File6-2.古耄碌(2)
「とは言っても、本当に見つかるんでしょうか。モウルッシュって、突然出て来る感じがあるんですけど。」
「出てくるとは思うよ、見つかるかは運次第だけどね。」
二手に分かれた後、僕らは土道が目立つ閑散な道を散策していた。
「ん……?」
二人の話を横耳で聞きながら歩いていると、ホオズキの様に真っ赤な顔の、白い提灯を持った子供が一人見えた。青色の着物は暗がりに隠れて、その子の顔はよく目立っている。
「こんな夜中に危ないよ……?」
一歩踏み出して、その子の先に広がる地面が少し変な挙動を見せた、気がした。ずずず、と何かを擦るような、或いは這いずり回っているような音と共に。
瞬間、その子の目下に土を破って大きな落とし穴が出現する。全てが柔らかそうで、湿っぽく、だけどもリンゴの果実のように構成された穴。
「にゃあ。」
それが口だと気付いたのは、縮んだ一瞬のあとだった。
「駄目だ!!」
何が起こったのだろう。
「うぁ!?ぁぁ……ぅぅ……。」
僕の眼下では先程の子供が声を殺されて泣いている。
湿った肉は収縮を繰り返し、透明な粘液を止めどなく垂らす。
暗く熱い、嫌な音が響く狭い口内。
その盛り上がった柔らかい床の上に、僕等は立っていた。
舌の先からは赤々とした別の器官が覗いているが、
「……食べられ……っ!?」
粘液が触れた部分はじんわりと溶け出し、頭痛はより一層激しさを増して、呼吸が荒くなる。
「お兄さん……。」
「……大丈夫だよ、絶対に助かるから。」
男の子を抱き抱え、貸してもらった剣で肉を切り裂く。幸いか柔らかいそれは切れてくれたが、代わりに剣は溶けて鋭さを少し失ってしまった。
「まずい……。」
露出した肌に消化液が流れ、沸騰したように熱くなる。血と同化し、骨に流れ、臓器に垂れ、ゆっくりと、でも確かに体を少しずつ溶かしていく。
「うわあ゛ああぁっ!!!」
〜*
「うわぁっ!?」
彼の悲鳴と同時に、エースは驚いた声を上げた。
地中に潜んでいた別のモウルッシュが彼女の下に現れ、飲み込もうとしたためである。
すんでの所で飛び上がり、回避した為に無事であったが、夜に増えた呼吸音に彼等は息を呑んだ。
「こんなに数がいるとは思わなかったね。」
「そうですね……て、てかっ!新入り君食べられちゃいましたよ!」
閉じた口が二体と、荒い呼吸を繰り返す口が五体。かつて獲物を捕食する為だけに伸びた長い舌は目先の“人間”を見て涎を垂らし、無頓着に新たな記事を作ろうと何でも屋を見下ろす。
「エース!」
「二人とも!」
その咆哮と何十回目かの結託が、鬨の声となった。
伸びてきた舌をエースは軽々しくかわし、自信満々な笑顔を持ってレイが捕えられたモウルッシュの口を開いたままにする。
「新入り君!」
「……!カ……エースさん!」
「私このままにしてるので、早く飛んで来て下さ__」
しかし、狩人が獲物の仲間を許す訳もない。
「きゃっ!?」
別の所から伸びた舌に吹き飛ばされ、彼女は壁に強く叩きつけられる。同時に、開いていた口は固く閉ざされた。
「クラブ。」
「避けてね__【スレドレッド】!」
その合図に、彼女は腕を振り下ろした。スレドレッド。腕を大きく動かせば、クラブと垂直に、骨をも貫く鋭利な糸を広範囲に張り巡らせる技。
口内が裂け、針山に僅かな隙が生まれた。
カーミラさんが吹き飛ばされて少し経った後、黒い肉を何かが切った。それは白く細い__正に光の一本線のような__ピアノ線のような何か。
上を見上げると、細かな一筋の光が差し込んでくる。このまま待っていれば、きっと助けてくれる……だろう。
「うわぁっ!?」
その時、その子の服に消化液が垂れた。
…………。
少しだって決断が遅れたら、この子も、僕も、この魔物の中で死んでしまう。
毛の一本も残されないまま溶かされて、一部の人間の記憶からも徐々に消え去って。
早く逃げないと。
怪我は後から何とでも出来る。
痛みを我慢すれば、もしかしたら無理にでもあの歯をこじ開けられるかもしれない。
ならば跡形も無く消え去る前に、ここを抜け出そう。
「ごめんね。……行くよ!」
溶けかけた翼が液体を避けた。
〜*
夜の寒気を心地良いと思ったのは、この奇妙で長い人生の中でも初めての経験だった。余りに熱すぎた体は落ち着いて地面に倒れ、消化液を流していく。
「も……もう、大丈夫、はーっ……大丈夫だから……君は逃げるんだ。」
「お兄さん……。」
「早く!……分かった?」
__ありがとう。
少年が遠くに走って行った後、僕はゆっくりと立ち上がる。それから僕の周りに四人が集まってきた。が、それが好機だと言わんばかりにモウルッシュ達も僕等を囲ってくる。
「一つ訊こう。リーダー、処理は?」
「スペードの感性で。追いかけても構わないよ。」
しかし、奇妙な事に一体だけ遠く離れた所で収縮を繰り返している。
「まさか、新入り君以外にも誰か閉じ込められているんですか……?」
「そうかもね。」
剣を振り締め、僕はゆっくりと立ち上がった。
その状態で見た皆さんの目は、いつしか見た蒼い鷹のそれとよく似ている。
「下がっていて、そんな状態でする仕事じゃないわ。」
「それ……は。」
何も言い返せずに手の力を抜いた瞬間。背中に気味悪い唾液が垂れて、振り向き様に舌で吹き飛ばされる!
近くの木に激突して、ドロドロの背中に荒れた木が擦れた。
「いっ……!た……。」
そんな僕に、笑いながらゆっくりと近付く巨大な舌は、下から生えた糸が口内を貫通しても尚止まる気配を見せない。
「避けて!」
『対象を黒い霧で包み込み、その中で斬撃を攻撃を幾度も行う魔法。だが魔族には効果が無く、周辺の人間に傷を与える。』
ああ、痛い。
きっと今、全身は酷い事になっているのだろう。
「……やっぱり……。」
『しかしの、何かあれば変わるぞ。もしかしたらもう変わっているかも知れんの。』
だけれども、あれが転機だとするなら、何か出来るのだろうか。
「ナイトメアッ!」