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記憶と呼ばれた何でも屋  作者: 四葉ちゃば
第0章 無知こそ最大の罪
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File9-4.再会(4)

 それを合図として、二体の姿が影に溶けるようにして消える。


「リンセルは影の中を自由に移動したり、影を実体化させられる。触れた者も少しの間は影の中で動けるから、背後には気を付けるように。ジャックの能力は……まだ見た事がない。」

「……分かりました。」


ああ、社会勉強であろうがやっぱり僕を連れてこない方が良かったんじゃ。


 影を肩越しに見る。何の変哲もない真っ黒なもう一人の僕である。だけどもそんな風に言われると、今にも動き出してきそうな気もする。それが錯覚だと分かっていても、影は一瞬緩い水流のように動いて__


「やっほー。」


そこからジャックが現れた!


「うわっ!?」


 慌てて剣を振る僕とは対照的に、彼は余裕綽々に回避して笑う。


「そんなに怖がらないでよ、俺人間っぽいでしょ?もしかして逆に怖い?そんなん言ってたらそこで働けないか!」


腹を抱えて大笑いするその姿は、えもいわれぬ怖さがある。どうにも消化出来ない思いは、今にも頭痛となって襲い掛かってきそうだ。


「その目でどう視認しているのか、いまだに分かりません。」

「奇遇だね、私も分からないんだ。」


傍らでは、残りの二体が炎の槍と銃とで攻防戦を繰り広げている。


「とりあえずやろーよ、そいつらを賭けた戦い。」

「え、ああ……うん。」


 見た目だけの年齢は僕と同じくらい。けれどもこの、表現出来ない狂気さというか、魔物らしいというか、そんな物がある。

 

「なぁんか自信なさそうだね?大丈夫だって、俺死なないから。」


 一層口角を上げると、ジャックはすぐに僕の懐へ入り込もうとしてきた。

剣で防ぎ、生まれた隙を攻撃しようとするが、右の剣がしっかりと掴まれてしまう。


「やめてよ〜、剣って結構痛いんだからさ。」


だけどここまで近付けば、“外側に効く”と噂の黒霧で攻撃が出来るだろう。

きっと囲ってもすぐに晴らされてしまうから。


「ナ__」


 唱える途中、腹に鈍い痛みが走った。

そして間髪入れずに首を蹴られて、手が地面に自然と触れる。


「そんなもん?」


そのまま、銃弾が放たれた。一発目は剣、二発目は右足、三発目は首に当たって、一瞬だけ呼吸方法を忘れてしまう。


「そっか、自信無いのはそういう話だったんだね。」


 ジャックは僕の眉間にしっかりと照準を合わせながら、確実に一歩ずつ近づいて来る。


「単純にお前が弱いからだ。」

「……!」

「ねえ、なんか反撃してよ、何でも屋の新入り君。一つくらいあるでしょ?俺をあっと言わせるような大技。」


そんな話、言われる前からとっくに分かってる。


「俺楽しみにしてたんだよ〜?噂を聞いた時から、もしかして面白いやつ来るかもなって。それでこれだけって、すごい幻滅なんだけど。」


このまま行けば、脳天を貫かれて終わりだろう。……幸運な事に、それで死ぬかは分からないけれど。

見る限り、相手の唯一の武器はその手のハンドガン。腕は確か。

ならば無理矢理にでも照準を外させれば良い。少なくとも、この間よりは強くなったのだから。


「……ほんとにないの?なーんか興醒め。興味あったのに、残念。じゃあ__」

「ナイトメア!」


 僕の体を黒い霧で覆うと、歪む顔と共に銃を持つ手が下がる。けれども鉛玉の熱さは素晴らしく脳天を掠め、血を噴射させてくれた。


「え、何々?……は?」


ここで止まっちゃ駄目だ、とどこかの本能が叫ぶ。

紫の霧の中からは確かに布が破けるがした。囲んだジャックの荒い息遣いと共に、僕の悪夢は攻撃を続けてくれる。


そのまま近付き、剣を振り下ろそうとした。して、刃が何かに捩じ込まれる。



 途端大きな音が鼓膜を(つんざ)く。同時に、体はもっと遠くに吹き飛ばされた。


「アスター!」

「うっ……!?」


 何が起きたか理解するのに、少なくとも三秒は掛かった。

ジャックが使っていた銃はいくつかのパーツが外れ、体と一緒に床に転がっている。

沸々と煙を立てる銃口の中はまさに赤色で、あのモウルッシュを思い出させてくれた。


「銃口って結構脆いんだよ。聞いた事ない?指か何かを突っ込めば暴発させられる……って。」


 水色が滴るコートを払いながら立ち上がって、ジャックは笑う。


「何でも屋の新入り君、名前は?コードネームで良いよ、全員本名知らないし。ちなみに俺ジャック。ジャック・アンミーバル。よろしくね。」

 

