File6-3.古耄碌(3)
「ナイトメアッ!」
__その全身を、紫霧で覆う。
声にならない金切り声を上げて、ものの数秒でズタズタに切り裂かれたそれは倒れ伏した。
「……え?」
が、すぐに再生して攻撃を仕掛けてくる。何が起こったまま分からないまま、ただ本能で回避をすると、カリファさんが声を上げた。
「中を攻撃して!舌を切っても再生するだけよ!」
舌の先に見えた妙に赤い場所。それは守られている、とも言えるのかもしれない。
「分かりました!」
近くに落ちた剣を拾い、閉じられる前に右手のなまくらを投げて開いたままにする。
口内を黒い霧で覆うと、舌のようにあっという間に数多の切り傷が付いてモウルッシュはその場に倒れ伏した。
しかし、その報復にかぱりと別の口が大きく開く。
反応できない__もう一度飲み込まれる覚悟で、目を瞑る。
……いつまでも想像していた熱さが来ることは無く、それどころか周囲が寒くなる。
「もう一体は救出した。傷が酷いなら、君もそこにいるんだ。アナもそこに。」
恐る恐る目を開けると、白い霜に包まれたモウルッシュとフィーズさんが立っていた。
「……大丈夫、です。」
手には氷で作られた剣。霜は足元まで伸びていて、冷気が周囲を支配している。
「すぐに終わらせよう。」
片手の剣を握りしめる。いくらか冷たい煙と血は混じり合って、ぷつぷつと音を立てていた血管を冷やした。
その内に、再び体が熱を帯び始めた。動いたからではない。もっと人工的で、でも自然的な、周囲を巻き込むもの。
「新入りくーん!」
その方を向くと、炎球を持つクラノスさんが。いつも通りの余裕だが、その背後にはあの舌が迫っている!
「危ない!」
ほとんど反射的に彼を黒い霧で覆うと、頭上の舌は切り裂かれる。
「おお、凄い。」
そうして、炎の音がよく聞こえるようになった。
〜*
幾らか経ち、辺りは静寂に包まれた。投げ飛ばされた柔らかい体は糸の餌食となって、炎の香りを冷風が運んでいる。
霧は、もう晴れていた。
「治療と処理をしないといけないね。彼の傷も酷い。」
久しく動かした体が、剣を失って地面に垂れる。視界に映った腕と手は格好が付かない程ぐたぐたになり、足も随分震えてる。
呼吸さえ詰まるが、何だか悪い気はしなかった。
「そうしたいのは山々だけど、騒がしすぎたみたい。」
遠くから騒々しい声が聞こえてくる。
「にゃあ。」
「そうだね、仕方ない。あの魔物だけ陰で治療して、私達も帰ろう。」
頭上に広がる明るい漆黒は、少しぼやけて見えた気がした。