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記憶と呼ばれた何でも屋  作者: 四葉ちゃば
第0章 無知こそ最大の罪
13/18

File7.きっと正しい尋常

 

 仕事が終わり、喫茶店に戻ってきた僕はその霧で様々な依頼をこなし、全員から称賛された。

__なんて妄想事は無く、医務室のベットに固定された僕はフィーズさんから治療をされていた。


「痛った!!」

「動かないでくれ、やりにくい。」


 消化液は想像よりずっと深く体を侵食し、肉には木の枝やら石の破片やらが散らばって随分酷い状態らしい。


「麻酔とか無いんですか……痛いいたい!!」

「ただの傷の治療だろう。それに、これからもっと痛い事は幾らでもある。君がここに残るなら。」


机上で相変わらずの様子で鳴くアナは、僕の顔をじっと覗き込んできている。


「うう……。」


残りの三人は、魔法に付いて記されている本を読んでいた。


「やっぱり、ナイトメアが魔族に有効だ、なんて記載は無いね。そもそも珍しい能力だから、情報も少ないし。だから気になるところも多かったんだけど。」

「でも、玉参さんは何か転機があれば変わるって仰ってましたよね。それって、やっぱりレイ君がここに来た事なんでしょうか。」

「ねえレイ、最近他に何かあった?」

「ここに来た事以外は特に……いや、何も無かった訳じゃないんですけど……。」


その内、更に薬品が追加される。


「痛い!」

「フィーズは何か知らないの?」

「僕は何も。そう言う話なら、君達の方が詳しいと思うけど。」


ううんと、三人の唸り声が揃う。


「それなら私、明日学校で調べてみます!」

「もし時間があったら私も手伝うわ、個人的にも調べてみたい。」



 幾らか経ち、やっと解放されてベットから起き上がると、嫌な痛みが全身を襲った。


「折角傷が治って来た頃だったのに、君も不幸だね。」

「今度はどのくらい掛かるんですかね……。」


 渡された緑の液体入りの小瓶__回復薬は痛む体を慈しむように甘いが、憔悴した体にはよく響く。


「そこまで掛からないと思う。……普通の体質なら、の話にはなるが。」

「そうなんですか?」


 道具の片付けをしながら、フィーズさんは言う。


「他の魔物にも言えることだけど、特に吸血鬼は自然治癒力が高いんだ。今回は傷が酷いから処置を行っただけで、軽い怪我なら一瞬で治る。」


その傍ら、クラノスさんの方を一瞥して。


「……一部の特例を除いて。」

「当たらなければ怪我はしないから。」


一国のお姫様をお師匠と呼んだり、僕を何でも屋に誘ったり、その他の事も含めて、色々と気になる点が多すぎる。

 僕達の視線を逸らす様に軽く肩をすくめて、クラノスさんは壁にかけてある時計に目を向けた。


「とりあえず、一旦解散した方が良いね。」

「ああ。それじゃあ、何かあったら報告してくれ。」


 お大事にの一言を皮切りに、二人は去っていく。


「リーダー、あの二人これからどうすると思います?」

「寝るよ、流石に。」


 ベットに登ってきたアナの柔らかい体を触ると、嬉しそうに尻尾を振った。いつ抜け出したのか彼女の体には傷一つ無く、むしろ数時間前よりも元気そうに見える。


「ねえ、いつ僕の胸から抜け出したの?」


相変わらずの様子で、彼女はにゃあと鳴き声をあげた。


〜*

 それから結局、一日は痛みと疲労でまともに動けなかった。しかし、あんな大事(おおごと)があったのにも関わらず皆いつもの様子で生活をしており、何なら地下で何かの作業をしている。


「凄い体力だ……。」

「にゃあ?」

「僕には難しいかな。」


それを聞きながら、頭の中にもう一度なぜ勧誘されたのかと考えが浮かんだ。

これからもあれが続くのだとしたら、僕に出来るのだろうか。



 そしてあの事件から二日後。大分回復した僕は、再び地上へと顔を出した。店内はなんとも例えようがない香りが充満し、昨日の怠惰とは関わらず食欲をそそられる。いるのは三人だけ、カーミラさんは学校だろう。


