさんを待っていると、ドアベルが鳴るのと同時に床に付く程長い黒髪の女性が店内に入って来た。


「え、だ、大丈夫ですか……!?」


その姿は、まるで悲惨だった。


 定まらない紫色の瞳は岩の様で、ぼろぼろの洋服は、その痩躯(そうく)な体と一緒に今にも崩れてしまいそう。


「何かお恵み頂けませんか……。そこらの塵でも構いません、私に慈悲を下さいませんか……。」


 汚れだらけの細い腕を差し出し、彼女は震える声で僕に必死に訴えてくる。 


「とりあえず座って……少し待ってて下さい!」


 カウンターに何かないだろうか。


無防備に置かれた小袋の中には銅貨が数十枚。鍋の中にはまだ暖かいスープが香りを立てていて、その下の棚には皿が入っている。


「すみません、お金は僕の物じゃないので渡せないんですけど……せめてこれだけでも。」


 とりあえずスープを皿に盛って女性に差し出すと、

彼女は嬉しそうに笑って一口(すす)った。

そのまま何も発さずにゆっくりと飲み干すと、ソファから立ち上がりながら僕を指差す。


「……綺麗な羽ですね、その眼も素敵。」

「羽……?」

「有難う御座いました、このご恩は死ぬまで忘れません。」


 そう言って、女性は喫茶店から出て行ってしまった。


 彼女の背を追い掛ける最中、ふと窓に写った色とりどりの僕を見てげっと声が漏れる。


肩甲骨の辺りから、蝙蝠の羽が生えていた。まるで生きているかのように、意識から逃れてぱたぱたと動いている。


 瞬間、固まった僕に相反して再びドアベルが鳴り、今度はローブを着た背の低い魔物が現れる。

先程の女性と同じように助けを求めに来たのだろうか。


 しかしそんな考えは、その魔物の右手の煌めきに一瞬にして掻き消される。


 ナイフ。

その者には、鋭利なきょうきがあった。


「か、金をよこせ!」


 凛と少女の声で言い放つと、魔物はナイフを持ったまま僕に突進してきた!


その攻撃を横に回避し背後を取ろうとするが、少女もすぐに振り返って再び刃を向けてくる。

 瞬く間に気配が近付くのと同時に頭上で空気を切る音がして、反射的に腰を落とした。


 その時一瞬だけ生まれた隙。


飛び上がった魔物の懐へ咄嗟に入り込み、着地しかけた彼女の腰を掴んで、その勢いのまま地面に思いきり叩きつける。


「えっ……!?」


 ローブに隠れていた薔薇色の瞳と広がった白髪を見て、僕は思わず声を上げた。


「カーミラ……さん……?」

「……あ。」

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