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 翌日、王家から登城の要請があった。そこには「クリフォード・サージェントとチェルシー・レイトン嬢の円満な婚約解消のため」とあった。

 受け取ったお兄様は顔をしかめ、その手紙を横から奪い取ったお継母様は、使者の目の前でその手紙を握りつぶし、にっこりと微笑んだ。

「明日、お約束の時間に伺うとお伝えください。そしてこれをお預けします」

 お兄様はクリフォード王子の不義を理由とした「婚約破棄」の書を使者に渡した。

 使者は少しうろたえながらも受け取り、慌てたように礼をして、そそくさと去って行った。


 翌日、私達は三人で王城へ出向いた。この日も私達の服は同じ色がどこかにアクセントとして使われていて、家族カラーを身につける仲良しアピールが少し気恥ずかしいくらいだった。

 登城にはお継母様の馬車を使い、毛並みのいい立派な馬は周囲の目を引いていた。


 応接室には陛下と王妃陛下、クリフォード王子、宰相様と侍従長も同席していた。

 こちら側はお兄様が中央に座り、私とお継母様はお兄様の隣に、二人の執事も後ろで控えていた。

 お兄様にとって、これだけの相手と対峙するのはかなり緊張するだろう。だけど、臆することなく、はっきりと戦う意思を見せていた。


「夜会では、愚息が大変失礼をした。きちんと段取りを持って対応すべき所を、若気の至りで…。…貴殿からの婚約破棄を受けよう」

 意外にも陛下がお兄様に詫びを入れ、すんなりと婚約破棄を受け入れた。

 続いて王城の侍従長から、机の上に書類が差し出された。

「先の婚約時の取り決めの通り、王家側に瑕疵があったと認め、百万ベルの賠償を支払うものとします。これにて手打ちとしたく」

 新たに作られた婚約破棄の書類を見て、お兄様とお継母様の顔が凍り付いた。

 そこには「両家和解の証としてグリード橋の所有権を共有するものとする」と追記されていた。

「橋の所有権とこの婚約は関係ないでしょう」

 お兄様の即答に、早々にペンを差し出そうとしていた侍従長が、びくりと震えた。

「この文面の削除を求めます」

 お兄様の言葉に宰相様がお兄様を脅すように声を荒げた。

「それは必須項目だ。臣下として王に献上するのは当然の所、所有権で許してやっているのだ」


 お継母様は手にしていた扇でぴしゃりと自分の掌を叩いた。

 その音に、陛下も王子も、宰相までもが言葉を呑んだ。

「ずいぶん寝ぼけてらっしゃいますのね」

 お継母様の合図で、ニコラスが我が家に保管されていた書類を出してきた。

 一つは、私の婚約の取り決め。

 もう一つは…

「サージェント王国とシガーレ公国両国の友好のため、ノーススワン領へ水道の権利を百年間譲渡する。サージェント王家はノーススワン領に水道の使用料を納めることでサージェント王国の水利権を認める。サージェント王国がノーススワン領およびレイトン家に対し誠実に対応しない場合、水道の権利はノーススワン領からシガーレ公国に返還されるものとする。…この取り決め、お忘れになったわけじゃございませんでしょう?」

 その内容は、国と国との協定であり、我が家のような小さな領に保管されるにはあまりに恐れ多いものだった。その協定書が三者協定の体をとり、我が家にも残されているのは、シガーレ公国の我が家への敬意の現れ。

 お兄様はこの協定をご存知だったようで、知らなかったのは、我が家では私一人だけ。

「以前はシガーレ公国から高額で水道料を買い上げていたというのに、王家はレイトン家に水道の権利が渡った途端、支払いを渋り、ここ数年は一切支払っていないそうね。自国の民が使うのだから当然だと」

「そうではないか。水は神が与えたものだ」

 陛下は当然のように言った。それが、婚約の取り決めに書かれた「神より賜りし資源」。

「水は、ね。水道の整備にお金がかかることくらい、ご存知でしょう? かつて我が国が水道建設に協力を求めた時、こちらの国で手を貸してくださったのは三代前のレイトン卿だけでした。レイトン卿は土木工事の知識をお持ちで、我が国の水道工事にご助力くださいました。ご自身の領にも水を引きたいとご所望されましたので、我が国は礼としてそれを受け入れました。その時にできたのが三つの水道橋。我が国にあるクレア橋、ジョゼフ橋、そしてそちらの国のグリード橋。グリード橋はレイトン卿が領地を切り売りし、多額の借金をして作ったと聞いています。その後、当時のサージェント王が水道の有用性に気付き、ノーススワンから王都までの水道を引いたとか。…完全に便乗ですわよね」

 王都の水道が便乗だったなんて。この国では水道事業は賢王の手柄とされている。橋のことさえ触れられもせずに。

「シガーレ公国はレイトン卿へ敬意を表し、水道の権利をお渡ししたの。そちらの国の好きにできるようにするためではないわ。レイトン家がかつての出資に見合うだけの費用を回収し、今後の管理費用にも充てられると思えばこそ。お優しい先代レイトン卿が水道料を半分に下げたのに、それさえも反故にされるなんて…」

 陛下は俯き、だまりこんでしまったけれど、宰相様は苦々しげに

「今年の分は、支払いをしたはずです」

と反論した。

「一年分を? 十年以上踏み倒しておいて、今更一年分を払ったと胸を張りますの?」

 お継母様は、一笑に付した。

 それは二週間前にお継母様に詰め寄られた王家が渋々支払ったものだと、お兄様から聞かされた。

「このお金があれば、レイトン家は領をより豊かにすることもできました。手放した領地だって買い戻せたかもしれません。充分な治療を受ければジョシュアやシャーロットだって、もう少し長く生きていたかもしれないのに…」

 堅く握られた手が、お継母様の怒りを示してた。

「…神より賜りし水を欲するなら、お国の南にあるスロウ川から水を引けばよろしいわ。他人の通した水道を当てにせず、王都まで水を引きなさいな。さあ、どうします? 婚約も、水道の協定も無効になった。田舎の弱小領、でしたっけ? 不要なら我がシガーレ公国がいただきましょう」

「それはっ」

 しばらく沈黙が続き、陛下は

「…協定の、続行を望む。レイトン卿に敬意を示し、きちんと水道料を支払うことを約束しよう…。」

 そう言って、お兄様とお継母様に頭を下げた。

「シェリル殿…。何とぞご容赦いただきたい」

 お継母様は、決して笑みを見せなかった。

「協定はあくまで百年。百年も経てば皆忘れると甘くお考えにならないように。人にとって百年はその一生に余りありますが、国にとってはほんのわずかな時間です。王家がノーススワンを乗っ取ろうなどとは、ゆめゆめ思われませんように。水源の湖は我が国のもの、いつでも水道を止めることができるのですからね」


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