「おはよう、動けるようになったみたいだね。痛みは?」

「だいぶ良くなりました。」

「良かった、それなら再生能力はそこそこってところかな。はいこれ、朝ご飯。」

「ありがとうございます。」


 受け取ったトースト皿の下では、紫色の唐辛子みたいな何かが捌かれている。香りは皿の軽い鉄になり、僕の顔いったいに良い香りを放った。


「ありがとうございます。あの……クラノスさん。もし今、僕が帰りたいかもって言ったらどう思いますか?」


口にする前、不意に僕はそんな事を聞いてみる。はっとした。包丁を動かすその手が止まって、まな板の上に置かれる。


「そこまで不思議な話ではないかな。もしかして迷ってる?」

「……少し、だけ。誘ってくれたのは嬉しいんですけど、あれを続けていく勇気が無くて。でも、今のまま帰っても殺されるだけだと思うんです。能力が効いたとはいえこんな姿ですし、僕より強い能力者も、勘が鋭い人も沢山いますし。」


 考える仕草をして、彼は確かにねと首を一度縦に振って笑ってくれる。


「それなら、君が帰っても良いと思えるようになるまで一緒に訓練でもする?」

「訓練、ですか?」

「そう。ここには君も知っての通り嫌な奴がわんさかいる。そういう奴等が一昨日みたいな事件を起こすんだけど、私達だって最強じゃないからね、暇な時には集まってみんなで訓練をするんだよ。良ければ一緒にどうかな。」


 つまり、色々な所からお墨付きの魔物から指南を受けられる訳だ。能力が効いた理由も不明、武道は基本的、そんな事では帰ってもきっと殺されるだけ。

とは言え仕事を続けていく技量なんかは無いが、あっちに帰るよりは幾分かマシかもしれない。


__そしていずれか、あの目的を知る。


「それは、是非お願いしたいです。」

「良い返事だ、ならそうしよう。とは言っても、何をするにも怪我が治ってからだね。とりあえず食べなよ。」


 トーストは揚げたのか、噛むとベーコンと卵の合間に少しガリッとした食感があった。

 改めて喫茶店を見る。複数人掛けのソファ、いくつかのカウンター席、を拭いた形跡が見られる掃除後の薄い水張りでくっついた窓の柄。一人でやっていくには少し大きな店だ。


「全くの別件になるんですけど、このカフェって、ほとんどクラノスさんだけで運営しているんですよね?」

「カーミラが手伝ってくれる時以外はね。何、そんな事言ってくれるなんて、手伝いでもしてくれるの?」 

冗談っぽく笑うクラノスさんに、僕はトースト置きながら答える。


「色々お世話になってるな、って思って。もしかして人間って思われますかね。」

「……本気だったんだ、今怪我が治ってからって話をしたばかりなのに。気持ちは嬉しいし、人間だってことは普通分かりやしないけど、良いの?」

「もちろん。ここに住ませてもらっているんですからそれくらいの手伝いはさせてください。一か月間何もしていなかった訳ですし……。」


 少し考えた後、彼は首を縦に振った。


「それは事情があったでしょ。でも、そういう言ってくれるならお願いしようかな。エプロンは……流石にやめておこう。明日までに縫っておくから、今日はそのままお願い。ありがとうね。」



 初日ということで、僕に頼まれたのは料理を運んだり皿を洗ったりといった簡単な仕事だった。この店は“カメリア”というらしく、常連らしき魔物から何度も『やっと新しい子を雇ったの』と驚かれ、アナは営業に干渉しない程度で歩き回っては客に可愛がられていた。



