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短編

勇者様は魔王と相打ちになりました

作者: 猫宮蒼



 おやマルコくん。どうしたんだい?

 え? 勇者?

 偉業を本として出版?

 うぅん、難しいんじゃないかなぁ。どうしてかって?


 そもそもマルコくん、きみ、勇者についてどれだけ知ってる?


 うん。そうだね、困っている人を率先して助けて、魔物の脅威からも救ってくれた……?

 そうか、マルコくんは魔物に襲われていた村の出身だったんだね。まぁそういう町や村は沢山あるから、どこの、とは聞かないよ。あえてね。


 魔王と相打ちを果たした勇者の一生を本にする、うん、まぁ、そうだよね。人類の希望として旅立って、最期は相打ち。そうして人類は救われた。だがしかしその平和になった世界に彼はいない。そういう意味ではまさに彼は悲劇のヒーローだ。


 一般的にはね。


 え? 何だか含みがあるって?


 そりゃまぁ、事実は違うからね。

 そうだとも。僕は中央協会から派遣されて勇者たちの旅に同行していた。知ってるに決まってるだろう。

 うーん、まぁ、いいか。じゃあちょっと当時の事を教えてあげます。どうせその話を聞きに来たわけなんですよね? えぇ、お話する分には構いませんよ。



 そうですねぇ、当時勇者様は同じ村出身のお仲間と共に旅立ちました。えぇ、そうですね。神殿から神託があったので。極東神殿から巫女が、中央協会からは僕が勇者様一行に付き従う形でご一緒しました。それは今更言う必要もありませんね?


 そう、それからもう一人。王国から姫君が聖女として参加した。かつて世界を救ったとされる英雄の血筋を持つ王族が参加した事で、これでもう安心だ、なんて民草が沸き立っていたのだから、それも知っていますね。更には魔王を倒して世界を救った暁には勇者は姫君との結婚が約束されていた。


 えぇ、そこはね、英雄の血を取り込むとか色々な大人の事情ってやつですよ。細かく語ると終わりが見えないのでそこを詳しく知りたいならヘッセン教授の所へ行くといい。最低一月は外に出してもらえないだろうけど。え? あぁ、ケントは半年捕まってたよ。叡知を気軽に頼るから……


 ともあれ唯一魔王を打ち滅ぼせる聖剣に選ばれ、更には神託を下された勇者だ。

 人々の期待は高まる一方。

 そうして各地――って言っても魔王がいるとされている場所までの道のりだけど、まぁ移動するたび厄介ごとがあったんだよね。


 多かったのは魔物退治。けれどこれは別にいい。元々倒さなければならないものだ。物のついでだ。

 けれどもそれ以外――そうだよ、僕らの管轄ですらないような事まで勇者様は困っている人を放っておけないと手を差し伸べた。


 最初はね、まぁ、僕らもやっぱり勇者に選ばれるだけあるんだな、とか思ってたよ暢気にも。

 さっききみも言ってたけれど、勇者様は困っている人を放っておけない人だった。

 そう、目の前で困っている人がいれば助けて回っていたよ。


 リットの村について知っているかい? ん? どうしたのかなマルコくん。そんな強張った顔をして。

 あ、あぁ、そういえばきみと結婚の約束をしていたお嬢さんが住んでいた村か。すまない。失念していた。

 どうしてリットの村が出てきたのか? あの村が滅んだ原因は何か覚えているかな?

 そうだね、魔物に滅ぼされた。よくある話さ。

 けれども、本当だったら僕たちはもっと早くあの村に駆け付ける事ができていた。あ、いや、誤解しないでほしい。僕たちが見捨てると決めたわけじゃない。


 さっきも言っただろう?

 勇者様は目の前で困っている人を見捨てられなかった、って。


 リットの村に行く前、小さな宿場町で勇者様は困っている人と遭遇してね。

 その人は急いでラニシャ村へ手紙を届けに行かなければならなかった。そうだね、リットの村とは正反対だ。

 本来ならば僕らが行くルートではない。というか、そっち方面から来たのだから、引き返す形になってしまう。けれども勇者様は引き返す事を選択したよ。

 あのあたりの魔物たちは大分倒したのだから、大した危険はなかったはずなのにね。


 そうして引き返して手紙を渡して、また宿場町まで戻ってきてそこで夜も更けた。だから宿で過ごして、そうしてリットの村へやって来た時には――魔物が村を滅ぼしていたってわけさ。


 わざわざ引き返したりしなければ、勇者様は魔物に襲われる前のリットの村にたどり着いて、そうして近隣の魔物を退治しただろう。そうすれば、あの村は滅ぼされる事もなかったはずだ。

 まぁ、たらればを語ったって今更だね。


 一応僕たちは反対意見を出したよ。

 引き返すくらいなら先へ進んで一刻も早く魔王を倒す事が何よりの人助けではないか、って。

 でも聖剣がなければ、勇者抜きで僕らだけ魔王の所にたどり着いたって意味がないだろう?

