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 私は六歳の時からこの国の第三王子クリフォード様と婚約していた。

 王家からたっての依頼で断れなかったと聞いていたけれど、我が家に乞われるようなものはなく、王子は私のことなどあまり興味はない様子だった。お父様が体調を崩すようになってからは殊更で、一つ年下のアクトン侯爵家の令嬢、ベアトリス様と懇意にしていて、王都で開催される夜会に参加する時は私ではなくベアトリス様をエスコートすることが多くなっていた。

 私はそんなにドレスを多く持っていなくて、いつも着回しなのが恥ずかしく、夜会への参加を躊躇していたのもよくなかったのかもしれない。

 いつかは婚約を解消されるのだろうと思っていたけれど、どういう訳か陛下が渋っていて、宙ぶらりんのまま婚約関係は続いていた。

 だけど、お父様が亡くなったことで、アクトン家が王家との縁組みにかなり力を入れ始めたようで、クリフォード様はアクトン家の後ろ盾を得られる事に満足し、陛下の説得に動き出していると聞いた。

 私達の婚約が解消になるのも、そう遠くないように思えた。

 できることなら、せめて平穏に解消していただけるといいのだけど。


 お継母様も私の婚約のことを知ったのだろう。

 クリフォード王子との月に一度のお茶会から戻ると、朝食以外では滅多に母屋に現れないお継母様がわざわざ私の部屋までやって来た。

「あなた、あの王子が好きなの?」

 冷たい視線に、この婚約が自分の義務であることを感じ、

「努力は、していますが…」

と答えると、

「そう」

とだけ言って早々に部屋を出て行った。


 次の日、私の侍女のエリーゼがお継母様に呼ばれ、その日は一日戻ってこなかった。

 翌日、何の話をしたのか聞いてみたけれど教えてはくれず、一週間後、突然私の部屋に普段着五着とドレスが二着運び込まれた。それに合わせた装飾品も…。

 エリーゼはにこにこ笑いながら、

「私が見立てたんですよ。お嬢様にはよくお似合いだと思います」

 そうは言うけれど、我が家にはこんな余裕はないはず。

 お継母様が買ってくださった?

 私なんかのために?


 すぐにお継母様のところへ伺ってもいいか、エリーゼに確認を取ってもらうと、一時間後にお会いできることになった。

 家族でありながら訪問に先触れが必要で、気安く訪れることもできない。同じ敷地内に住んでいるのに遠い人のように思えた。


 お継母様の部屋は、我が家とは思えなかった。

 特に部屋を作り替えた訳ではなく、カーペットやカーテンは新調され、家具もお継母様が持ち込んだものに入れ替わってはいたけれど、それだけで不思議なほどに格調高く、品のある部屋に見えた。住む人が違うだけでこんなに変わるものなのかと驚かざるを得なかった。


「あの、…服を、ありがとうございます」

「気に入ったかしら」

 カップを持つ手も優雅で、こんな私を相手にしている時であっても美しい姿勢を崩さない。この人にとっては、これが普通なのだ。

「私があのような物をいただくいわれは…」

「支払ったのはルーカスよ」

 お兄様が?

「…我が家にはそんな余裕はないはずです。私なんかのために」

 そう答えた途端、間髪入れず

「お黙りなさい」

 お継母様の厳しい声が響いた。

「侯爵家の娘にあの程度の服はごく普通です。我が家の経済状況から見ても、あの程度の支出に問題はありません」

 鋭い視線が少し怒りを持っている。思わず身がすくんだ。

「自らを『私なんか』とは何です。あなたの父母は、あなたにそんな風に卑屈になるように育てたの?」

「そ、そんなことは、ありません」

「自らの家の状況を把握しておくことは大事でしょう。だからと言って、自分の装いに手を抜く言い訳にしていいと思っているの? あなたはレイトン侯爵家の令嬢、家の名を背負う者です。自身の名に誇りを持ちなさい」