 そして、夕方。


「ただいまでーす!あれ、どうしてレイ君がカウンターの中に?」


 大きなキャンバスを抱えたカーミラさんが学校から帰って来た。


「お店を手伝って貰うことになったから。」

「なるほど。じゃあ、依頼って事ですね!」

「いや?いや、うん。そうかもしれないね。」


 カウンターにいる僕を、鞄から取り出した鉛筆越しにじっと見つめてきてうんと言うなり、申し訳なさそうに眉を顰める。


「それなら、実は私もレイ君に頼みたい事がありまして……ああでも、時間掛かっちゃうなぁ。」

「契約続行なら良いよ。」

「じゃあ、一日だけ延長させてください!レイ君、私の依頼聞いてもらえますか?」

「僕にできる事なら……。」



「……カーミ」

「動かないでください!ちょっと動いただけでも変わっちゃうんです!」


 絵のデッサン人形。

絵を描く時なんかにはよく用いられる、関節が球になっているあれである。


僕に頼まれたのは、その代わりだった。


片手には少し重いティーカップを持たされ、視線は下に。そんな状態が、もうきっと何十分も続いている。

お客さんから『頑張れ』と励まされ、時に同情され、終いにはいつやってきた分からないカリファさんに『不運ね』と言われる始末。


鉛筆を走らせる音の速度が徐々に早くなっていくのに反比例して、僕の腕は今にも限界を迎えようとしていた。


「丁度レイ君みたいな体格の男性が欲しかったんですよ。でも中々いないんですよね、引き受けてくれる魔物。」

「球体間接人形は?」

「大きさをちゃんと見たかったので、あれだと少し物足りなくて。」


数分前から腕の震えが止まらない。


「でも……そろそろ良いかな、このくらいあれば描けそう。」


流石にもう限界だ!と腕から力が抜けた瞬間、鉛筆の音が止まった。


「もう大丈夫です!レイ君、ありがとうございました……って、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫……。」


 ティーカップを持った腕が垂れて、ようやく暇になってくれる。


「お疲れ様。」


 すると、カリファさんが肩に手を置いてきた。


「ちょっと休憩したら、次は私に着いてきてくれる?」

〜*

 

「そういえば、カリファさんは昼何のお仕事をしているんですか?」

「あら、言ってなかったわね。私薬学教師をしているの、カーミラが通っている学校で。ごめんなさい。こんな仕事をしているから、自分の事を話すのは躊躇ってしまって。」

「ああ……口外されたら取り返しの付かない事になりますもんね。」

「ええ。さ、着いたわよ。」


 少し歩き、到着したのは白煉瓦造りの大きな建物だった。

ショーウィンドウから覗ける店内は文字通り明るく、活気に満ちており、所狭しと洋服やら帽子やらが並んでいる。


「ここは百貨店。さ、私の買い物に付き合って。」


 相変わらず人間の様相をなさない住人達は、その姿形に合わせて吟味し、時にかか、と外にまで響きそうに笑っている。


 そこで行われたのは、質問の嵐だった。

 

「私青色が好きなんだけど、好きな色ってある?」

「緑です。」


「どっちのベストの方が良いと思う?」

「右の方が。」


「そろそろ暑くなってくるから、薄いズボンが欲しくてね。貴方は普段どんな物を着るの?」

「何だろう……普通に茶色とか、黒とかです。後は学校用のものとか。」

 

 気に入ったものはどんどんと買い込むタイプなのか、いつしか大きなカゴは大量の洋服で埋め尽くされた。この時期には似合う寒色を大半にして。

金額は……考えたくもない。


「持ちますよ。」

「良いわよ、このくらい。」

〜*


「はいこれ。」


 それからカフェに戻って来ると、カリファさんはそのカゴを僕に差し出してきた。


「え?」


同時にクラノスさんに目配せをすると、カウンターの下から僕の制服が出てくる。


「制服!?いつの間に!」

「本当はさっき渡そうと思ったのだけど、依頼を受けていたから。返すのが遅くなってごめんなさい。」


 制服は一月前と比べると見違えっていて、パッと見では新しい物に見える。


「凄い……ありがとうございます!って、この洋服はカリファさんが買った物では?」

「私は買い物に付き合ってって言っただけよ。自分の洋服を買うなんて一言も言ってない。じゃあマスター、また来るわ。」

「気をつけて。」


 カウンターに銅貨を数枚置いて、カゴを返す間もなくカリファさんは外へと出てしまう。

つまり、この洋服は全て僕の為に。


「……あっ!カリファさん、ちょっと待って下さい!」


 追いかけようとする僕を引き留めたのは、エプロンを着たカーミラさんだった。


「多分返そうとしてもはぐらかしますよ、私もそうだったので。」

「どういうこと?」

「私がここに来た時もそうだったんです。買い物に付き合ってって百貨店に連れて行かれて、ここに戻って来たら服を渡されて……その後も色々買って貰って、申し訳ないから返そうとしたら断られたんです。だから、今回もそうなるかと。」


 そう言って、彼女は息を吐いた。


「いつの間にか似ていたな。……そうだよ、どうせ言っても聞かないんだから、貰っておいた方が良いと思わない?それにほら、君服無いし。」

「それはそう……ですけど。」

「後でお礼を言えば大丈夫だって。そんな事より、好きな形ある?トランプのマークと三日月以外で。」

「星、とかですかね。」

「分かった、ありがとう。」


 カゴいっぱいの洋服から、()が選んだ緑色のベストを取る。

後でちゃんとやらないと。


「ついでにお仕事用の服も選んじゃいましょうよ!あ、そのベストとかいい感じ。」

「お客様が来るまでね。」


 かくして、久々の仕事は終わりを迎えた。


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