 最終的な決定権は結局のところ勇者が握っていたのさ。


 目の前で困っている人を助けられなくて何が勇者だ、それが彼の持論だった。


 そうだよ、今きみが思ったとおりさ。

 そうやって無駄足踏んだ事は何度もあった。

 困っている人を助けるために無駄に遠回りするルートを行く事もあったよ。


 最初はね、まだ困っている人を見捨てられないなんてなんていい人なんだ勇者様は、って思っていたさ。

 でもね、物事には限度がある。

 しかもだ。


 そうやって僕らが辿り着いた時には滅んだ町や村がいくつかあった。

 そう、いくつか。それらはまっすぐ目的地を目指していたら恐らくそのどれもが滅ばなくて良かったはずだった。


 リットの村の一件で僕らは一刻も早く先を急ごうって勇者に進言するようになったよ。僕も、巫女も、姫君もだ。

 勇者と共に旅立った村の幼馴染だっていう仲間だけは、こいつ昔からこんなだから、って慣れているのか既に諦めたのかわからない態度と口調だったけど。


 ただの冒険者なら別にね、良かったんだと思う。

 けれども彼は勇者で魔王を倒す事を期待されていた。

 途中で物資が足りなくなって仕方なく引き返すとかならまぁ、仕方ないとは思うよ。必要に応じた撤退は僕だってありだと思う。けれども、そうやって引き返した結果道中で無駄に保存食は消費する羽目になったし、他にも様々な不満が出るようになった。


 本来ならば宿にたどり着くはずだったのに野宿することになっただとか、そういうのはまだ可愛い方さ。


 けれども、仲間――なかま、だったのかな。僕たちは。魔王を倒す勇者の手伝いを微力ながら、ってついていく事になったけど、本当に仲間だったのかはもうわからない。

 勇者はよく言えばポジティブ。悪く言えばどうしようもない楽観的な奴だった。


 次の目的地に行くにしても、もっと早くにたどり着いていたら……そういう場面は何度だってあったのに。

 それでも彼はなんとかなるって、なんて言っていたからね。

 彼の言うなんとかなる、はどういう意味でのなんとかだったのかな?

 あぁ、ごめんね。きみに聞いてわかるはずがなかったね。


 まぁともあれ、そういう感じで道中小さな不満が僕らの中にポツポツと芽生えるようになってきた。

 本当だったら宿で休めていたし、そしたらまともな食事にだってありつけていた。そんな不満は何度もあった。衣食住の中でも食は特に大事だったよ、あの頃は特にね。それに、野宿も慣れたとはいえ固い地面の上で寝る事が多かったから、翌朝あまり疲れがとれないなんてのもザラだった。


 そもそもだ。

 雨風凌げるならボロ宿だって全然マシさ。野宿と比べたらね。野宿の場合はいくら巫女や聖女として同行した姫君が結界を張るといっても限度はあるし、結界があるから絶対安全ってわけでもない。勿論見張りとして交代で睡眠をとったりしていた。宿なら、そういう必要もない。多少固くとも寝台の上で寝る事ができるし、余程の事がない限りは途中で起こされる事もない。


 勇者だなんだって言われていようとも、僕らは人間なんだからまともに休まないまま戦いに出れば命が危ないのは言うまでもないだろう?


