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記憶と呼ばれた何でも屋  作者: 四葉ちゃば
第0章 無知こそ最大の罪
15/18

File9.再会(1)

「これをここに置いて……よし!」


 その後クッションやら諸々の必要な物品を夜に買い揃え、組み立てたり何なりすると、二人の協力も相まって簡単に部屋は完成した。

ベットと本棚、壁掛けの剣置き、その為装飾。ついこの間まで広く感じていた部屋は、物を置くとあっと言う間に狭くなってしまった。


「おおー!」

「久しぶりにこの部屋も使われるようになったね。」

「マークは付けるんですか?」

「勿論。……でも、疲れたからまた後で。」


 アナは丸太のベットに飛び上がり、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。



 外はずっと雨が続いていた。湿気がありながら寒く、かと言って厚手の上着を用意するでもない微妙な気温。

あまり好みはしない。


「今日は休む?」

「え、良いんですか?!」

「最近色々あったし。ちょっとくらい休んだって文句言われないって。」

「やったー!……正直、今日休んでも良いですかって言おうか迷ってたんです。」

「なら尚更。濡れたら大変だしね、今日はお店を手伝って。もし濡れちゃったら乾かしてあげる。」


 ぼっ、とクラノスさんは人差し指の上に小さな炎を出した。


「あったかーい!濡れてないけど乾かしてもらおうかな。」

「溶けちゃうかもよ。……ああ、これは私の能力ね。【マザーエンバー】。使い方はほとんどフィーズと同じ。」


 指の上で揺らされる炎は、大きさに相反してこの嫌な天候をからっと乾かしてくれそうなほど暖かい。


「どうして雨が苦手なの?」

「え?ああ……ほら、聞いたことありませんか?吸血鬼は水に弱いって。私はその体質なんですよ、お二人は違いますけど。個体差ってやつです。」


 擦り寄るカーミラさんの周りで指をくるくると回しながら、そういえばとクラノスさんはもう一方の手に薄い紙を一枚出現させ、僕に手渡す。


「ああそうだ、レイ君。これからも仕事を手伝ってくれるなら、彼等に気を付けた方が良い。」


それは、メイド服の女性とハットを被った男が写っている荒い白黒写真。


「フェンリル。目的の為なら何事もいとわない極悪非道な組織。いつか出会うことになるだろうけど、今の君なら避けた方が良い。他にも色々いるんだけどね。」


よく見ると、彼等には黒い液体が付着していた。


「メイド服の女性はリンセル・エクリプス、ハットの男はジャック・アンミーバル。覚えておいて。」


〜*

 そうして数時間後。雨の香りが付いた魔物が何体も来店した後、ここ最近で最も奇怪な客人が訪れた。


「邪魔するよ。」

「いらっしゃいませ。」


黒いローブに骸骨頭、フードから覗く扇型の刃。まさに死神のさまをした魔物。すると、クラノスさんが耳打ちをしてくる。


「常連さん。カフタ・イロストさんって言うから、覚えておいて。骨董品屋の店主。」

「分かりました。」


「いつものを。やっと新しい子雇ったんだね。」

「申し出てくれたんです、レイ君と言いまして。少しお待ちを。」


 雨の香りが広がっていた店内に、豆を煎った時の苦く甘い匂いが立ち込める。


「あとカーミラちゃん、久しぶり。ちゃんと見るのは一ヶ月振りくらい?」

「お久しぶりです!そうですね、最近色々用事があって。」


苺を潰したソースと混ぜれば、完成である。


「うん、美味しい。」

「ありがとうございます。」


出されたコーヒーは頭に注がれ、ローブの中に吸収されていった。


「今日は大雨だし、最近嫌な噂も聞くし、穏やかじゃなくなってきた。変わらないのはここの店と、良い骨董品くらいだ。」

「それはそれは。ところで、その嫌な噂って?」

「何だっけな。……ああ、そう、“フェンリル”だ、フェンリル。下っ端の出来が悪いとかで上層部がカリカリしてるとか。」

「それは嫌な噂ですね。」


それから少し経ち、コーヒーを飲み干したカフタさんは店から出て行った。


「また来て下さいね。」


店内が三人と一匹だけになったところで、カーミラさんが心配そうに呟く。


「……もしかして、会っちゃいますかね。」

「警戒はしておいた方が良いね。」


〜*

「濡れてるなぁ……。」


 夜になって一層雨が強くなり始め、僕はクラノスさんから外の植物の移動を命じられていた。

煉瓦造りの鉢植え満杯に植えられた小さな紫色の花からは雨粒が垂れ、小さな積乱雲となっている。


「にゃ。」

「アナ。濡れちゃうよ、傘の中に入って。」

 

