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記憶と呼ばれた何でも屋  作者: 四葉ちゃば
第0章 無知こそ最大の罪
14/18

File8.ライフラインの基礎

 それから、手伝い初めて早くも二日がたった。今のところは特に何事もなく仕事を続けられ、何かが起きそうな気配も無い。


「おはよう、はいこれ。」


いつも通り階段を登って喫茶店の中に入ると、小さな何かが投げられた。


「うわっ!?って、これは……。」


 その正体は白い星形のバッチ。金の縁で囲われたそれは太陽の光を受けて輝き、どこかで見たことのある作りをしている。


「象徴みたいな?みんなそれぞれバッチを持ってるんだよ。例えば私は黄色のダイヤで、カーミラは赤いハートで……後で見せてもらいな、説明するよりずっと早い。ついでにエプロンも作ったから、今日からそれを着てね。」

「ありがとうございます。」


 そんな会話をしていると、まだ開店前なのにも関わらず店の扉が開かれる。そこにはフィーズさんが立っていた。


「噂をすれば何とやら。早起きだね、何か用事でも?」

「ああ、二つだけ。傷の確認と、もう一つは二人の同意が必要で。ここで包帯を外しても構わないかい?」

「いいよ、きっともう大丈夫だろうし。」

「ありがとう。レイ、服を脱いでくれ。」

 

 言われた通り服を脱ぐと、先日背中に巻いた包帯が徐々に外されていく。思えばもう痛みは無く、傷があった場所を包帯が擦っても何も感じない。


「再生能力はまずまず……これなら、もう外しても大丈夫だ。」

「もう治ってるなんて羨ましい。」

「君の傷はまだ昨日のように残っているのに。」

「それだけ仕事熱心って事だよ、褒めて欲しいな。それで、もう一つは?」


 包帯をゴミ箱に捨てると、フィーズさんは肩に掛けていた鞄の中から皮作りの細長い五角形の入れ物を二つ取り出した。(さや)、のようにも見える。


「剣仲間として、良ければ一緒に練習でもと思って。」


 入れ物から出てきたのは、僕の双剣だった。

よく見慣れた緑色と赤色の剣。刃はしっかりと磨かれて輝いているが、今まで付けた傷はしっかりと残っている。受け取ると安心した重さがあった。

剣の練習、これがクラノスさんが言っていた訓練なのだろう。


「お願いします!」

「……勢いが良いね。クラノス。」

「吸血鬼使いが荒いんだから。」

「いや、君にも協力して欲しい。能力について気になる事があったんだろう。」

「親切だね。じゃあ時間もないし、今日は上から始めよう。二人とも、ちょっと腕貸して。」


 腕を掴まれて、そのままふわっと浮かび上がるような感覚があった後、僕等は森の中に立っていた。

 

「私の瞬間移動は、物や自分だけではなく他の人も一緒に転移出来てね。とは言えあんまり大人数を運ぶと凄く疲れるんだけども。何回も使っているから分かっているかな。……そんな話はさておき、ここが訓練場!申忋(しんかい)山って言うんだよ。緋ノ国とボンテラスっていう国を繋ぐ山。」

 

極めて一般的な山だ。見渡す限り木が立ち、地面は土草のまま舗装されていなく、日に当たって暗がりは少ない。そして、全体的に青い。


「お先にどうぞ。」

「どうも。レイ君の能力について、幾つか気になる点があってね。私に技を使ってくれるかな?」

「え、大丈夫……ですか?」

「勿論。遠慮はしないで、今の全力を見せてほしい。」

「それじゃあ、お願いします……ナイトメア!」


 数日前の戦闘と同じように、僕は黒霧でクラノスさんの事を覆う。霧の辺りから小さく切り裂く音が聞こえてきた。この霧が先日と同じなら、今頃あの中で傷だらけの筈だ。


「なるほど。」


 しかし、霧を払った彼の体には何の傷も付いていなかった。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、それではこの間と矛盾する。


