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私の腕の中には、愛しい星があった。
彼は普段では考えられないような荒い呼吸をしていた。青く輝く宝石のような瞳は、どちらも瞼で覆われていて見ることができない。滑らかでサラサラとした不思議な手触りの金髪、その合間からは赤黒い液体が似つかわしくなく流れ落ち、彼の紺色の礼服を染めあげようとしていた。
外から爆発音が轟き、私は反射的に窓の方を見上げた。
ステンドグラス越しに、揺らめく炎と土埃が見えた。恐らく外は見渡す限りの炎と焦げたような匂いが立ち込めているだろう。その渦中で、わたしたちがいる礼拝堂は、変わらず白い静けさを保っていた。
この国はもうすぐ終わろうとしている。にも関わらず、私はやけに冷静だった。
私はずっと知っていた。この終わりを。
私はずっと知っている。何をすれば、この終わりを防げるのかを。
腕の中の彼が、ピクリと反応した。彼の片方の頬を優しく包み込んでみる。掌に生暖かい血がべとりと付着する。そのまま自分の手に意識を集中させ、彼の頭部と腹部の傷口に魔力を注ぎ込んだ。確実に彼の生命が助かる水準まで生命力を満たす治癒魔法と、ほんの数時間は意識が戻らない催眠魔法。ゆっくり柔らかな頬から手を離すと、彼の身体から力が抜けていき、安らかな呼吸に戻る。いつも生真面目な顔をしているけど、やっぱり寝顔は子供みたいだった。
どうしてこのタイミングで、意識が戻りかけたのだろう。私の決心に気付かれた?もし無意識下でそんな芸当が出来たのだとしたら、それは私の人生の中で最も側に居てくれた彼らしくて、笑ってしまいそうだった。
最後になるから、と情けない言い訳をしながら彼をそっと抱きしめる。血の匂いが充満した中で、確かにいつもの彼の香りがした。どうせ終わりなら、最後に彼の青い瞳が一目だけでも見たかった。
けれど、行かなければならないのです。私が死ぬことがこの国の勝利条件。そのためだけに、生かされてきたのだから。
彼の顔をじっと見つめた。とうとう貴方にこの事実を教えることはなかった。伝えたら、きっと彼はこの国を憎んでしまう。とても長い間、大切に慈しんできた国を。
ほんの一瞬、彼の唇に口付けた。今まで流すことなんてなかった涙が、自分の頬を流れ落ちたのを感じた。
彼から手を離すと、私は静かに立ち上がる。これ以上の余分時間は残っていない。だから彼に背を向けて、振り返らずに歩き出した。
礼拝堂の扉に手を掛ける。これは終末へと続く扉。生まれた時から決まっていた未来。この扉を開けたら最後、私の人生は終わりを告げるでしょう。
ずっと納得なんてしていなかった未来だけど、それでも、レオ。
貴方の愛する世界なら、救いたい。私は、生まれて初めてそう思えたんです。
両手に力を加えると、まるで導くように、扉は簡単に開き始めた。瞳に映るは、何度も夢で見た悪夢。燃えたぎる赤い炎と黒い硝煙が、この国の全てを消し去ろうと蠢いていた。
そうして私は、終わりの一歩を踏み出す。