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王城での夜会の日になった。
意図的か、偶然か。私とお兄様の夜会用の衣装はまるでカップルのように同系色で整っていた。淡い灰色がかった水色。お継母様がお好きな色なのかしら?
エリーゼが気合いを入れて髪を整えてくれて、真新しい衣装と宝飾類に後押しされて、いつもなら気の乗らない夜会にも少しだけ前向きになれた。
家の名を背負っている。
いつも以上に意識して胸を張り、会場に入る。
いつもなら哀れむような視線を投げてくる人達が、少し驚いたようにこそこそ話をしている。
どうしたのかしら。
何か羽振りのいいことでも?
あのドレス、エルドべーレの最新作ね。旧作でも一ヶ月待ちで、なかなか手に入らないというのに、どうやって。
王家との婚約解消で大金が入ることになったのかしら。
意識して聞こえないふりをした。
進むその先には、本来エスコートを受けるはずのクリフォード王子と、ベアトリス様がいた。
王城での夜会でも隠すことなく、お揃いの服を着て、腕を組んでいる。
さっき聞こえてきた婚約解消の噂も、まんざら遠いものではないのかもしれない。
クリフォード王子は、少し気まずげながらも、
「よく来たね、レイトン卿」
とお兄様に挨拶をした。
「ご招待ありがとうございます」
お兄様に合わせ、私も礼をしたけれど、あえて私の存在は無視したようだった。
そこへ声をかけてきたのは、ベアトリス様だった。普段は話したこともないのに。
「チェルシー様、今日のお召し物はすてきですわね」
「ありがとうございます」
「それ、エルドベーレの新作ですわね。どんな手を使って手に入れられたのかしら。是非教えていただきたいわ」
教えて、と言われても、自分で頼んだものではない。何のコネもないし、
「知り合いに手配いただいた物で、私には…」
と本当のことを答えると、
「でしょうね。レイトン家ごときが手に入れられる物ではないもの」
と返してきた。口許を扇で隠しながらも、鼻で笑っているのは明らかだった。
「今更着飾ったところで、明日にはクリフォード殿下との婚約は解消よ。ようやく陛下から許可が出たのだから」
ベアトリス様の軽はずみな発言に、クリフォード王子が慌てていた。
「ベアトリス、その話はまだ公表は…」
「あら、いいじゃないですか。だってもう決まったことですもの」
王子に勝ち誇ったような笑顔を見せるベアトリス様。
それを見たお兄様が、私を後ろに匿うように一歩前に出た。
「レイトン家当主である私がまだお聞きしていないことですが?」
お兄様はベアトリス様ではなく、クリフォード王子を睨み付けていた。
「正式な発表のある前に、既にお二人がそのような振る舞いをされる時点で、当家のことは軽く見ていらっしゃると、そう判断せざるを得ませんが」
珍しくお兄様が王子に詰め寄った。いつもなら王家に逆らうことはできないと何を言われてもじっと我慢していたのに。
明日、沙汰があるというのなら、そうなのだろう。
今の時点でまだ我が家には登城の呼び出しすらかかっていないとはいえ、内々で済ますはずの婚約解消をこんな人の目が集まる場で暴露したのだ。発言は王子自身ではないと言っても、今の二人の有様がそれを決定事項だと示している。
「当家より、アクトン侯爵家をお選びになったと、そういうことで理解しました」
普段温厚なお兄様に睨み付けられて、クリフォード王子はぼそりと
「…侯爵家とは名ばかりの片田舎の貧乏貴族のくせに」
とつぶやいた。
それを聞いたお兄様は、周囲に聞こえるように大きな溜息をついた。
「承知しました。当家では、穏便に済ますことも考えていましたが、殿下がそのような考えでは仕方がありません。あなた様の不実による婚約破棄を求めましょう」
周りの視線が集まり、クリフォード王子の顔色が変わった。
「今の、そのお二人の姿が何よりの証拠、ここにいる皆様が証人となりましょう。王家であれば、一貴族との婚約など安易に覆せる、そのような考えをお持ちでは、我々も安心して王家に尽くすことはできません」
奥から王の使いが慌てた様子でこちらに来るのが見えた。
それよりも早く、私とお兄様の後ろから、
「よく言いました、ルーカス。それでこそレイトン家の家長です」
王城に響き渡る美しい声。
そこには、私達兄妹と同じ色のドレスを着たお継母様がいた。
「クリフォード殿下が我がレイトン家を、侯爵家とは名ばかりの、片田舎の、貧乏貴族、と思われていること、重々承知いたしました。これが王家の意思であるなら、レイトン家の治めるノーススワン領は、シガーレ公国でお引き受けいたしますわ」
周りに良く聞こえるように、王子の言葉を一言一言、明瞭に繰り返す。にこやかに微笑みながらも、その笑みは恐ろしく冷たかった。
「た、大変申し訳ありません、このたびは…」
ようやく場に駆け付けた王の使いに目をやると、お継母様は、
「当家家長の決定通り、我が娘チェルシーとクリフォード殿下との婚約は破棄させていただきます。後日、書状をもち、改めて王城へ上がりますわ。ノーススワンにつきましても、その場でお話し合いいただける? ノーススワンの価値をご存じないのであれば、そちらの国では不要でしょう?」
そう言うと、お継母様は軽く合図をし、お兄様も私もお継母様に続いてその場を退場した。
小声でお継母様がつぶやいた。
「レイトン家の人間として、胸を張るのです」
どんなに多くの人の目を引きつけていても、少しも恐くなかった。
お継母様が、お兄様がいてくれる。
私はお継母様の言うとおり、レイトン家の名を胸に、臆することなく王城から立ち去った。