「大丈夫ですか?」

「この通り傷一つも付いていない。これは君の能力の説明と合致はするけど……それだとおかしいってことは分かるよね?」

「はい。モウルッシュには効いていましたし。……種族が関係あるとしても、あれだけに効果がある理由も分かりません。」

「そうだよね。実はね、レイ君は先日黒と紫の二種類の霧を使っていたんだ。もしかしたらそれに違いがあるのかも。見たところ、紫の霧は“霧の内側”に、黒い霧は“霧の外側”に攻撃を仕掛ける。」

「え、じゃあ僕、今まで勘違いしてたってことですか!?」

「そう思うなら、今度は紫の霧を使ってみて。モウルッシュに効果があった事は覚えてるね?」


今度は紫色の霧でクラノスさんを囲う。数秒間そのまま静かな状態が続いた後にまた出てくると、確かに傷が付いていた。しかし先日のようにズタズタに切り裂く訳ではなく、少し服が破け、顔に切り傷が付く程度。


「やっぱり。あれは死に場の馬鹿力……覚醒したからだね。」

「覚醒?」

「一時の怒りや悲しみで、本来ならばあり得ない絶大な力を手に入れること。でも、その力の根源はあくまでその時の感情だから本当に手に入れた訳ではない。……ちょっと難しいかな。つまり、この間みたいな力を使う為には、ある程度強くならなきゃいけないってこと。」

「なるほど……。」


 それなら尚更、今のままであちらに帰るわけにはいかない。

 

「まあ、覚醒条件が魔界に来て、見ず知らずの少年を助けるのだとしたら大分おかしな話になるが。それなら、ずっと前になっていてもおかしくない筈だ。」

「それはそう。ああ、もうこんな時間だ、そろそろ準備をしないと。帰りは自力で頼んだよ。」


 そう言って、クラノスさんは僕等の前から消えてしまった。


 

「……さて。」


 見届けた後で、フィーズさんは小さく息を吐く。そして先程と同じ鞄の中から木の剣を三つ取り出して、その内の二本を僕に差し出してきた。


「訓練にはこれを使う。」


双剣を適当な木の幹に寄りかからせ、渡された二本を両手でしっかりと握り締める。彼は左手で剣を持つと、剣先を向けた。


「能力は使わない事、あくまで剣の実力を見るだけだ。情けや遠慮は要らない。」

「……よろしくお願いします!」


 今まで父や学校から教わったのは、戦いの主導権を握るように動くこと。ただ力任せに振るだけだと、簡単に隙を取られて負ける。



 剣同士がぶつかって、ガン!と木に似合わない音が鳴った。

重い!これでは簡単に押し負ける。押し退けるように剣を振って、一度距離を取るが、休む間も無く(つば)迫り合いとなった。しかし、一瞬の内に右手の剣が弾かれ、あっと思った隙に間合いを一気に詰められる。確かに首元を狙った剣を防ぐが、衝撃で片足を付く体制になった。


「本当だったら能力で殺される。」

「そう……ですね!」


 何とか力を込め、剣と剣との間に隙間を作る。が、それを見て立ち上がった瞬間に首に剣先が当たった。

本当の戦いなら、死んでいる。

……強い。まるで歯が立たない。


「防げなかったね。」

「……流石です。」

「悪くはない。基礎的な事は出来ているから、そこら辺の魔物相手には対処できるだろう。だけど、次の動きが分かりやすい。……詳しいことは今からやってみよう。」

「よろしくお願いします!」


 それから素振りをしたり、剣の効果的な振り方を教えてもらったり、もう一度戦ってみたりすると、気がつけばもう体力が底を付いていた。が、幸いなことに僕だけでは無かったらしい。