 肉体的な疲労はそのうち精神にもやってくるし、そうなるとちょっとしたことでもイライラするようになったり、無駄に物事を悪いほうに捉えたり。一応僕たちも大人として表に出さないようにはしていたけれど、それでも内心かなりピリピリしていたよ。


 そうだね。

 勇者は実は裏で魔王と手を組んでいて、だからわざと時間をかけて移動しているのではないか、なんて荒唐無稽な考えが浮かんだ事もあったよ。やっぱ精神が荒むとろくな事がない。


 何度も勇者には訴えたさ。

 人を助けるのは確かにいい事だけど、でも優先順位ってものがあるって何度もね。

 僕らが真っ先にしないといけなかったのは、魔王を倒す事だ。魔王を倒せば彼の支配下にある魔物たちが暴れまわる事は少なくともなくなる。組織だった行動で人里を襲う魔物たちはいなくなり、後は散り散りになった残党を各々で退治していけばいい。けれども魔王がいる以上は、魔物たちの能力も強化された状態だったし、冒険者たちの手に負えない魔物もわんさかいた。


 けれども魔王を倒せば、そういった魔物も多少なりとも弱体化されるのは伝承にあったし、だからこそ、まずは何をおいても魔王を倒すべきだったんだ。


 人々を助けたいというのなら、まず勇者がするべきはそれだった。

 魔王を倒した後でいくらでも目の前で困っている人に手を差し伸べればいい。

 けれども勇者は目の前で困っている人を決して見捨てたりはしなかった。


 そうだね、平時であれば美徳とされたと思うよ。けれども一刻を争うような時にそれをやられたらさ……わかるかな?

 勇者の幼馴染はさておき、僕らはこの頃にはすっかり勇者に対して好意的な感情はなかったかな。わざと旅の期間を引き延ばしているとか穿った見方するようになってたし。旅の期間を引き延ばしたところで勇者にメリットがあるわけじゃないんだけどね。


 それに、手あたり次第困ってる人を助けるのはいいんだけど、その尻拭いを誰がしているのかって話だよ。

 勇者はなんとかなるって言ってるけど、なんとかなるんじゃない。なんとかしてきたんだ僕たちが。


 道中行き倒れそうになっていた人を助けるまではいい。けれどもその助けた人物が僕らとは正反対の目的地だった時に、彼は路銀として多少の施しをして、更には食料まで分け与えていたよ。

 結果僕らは二日ほど飲まず食わずで移動する事になったかな。

 僕はまだいいけど、巫女や姫君までそうなんだからさ、思う部分があっても仕方ないと思わない?


 それに、町中で財布を落として薬を買えないと困っていた人に、落とした財布を一緒に探すまでは許容範囲だったけど、代わりに薬を買って渡すとかね。僕らだって別に金に余裕があったわけじゃない。けれども勇者はポンと気前よく薬を買い与えたんだ。

 助けられた側からすれば、そりゃあ神様のように思えるかもしれない。けれど、勇者の所持金もその時ほとんどなくて、そのお金出したの誰だと思う? 姫君だよ?

 国庫からなんて当然あるわけないし、姫君個人の財産から。ちなみにその後多少なりとも稼いだ金を勇者が姫君に薬代分返したかっていうと、返してなかったな。


 人助けるのにいいカッコしたいならさ、せめて自分の手の届く範囲だけにしておけばいいのに、そうやって気軽に手を出した挙句自分だけじゃどうしようもなくなって仲間を頼る。

 聞こえはいいけど、要は尻拭いさ。


 怪我をしている人に治癒魔法を施すにしても、簡単な手当てならまだいいよ。でも、高位魔法を使うとかさ、教会ではある程度料金を取るだろう? 世の中慈善事業だけで回るわけないんだから。

 けれども勇者は気軽に言うんだ。パパッと魔法で治してやってくれって。


 いや、あの時の巫女の顔は凄かった。よくあの場で勇者刺されなかったなって思う程度には凄いものだったよ。僕? 脳内でとっくにサンドバッグにして……おっと、今のは聞かなかった事にしておいてくれ。



 とにかくだ。

 正直僕たちの中での勇者の評価はかなり落ちてしまった。

 自分一人だけで人助けをするならご自由にどうぞってなるけどね。結果的に人を巻き込んでその労力に対しても当たり前のようにされたらさ、こっちだって思う部分はそりゃあるよ。


 改めて勇者と話し合いをしたけれど、結果は今までと変わらず。


 最初に見切りをつけたのは姫君だった。

 当然だろう。

 魔王を倒した後勇者は姫君と結婚して一国の王になる事が決まっている。

 勇者に他に好きな人がいるなら今からでもどうにかしてそっちと添い遂げるようにすることもできただろうけど、よりによって勇者は乗り気だった。

 そうだろう、姫君はとても美しくあらせられるわけだし。美人が嫌いな奴なんてそうそういないし、ましてやその美人が自分の嫁になる、となれば勇者は俄然乗り気だった。

 どうなんだろうな。勇者の中では困っている人を見捨てず手を差し伸べる聖人のような自分に姫君も勇者の鑑だとますます惚れる、なんていう妄想でもあったのかもしれない。


 けど実際はその逆だ。


 どうして?