せっせと働く細胞のまま僕も同じようにして、笑顔を崩さない彼をじっと見つめた。


「……アスター?」

「アスター?へえ、悪くないじゃん。」


体は痛むが、動けない程でもない。だけどジャックは、はっきり僕よりも酷い状態だ。

 それでも、楽しそうに笑っている。


「ジャック!」

「ごめんごめん姉姉。悪いなアスター、姉姉のご命令だから。」


 そんな体にも関わらず、彼は破損した銃を持って殴り掛かってきた。

すぐに吹き飛ばす事が出来たけれども、今度は僕の首を掴んで強く締め上げてくる。蹴って、馬乗りになろうとしたその瞬間__


「大丈夫ですか!」


 扉が吹き飛ばされた。

向こうには構成員と戦ってくれていた残りの四体が立っている。


「あ!スペード兄さん、姐さんもエースちゃんもいるし……御一行?やっぱそうだよねー。」

「……フェンリル。」



 クラノスリンセルは攻防戦を続けていたようであった。炎による影を自由自在に移動できる彼女の動きと銃弾とを予測し、槍で防ぎ、時に遠くへ吹き飛ばす。

二体の実力はそこまで大差がある訳ではないが、かと言ってリンセルには勝つ手立てが見つからなかった。


「不利になってしまったね、リンセル。賢い君なら何をすれば良いか分かりそうだけど。」


煽るように笑うクラノスで影の形が崩れて、彼女は影へ潜ってターゲットの方へ移動する。


 

 彼女が潜ると、ジャックもへらっと笑って僕から距離を置いた。


「医者の話を思い出した。」

「何?」

「薬物中毒の臓器はもう使い物にならない。精々下郎の金持ちの性処理に使われる程度、しかもすぐに捨てられる。」

「嘘じゃないけれど、もうちょっと良い言い訳を考えて欲しいわね。」


 這って脱出しようとしていた二体と、全く同じ形をした真っ黒が掴み持ち上げる。


「今回はお前達に任せるが、余り物は頂こう。」

「えっ、な、何……。」

 

 リンセルが腕を両手を振り下ろすと、影の腕が二体の口内へと侵入した。


「あれ、大丈夫……。」

「心配するな、あの程度で死なない。」


 声にならない声を上げながら痙攣し、影の腕は着々と汚されていく。そんな残酷な状態が数十秒程度続いた後、ドロドロに溶けた片栗粉のような物を吐き出した。


「あれがヒール。」

「それいるの?」

「必要な訳ないだろう。」


床にそれを投げ付けると、影は元通りの位置に戻っていく。


「またお会いしない事を祈っている。」

 

 再び影の中へと溶け込んで、リンセルとジャックは闇の中へと消えていった。


会わない方が良い、その言葉は正しかった。狂気的で、残忍。反社会的集団の名に相応しい様相。


「やられたね、アスター。大丈夫?」

「……はい、この間よりは。」

「ええっ!?ちょっと血出過ぎでは……何があったんですか?」

「暴発でこんな事に……でも大丈夫、動ける。この間より痛くない。」


 心配してくれるダイヤさんとエースさんを他所に、例の二人は泡を吹いて気絶したトップの体を調査している。


「この様子だとほとんど覚えていないだろう。そもそも、薬物中毒者にまともな証言が出来るとは到底思えない。」

「同意見、構成員の様子もおかしかったしね。」


 口元にはヒールの残りが付着している。こう近くで見てみると、目の周りは濃いクマで囲われ、腕には大量の傷があり、足からは黒色の液体……匂いからするに、恐らく血、が垂れている。