 鉢植えは雨水を含んだ土で重くなり、動かす度に僕の手足を濡らした。


「よっし……。」


屋根の下にそれを移動させ帰ろうとすると、ふとアナがその鉢植えを覗き出す。


「何かあった?」


ただただじっと、僕に部屋探索を促した時と同じような眼で、何の変わりもないそれをじっと見つめて。


「にゃあむ。」


やっぱり何も教えてくれずに、アナは僕を通り抜けて喫茶店へと帰っていった。


 彼女を追い掛けて戻ると、いつの間にか黄色いガーベラの頭をした魔物とフィーズさんがいた。その隣では、カーミラさんが何やら憤った様子で声を上げている。

「情けないなぁ!別にいつもの事じゃないですか!」

「そんな事言っても……ああ、レイ。」


花頭の魔物は僕の右胸に付けているバッチを見るなり、椅子から立ち上がって握手を求めてきた。


「初めまして、私はゲーベル・ラゴット。彼が働いている病院の院長をしている。もし体調が悪かったり、怪我が酷かったりしたら、気軽に来てほしい。すぐ近くにあるから。」

「レイ・ホープです。よろしくお願いします、ゲーベルさん。……ところで、一体何の話を?」

「ああ、これは__」


 言いかけて、フィーズさんはえらく焦って僕等に身体を向けて来た。


「先生!これ以上広めるのは僕の精神が……。」

「若い子の意見は大切にしないと。」


 その様子を笑いを堪えながら見ていたクラノスさんが、カップを拭きながら言う。


「フィーズがカリファと週末デートに行くんだって。」

「クラノス!?」

「先生は止められたけど、私は止められなかったからね。」

「ああ……。」


 やっぱりあの二人、そういう関係だったのか。


「流れで分かるだろう、普通…………これで全員に知られた……。」


 が、フィーズさんはカウンターにうつ伏せになり、顔をごしごしと擦った。隙間から見える顔は若干……赤くなっているように見える。


「……デート、ですか。」

「別にいつもの話なんですけどね、暇さえあれば二人で居るのに今更何言ってるんだか。」

「……苦い物は幾ら食べても苦い。」

「え、カリファさんとのデートって苦いんですか!?」

「違う!今のはただの比喩で……そんな苦いなんて、むしろ砂糖より甘いと言うか、いやそれは誤解で……。」

 

 今まで出会って約一ヶ月。まだ素性までは知らなくとも、少なくとも今までこんなに慌てふためくフィーズさんの姿は見た事がなかった。

失礼だけど、ちょっと面白い。


「えっと、が、頑張ってください……。」

「頑張るも何も、絶対相思相愛ですよ。だと思いません?皆さん。」


まあ、と僕とフィーズさん以外の全員がうなづく。


「ほら。レイ君はどう思います?」

「僕?僕は……まあ、凄く仲が良いなとは思っていたけど。もしかしたら、もう既にそう言う関係なのかなって。」


そう正直に答えると、カーミラさんは眉を(ひそ)めながら、ここぞとばかりに彼を指差した。


「ほら!こんな短い期間でもこうやって思うんですよ!と言うか自分でも両想いだなって思いません!?」

「……分からない。」

「何言ってるんだこの悪魔。」


続いてヘタレだの長いだの頑張れだの言われ、いよいよ痺れを切らしたのか、フィーズさんは突然勢い良く椅子から立ち上がって机を叩く。


「とにかく!もう、分かった。分かったから……明日も早いから、今日は帰る。」


それを怖がる様子もなく、二体の“長”はケラケラと笑った。


「折角だから聞かせてあげなよ、惚気話とか。」

「そんな物は無い。」

「とか言って、実は一つくらい?」

「先生もからかわないで下さい……ただでさえ今日ソネールとミアさんに色々言われたんですから。」


 代金を置いて、二体は店を出て行く。


「今度こそ告白して下さいよー!」


最後の一押しに言われたカーミラさん言葉に、一瞬だけ足を止まらせてから。


「カリファの事となると一気にああなるんだから。」

「いつからあの状態なんですか?」

「もう随分前だよ、彼女がここに来た時位かな。」

「長すぎでは……私が来る前ですよね?」

「うん、結構前だね。」


 カップを回収しながら、クラノスさんは何かを思い付いたように含み笑いをする。


「そうだ、折角だから尾行してみない?レイ君の練習にもなる。」

「尾行……ですか?」

「そう。仕事柄、誰かを尾行して情報を得る事も少なくなくてね。仕事となったら間違えたら不味いけど、知り合い相手ならどれだけ失敗しても大丈夫。」

「複数で行くと怪しまれませんか?」

「って思うでしょ。本当は逆で、尾行は一人の方が怪しまれやすい。何たって自分の背後からずっと同じ奴が着いて着ているんだから。でも複数人だと恋人とか友人とかに見られてそこまで警戒されないし、ターゲットを見失いずらくなる利点もある。勿論、上手くやる必要はあるけど。」


 納得する前に、カーミラさんが手をパンと叩いた。


「したい!したいです!」


 今までで一番興奮している。

 だけど確かに、あの冷静なお二人が本当にお互いの事を想っていて、しかも関係が発展する過程を見れるのなら凄く気になるし、それと一緒に知識を付けられるなら行かない選択肢は無い。


「僕も……気になるかもしれないです。」

「よし決定。それじゃあ、観察会と行こう。」



 この間買って頂いた薄手の上着、変装用に貸してもらった眼鏡と帽子、そしてメモを取る為の小さなノートと鉛筆。準備からどこかで見た物語のようで、内心興奮が収まらない。


 そして当日。二人を家から尾行する話になり、喫茶店からそう遠くない場所のフィーズさんの家に来たのだが……

僕は一つ気になる事があった。


「……あの二人、家隣同士なんですか?」


 話には、“仕事のため”と言う理由でフィーズさんとカリファさんは家が隣同士らしい。


「そうだよ、更に言えばお互いの家の合鍵持ってる。」

「割と頻繁に出入りしてますよね。」

「……それでまだ付き合ってないの?」

「そうですね。」

「実は内緒で付き合ってたみたいな事は……。」

「無いね。ああでも、両想いだよ。厳密に言うなら両片思い?」

「えっ?」


 そんな話をしていると、二人の家の扉が同時に開いた。


「二人で出掛けるのも久し振りね、今日は誘ってくれてありがとう。」

「こちらこそ。時間が許して、君が飽きたと言わない限り一緒に過ごそう。」

「あら、それなら文字通り永遠に私と一緒にいることになるわよ。今日はどこに連れて行ってくれるの?」


最初から怪しい会話をしている二人に、カーミラさんはまたかと軽い悪態を付く。


「さあ行くよ、仕事の時間だ。」

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