 マルコくん。考えてもみたまえよ。

 目の前で困ってる人を見捨てられない男が王になって、国がヤバイ時に目先の人物優先させて最終的に国が滅ぶかもしれない、なんて事態をどう考える?


 わかってくれたか。

 救われる側からすればそりゃありがたいだろうけどな。

 でもその結果国が沈むような事になったら救われた人物だって一時的に難を逃れただけなんて事にもなり得るんだ。個人を優先した結果国で多くの人間が死んだ、なんてことになったら。

 王族として国を、民を守らねばならない姫君からすれば、そんな男を王にしては国が傾くと思うのも無理からぬ事だろう?

 下手すればここで友好国として条約が結べないと我が国が困ってしまいます、なんて小国に泣き落としでもされてみろ。ホイホイ相手の言う事聞いてこっちの国に不利な条約結んでこないとも限らないぞ。

 同盟にしろなんにしろ、こういうのはお互いにメリットがあって手を組む部分があるわけだからな。それを相手が困っているから、可哀そうだからなんて理由でこっちが一方的に我慢を強いられるような条約だとか契約だとかを結んだらどうなるかなんて一目瞭然だろう?

 あっという間に周辺諸国に毟られるだけ毟られて残る物が果たしてあるかって話だ。


 金持ちが寄付をして施すにしたって、それだって無理のない範囲での金額だ。だがあの勇者は困っているからって全財産平然と譲りかねないからな。


 なんとかなる。普段からそう言っていたし、実際そうなってきたから言える事なんだろう。

 恐らく一番尻拭いをしてきたのは幼馴染だ。けれども長年それが当たり前になっていたから、幼馴染はそれがおかしいという事に気付かなかった。

 付き合いの浅い僕らは気付いたけどね。


 勇者がそういう人物だと周囲に知られていないのが救いだった。


 困っている相手に手を差し伸べる、程度の認識だったからまだ良かった。

 でも、困っているといえばすぐさま助けてやるよ、と手を差し伸べてくれて時には自分の財産すら渡すような相手、どう思う?

 善人ならなんていい人だ、まるで神様だと感謝するだろうけど、悪党なら?

 そうだないいカモでしかないな。

 そんなの下手に外交に関わらせたらどうなるかなんて火を見るより明らかだろう?


 自国と他国の区別なく困っている人に手を差し伸べるっていうのは、魔王を倒すまでならともかく、王となった後にやられたら一歩間違えたら国を売り渡す行為になりかねない。

 姫君がそう考えてもおかしくはないだろう?

 王族として、聖女として彼女は国を守るために在るのだから。魔王を倒さないと世界全体が危ないとはいえ、あくまでも姫君が救うのは自国であり世界はそのついでだ。


 ……普通逆だろう? まぁそういうなよ。


 魔王を倒すための旅は段々過酷になっていったし、その道中で勇者はなんとかなるだろ精神で目の前で困っている人を助けていった。尻拭いはこっちにまるなげでね。

 そうして魔王の居城近くで、魔王の側近を名乗る奴らとの戦いにもなった。

 その中の一人が魔族たちの居場所を得るためには仕方なかった、みたいな話をお涙頂戴感たっぷりに語っていた時、勇者が若干揺らいだのは僕たちにも見過ごせなかった。種族問わずって一見すれば美談になるかもしれないけど、ここで勇者が魔王側の事情を聞いてその考えに賛同したらどうなる?

 そう、人類が滅亡する。もうとっくに魔王と人類が和解できるルートなんてありはしなかったんだから。


 正直少しだけ巫女は揺らいでいた。

 勇者を見捨てる事にだよ。

 けれども、魔王の側近相手にも持ち前の困っている人を助ける精神が働きそうになっているのを見て流石に考えを改めたよ。



 戦いは熾烈を極めた。

 魔王の側近を倒し、そうして幾多もの魔物を倒し、とうとう魔王を倒した。

 世界が救われた瞬間だったよ。


 勇者の幼馴染が勇者を刺したのは。


 え? そこ驚く程の事か? やるのは姫君か僕だと思った? まぁ汚れ仕事を引き受ける事もあるけどさ。

 違う。勇者は魔王を倒せば姫君と結婚、王になるはずだった。けれどもその仲間として共にいた幼馴染には特にそういったものはなかった。勇者の仲間としてそりゃ多少なりとも褒章は出ただろうけど、別段騎士として取り立てられるだとか、貴族としての地位を与えられるだとかはなかった。


 許せなかったんじゃないか?