「薬は何があってもするな。もしどうしても耐え切れなくなったら……クラブにでも頼めば良い。」

「ええ、確かに作れるわね。」


 そう笑って、クラブさんはヒールを指ですくって舐めた。


「それ大丈夫なんですか!?」

「平気よ、私薬物に耐性あるもの。こんな物じゃ大きな瓶で何杯も飲まないと効かないわ。」

「そうなんですか……。」

「さあ、貴方達も手伝って。構成員もトップも含めて、まとめてお縄行きよ。」


そう言えば、僕達は元々この二人の尾行をしていたんだった。


〜*

 路地裏すらも生温い、閑散としたシンエラニズマの最西端。一日の境目が消えたこの場所に、唯一永遠に(ほの)明るい建物があった。

反社会的集団、フェンリルのアジトである。


「つっかれた〜。姉姉、傷大丈夫?」

「問題無い。私の心配をする暇があるのなら、早くドクターの所へ行け。」

「いーやーだー!だって隙あらば解体しようとしてくるんだよ?」

「避けろ。」

「ひっど!もうちょっと心配してよ、俺姉姉の事心配してあげたのに。」


 噂をすれば影がさす。その言葉通り、粘液同士が擦る音と共にある魔物が二体の前に現れる。


「……って、姉姉がそんな事言うから来ちゃったじゃん。」


 首から生えた触手の数は五本。黒を中心として赤、青、黄、緑がそれぞれ滲み、体格は体格はその辺りの男より遥かに良い筋肉質で、色はリンセルよりも浅い黒色をなしている。


「あらあら〜!どうしちゃったの?もしかしてデートでもしてきた?あらっ、ジャックちゃんったら酷い傷!」

「やっほーメミカルちゃん。そうそう、俺達デートしてきたんだよ。」

「違う。ジャックの治療をしてくれ、ドクターに頼みたい。」

「アイツに頼むのお?じゃあ今度注射でも__」

「早くしろ、ナース。」

「んもう、冷たいんだからぁ。」

「ねー?」


かつて白衣だった外套(がいとう)は鮮彩が重なって限度を超え、肌とぴったり重なっている。


「おや、思っていたよりも綺麗ですねぇ。」


 ()の名はマルティ・パナセイン。このしょくしゅ頭を管轄する多重人格の魔物であり、異種的な同族、或いは能力者の身体構造にもっともな興味を抱けなかった闇医者である。


「言わんとしている事は分かりますよ。だから私、行かなくても別に良いと思ったんですけど。」

「少しなら使い物になると思ってな。」

「結果は真逆のようでしたね。しかし、貴女はまだ情と言うものを捨てていないようで。」


 今日は良い解体日和ですね。その言葉にリンセルは溜息で返答すると、彼女は自身の隣に立っていたジャックが消えていることに気付く。

 

「おじょー!大丈夫なの?眠くない?」

「今日は……起きた……。」


 ジャックは紫肌の成熟した女と、白肌の男に声を掛けていた。


「お嬢様!……それと、ボス。」


 女の名はナネット・ノーチャルッシュ。背高の夢魔である。紫と黒のゴシックロリータはその口調と同じように揺れるが、悪魔を象徴するツノと羽は__健常な意味では正しく__大きい。しかし、紫色の瞳はどこか一点を見つめる気はさらさらないようである。


「お嬢が歩きたいと仰っていたんだ。」

「私も同行します。ですが、一つ報告したい事が。」


 男の名はグローヴィス・セロッド。ナネットと隣では白肌が悪目立ちする、フェンリルの頭領を務める吸血鬼。戦闘の内に研磨された赤い宝石は首元の赤い宝石は青い瞳と服によく目立ち、白髪を染め上げていた。


「噂通り一体増えていました。緑髪の青年、人間で言えばジャックと似た歳に見えます。名はアスター。それと……ただの白猫も。」

「能力は?」

「ナイトメア。ボスも一回くらい聞いた事あるでしょ?」

「とても有効には思えないが。」

「俺もそう思ったんだけど〜見てみて?あ、焼け傷は暴発ね。」


 ジャックが全身に付いた切り傷を見せると、皆ぎょっとした顔を見せた。


「ジャック……だいじょうぶ?」

「ありがとおじょー、すぐ治るから心配しないで。」

 

 頭を撫でられたナネットは彼を見上げ、もう一度自分の頭を撫でる。


「能力が()()()()とは言え、警戒はしておく必要があります。仮にも何でも屋……戦闘も慣れていました。猫の方は、今回は何も。」

「ああ、報告感謝する。」


 その内に飽きてしまったのか、ナネットはグローヴィスの袖を引っ張って自分の方に寄せた。


「グロー、早くいこう?」

「待たせてしまって申し訳ない。リンセル、行くぞ。」

「はい。」


 これからこの場所では、彼等が歩く道だけが謁見の間と等しくなるのだ。

三体を見送ると、ジャックは両腕を擦りながらマルティを見上げた。


「ねえマルティ、アスターの事は解体しないでよ?あ、勿論俺も。」

「どうしてですか?」

「だってアイツ、結構面白そうだから。」


 傷だらけの体を撫でて、彼は口角を上げた。


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