「……一旦休憩しよう、流石に疲れた。」


 木陰に入って座ると、徐々に息が整っていく。火照った体は冷たい空気に包まれて安静を取り戻した

……?この冷たい空気はどこから流れてきているのだろう。

ふと隣を見ると、僕等の間に小さな氷の塊が生まれていた。


「氷……。」

「暑いから。……【オーソリーズ】これが僕の能力。こんな風に氷の塊を生み出したり、簡単な武器を作ったりすることが出来る。」

「夏には最適ですね。」

「君、カーミラと同じ事を言うんだね。」


 少し笑って、僕はある事を思い出した。


「……あそうだ。フィーズさん、今バッチって持ってますか?よければ見せてほしくて。」

「バッチ?持っているけど。」


 フィーズさんは胸ポケットから同じ作りの青いスペード型バッチを取り出す。それを僕に手渡すと、幹に体を預けた。


「バッチとコードネームは一致している、だから僕はスペード。君は何になるんだろうね。」


 太陽に晒すと、バッチは丁度半分だけ斜めに傷が付いている。


「順当に行くならスター、とか。」


返すと、ぼーっとそれを見つめながら、彼はほとんど無意識のように呟いた。


「……殺してはならないって、中々不思議な規則だと思わないかい。」


 まるで他人事のように。


「まあ……。」

「実は絶対ではないんだけど。“特例は除かれる”。例えば、世界の危機とか。」

「あったんですか?」

「もしかしたらあったかもしれないし、僕の妄想かもしれない。」


 剣を持ちながら立ち上がり、土を払いながらフィーズさんは溜息を吐いた。


「悪い、余計な話だった。続けるよ。」


〜*


「あ、丁度良いところに。」


 列車に乗って昼過ぎには店に戻ると、カーミラさんが丁度外に出てきた頃だった。彼女の手にはそれぞれハンマーと数本の木板があり、到底一人で持つような荷物ではない。完全なる過積載だ。


「持つよ。」

「ありがとうございます!でも、このくらいへっちゃらです。」

「カーミラ、今日は早いね。そんなに早いなら君も誘えば良かった。その荷物は?」

「次お願いします!これは、ほら、レイ君ずっと医務室暮らしじゃないですか。流石にそれは駄目かなぁと思って、色々作ろうと思いまして。今途中だったんです。」

「それなら僕も手伝うよ。それに、女の子一人じゃ危ないし。」

「本当ですか!?じゃあお願いします!そうだ、フィーズさん。訓練から戻ってきたら話があるってクラノスさんが言ってましたよ。」

「それなら先に戻っているよ、怪我には気を付けて。」


 フィーズさんと別れ、カーミラさんに着いて行くと、店から離れた所に切り株と二本の丸太が置かれていた。切り株の上には大きな斧が置かれていて、木屑が広がる周辺には作業台と、彼女の腕の物より小さい木板が積み重ねられたままになっている。


「私が斧で切るので、ネジをつけていてください。」

「危ないよ、絶対逆の方が……それに、結構重いと思うし。」

「そうですかね?むしろレイ君がやる方が危ないと思うんですけど……分かりました。もし重かったら言ってください、変わるので。」


 作業台から斧を取ると、想像通り相当重い。これを彼女が持つのはまず不可能だろう。


「横に切ってくださいね!」


 斧を振り上げる。意図せず体がよろめくが、何とか振り下ろした。

振り下ろそうとした。

腕は思った通り動いてはくれず、重さと反動に負けて手から斧が離れる。


「うわっ!?」


 飛んだ斧はそのままカーミラさんの方へと向かい、


「危ない!」

「え?」


そして、ぶじゃっ、と嫌な音が聞こえた。

 飛び跳ねたいびつな球体は壁に跳ね返って、仕組まれたように僕の下へ転がってくる。白銀の糸の塊の内側で薔薇色の単が下を向き、最後に開けた口はそのままになっていた。


 頭だ。

 カーミラさんの首が飛んだ、のだ。


「え……え……!?」


 殺した。

殺してしまった。!