 ぴしゃりと言い切るその人を、私はかっこいい、と思ってしまった。

 恐い。確かに表情は険しいし、言い方もきついのだけど。

「まったく…。ジョシュアは子供達にこんなに気を遣わせて…」

 ぼそりとつぶやいた独り言。突然出てきたお父様の名に、お父様とお継母様がお知り合いだったことを初めて感じたけれど、すぐに私を睨むと、

「ともかく、この程度の服を買ったところで、この家が破綻するようなことはありません。心配しなくてよろしい。わかりましたね!」

「はい!」

 声高に言われて、とりあえず反射的に元気に返事を返してしまった。


 少しお茶をすすり、場を落ち着けてから、お継母様は静かな声で聞いてきた。

「…あなたは、どうして自分が王子と婚約したか、わかってるの?」

 どうして? それは…

「王家から、申し出があって断れなかったと、以前父が…」

 お継母様は私の答えにわざと聞かせるくらいの大きさで溜息をついた。

「その程度。はぁっ」

 呆れたような言葉。失望したような表情。

「申し訳…」

 思わず謝ろうとすると、

「グリード橋」

 突然、領地にある橋の名を口にした。丁度そのタイミングでノックの音が響き、お継母様の侍女が来客を告げた。

「奥様、エイベル商会の方がお越しです」

「ああ、もうそんな時間? 今行くわ」

 お継母様は立ち上がると、

「知らないのは怠慢よ」

 そう言って私を残し、部屋を出て行った。

 ゆるゆると立ち上がると、お継母様の侍女がその場にあったお菓子を箱に入れ、エリーゼに手渡していた。

「後でゆっくりとお召し上がりください」

 エリーゼは迷うことなく受け取ると、にこやかに

「ありがとうございます!」

と答えた。



 私だけでなく、お兄様にも服が新調されていた。

 お兄様もまた、家の名に誇りを持てと言われた、と言っていた。

 お継母様は誇り高い人なのだ。だけど、誇り高くあるには、それなりの暮らしの余裕が必要だけど、今の我が家には望めないこと。

「この服は隣国の人気店のもののようでね。母上が調達してくださったようなんだが、ずいぶんまけてもらえたんだよ」

「よくお似合いです」

 奇抜さはないながらも洗練され、仕立てもいい。淡すぎない灰色がかった水色の上着がお兄様によく似合っている。選んだ人のセンスもいいのだろう。

「これで来週の夜会に着ていく服も調達できたな。いつも同じ物ばかり着せて、おまえには申し訳ないと思っていたんだ」

 お兄様に言われるまですっかり忘れていたのだけど、来週には王城で夜会があるのだった。

 家に招待状が来ていて、本来なら私をエスコートするのは婚約者のクリフォード王子なのだけど、事情があってエスコートは他を当たって欲しい、と既にお断りの連絡が来ている。お兄様にお願いすると、お兄様は快く引き受けてくださった。



 お継母様からの宿題、私の婚約した理由と、「グリード橋」。

 まずお兄様に、私の婚約を取り決めた書類を見せていただいた。

 婚約を結んだ者の氏名、特に期限は設けられず、不履行の場合の条件。一般的なもののように見えたけれど、注意深く読み返していて少し気になったのが、「神より賜りし資源をサージェント家に委ね」と言う記述。わざわざ書かれていると言うことは、これが婚約の条件の一つなんだろうけど、何故こんな文章が書かれているのか…。

 サージェント家は、ここサージェント王国の王家のこと。

 うちの領は農業中心で、鉱山もなく、大した資源もない。それを委ねる、とは?

 お兄様に聞いてみたけれど、笑みを浮かべ

「母上からの宿題なら、自分で解かなければね」

と言われた。お兄様は答えを知っているみたい。それなら私も自分で答えを見つけなければ。


 グリード橋は、渓谷にある石造りの立派な橋。ひいおじいさまの代に作られたと聞いたことがある。グリード橋の東は王都に、西は隣国シガーレ公国へと続いている。

 ひいおじいさまは莫大な借金をしてでもこの工事を進める決意をし、領地の一部を手放したと聞いている。領では誰でも知っている話だけど、この国ではあまり知られてなくて、小さな領にある美しい石橋の一つでしかない。

 学校の図書室でグリード橋について調べてみたけれど、せいぜい地図上にある橋の一つにすぎず、何の説明もなかった。

 この橋の役割は、驚くほど知られていない。


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