 今まで散々自分に尻拭いさせてきて、自分は美味しいとこだけかっさらって王になったらはいさようなら。

 幼馴染には故郷に戻って元気でやれよ、みたいな事言ってたし。正直僕の目から見ても勇者は今まで幼馴染に迷惑かけてた自覚はなかったようだし。

 説得の手間が省けたから良かった、としか思わなかったな。


 幼馴染はあの状態を受け入れてるようにも見えていたから。だから勇者を殺すとなれば反対されると思っていた。勇者の死体? 魔法で焼いたよ。灰も残っていない。


 そうだね、世間には魔王との激闘の中相打ちしたという事になってるけど、実際はこれが真相だ。


 それで?

 これを本にするかい?


 真相を知って幸せになる人なんて誰もいないよ。

 勇者の寄り道のせいで助からなかった人たちと知り合いだった人からすれば、知らない方が良いまである。こっちだって勇者には散々苦言を呈したのに逆恨みなんてされたくないしね。


 きみだってリットの村の件を知ってどう思った?

 それでも勇者を素直に賞賛できる?

 余計な寄り道をしなければ、きみの婚約者が死ぬことはなかったかもしれないのに。


 僕らがした事は世界を救った恩人に対して裏切りにも等しい。勇者からすれば実際裏切りだろうね。

 でも、もし彼が王になったら。

 国の貧しい人たちを救おうと気軽に国庫を開放するのが目に見えていたし、目の前で困っている人がいればすぐさまそちらを優先するのもわかりきっていた。

 国として重要な案件を気軽に放り投げられたら困るんだよ。結果として他国との友好的な関係が崩壊したら彼に責任がとれると思うかい?


 旅の間もそれなりに彼の行いの尻拭いをする事が多かったけれど、王になったらそのしわ寄せがくるのは姫君だ。もし先に姫君が心労で倒れでもしたら、国が滅ぶのはきっとあっという間だろうね。そうしたら周辺諸国が国の土地や資源を狙って侵攻を開始して戦争に発展するだろう。

 折角魔王がいなくなって世界が平和になったと思った矢先、この国を狙っての戦争が勃発、なんて事になったら姫君は一体何のために、と思うのだって当たり前だ。


 そうだね。真実を明かす時は気を付けるんだよ。

 国が滅ぶ原因を取り去っただけなのにそれを蒸し返されたら王家だって黙っちゃいないだろうからね。脅し? 嫌だな忠告だよ。あ、そう? ならいいんだ。

 そうだよね、マルコくん、きみ、ここに来た当初と目が違ってる。

 うん、美談にしようにもできなくなってしまったんだろう?

 間接的に婚約者を死に追いやった男だ。そうでなければ、まだ偉業が、なんて言えたかもしれないね。


 幼馴染?

 故郷に戻っているよ。

 解放されて晴れ晴れとしていたな。


 巫女と僕はそれぞれ極東神殿と中央協会に戻って事のあらましを報告してある。

 表向きも裏向きも両方ね。


 あ、本はもういい? そうだよね。

 王家に狙われるだけならいいけど、流石に協会も神殿も敵に回すとなれば他国に亡命するのも難しいよね。

 そうだよね、それにさっきの逆恨みの件も、下手をすればきみだって危ないわけだし。

 きみの故郷は救われたけど、救えたのに救えなかった他の場所の人たち、命からがら逃げだして無事な人たちからすれば、なんでどうしてと思うだろうからね。


 そう、帰るんだ。

 いいや、きみがおかしな真似をしなければ誰も何もしないと思うよ。

 そう。物分かりが良くて助かるよ。


 それじゃあ、気を付けて帰ってね。

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― 新着の感想 ―
[一言] サブイベばかりしてメインシナリオほったらかしにしがちな自分は耳が痛いw
[一言] >サブイベントに手を出すたびに仲間の好感度が下がり、底辺までいくと裏切りからの謀殺タイムアタック系RPG……一体誰得なんだろう。 サブイベントじゃないけど、「主人公の特別な能力です!」と、…
[良い点] こういう別視点的な角度の 短編小説は読んでいて なるほどなぁと思い とても面白いと思います。
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