とりあえず二人を呼んでこないと!


「うーん。」


 二人を呼びに行こうと走り出したその時、再び彼女の声が聞こえた。


「また飛んじゃった。」


音源は足元の頭。もしかしてまだ生きている?いやそれにしたって一度呼びに行かないと!まだ何とか生きているだけかもしれない。


「カーミラさん!?ちょっと待ってて、今二人を呼んでくるから!」

「大丈夫ですよ?」

「……え?」


 そんな焦りとは裏腹に、カーミラさんの頭はこちらを見ながら、いつも通りにこにこと笑っている。


「私が首切られたくらいでへたれる訳ないじゃないですか、頭と体くっつけてくれれば大丈夫です。」

「本当……に?」

「はい!」


 すると、棚に支えられてそのままの形を維持していた首無しがこちらに向かって歩いてきた。


「えっ、ああ……。」


 体はそのまま頭を持ち上げて、残った首にそれを強く押し付ける。すぐに二つは……二人?は接合して傷一つも残さずに元通りになり、何事も無かったかのように動き始めた。


「逆じゃないですか?」

「あ、うん……大丈夫、だいじょうぶ。」

「良かった、間違えたらもう一回切らなきゃいけないんですよね。」


さり気なく怖い事を言いながら、僕が両手で持つのに一苦労だった斧を片手で軽々しく拾い上げて、その代わりに持っていたハンマーを渡してくる。


「やっぱり私が切りますよ、そんなに重くないですし。」

「うん……いや、そんな事より、本当に大丈夫なの?傷……。」

「全然平気です!よくある事なので。あでも、普通は死んじゃうのでやっちゃ駄目ですよ。」


 よくあっては駄目なんじゃ。


 斧と比べれば軽いハンマーでネジを叩いていると、近くから薪を割る音が聞こえてくる。


「凄いね。」

「当たり前じゃないですか。なんてったって、私【怪力】ですから!」

「もしかして、それが能力?」

「はい!なので、もし何か運んで欲しい物とか、捻じ曲げて欲しい物がある時には教えて下さい。」

「……あるかな、捻じ曲げて欲しい物。」

「金属くらいなら大丈夫ですよ、骨とはよく折ってます。」


 いくらかその状態が続いて、棚も後一つのネジを付ければ終わるという頃。突然ぽつ、と手の甲に透明な斑点が浮かび上がる。冷たく、それでいて小さく、ある意味乱雑で、あっという間に広がってくる。


「って、まずい!雨ですよ、雨!」

「早く中に入らないと!」


 ハンマーと出来かけの家具を持って、僕は慌てて店内へと走った。


「レイ君!そっちだと遠回りになっちゃいますよ!?」



 店内はアナを撫でているフィーズさんと、窓をじっと見つめているクラノスさんの二人だけだった。


「いきなり降ってきたね、濡れなかった?」

「何とか……。」


 そう言えば、カーミラさんはどこへ行ってしまったのだろう。


「棚預かるよ、後でちゃんと完成させよう。」

「ありがとうございます。」


 その時、地下へ続く扉から三回のノック音が聞こえた。


「どうぞ。」

「ちょっと濡れちゃいました。」


開けたのは他でもないカーミラさん。


「カーミラさん!?一体どこから……。」

「普通に窓から……ああ!そう言えば使った事なかったですね!地下の窓って、早く仕事に行く為とか、遅刻しないようにとか、何より空気の為とか色々目的があるんですよ。後で外の入り口教えますね。まあ、そんなに使わないんですけど。」

「その話はそこまでにした方が良い。」

「にゃあ。」


 フィーズさんの警告に合わせて、雨に濡れた魔物たちが一斉に店内へと入ってくる。瞬く前には聞こえていた雨の音が、声にかき消されるようになった。


「ええ……?」

「部屋作りはまた後になりそうだね。」




 

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